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第3章 調査開始

アルデオ大陸東部 未開の地 プリミントの森

二ノ月二十二日


 私の名前はハーミル。ルアス同盟東部支部のメンバー。

 容姿で良いところを上げると、緑色の長い髪と少し色白の肌、そして引き締まった腰ぐらいかな?あと、友達からすごく美人って褒められたこともある。

 欠点は無駄に育った大きめの胸ね。動くときは邪魔だし、男共に変な目で見られるし、同期からセクハラされるしで良いことがほとんどない。でも、好きな人を誘惑するには使えるかな……?

 まあ、そんなことは置いといて、私は普通の人族とは違うところがある。それはエルフ族のように長く尖った耳ね。

 こんな耳をしている理由は、私は人族の父とエルフ族の母を持つ、所謂ハーフエルフだから。

 お父さんは私が物心のついた頃にはもういない。お母さんからはペシオ教の異端審問にかけられて処刑されたって聞かされた。お母さんは重い病に倒れて亡くなった。

 その後、しばらくは冒険者として活動していたけど、ある時人族の軍隊に捕まりそうになったところをルアス同盟に助けられて今に至る。


 ノイズ王国との国境付近にあるコルメ平原を越えると、広大な森プリミントの森がある。私はその森の先にある未開の地に向かっていた。

 ここは一切人の手が加えられていない森の中で、足場も伸びきった草やむき出しの木の根っこのせいで凸凹で進み辛い。

 森の中は昼間にも関わらず薄暗く、魔物の類が出てきてもおかしくない雰囲気だった。この森の名前でもある”プリミント”っていうのは古代エルフ語で『怪しげな』や『得体のしれない』という意味で、まさに名前通りの不気味な森だった。

 この森はかつてすぐ隣のノイズ王国の軍が謎の集団の襲撃を受けたことのある場所でもある。一国の軍隊を撤退に追い込む程の実力を持った連中が、今も目を光らせて監視している可能性が高い。今持っている武器は、腰に差した長剣と左腕に取り付けた自作の小型クロスボウだけ。とても集団相手の戦闘には向かない。

 森を迂回して進むこともできたけど、当然それだけ時間もかかっちゃうし、とっとと仕事を片付けて帰りたかった私はこの森を通ることに決めた。


「あーあ、面倒な仕事が来ちゃったなぁ……。こういう事は体力のある男にやらせた方がいいのに……。いくら救出任務が優先事項だからって、もう一人くらい寄越してくれてもいいじゃない……」


 私は愚痴をこぼしながら進み続けた。

 東部支部はある一部のメンバーのわがままのせいで女性しか配属されていない。私は元々北部本部にいたんだけど、そのメンバーのわがままで起きた大規模な人員移動に巻き込まれてライアス王国からだいぶ離れた東部支部があるカテドナ王国に移された。

 今回の偵察は冒険者の経験があるって言う理由で私が選ばれたんだけど、私自身は執務仕事の方が向いている。この手の仕事をするのに最適な仲間で親友の一人でもあるレイリーはノイズ王国王城で別任務にあたっているから連れていけなかった。

 本来なら偵察任務は最低でも二人で行うのが義務なんだけど、他のメンバーは皆、捕まった亜人族の救出任務に忙しいらしくて、一段落するまでは私一人だけで偵察を行わないといけない。

 そもそも本当かどうかも怪しい情報の確認の為にこんな辺境に駆り出される必要があるのか疑問に思うけど、命令である以上仕方がない。

 ホント、とんだ貧乏クジ引いちゃったよ……。


 私はしばらく森を歩くと、休憩をとろうと木の根元に腰掛けた。

 そして位置の確認の為に地図を取り出した。

 この地図はノイズ王国軍がこれまで調べた道程と魚人族が海側から見た情報を元に作った未開の地の地図で、正確な測量調査をして作られたわけじゃないから、不明確な部分がいくつもあるけど今はこれに頼るしかない。


「森に入ってから三時間ぐらい経ったし、予定通り真っ直ぐに進めているみたいだし、あと一時間ってところかな?」


 私は森の中で最も早く抜けられる(はずの)南側のルートを通っていた。

 ここまで盗賊にも魔物にも遭遇していないし、計画通りに目的地まで進めているはず。

 この調子なら今日中に結果を出せる。そう考えて地図をしまって再び進もうとした。その時だった。


ガサガサッ


 何者かが草木をかき分ける音が耳に入った。

 慌ててその場に身を屈め、周囲を警戒する。

 私の耳は純粋なエルフ族には劣るものの、人族に比べれば十分に優れた聴力を持っている。

 だから音を立てた生物が人間であることを直ぐに見破ることができた。


「(数は十人前後……話し声も聞こえる)」


 相手の正体を確認するため、木陰から音のした方向を覗いた。

 そこにいたのは奇妙な格好をした集団だった。

 その格好は緑を中心に茶色や黄緑色も混じった大自然の中に溶け込むような模様で、耳と同様に優れた視力を持っていた私ですら一瞬見落としそうになった。

 全員が不思議な形をした黒い杖の様なものを背負ったり構えたりしている。

 無駄なく周囲を警戒しながら進んでいることや装備品が統一しているところを見ると、彼らがれっきとした軍人であることは間違いない。盗賊にあんな訓練された動きはできない。

 私は彼らの会話を聞いて、更に情報を探ることにした。


「小隊長~。あたしらいつまでこんな草取り続けなきゃなんないんですか~」

「ミズノ、『草取り』なんてやる気のなくなる言い方はよせ。『新種の動植物の採取』という立派な仕事なんだぞ」


 言葉は訛りのない完璧なアルデオ語だった。

 会話をしているのは、この隊の隊長と思われる壮年の男と悪態をついている若い女の人だ。

 彼らは地面に生えている雑草や花、キノコを採取している。どうやらこの森の調査をしているみたい。


「いくら新種だからって、こんな周りに腐るほどあるような状態じゃあ、ありがたみなんて全然感じられませんって。このキノコだって一、二本持って帰れば十分でしょう。全部持って帰る必要なんてないですって」

「形や色が似ていても違う種類だったり同じ種類でも毒のあるなしの違いがあることもあるだろ」

「でもー、これってチュウオウソクオウレンタイのやる仕事ですか?もうこの大陸に来て二ヶ月近く調査が続いてるんですよ。そろそろ他の師団のフツウカとか民間に任せても大丈夫な気がするんですけど」

「この大陸がまだ安全だと言えない以上、それなりに実戦経験のある俺たちでやるしかないんだよ。口を動かす暇があるなら手と足を動かせ!」

「へーい」


 隊長に怒鳴られて女の兵士が渋々した様子で調査を続行する。

 聞きなれない単語がいくつか気になったけど、何よりも彼らが言った『この大陸』という言葉が一番頭に焼き付いた。

 そう言うってことは、彼らはこのアルデオ大陸の人間ではないってこと?

 普通に考えるとありえない話だけど、彼らの格好を見る限り、あながち違うとも言い切れない。

 それに食用キノコとして大陸中の人間に知られている”ルフェキノコ”を新種だと言ったあの様子だと、この大陸の人間である可能性はかなり低い。

 いや、格好や装備品を含めて考えるとアルデオ大陸に存在するどの国家の組織・集団にも当てはまらないと思う。

 となると、例の噂は本当で、彼らこそが例の巨大船に乗って来た集団かもしれない。

 私は早速、荷物の中からペンとインク、報告書用の紙を取り出して今見ているものを書き始める。

 集団の格好や装備、人数、行動目的などをまとめた。

 

「(十分な内容も書けたし、そろそろ離れようかな)」


 向こうがこちらに気づかないうちに先に進もうとした時だった。

 肩にかけていたバックの紐が木の枝に引っかかった。偵察に夢中になっていたせいで、いつの間にか紐が絡まったみたい。

 ちょっと強めに引けば外れるだろうと考えた私は力いっぱい紐を引っ張った。


バキッ!!


 紐が引っかかった枝が根元から折れた。


「(なっ、なんで!?そこまで強くないはずなのに!)」


 折れた根元を見ると、その部分だけ虫が食っていて脆くなっていた。

 一応は乙女として体つきを気にしている私は余分な筋肉が付いたんじゃないかと一瞬思ったけど、その不安が一気に拭えた。

 でも、そんなことを気にしている場合じゃなかった。


「なんだ今の音は?ミズノとクロヤマ、見て来い」

「「了解」」

「(どうしよう……こっちに来る……!)」


 今の音が完全に向こうにも聞こえちゃった。あれだけデカイと気づかないほうがおかしいよね。

 私は咄嗟にそこそこの長さに成長している草の茂みの中に身を潜めた。ここならちょっと見たぐらいじゃ見つかることはないはず。

 こっちに向かってきてるのは、さっき愚痴を言っていたミズノという女性兵士とクロヤマと呼ばれた大柄な体格の男性だ。警戒しながらの前進だから動きはゆっくりだけど、私がいるこの場所にぶつかるのは時間の問題だった。

 すぐにその場を離れたいけど、自分一人だけならともかく重い旅荷物を持ったまま無音で逃げられるほど器用じゃない。今物音を立てたら確実に見つかっちゃう。

 でも、だからと言って荷物を置いていけば誰かがここにいたことはバレる。それに荷物には食料や偵察用の道具とかの大事な物が入っているから、簡単に見捨てることなんてとてもじゃないけど出来ない。

 持っている『特殊な薬』を使えばこの状況も打破できるだろうけど、本当に貴重なものだからできるだけ最後までとっておきたい。


 二人の兵士がついさっきまで私が彼らを覗いていたところまで来た。

 ミズノが枝が折れたばかりの部位がある木に気づいて、クロヤマはその側に落ちてあった枝を拾った。


「どうだ?」


 隊長が大声で二人に尋ねた。

 クロヤマは枝を高く掲げて応答する。


「この枝が折れた音のようです。根元が虫に食われているので、自重に耐えられなくなって折れたんだと思われます」


 見事に勘違いしてくれた。隊長や他の兵士も説明に納得してるみたい。

 お願いだからそのまま帰って……


「念のためにもう少し奥も見てみます」

「わかった。くれぐれも気を付けるように」


 帰れバカーーーーーーーーーーー!!!


 無駄に仕事熱心なクロヤマとめんどくさそうな顔のミズノはそのまま進み始めた。

 しかも、よりによって私が身を潜めている茂みに向かって。


「(しょうがない。かくなる上は……!)」


 私は静かにクロスボウに矢を装填した。

 やり過ごせるならそうしたかったけど、最悪一戦交える覚悟は既に決めていた。

 彼らはアルデオ大陸の人間ではない可能性が高いからペシオ教徒でない可能性も高いけど、だからと言って油断できない。

 もしかしたらペシオ教と関係なく亜人族に偏見を持っている集団かもしれないし、それ以前に侵略のためにこの大陸にやって来たのかもしれない。

 そんな連中の捕虜になればどんな運命を迎えるか想像するのは簡単よ。

 私は息を殺して連中に気付かれないことを祈りながら身を伏せる。でも、クロスボウはいつでも射てるように構えていた。

 一歩ずつこちらに向かう足音が私の残りの寿命のカウントダウンをしているかのように思えた。

 心臓が尋常じゃないくらいに激しく動いて、次になにか大きな衝撃があったた破裂しそう。

 そして、私と謎の集団があと数歩で接触しそうになった時だった。


オギャアアア……


 甲高い悲鳴のような鳴き声が聞こえてきた。兵士達もその音に反応する。


「伏せろ!」


 隊長の命令ですぐ近くまで寄ってきた二人の兵士もその場に伏せた。ギリギリで止まってくれたのはいいけど、木と草の茂みを隔てた先まで迫ってきているから、呼吸をするのも怖い。

 鳴き声は二~三十秒くらい続くと少しずつ小さくなって、やがて聞こえなくなった。

 隊長は二人の兵士を呼び戻して、さっきの鳴き声がなんだったのかを話し合っている。

 私は顔を少しだけ出して、再び彼らの様子を探る。


「隊長、なんだったんでしょうかね?」

「わからんが、北のほうから聞こえたな。音源はだいぶ遠そうだが……そう言えば、俺達第2小隊より北側はどこが担当している?」

「我々のすぐ北は第3小隊です。しかし、我々のいる此処から第3小隊がいる場所は2~3キロは離れているはずです。ジェットキのエンジンオンでもないと、ここまで届きませんよ」

「ムセンが入りました」


 大柄な兵士が別の兵士の背負子に乗せた何かを取り出して、それに向かって会話を始めた。

 どうやらあれは通信用の道具みたい。

 数度返事を繰り返したり、驚愕して声を上げる様子が覗え、会話が終わって道具をしまうと通信の内容を全員に説明する。


「本部からのニュウデンです。直ちに任務を終了し、帰還せよと」

「突然だな。何かあったのか?」

「ミヤシロサンイの第3小隊が妙な植物を採取しようとして、数名の隊員が意識を失ったそうです」

「なんだと!?一体どうして……まさか、さっきの叫び声か?」

「はい。地面に埋まっていたその植物を引き抜いた途端、鼓膜が破れるほどの強烈な叫び声を上げたそうです。咄嗟に耳を塞がなかった数名が被害に遭いました」

「まんまマンドレイクじゃないか!この大陸には、そんなファンタジーな物まで存在するのか!?」

「小隊長、何ですかマンドレイクって?」

「知らないのか、ミズノ?ファンタジー系の物語やアニメではお馴染みの植物だぞ」

「生憎、私は隊長のようなオタク趣味はないんで」

「それとこれとは話が別だろう。つーか、オタクを馬鹿にするんじゃねぇ!オタクが二ホン経済をどれだけ支えてるか分かってるのか!」


 マンドレイク。根っこの部分が人の形をしていて、地面から抜くと強烈な叫び声を出す不思議な植物。危険だけど、治療薬や魔法薬の材料として重宝されている貴重なものでもある。

 さっき聞いた鳴き声は、マンドレイクの叫び声で多分間違いない。これまでの話を要約すると、彼らの他にも森に入っている部隊があって、そのうちのひとつが不幸にもマンドレイクを抜いて被害に遭ったみたい。


「とにかく、負傷者が出ていることは確かなんだな。だったら第3小隊の救援も行わないと……」

「いいえ。我々はすぐに帰還せよとのことです。くれぐれも第3小隊と接触しないようにとも言っていました」

「ちょっと!負傷者がいるのにどうしてですか!?」

「それに関してもう一つ報告があります。現地人と思われる少女が同様の被害に遭って気絶している模様です」

「現地人だと?じゃあ、第3小隊はこの大陸の人間との接触に成功したわけだな!」


「(この森の中に人が?)」


 私は彼らの会話に疑問を覚えた。

 こんな誰も寄り付かないような薄気味悪い森で大陸の人間に接触できたなんて信じられなかった。


「ただ、その少女が何かしらの病原菌を持っている可能性も否定できないので、駐屯地に戻って検査を受けるまでは隔離する必要があるそうです」

「なるほど……救援にいけないのは悔しいが、仕方ない。全員、直ちに森を出るぞ。本部に帰還する」

「「「了解!」」」


 そう言うと彼らは森の東に向けて進んでいった。

 連中が見えなくなった途端、私は緊迫した空気からようやく解放された。


「助かったぁー!今のはホントにヤバかったー」


 思わず口から出た。

 私は服についた草や土を払うと、急いで荷物をまとめて再び森の中を進み始めた。

 さっきの連中が通った道をそっくりそのまま進む。あの連中は見えなくなってるけど、地面に倒れている草や足跡が残っているからどこを通ったのかがはっきりわかる。彼等にまた発見される危険はあるけど、こんなよくわからない森だとやっぱり確実に出られる道を進みたい。

 小一時間ほど歩くと、ようやく森が途切れるのが見えた。

 でも、まだ森からは出ないで周辺にさっきの兵士やその仲間がいないか見渡す。

 そして何もないことを確認してから、ようやく森の外へ出た。


「やっと出られたー!」


 私は大きく伸びをしながら大声で叫んだ。

 森の先には広大な平原が広がっていた。平原はプリミントの森の不気味さが嘘のように爽やかな風が吹いて、きれいな緑の草に覆われていて、この季節には少し早いけど花もちらほら見える。空気もおいしい。

 冒険者としていろいろな所を渡り歩いてきた私だけど、この場所はその中でも絶景と呼ぶにふさわしい場所だった。

 さっきの連中が馬車でも用意していたのか、太い車輪のような跡が地面に複数残っている。でも、それ以外は特に目立った物はない。


「この辺は特に人の手が加えられたような物はなさそうね。もっと奥に進めば何かあるかな?」


 ここでの調査は不要と判断し、先に進もうとした時だった。


「……何あれ?」


 変なものが走っているのを見つけた。馬車にしてはやけに早いし、魔物の類にしても記憶の中で当てはまるものはない。

 かなり距離があるから、私は荷物の中からドワーフ製の望遠鏡を取り出して覗き見た。

 それは濃い緑色に塗られた馬車のような荷台がついた大きな鉄の箱で、やたらに太い車輪が付いている。でも、肝心の馬がどこにもいない。とりあえずは暫定的に鉄馬車……いや、馬がいないから『鉄車てっしゃ』とでも呼んでおくかな。

 私が森に戻って、そこから様子を窺うと、鉄車は私がいる所より北側に向かっていた。

 興味の湧いた私は森の内側から北に向かうことにした。

 三十分程進むと、鉄馬車が止まって周辺にはさっきの連中とは違う格好をしている集団が居るのが見えた。

 服は模様こそ同じだけど、全身を完全に覆うような服で顔には口の部分に変な出っ張りのついた仮面をつけている。

 何だか忙しそうに右往左往している。

 私は森から出る手前のギリギリ気づかれない位置まで移動して、さらにその様子を探った。

 すると、数名の兵士が担架に乗せられて鉄車の荷台に運ばれているのが見えた。

 意識を失っているみたいだけど目立った外傷が見えない。

 ふと、森の中で出くわした兵士の話を思い出した。


「(そういえば、マンドレイクの鳴き声を聞いて気を失った隊が出たって言ってたっけ)」


 今運ばれている兵士たちがその不幸な隊の兵士かもしれない。

 そう思っていると、隊長格と思われる兵士が全身を覆っている兵士と何かを話しているのが聞こえた。


「―――という訳なので、ミヤシロサンイにも入院していただきます」

「仕方ないとは言え、いい気分はしないな。しばらく隔離されるなんて」

「そこは我慢してください。それに、検査も数日で終わると思われるので、異常がなければまたすぐに通常勤務に戻れますよ」

「わかった。それと……問題はこっちのお嬢さんだな」


 隊長は自分の奥の方の担架に視線を落とした。

 そこには確かに誰かが載せられてる。

 でも、ここからだと他の兵士が邪魔で顔や姿がよく見えない。

 移動して見ようとも思ったけど、さすがにこれ以上近づくのは危険すぎる。

 せめて、どんな人なのか会話から聞き出してみよう。


「今でも自分の目が信じられない」

「本当ですね。しかし、こうして目の前に現実としているわけですから、認めざるを得ません」


 今はもう絶滅したはずの種族か生き残っていたみたいな反応をしてる。

 そんなに珍しい種族なのかな?


「国民はさぞかし驚愕するでしょうね」

「そうだな。何せ空想の産物だと思われていたダ—————————————」


 突然、空から聞こえた不思議な羽音が二人の会話をかき消した。

 明らかに鳥の羽ばたく音じゃない。どちらかと言うと虫の羽音が近いかな。

 私は音のする空を見上げた。


「何あれ……!?」


 そこに映っていた物は知識がそれなりに豊富な私でさえ理解できない物だった。

 まず、真っ先に目についたのは”それ”の頭と尻尾の上に着いている巨大な羽。鳥や虫の様な羽ばたき方ではなく、高速で回転させて空を飛んでいる。大きさは15m(メイル)以上はあるかな?

 ”それ”は体のほぼ全てが鉄で出来ている。なんで鉄の塊が空を飛べるのか?そもそもあれは生物なのか?そんな疑問が私の頭の中で繰り返された。

 とりあえずは”それ”を『鉄羽虫』と呼ぶことにして、様子を窺った。

 鉄羽虫は兵隊がいる場所からすこし離れた位置に着陸する。その際、鉄羽虫の周囲には風がものすごい勢いで舞った。

 着陸が終わると羽をゆっくりと減速させ、完全に停止する。

 そして、お尻と思われる部分が開いて、赤い十字マークが入った全身を覆う服を着た集団が出てきた。

 担架に乗せられた兵士の側まで寄ると治療行為と思われる行動を始めた。医療部隊みたいなものかな。


 私は連中の驚くべき乗り物と迅速な行動に少し放心状態になった。

 だけど、肝心なことを思い出して目線を隊長と担架がいる方に戻した。

 すると、担架は今まさに鉄車の荷台に乗せられるところだった。

 担架に載っている人の正体を知りたかったけど、やっぱり周囲の人間が邪魔で見えない。

 そうこうしているうちに、担架は荷台に乗せられ、鉄車は発進してしまった。


「あーあ、調べ損ねちゃった……。まあ、今はこの兵士達や鉄羽虫のことだけ書いとけばいいかな」


 私の任務はあくまで未開の地の調査であるから、今目の前にあるこの光景のことを報告書にまとめておくだけでも十分な成果になる。

 あの連中が連れて行った種族のことも気になるけど、彼らが自分たちの拠点に運んでいる以上、何かしらの情報がつかめるはず。後からでも遅くないと私は結論付けた。

 そして、再び兵士たちの行動や鉄羽虫の調査を続けた。

 








ライアス王国 王都ラドエレム 城下町

二ノ月二十二日



 私アリアは現在、城下町を散策しております。

 緑を基調とした動きやすい質素な服と靴、顔をあまり見られぬようにフードを被り、護身用に女性の私でも扱えるミスリルナイフを左腰につけ、首にはペンダントをお守り代わりにつけています。一見すると冒険者のような格好です。

 なぜ王女であるこの私がこのような格好で城下町まで降りてきているのかと問われれば、現在の政策による国民の暮らしを確かめるためです。

 本来、王女である私はたとえ城下町でも降りることは許されていません。しかし、私は六歳の頃からよくお忍びで城下に降りて遊ぶことが多かったです。

 城の兵士の巡回のタイミングを模索したり抜け道を見つけたりなど、小さい頃からの経験がすっかり身につき、侍女の協力もあって、この年になってからは城を抜け出したことに気付かれることは全くと言っていいほどなくなりました。

 幼い頃からの悪戯で身についた忍び癖が今となっては民衆の暮らしを確かめるために役立っているなど、何とも皮肉なことでしょう。

 それはさておき、私が今向かっているのはこの町の商業区域である王都西側のリバ地区です。商業地区なだけあって、人も多くそれなりの賑わいを見せる地区です。情報収集にはよく利用しています。

 道中、通り道の端で物乞いをしている人が多数みられました。物乞いがいること自体は特別不思議なことではありませんが、以前に来た時よりも明らかに数が増えていました。これも増税の影響なのでしょうか。

 リバ地区に到着した私は無数の屋台が並んでいるバザーに足を踏み入れました。肉や干し魚、野菜に果物など、食料品を売る列の中で適当に選んだリンゴ屋に声をかけます。


「こんにちは、おばちゃん。リンゴ一個くれる?」


 今の私は姫ではなく、名前も売れていない駆け出しの冒険者であるため言葉遣いは少し荒っぽくしています。

 リンゴ屋のおばさまは気さくに返答してくれます。


「あいよ。一個30テスだよ」


 聖教同盟圏の通貨は銅貨、銀貨、金貨と三種類あって、呼び方は銅貨がテス、銀貨がフロム、金貨がリオスと変わっていきます。また、100テスで1フロム、100フロムで1リオスを百進法で成り立っています。ちなみに、亜人族の諸国連合圏の通貨は単一通貨でルアンと呼ぶそうですが、ここではあまり関係ないですね。


「あれ?また高くなってない?ちょっと前に来たときは25テスだったのに」

「王様がまた増税を命じたのさ。おかげでこっちの生活はまた一段と苦しくなったよ」

「また?ホントにこの国は冒険者泣かせだよね。王様は何考えてんだか」

「嬢ちゃん。そういうことは大きな声で言っちゃいけないよ。兵士にでも聞かれたら不敬罪で逮捕されちまうよ」

「わかったよ。以後気を付けるよ。はい、30テス」

「まいど」


 お金を払ってリンゴを受け取ると、すぐにバザーを離れました。

 リンゴをかじりながら次に向かったのは武器屋です。ラドエレムで最大の鍛冶屋も兼ねており、多くの貴族や冒険者からの特注品の注文が殺到するほど腕のいい職人が揃っています。私のナイフもそこで作られました。

 冒険者がよく利用していることから、近隣の町や国外の情報を得ることができるため、城下へ降りた際は必ず立ち寄っています。


 武器屋へ向かう途中、他の家や店を凌駕するほどの巨大な円形状の建物の前を通りがかりました。建物からは大勢の怒号や歓声が聞こえてきます。

 しばらくその建物を見ていると、出入り口の門から貴族と思われる数名の人物が出てきました。


「クソッ!レドンの奴め!何が『常勝無敗の斧使い』だ!冒険者の小僧なんぞにあっさり負けやがって!おかげであいつに賭けた大金がパアになっちまった!」

「仕方ありませんよ旦那様。小僧と言っても『二つ名持ち』だったんですから。それなりの腕があった証拠ですよ」

「『疾風蟹』のカーティス・ブロイザンドだったな……。あの顔は絶対に忘れんぞ!」


 どうやら試合の賭けに負け、苛立っている様子です。お金を運に任せて稼ごうなどと考えた自業自得でしょうに。

 ここは『コロシアム』。亜人族とはじめとした奴隷たちを戦い合わせる闘技場で、お金を出せば平民でも試合観戦や賭博が可能な娯楽施設でもあります。三十年ほど前に先代国王グレント・ベムラートが建造したものです。

 ぺシオ教では他者を奴隷にすることは禁じていますが、この国は……正確にはベムラート家は亜人族の迫害が他国より顕著です。その影響もあってこのライアス王国は亜人族奴隷の所持を容認どころか推奨までしている数少ない国に挙げられます。

 コロシアムはこの町の象徴だとお父様は言いますが、私にはこの町の汚点としか思えません。こんな血なまぐさい場所を造るぐらいなら、それ以前に建っていた研究所を流用した方がずっと良いと思います。

 この場所には元々、発明家としても名が知られていたオーレンド家が主導で建てた『新技術研究所』がありましたが、オーレンド家を完全否定するベムラート家の意向で取り壊され、戦嫌いの彼に対する当てつけのように命を散らし合わせる場所を建てたのです。

 ここでは毎日のように奴隷や犯罪者、名声と賞金目当ての冒険者、各地から連れてこられた魔物が休みなく亡くなっていきます。そう思うと、胸が締め付けられる気分です。

 これ以上の長居は無用なので、急ぎ足でその場を後にしました。


 コロシアムを後にして武器屋につくと大きな扉を開けて中に入ります。店内は冒険者の話し声や店の奥から聞こえる鉄を打つ音が響き、相変わらず繁盛している様子でした。

 私は顔なじみの店員に声をかけます。


「ロビン、久しぶり」

「いらっしゃ……なんだセリアか。今日は何の用だ?」


 セリアは今私が使っている偽名です。母の名前からとっています。

 応対していただいたこちらの若い男性はロビンと言って、見習いの鍛冶師です。

 彼には冒険者向けのアドバイスや装備を勧めてもらたことがあり、非常に話しやすい方です。

 私は最近周辺で変わったことがなかったか尋ねました。


「そうだな、昨夜にネイロード邸に強盗が入ったってぐらいだな」

「ネイロード邸に?」


 ネイロード邸とは、数ヶ月前にルアス同盟の本拠地強襲作戦の指揮を執ったステファゴス・ネイロード伯爵の屋敷のことです。

 王国の貴族に関する事件は逐次王城に報告されますが、今日は日が昇らないうちに城を出たため、この事件に関することはまだ聞いていません。

 気になった私は詳しく話すようにお願いしました。


「なんでも、盗賊団らしき集団が屋敷に押し込んできたそうだ。金目の物は奪われ、伯爵やその家族、家臣団までも皆殺しにされて、屋敷には火を放たれたんだとさ」

「物騒だね……。その強盗団の正体は分かってるの?」

「はっきりとしちゃいないが、ルアス同盟の仕業だってもっぱらの噂だ。奴らのボスが伯爵に捕まってるからな。その報復だろうとさ。それを裏付ける状況証拠が残ってたらしいしな」

「状況証拠?」

「ああ。伯爵やその家臣、兵士の死体は上がったんだが、伯爵邸にいた女性貴族や女性使用人、更には奴隷の死体は全く出てこなかったそうだ。この辺で奴隷を助け出す物好きな連中と言えば、あいつ等しかいないだろ」


 ルアス同盟。この国の元王家であるオーレンド家の末裔が立ち上げた反ぺシオ教組織。王位奪還と亜人族の解放を掲げ、この国のみならず、世界各地でも宗教施設の襲撃や信仰熱心な貴族や商人を暗殺するなどのテロ活動を行っているそうです。

 彼らの行いは許されることではありませんが、そうせざるを得ない状態にしたのは我がベムラート家であることは確かです。


「ついさっき、冒険者ギルドからルアス同盟に対する懸賞金の増額の御触れが出た。見てみろよ」


 そう言って私に出したのは手配書でした。前の懸賞金の額が横線で塗りつぶされ、新たに手書きで書かれています。先の額もそれなりに高額でしたが、今は倍近く上がっていました。


「随分と奮発してるね。これも王様の命令なの?」

「ああ。だからはした金欲しさに国民も冒険者も躍起になってるんだ。お前も狙ってるなら急いだほうがいいぞ。鍛冶屋の俺には関係ない話だけどな」


 そう言い捨てたロビンの表情は不機嫌そのものでした。

 私は彼にどうしたのか尋ねました。


「俺たちが苦しい思いして払った税金がこんな無駄なことに使われてるんだぞ。自分には関係ないと思って調子に乗りやがって!大きな声じゃ言えないが、ルアス同盟の連中が王になった方が良いとすら思ってるよ!」


 やはり、民衆の中にはオーレンド家を支持する方もいるようです。 

 先々代国王のルアス様はダークエルフ族と手を組むという無謀な行為をしたために教会から破門され、『聖戦』の標的となりました。しかし、それを除けば彼の善政や発明品による暮らしの改善は評価に値するものでした。

 私も大きな声では言えませんが、私は今の王家よりもオーレンド家……その中でもルアス様を強く尊敬しています。こんなことが知られたらたとえ私でも反逆罪で絞首か火炙りにされかねませんが、お父様の今の政治とルアス様の政治を比べれば、どちらが素晴らしいかは一目瞭然です。


「あの王族で唯一まともだったのは王妃のセリア様ぐらいだな。効果はあまりなかったが、民の生活の改善化を何度も王に要請したそうだ。あと、噂で聞いた話だと王女様も王妃様と同じことを続けてるそうだな」


 突然、お母様と私の話が出てきて思わずギョッとしました。

 咳払いでごまかします。


「セリア、どうかしたか?」

「……いや、ちょっと考え事してただけ。それにしても、首領が死んで本拠地も潰されたのに、まだ活動してたんだね」

「今は首領の息子が組織を継いでいるらしい。冒険者なら知ってるだろ、『白顎龍』のこと。あいつが息子だったらしい」


 その方の噂は私も耳にしています。

 『白顎龍』。白い龍の頭を模した独特な被り物をし、並外れた戦闘力と統率力を併せ持っていることから、冒険者の間でその二つ名が付けられたそうです。

 彼がリドアス様の子、つまりはルアス様の孫のだということは、本拠地の襲撃の際に初めて発覚しました。

 彼については不明な点が多く、あまり情報がありません。被り物のせいで顔も分からず、人相書きも作れないそうです。

 分かっていることは、背丈が180cm(クラトメイル=cm:センチメートル)くらいで、仲間からは『フレイ』と呼ばれていることだけです。ただ、オーレンド家は世継ぎの名前の最後に必ず『アス』とつけていることから、彼の名前は『フレイアス』または『フレイ○○○アス』の可能性が高いそうです。


 もしも彼が目の前に現れたら、私はどうなるのでしょう?おそらくは、即刻殺されるか、人質にされるでしょう。

 しかし、お父様からすれば私にそんな価値はありません。殺されればそれでよし、人質なら「ぺシオ教に背く連中の言いなりになどならない!それは娘も同じだ!」と言って身代金の交渉にも応じないと思います。


「ところでよ、うちは情報屋じゃなくて鍛冶屋なんだからよ、注文があるなら言ってくれ。そっちの棚に並んでる既製品でも特注でもいいぜ」


 ロビンが仕事の話を振ってきました。確かにここのところ話をするだけで何も買わずに帰ってしまうことが多かったですね。お金には余裕がありますし、折角なので何か買うことにしましょう。


「そうだね……そろそろ軽装の鎧があると心強いかな?」

「鎧だな?それだと特注で値段も張るが、大丈夫か?」

「その辺は気にしないでいいよ」

「そうか。じゃあ、詳しい素材やデザインとかは奥で聞くからついてきてくれ」


 ロビンに促され、私は彼の後に続きました。これはしばらくかかりそうですね。









未開の地 南部

プリミントの森より東に60tm(テスメイル)

二ノ月二十五日


 未開の地に到着してから三日後、私はプリミントの森から更に東に進んでいた。

 地図によると、この先には小さな入り江があるみたいで、今後の調査活動の拠点にはちょうどいいらしい。

 この三日間で私は例の集団の情報をそれなりに入手した。

 鉄車や巨大な鉄羽虫の他に、あっという間に畑を耕す乗り物、いとも簡単に木を切る道具など、今まで見たことがない道具や乗り物が出てきた。

 少なくともあの連中が高度な技術を持っているということは確かね。

 でも、現時点で調査できたのは西部と南部の一部だけ。今後は更に調査範囲を広げて行きたい。

 そうこう考えているうちに入り江にたどり着いた。

 入り江は小さな砂浜が岩壁に囲まれるような形で姿を見せていて、近くには岩礁でできた道が遠くまで続いていた。


「ここで間違いなさそうね。けっこう綺麗な所じゃない」

 

 ここならあの連中にも気付かれにくいだろうし、水浴びもできる。拠点には打って付けの場所だった。

 私は荷物から1つの笛を取り出した。それは珊瑚で作られた赤色の縦笛で、先端部分にこの笛をくれた友達の紋章が彫られている。

 その笛を沖に向けて思い切り吹いた。心地良い音色が辺りに響いた。

 呼びかけにいつでも応じてくれるって言ってたから、多分すぐに来るはず。

 そう思っていると、一分もしないうちに沖の方から何かが向かってきているのが見えた。

 大きな白い波を立たせて、ものすごい速度で迫ってくる。

 そして、私との距離が20m(メイル)くらいまでになった途端、それは海から飛び出してきた。


「ヤッホー!!」


 そう叫びながら弧を描いて私に飛びついてきた。

 私が受け止めることも計算に入れてくれたのか、思ったよりも衝撃は少なかった。

 私に飛びついてきたのは、貝の髪飾りを付けた透き通るような蒼い髪とキレイな鱗に覆われた大きな魚の尾ひれをした、見た目は同い年くらいの女の子だ。


「久しぶり、ハーミル!会いたかったよー!」


 彼女は私以上にある大きな胸を押し付け、顔に頬ずりをしながら嬉しそうに言った。


「久しぶり、エル。それともエルディーネ姫の方がいいかしら?」

「もう、その呼び方はやめてよー。姫って言ったって王位継承権はもう持ってないんだから。


 私に飛びついて来たこの人魚族は通称『エル』こと、エルディーネ・アノール・プロザレード。

 エルは魚人族の国家である『プロザレード海底連合王国』の第六王女でルアス同盟の良き協力者でもある。

 エルと私は冒険者時代からの親友で、さっき吹いた『珊瑚の笛』も彼女から貰った物。この笛だけじゃなくて、私は他にもいろんな種族の友達を呼べるアイテムを幾つも持ってる。

 私とエルが久々の再開に浸っていると、少し遅れて海からもう一人顔を出してきた。


「姫さま~。そんなにお急ぎにならないでください~」


 かなり疲れた様子で現れたその人は、体が全体的に青い半透明で、手足はついているけど頭には無数の触手がぶら下がった帽子のようなものを被っている。


「遅いよミント―!」

「しょうがないでしょ。海月族は人魚族と違って速く泳げないんだから」

「お久しぶりです~。ハーミルさま~」

「ええ、ミントも久しぶり」


 この海月族の女性はミントと言い、エルの専属の近衛侍女であり、エルが幼少の頃から世話役を務めていた。

 おっとりとした性格だけど怒るとすごく恐いし、近衛を勤めるだけの実力もあるみたいで、戦闘能力が高い鮫人族の盗賊10人以上をまとめて葬ったという噂がある。


 私達は世間話もそこそこにして本題に移った。


「物資の方は持って来てくれた?」

「もちろん。でも、その前に……」

「わかってるわよ。二組あるから一つはちゃんと支部に届けてね」


 私は複数の羊皮紙が1つにまとめられた紙の束を取り出した。

 これは、私が未開の地に入ってから今日までの調査記録の報告書だ。

 同じ内容が書かれている報告書は二組分あり、一つは支部に送り届ける分で、もう一つは魚人族へ提供する分だ。

 魚人族も無償で協力しているわじゃなくて、見返りとして彼女達では調べられない陸地の情報の提供を求めたり、人族国家でしか手に入らない名産品を受け取っている。

 ルアス同盟はこれまでも物資の補給の他に、資金源にもなっている海産物や海底鉱物をもらったり、救出した亜人族を諸国連合に送り届けてもらったりで、様々な面でお世話になっている。

 ちなみに、ルアス同盟は私とエルのコネもあって、他の組織よりも優先的に支援を受け取れている。


「それではお預かりいたします」


 私はミントに報告書を渡すと、予定されていた追加の物資を出してもらう。

 エルとミントが呪文を詠唱すると、海の中からシャボン玉のような大きな泡がいくつも浮いてきた。

 砂浜に上げると泡は消滅して、中から様々な食料や道具の箱が出てきた。

 これは魚人族が得意とする魔法の1つで、水中でも物体を濡らさずに運ぶことができる。

 種族や個人差にもよるけど、高度な魔導士なら最大で2j(ジム=t:トン)まで運ぶことができて、エルとミントはそれぞれ300tf(テスフロム=kg:キログラム)までなら可能だそうだ。

 私が物資の確認をしていると、その中にエルが書いたものらしい別の報告書が混じっていた。


「エル、これ読んでもいい?」

「別にいいよ」


 エルの承諾を得ると、いったん確認作業を止めて箱を背にして砂浜に腰かけた。

 目を通してみると、そこには私がまだ調査していない北部や東部の様子が書かれていた。それによると北部には例の集団がそこそこ広い都市や港湾を建造していて、東部は鉱山地帯となっていて既に採掘が始まっているらしい。

 いくつかの項目を読み上げた中、私はふと気になる内容を見つけた。


「ここに書いてある北東部近海の海底で掘削作業って、何のため?」

「さあ?あの辺りは『黒水』が埋まっているけど、あんなもの掘り出してどうするかまではわからないよ」


 黒水とは、この大陸の陸海問わず様々な場所に埋蔵されている液体だ。

 地域によっては黒油とも呼ばれていて、有毒でひどい悪臭を放ち、一度体に付いたら簡単には洗い落とすことができない危険な液体である。

 そんな危険な物を採ってどうするのか少し気になったけど、自分たちには関係ないだろうと結論づけた。


「でもあいつら海底から取り出しているんでしょ?一応あんた達の縄張りを荒らしてることにならないの?」


 アルデオ大陸近海は基本的に魚人族の縄張りだから、海底を無断で掘り起こすのは彼らに対する挑発行為になる。

 場合によっては魚人族と例の集団の間で戦が起こりかねないんじゃないかと思ったけど、エルは首を横に振った。


「あの辺りは元々使われてなかったし、こっちに直接実害があった訳でもないから、今は保留って感じかな。むしろあんな危険な物、持って行ってくれるとこっちとしてはありがたいわよ」

「そんな軽い感じで言いわけ?」

「いいのいいの。ママが決めたことなんだし。何かあっても後からいちゃもんつけてふんだくればいいだけだし」

「仮にも何十種もいる魚人族を束ねる由緒正しい人魚族でしょ!何狡いやり方しようとしてるわけ!?」

「狡くない王族なんていないよ。ハーミルはすこし人魚族に夢見すぎ」


 今後どうなるかはわからないけど、今のところは魚人族も気にしてはいないみたい。

 しばらくするとハーミルの報告書を読んでいたミントが感想を述べてくる。


「あの方々が凄まじい技術を有しておられることはハッキリしましたが~、農業や採掘ばかりで隣国に侵攻しようとする姿が確認できませんです~。余程慎重なのか~?はたまた平和主義なのか~?」

「今後はその点も調べるつもりよ。亜人族に友好的かどうか、私達ルアス同盟の障害になるかどうか……」


 あの集団に接触するかどうかを決めるには、彼らの立場や目的を知る必要がある。

 対応を誤ればルアス同盟全体が危険に曝されるかもしれないから、ここでの判断ミスは許されない。

 最初は面倒な仕事だと思っていたけど、今はこの任務の重大さを強く感じていた。


「ところでハーミル。ずっと気になってたんだけど、レイリーはどうしたの?」


 いつの間にか私の隣にまで迫っていたエルが唐突に聞いてきた。


「レイリーはノイズ王国で仕事中よ。まだしばらく帰ってこれないみたい」

「へぇー。ちなみに、レイリーはハーミルがこんな辺境で一人で調査してるってことは知ってるの?」

「いや、教えたら多分、今の任務を無理やり中断して私の元に来ちゃうだろうからって、支部長の意向で内緒になってる」

「うわぁ……。レイリーが知ったら怒るだろうなー。ハーミル一人こんな場所に行かせるなんて絶対に許さないだろうから」

「まあ……ね。もう少しあの娘がみんなと仲良くしてくれたら、内緒になんてしなくて済むんだけど……」

「無理だねー。だってレイリーってハーミルの……番犬みたいなもんでしょ。私にですら嚙みつきそうな剣幕だったもん」

「……」


 レイリーは私以外とは友好的に接しようとはしない。

 逆に私だと人が変わったかのように懐いてくる。

 まあ、その辺は私とレイリーの少し深い事情もあるんだけど、あんまり触れてほしくない。

 エルも今うっかり言いそうになって、咄嗟に配慮して言葉を選んでくれたけど、それでも少しイラっとしたのは内緒だ。


「もういっそのこと、レイリーと駆け落ちしちゃえば?」

「うん……って、はっ、はぁ!?」


 エルが藪から棒に変なことを提案してきた。


「なっ、ななん、何を言い出すのよ!?」

「えー、だってレイリーはハーミルにゾッコンだし、ハーミルもレイリーのこと他の友達より気にかけてるじゃん。二人ってそういう仲なのかと」

「違うわよ!レイリーはちょっと人付き合いが苦手だから一緒にいるのが多いだけ!単純に友達なだけよ!」


 私が必死で反論するけど、エルは「ほんとに~?」と、いやらしい笑みを浮かべてしつこく聞いてくる。

 エルはこの手の話が本当に大好きで、友達もこのネタでよくいじられる。


「大体、レイリーも私も女なのよ!女同士でなんておかしいでしょうが!」

「私は別にそんなに気にならないけどなー。男同士だろうが女同士だろうが、その人を好きって思えば立派に愛を育んでいることになるでしょ」

「そうかもしれないけど……」

「それに、今の東部じゃ実例だってあるでしょ。ほら、あの魔女三姉妹とか」

「あの三人はただの変態よ!一緒にしないで!」

「ハーミルさま~。そんなにムキになると返って怪しまれてしまいますよ~」

「う……うるさいわね!」


 ミントが会話に割り込んできた。


「大体、ハーミルってまだ男の人苦手でしょ。それじゃあ彼氏なんて作れないでしょ」

「そんなことないわよ!そもそも私にはもう心に決めてる人が……あっ!?」


 熱くなりすぎて思わず喋ってしまった。頭に血が上るのってホントに怖い。

 エルはさらに追い打ちをかけてきた。


「えぇー!?いるの!?誰!?だれ!?」


 エルがすごい剣幕で迫ってきた。

 この様子だと、多分言わない限り離れてくれないだろうけど、私は言うつもりなんてない。なぜなら、


「言わない!絶対言わない!だってアンタ絶対他の人にバラすから!」

「エー。ソンナコトナイヨ―。アルトシタラチョットクチガスベッタトキグライダヨ―」


 バラす。この棒読みとこの真顔とこの自白だと絶対にバラす。

 それだけじゃない。今後もこのネタでいじられ続けられるかもしれない。


「ほう。言う気がないなら、こうだ!」


 エルは私のわき腹をくすぐってきた。


「あっ!ちょっ!だっ、だめっ……!あはははは!」

「ほらほらー。教えないともっとひどくなるよー」


 エルは私の脇腹から脇の下にかけて執拗に攻めてくる。

 私のすごく弱いところだ。


「あはははは!やめっ、やめて!そこ弱っ、いひひひひひひ!」

「さあ、白状せい!ハーミルが好きな人は誰?」

「いっ、言わないっ!絶対にっ!あははははははは!恥っ!恥ずかしっ!いやっ!ひゃはははははっ!」

「ほーう、話す方が恥ずかしいなら、今ここでもっと恥ずかしい目に……えっ?」


 突然、エルの動きが止まった。何事かと思って見てみると、エルの後ろにミントが立っていた。ミントが止めてくれたのかな?


「姫さま~。お友達をいじめるのはよろしくありませんよ~」


 ミントは笑顔で注意した。けど、なぜかその笑顔から恐怖を感じる。背後には黒いオーラが出てるような感じまでする。

 しかも、頭の触手が異様にうねうね動いて、いつでも攻撃できるような体勢になってる。そういえば、しつけが目的であればある程度エルに対して触手を使うことが許されてるって、以前ミントから聞いたことがあるのを思い出した。やっぱり、ただの麻痺毒でも痛いのかな。


「は……はい」


 顔を真っ青にしたエルは私を解放した。

 一先ず秘密が守られてほっとした。


「それから~、日がだいぶ傾いてきました~。そろそろ東部支部に向かわないと夕暮れまでに帰れませんです~」

「もうそんな時間なんだ。残念」


 今日はもうお別れになるのか。久々の再会だから夕食も一緒にどうかと思ったけど、門限なら仕方ない。

 私は今日のお礼を告げた。


「今日は久々に会えて嬉しかったよ、エル」

「まあ、色々大変かもしれないけど頑張ってね、ハーミル。物資が足りなくなったらまた来るから」

「ありがとね、エル。ミントも元気でね」

「はい~。お元気で~」


 エルとミントは別れを告げて沖の彼方に消えていった。

 残された私は物資の整理を続けた。









カテドナ王国 ルアス同盟東部支部 クラ―ティム館

二ノ月二十六日


 私フィール・アレイシアは支部長呼び出され、彼女の執務室に向かっていた。

 今歩いている廊下はそれなりの広さがあり、真っ赤なカーペットまで敷かれている。非合法組織のアジトにしてはかなりの豪華さを誇っている。東部支部の本拠地を兼ねているこの館は、東部支部長のレイラ・クラ―ティムが冒険者時代に貯めた財産を元手に廃墟となっていた館を改装したことからクラ―ティム館と呼ばれている。館はあまり人が寄り付きそうにない森の中に建てられており、館から10分ほど歩いた場所には海がある。以前の支部はもっと小さく、お世辞にも綺麗とは言えないものだったが、レイラがメンバーに加わってからは無条件でこの館を使用させてもらっている。

 やがて、支部長の執務室の扉の前で立ち止まり、ノックをする。


「誰?」


 中から支部長のレイラ・クラ―ティムの声が聞こえた。

 私は返答をする。


「フィール・アレイシアだ。失礼する」

「どうぞ」


 入室の許可を得て、扉を開けて中に入った。

 レイラは机に座って何かを読んでいる。報告書だろうか。


「突然呼び出してごめんなさい、フィール」

「構わん。それで、要件はなんだ?」


 私が支部長に対してこのような言葉遣いなのは、彼女よりもルアス同盟への所属歴が長いからだ。

 エルフ族の私は見た目は人族の基準で20代前半頃だが、実年齢は247歳で、ルアス同盟には設立当初、すなわち35年前から所属している。

 初代首領のリドアスが15歳にルアス同盟を立ち上げてから、レーアイナ公国大反乱やリゴニアーロ枢機卿暗殺、大魔獣マンティコア討伐といった大規模作戦にも携わり、無論、フレイアスの生誕にも立ち会った。

 東部の支部長は私が担っていたが、レイラに経験を積ませることも兼ねて支部長の座を預け、今は参謀として彼女を補佐している。


「まず、これを読んでほしいの。今日来たばかりの報告書よ」


 そう言って渡してきたのは、さっきまでレイラが読んでいた2冊の報告書だ。私はそれを受け取り、まずは報告者が誰かを確かめる。報告者は未開の地に派遣されていたハーミルと協力者のエルディーネ王女殿下だった。


「ハーミルは無事に着いたようだな」

「ええ。でも、内容を見てちょうだい」


 言われた通り内容に目を通した。


「…………」


 そこに書かれていたのは情報の真偽と現地の状況だったが、あまりの衝撃に言葉が出なかった。

 どれも現実離れしているものばかりでにわかに信じがたい内容だった。

 一通り読み終えてレイラに感想を述べた。


「……確認するが、これはハーミルとエルディーネ殿が書いたもので間違いないな?」

「ええ。あなただってそれがハーミルの字であることはわかってるでしょ。エルディーネ様の方は王家の印が押されているし」


 やはり、これは本物だと認めざるを得ないか。そうなると、我々の常識から逸脱したこの内容も真実ということになる。

 それを踏まえて改めて読み直し、内容をまとめた。


「まず、未開の地で何者かが開拓を行っていることは事実だった。そして、その連中はすさまじい技術力があるという訳か」

「そして、兵士と思われる武装集団も存在する。今のところは近隣に攻め込むような兆候は見られないけど、警戒はしといた方が良さそうね」


 一先ず、未開の地の情報の真偽は分かったが、ここからが大変だ。

 フレイアスからは情報が真実だった場合は調査を続行し、逐次報告するように言われている。ハーミルへの増援も必要だ。

 だが、こちらには奴隷救出任務が残っており、メンバーのほとんどが出払っている。すぐ隣のノイズ王国にはメンバーが何人かいるが、別任務で動かせない。

 元々、情報が偽物だと思い切っていたレイラはハーミルに未開の地へ行かせて、それが終わり次第ノイズ王国にいるメンバーと合流させて別任務をさせるつもりでいたが、予定が完全に狂った。やはりこれもメンバーとしての経験不足が祟ったようだな。

 レイラは私に新しい指示を出した。


「皆を大広間に呼んでちょうだい。今後の方針について話し合うわ」

「了解した」


 部下はすぐに部屋を出て支部内にいる仲間たちを招集しに行った。

 他支部より比較的に仕事が少ない東部支部だが、これまでないほど忙しくなりそうな予感がするな。

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