第11章 各々の動き2
大変遅くなりました。
もっと書こうと思っていましたが、これ以上皆様を待たせるのは申し訳ないと思い、一部を次回に持ち越して投稿します。
PS:それでも文字数2万文字以上(空白・改行含む)に達していました。
カテドナ王国 ルアス同盟東部支部 クラーティム館
ハーミル誘拐から10日目
レイラは偵察に向かったリリからの報告を待っていた。
昨日に送り込んでから既に丸一日が経過しているが、一向に連絡がない。
自分の隣には、常にキキを待機させていた。
「レイラさん、もう3日も休んでいないでしょう。後は私たちに任せてお休みください」
キキは心配そうにレイラに進言する。
彼女の言う通り、レイラは2日に1度という無茶なペースでしか休憩を取っておらず、ハーミルが軍団の保護下に置かれたという報告が来てからは一睡もしていない。
「……いいのよ。せめてあの娘が無事だって報告が上がるまでは指揮をとらないと」
「しかし……」
キキが反論をしようとした時、彼女のネックレスの魔水晶が光りだした。
すぐにキキが通信に出るが、それよりも早くレイラが応答する。
「もしもし!リリなの!?」
『はい……。そうっス……』
相手は、現在ハーミルを管理している軍団の偵察に出ていたリリだった。
レイラは真っ先に本題に移る。
「どうだったの!?ハーミルはまだ無事なの?」
食いつく様な勢いで魔水晶に怒鳴る。
しかし、しばらく時間を置いて帰ってきた返答は、最悪なものだった。
『ハーミルさん……王城入りを確認したっス……』
それを聞いたレイラや周囲にいたメンバー達は驚愕と絶望を顔に出した。ショックのあまり、その場にへたりこんで立てなくなるメンバーや泣き出すメンバーもいる。
「……本当なの?」
『はい……。それで、聞きたいんスけど……本当にハーミルさんは殺さなきゃダメっスか?』
「……このままあの娘を生かしておくのは、組織全体を危険な目に合わせることになるのよ。レイリーに救出を任せられない以上、それしか手段はないでしょう」
レイラは、これ以上はどうにもならないと考えていた。
王城内にはレイリーがいるが、彼女にハーミルを救出させるには半年以上前から続けていた任務を放棄する必要がある。
少なくとも、『ダークエルフ族に関する情報が書かれた報告書の回収、又は処分』は絶対に成功させなければならない任務であるため、レイリーに救出を任せることができない。
透明薬を使うという案も出たが、支部に残っている透明薬は4時間用だけだ。これは、ノイリスを脱出するにはあまりにも短すぎる。
更に、透明薬は連続で使用する場合は数時間の休憩を挟む必要がある。それを無視した過剰摂取をすれば人体に悪影響を及ぼしかねないため、安全面の関係上、透明薬を使用した救出作戦は行えない。
その上、たとえ王城から脱出できたとしても、ハーミルが逃げ出したと分かれば、ノイリスはあっという間に厳戒態勢が敷かれるはずだ。ハーフエルフに逃げられることは、金塊を失うことに等しいため、王国軍は血眼になって捜索を始めるだろう。
そんな中では、ノイリスを出るどころか馬の準備をするだけでも疑われる。
完全に八方塞がりだった。
こうなってしまった以上、ハーミルの抹殺は確定的だ。
これから、レイリーにハーミルの抹殺を命じなければならないが、それに同意できない者達がいた。
「レイラさん!ハーミルを殺さないで!」
「お願いします!始末はもう少しだけ待ってください!」
「なんとか助けられるように全力を出します!ですから……!」
東部支部のメンバーたち全員だ。彼女達は、レイラに必死で懇願してきた。
皆、ハーミルと仲が良かった者ばかりだ。いや、この東部支部でハーミルと仲が悪いメンバーは1人としていない。
あまり時間をかけられない状況だが、少し考え込む。
「(ハーミルを殺してしまえば、少なくとも情報漏洩のリスクは無くなる。でも、こうなった原因は私にもあるのに、あの娘1人にその責任を押し付けるなんて……!)」
レイラ自身も、今回のハーミルの捕縛には強い責任を感じていた。
本来ならば2人以上での行動が義務付けられているにも関わらず、情報の信憑性の低さや亜人族の救出を優先した為に、ハーミル1人でナンヨウドウへ行かせたことが裏目になってしまった。
しばらくして、フィールとミミを増援として送ったが、その2人も途中で別の救出任務に時間を取ってしまい、ようやくたどり着いた頃には、ハーミルは連れ去られた後だ。
その救出任務も、一度支部に連絡されてレイラの許可が出た上で行われているため、実質レイラが合流を長引かせたと言っても過言ではない。
なぜハーミル1人で行かせたのか?どうして、フィール達には合流を急がせて、救出は自分たちが引き受けなかったのか?今更になって、そんな後悔に苛まれた。
やがて、レイラは魔水晶に向かって命令を告げる。
「レイリーにハーミルの様子を探らせてちょうだい」
『えっ?どうしてっスか?』
「あの娘なら、ハーミルの心情を引き出せるはずよ。始末か保留かを決めるのはそれからでも遅くないわ。……あの娘の忠誠心を、確かめるのよ」
ハーミルの親友であるレイリーなら、今の彼女の本心を聞き出すことが出来るかも知れない。
それが無理だとしても、レイリーには長年に渡る暗殺・工作任務の経験から、表情から嘘を見抜いたり、相手の思考パターンを読み取る能力が備わっている。
レイリーは任務を何よりも優先するため、親友のためだからといって嘘の報告をする心配はない。
少しでもハーミルが情報を吐こうとしているなら即座に始末し、耐えようとしているならしばらく様子を見て猶予を与える。
短時間で考え抜いた末、思いついたのはこれだけだ。
リリが命令を承諾して通信を切ると、レイラも自分の机に座ってため息をつく。
あとはレイリーからの報告を待つだけだが、その間もやれることはしっかりやらなければいけない。
「さあ、みんな。元の仕事に戻って。あと、やっぱり私も休ませてもらうわ。仮眠室にいるから何か進展か問題が起こったらすぐに呼んで……」
「レイラさん」
休憩に入ろうとしたレイラだが、突如キキに呼び止められる。
そして、かなり怒っている様子で尋ねる。
「ハーミルちゃんを、疑っているんですか?」
それは、一番して欲しくなかった質問だった。
周りのメンバーも何人かがレイラに冷たい視線を送っている。
だが、それも無理はない。
レイラがハーミルを信用していないかのような物言いをしたからだ。
ハーミルは、これまでもずっとレイラの側で懸命に働いてきた。彼女がどれだけルアス同盟のために尽くしてきたのかはレイラが一番知っているはずなのに、「あの娘の忠誠心を、確かめるのよ」などと言った。
これは、ハーミルの親友からしてみれば不快以外の何者でもなかった。親友を信用していなかったと知って、怒らない人間などいない。
「…………」
レイラは質問を無言で返して、逃げるように部屋を出た。
皆の気持ちはよく分かっているし、自分でも酷いことを言ったものだと自覚している。
だが、これが始末か保留かをはっきりと決められる方法であることも事実だ。
「いずれにせよ、今はレイリーの報告を待つしかないわね……」
期待と不安を抱えながら、仮眠室に向かった。
ノイズ王国 王城
レイリーはサラと共に玉座の間の掃除をしていた。
もっとも、掃除というのはただの名目で、実際はクリフォード達の話を盗み聞きしているのだ。
「父上。ぜひとも今回の遠征の最高指揮官は私にお任せ下さい!」
「しかし、お主は結婚を控えているのだぞ。万が一何かがあったらどうするのだ」
今クリフォードと会話をしているのは、この国の第一王子アシル・エトナ・リクールである。
リクールはクリフォードに、今回の未開の地への征伐作戦の最高指揮官に任命しろと要求しているのだ。
「そんなことで怖気づいては王族の恥です!敵は少数の亜人族と蛮族、負けるはずがありません!」
「しかし、殿下。敵はかつて我が軍を撤退に追い込んだことがあります。ここはマクシム・フィシュテル将軍に任せるべきでは……」
「前回の失敗は小賢しい敵の罠と間抜けな将校の油断によるものであろう!だが、今回は本格的にことを構えているのだ!何を恐れる必要があるのだ!」
リクールは反論した家臣を怒鳴りつけた。
レイリーとサラはその様子について小声で会話している。
「アシルは必死ですね」
「当然だろうね……。この遠征は……見事成功させれば、教皇を始めとしたペシオ教関係者から……莫大な支持が得られる。そうなれば……王位継承者の最有力候補に返り咲くことも……簡単だからね」
「確か、現在の最有力候補者は第二王子のクロードでしたね。今はこの国には居ませんが」
「うん……。彼が留守中だからこそ……あんなに必死で志願しているんだろうね」
リクールは三日ほど前からあんな調子で自己推薦を続けている。
彼が最高指揮官になりたい理由は単純で、戦功を立てて名声を上げたいだけだ。
現在、王位継承者の最有力候補は第一王子であるアシルではなく、彼の弟のクロード・エトナ・リクールだ。クロードは兄同様に整った顔立ちをしているが、学歴においても武功においても兄アシルより優秀で、今回の遠征の最高指揮官の第一候補に真っ先に上がった程だ。
しかし、今は所用でアルデオ大陸の中部に出向いており、帰るのは数十日も先になる。
今回の作戦にはダークエルフ族が関わっているため、彼等を討ち取ればそれだけでペシオ教からの評価が格段的に上がる。
このアルデオ大陸において、ペシオ教を味方につけることは、権力を手に入れることも同然だ。ペシオ教の後ろ盾を得れば、最有力候補者に上がることも夢ではない。
アシルはクロードが留守であるのをいいことに、弟を下すために最高指揮官に志願しているのだ。
しばらくして、玉座の間に家臣が入ってきた。
「申し上げます。ライアス王国へ派遣した使者が、ライアス王国航空隊のワイバーンに乗って帰還しました」
「おお。待っていたぞ」
「更に、ペシオ教からの観戦武官として聖教騎士団の方々、並びに密偵隊が捕らえたハーフエルフが同時に到着しました。聖教騎士団の隊長殿は謁見を願い出ておりますが、いかがいたしますか?」
「うむ。使者と共にこの玉座までお連れしろ」
「かしこまりました。ハーフエルフは地下の牢獄に入れておきますか?」
「いや。一目見ておきたい。ここに連れて参れ」
家臣は玉座を後にし、使者と聖教騎士団を呼びに行く。
一部始終を聞いていたサラは、表情を変えず、しかし様子がおかしいレイリーに尋ねる。
「ナンシー。今ハーフエルフと聞きましたが、まさか……」
「……そうだよ」
「それは……お気の毒に」
サラはハーミルと面識があるわけではないが、ルアス同盟内に貴重な存在であるハーフエルフがいるという話は聞いていた。
もしやと思って聞いてみたが、予想が的中し、いらぬことを聞いてしまったと心の中で反省した。
それから5分ほど経って、目的の人物たちが来たと知らせがあり、室内の者たちは玉座の横や部屋の隅など自分達の定位置まで移動する。
玉座の間で何かしらの集まりや謁見がある時は、王族は玉座付近、それ以外の貴族や家臣は玉座から少し離れた部屋奥の両側、兵士はカーペットを挟んで両側に立つ。今はメイドであるレイリーとサラもその例外に漏れず、掃除を中断して窓側の片隅で他のメイドと共に並んで立った。
そして、全員が配置に着くと、扉が開かれて数名の人物が玉座に入って来た。
レイリーも以前確認したライアス王国へ向かった使者のルーヴァ・イドス、聖教騎士団独特の煌びやかな鎧を纏った女性、そして……
「ハーミル……」
その聖教騎士団の女性の部下が持った鎖に繋がれている親友だ。
ハーミルは奴隷や囚人が着るような麻の服に部下の鎖と繋がった首輪、更に手には手枷を嵌められて、別の連れの騎士に両腕を抱えられていた。
その痛々しい姿に目を背けたくなったが、表情は一切変えず、代わりに掌に爪を立てて強く握り締めた。
連れてかれているハーミルは、一瞬レイリーと目が合ったが、すぐに目線を下に向けた。
そして、聖教騎士の女性から少し離れた後方で無理やり跪かされる。
使者は身分が上である聖教騎士より後方で跪き、女性はかなり前進した位置で敬礼する。
「ルーヴァ・イドス、ライアス王国より、ただ今帰還致しました!」
「聖教騎士団第4隊隊長マリル・ハノート、貴国への増援及び、観戦武官として参上致しました!」
「イドス、長旅ご苦労であった。ハノート殿、遠路はるばるよくぞお越しくださった。しかし、そのハーフエルフは一体どういう……」
クリフォードはマリルがハーミルを連れていることに疑問を抱いた。
本来ならば特別調査隊の密偵がハーミルを運んでくるはずなのだが、その役を聖教騎士が直々に受けているのだから無理もない。
マリルはクリフォードの問いに答える。
「この娘はモニオットの軍にいたところを私が預かったのです。あの連中は自分の部下の監督も行き届いていないようだったので、私が代わりに王都に運ぶ役目を引き受けました」
「しかし、そのハーフエルフは我が国の密偵隊に護送させていたはずなのだが、彼等はどうしたので?」
「モニオットの部下が殺害してしまったそうです」
それを聞いてクリフォードを含む国の重臣たちが一斉に怒鳴りだした。
「なんだと!?」
「あの謀反者め!すぐににここへ連れてこい!」
「王国直属の者を殺害するとは、何たる悪行だ!」
「反逆罪で直ちに処刑しろ!」
玉座が怒りで染まる中、マリルは話の続きをするために皆を静かにさせる。
「ご静粛に!ハーフエルフを強奪したのは、あくまで部下の方であり、ラウス・ノエル・モニオット殿の本意ではなかったそうです。その部下も既に処罰されています。私の顔に免じて、今回は見逃してやって頂けませぬか」
「うむ……。ハノート殿がそう仰有るのであれば、仕方あるまい。しかし、流石に無罪放免という訳にはいかぬ。軽罪で済ませる程度で良いだろうか」
「構いませぬ」
モニオットの処罰の話が終わり、ようやく本題に移る。
「それではハノート殿、ペシオ教代表からのお言葉をお聞かせ願いたい」
「いや、その前に今回の遠征が決まったまでの経緯と、援軍として来る予定のライアス王国の方針を聞かせて頂きたい。私はまだダークエルフ族が未開の地で発見されたという話しか聞かされていません」
「わかりました。では、私の方から説明致しましょう」
マリルの要望に応えるため、ワンバが一から説明をする。
「事の始まりは今から8日前、未開の地の偵察に出向いていた我が国の特別調査団の密偵隊が、プリミントの森に築かれた集落でひっそりと暮らすダークエルフ族と未開の地で開拓を始めていた国籍不明の人族の集団を発見しました。その集団は、このアルデオ大陸のどの国にも当てはまらない旗を掲げ、あまつさえダークエルフ族と手を組んでいたことが判明したため、今回の遠征ではダークエルフ族と同等に討伐対象とすることになりました」
「その人族の集団というのは、どういう者達なのだ?」
「分かりませぬ。見たことのない緑色の服装で未開の地の各地を徘徊し、見たことのない道具を使って開拓を進めていたという情報しか届いていません。旗を掲げていたことや連中の規模を考えると、新興国家の可能性もありますが、それ以上は不明です。未開の地にはまだ密偵が残っていたはずなのですが、これらの情報が届いたのを最後に連絡が途絶えました。おそらくは連中に捕まったか殺されたものと考えています。奴らが我々の動きに勘付いている可能性があるため、新しい密偵も送れません」
そこまでの話を聞いていたレイリーは、ナンヨウドウでフィールとミミが密偵隊を壊滅させた話を思い出した。
2人によって全滅させられた彼らと、モニオットの部下が『誤って』殺害してしまった者達は皆、ハーミルから報告書を奪った者全員になる。
一番始末に困っていた者達が死んだことで、残るターゲットは報告書を特別情報管理室で預かっているノイズ王国特別調査団団長のデルフォス・ロブレイドとそこで働く文官達だけとなった。
おかげで仕事が大幅に省略できたが、その功労者であるフィールとミミは今、絶体絶命の危機に瀕しているそうだ。
ミミは拠点にしていた入り江がニホン軍に占領されたため、まだ開発が始まっていない小さな山を新しく拠点にしているそうだが、海との連絡路が絶たれたことで補給物資が届かなくなり、かなり厳しい状態らしい。
フィールに至っては、ニホン軍の基地に潜入しに行ったまま行方がわからなくなっているそうだ。ミミも必死で捜索をしているらしいが、ただでさえ広大な領地である上にニホン軍の目を掻い潜りながらの捜索であるため、かなり苦難しているだろう。
気の毒なことだが、ハーミルをずっと1人にさせた報いだと心の中で冷たく罵った。
再び会話に耳を傾けると、マリルがワンバに疑問を投げかけるところだ。
「それでは、正体がはっきりと分かっていない連中に軍を差し向けるということになるぞ。リスクが大きすぎるのではないのか?」
「確かにその話は我々の方でも問題になりました。ですので、まず使者を遣わし、相手の正体を探ると同時に、こちらの要求を提示します。奴らが要求を拒むようなら問答無用で攻め込みます」
「その要求というのは具体的にどのようなものだ?」
「1つはダークエルフ族の引渡し、もう1つは連中が未開の地から撤退することです」
未開の地に向かった使者はアンテルム・アシル・レヴィ侯爵で、2日前に出発したのはレイリーも確認済みである。数名の騎馬隊と共にノイリスを出て行き、到着明日の昼頃を予定している。
マリルは少し考え込み、誰もが想像もしないこと言い出した。
「前者はともかく、後者の要求は容認できないな」
「は?」
ワンバが間の抜けた声で反応し、その場にいる全員も呆けたような顔になった。その上、「あの人何言ってるの?」「変なこと言うね」などヒソヒソと話し声も聞こえる。
「ナンシー、彼女はどういうつもりなのでしょうか?」
「……知らないよ」
サラが隣にいるレイリーに尋ねるが、レイリーも返答に困っている。
皆がこんな反応をするのも無理はない。
ペシオ教直属組織の人間ともあろう者が、ダークエルフ族を手を組んでいる連中を擁護する発言をしたからだ。
ペシオ教にとって、ダークエルフ族は邪悪の象徴であり、今から500年前に大崩壊という大災害を起こしてそれまであった平和を乱した張本人とされている。そんな種族と手を組めば、それだけで異端認定され、その国家・団体の人間は殺されても奴隷にされても一切文句が言えなくなる。
何も配慮などする必要のない相手を庇うなど、ペシオ教圏では異常極まりない行動だ。これは下手をすれば、即刻異端認定されてもおかしくない。
「ハノート殿、それはどういうことでしょうか?」
クリフォードがこの場にいる皆を代表するかのように尋ねた。
「連中は国家の可能性があるのでしょう。最初の要求を受けなかった場合は未開の地全土の獲得は認めますが、素直に受けてダークエルフ族を引き渡すようなら、未開の地の一部は残しておいてほしい」
「しかし、他の亜人族ならともかく、奴らはダークエルフ族と手を組んだのですぞ。なぜ貴女ともあろうお方がそこまで配慮なさるのだ?」
「亜人族を我々に引き渡す行為、これはペシオ教に恭順の意を示す立派な行為です。連中に改宗の意思がある可能性も否定できない。もし本当にそうならば、我ら聖教騎士団がその手を差し伸べるのも悪いことではないでしょう。過ちを犯した者を正しき方向に導くのも、ペシオ教の務めです」
その言葉に、周囲の貴族や兵士、メイド達が肯定と感嘆の声を上げる。
「なるほど、確かにその通りですな」
「なんと慈悲深いお方だ。感服いたしました、ハノート殿!」
「ハノート様、素敵です〜!」
マリルを称賛する声が飛び交う中、レイリーが何かが分かったかのように反応した。
「なるほど……納得した」
「どういうことです?」
「『穏健派』なんだよ……彼女は」
「……ああ。そういうことですか」
サラもようやく合点がいった。
あらゆる国家・組織・団体内に『保守派と革新派』、『主流派と反主流派』などといった流派があるように、ペシオ教内にも『強硬派と穏健派』というものが存在する。わかりやすく説明すると『ペシオ教に従わない者はたとえ人族でも問答無用で皆殺しだ!』という考え方が『強硬派』で、『ペシオ教徒でなくとも、人族である以上、傷つけ合うのはよくない!』という考え方が『穏健派』だ。
現在のペシオ教では、強硬派が大多数を占めるが、近年では穏健派の数も増え始めている。
強硬派は武功や金の力でものを言わせるのに対し、穏健派はその寛大さや強硬派に負けず劣らずの武功、更には孤児院の経営にまで手を広げているため、民衆からの称賛の声や教皇からの評判においては強硬派よりも勝っている。
穏健派はペシオ教内でも温厚な思考を持った派閥だが、亜人族の討伐については強硬派と同様に前向きである。
いずれにしろ亜人族やルアス同盟の敵であることには変わりない。
周囲が歓声を上げる中、マリルの提案にいまいち納得がいかない王族や重臣達だが、ペシオ教関係者である彼女の言葉を聞き入れないわけにはいかないため、渋々承諾する。
「……わかりました。前者の要求を速やかに呑んだ場合は未開の地の一部の安堵も検討致しましょう。しかし、呑まなかった場合は全土の獲得は認めていただけますか?」
「構わん」
「ありがとうございます。それでは、私からの話は終了となります」
ワンバの話が終わると、クリフォードはイドスに話を振る。
「では、イドス。ライアス王国からの返答について聞かせてくれ」
「かしこまりました」
イドスはライアス王国との交渉で決められたことが書かれた書類を開き、具体的な内容を報告する。
「ベムラート陛下はこちらの提示した要求に大筋で合意してくださいました。援軍として送られる兵は合計1万人、更にワイバーンを6騎派遣してくださいました。しかし、編成からノイズ王国への到着まで13日かかるそうです。流石にそこまで待たせる事はできないため、一時的にワイバーン隊を我がノイズ王国軍の指揮下に置くこと認めてもらいました。増援の話は以上となります。続いて、ライアス王国から送られる謝礼金についてです」
国王や重臣達は待ってましたと言わんばかりに顔を先程よりも真剣なものにする。
「ダークエルフ族討伐作戦への参加料として3万リオスの支払いが確定し、情報提供料は情報の内容により変動しますが、最低額でも100リオス以下はないと仰っておりました。先の3万リオスは1万リオスをライアス王国軍に運ばせ、残る2万リオスは商業ギルドの銀行を介して送るそうです」
「待て。ということは、1万リオスが届くのは23日後になるのか?」
そう聞いたのは、この場においてはあまり関係がなさそうなリクールであった。
「はい。そういうことになります」
「かかり過ぎだ!もっと早めることができるだろう!」
「はい!?し……しかし、これでもかなり早くしている方です。同盟国の軍に無理をさせることはできません」
「ライアス王国から来たワイバーンがいるではないか!一度国に返して、あの者たちに運ばせれば問題ない。金貨1万枚とはいえ、6騎で運ばせればあっという間だろう!」
なぜかやたらとムキになるリクールに周囲の人間は戸惑い始める。
しかし、その中で唯一動揺せず、心の中でせせら笑っている者がいた。
「(まったく、この男は本当に扱いやすい……)」
レイリーだ。
隣のサラが彼女のわずかな表情の変化に気づき、リクールのに何かを知っているのだと予測する。
その予測通り、レイリーはリクールがここまで怒鳴り散らしている理由を知っていた。というより彼女こそが、リクールがこうなるように吹き込んだ張本人なのだ。
彼はライアス王国のワイバーン隊を戦いに参戦させたくないのだ。
昨日、レイリーはリクールの部屋で掃除をしている最中で彼から散々愚痴を聞かされた。「兄が弟に劣るはずがない」とか「なぜ王族である自分が最高指揮官に選ばれないのか」とか「勝利確実の戦いに父上はなぜ弱腰なのか」など、思い出すだけでも頭が痛いものだった。
その際にレイリーは、彼に「自国の戦いに、同盟国とはいえ他国の軍が介入すれば勝利にケチがつく」とそそのかした。
これを真に受けたリクールは、ライアス王国軍との共闘には否定的になり、ワイバーン隊をライアス王国に戻して謝礼金を運ばせようと提案したのも、合流を遅らせて敵を自分達だけで打ち取るためだ。
これも全て、レイリーの読み通りの行動だった。
航空戦力であるワイバーンを参戦させないだけでも、戦局は大幅に変わる。
二ホン軍は鉄羽虫という空飛ぶ鉄の乗り物を有しているそうだが、いずれにしてもワイバーンと戦わせたら無事では済まないはずだ。
リクールは自軍を不利な状況に誘い込んでいるとも知らずに、レイリーの思うままに操られているのだった。
流石にクリフォードもリクールの横柄な態度に反論を出す。
「アシル、我が儘もそこまでにせよ。何も急ぐ必要はあるまい」
「父上!今回の戦で国庫は空っぽ同然だということはご存知のはず。これでは不測の事態が起きても対応できませんし、周辺国の笑い者です!」
リクールの言う通り、ただでさえこの国は財政難に頭を抱えているにもかかわらず、今回の遠征には多額の出費をしている。そのため、今の国庫は底を尽きそうな状態だ。
今回の遠征が成功し、ノイズ王国が未開の地を獲得すれば財政の回復が望めるが、当然それなりの時間も必要になる。
早急に多額の金を懐に納めたい現状であるのも確かである。
クリフォードは痛い事実を突きつけられて一瞬ひるむが、何とか反論を続ける。
「援軍をどう使うかは今作戦の最高指揮官が決めることだぞ。私はまだお前を最高指揮官に命じた訳ではない」
「ならばこの場で改めてお頼みします。今回の遠征の最高指揮官は、このアシル・エトナ・リクールをお選びください!」
クリフォードはリクールの強固な態度に押され気味だ。
だが、決定打には一歩足りない。
リクールの最高指揮官任命に賛同していないのは、殆どの重臣たちも同じだ。
レイリーとしても、リクールに最高指揮官になってもらわないと困る。
そう思っていた時、リクール最高指揮官任命賛成派にとっては助け舟、反対派にとっては強烈な一撃ともなる発言が、イドスから出た。
「そう言えば、結婚を予定していたアリア王女殿下より、殿下に伝言がございました。お伝え致します。『貴方の妻アリアは旦那様のご武運を祈っています。戦果を挙げて国に戻ったら、どうかその時の武勇伝をお聞かせください』以上となります」
婚約者からの応援のメッセージが出て、一斉に静まり返る玉座。
すると、それまで静観していたマリルがとどめの一撃を言い放つ。
「ふむ。未来の妃からの期待に応えないのは、一国の王族としての面目が立たなくなるな。近く結婚を控えるリクール殿に恥をかかせないため、私からも嘆願しよう」
聖教騎士団のお墨付きが出て、いよいよ反対ができなくなった。
クリフォードは遂に苦渋の決断を下す。
「……よかろう。今作戦の最高指揮官は、我が息子アシル・エトナ・リクールに命じる!」
「ありがとうございます!」
これで最高指揮官はリクールで確定になった。
レイリーの良いように操られている無能な指揮官が選ばれたことは、今作戦に少なからず影響が出るはずだ。
リクールは早速、最高指揮官としてイドスに命令を下す。
「イドス!ライアス王国のワイバーン隊を1万リオス輸送のために、直ちに送り返せ!」
「かしこまりました。しかし、それではワイバーン隊は戦に間に合わなくなるかもしれませんが、それでもよろしいですか?」
「構わん。元より、他国の援軍など無用と思っている」
イドスの話も終わり、ようやくマリルがペシオ教代表として口を開く。
「では、リーガル王国リノハレス修道院長ナターシャ・エーガン大司教よりノイズ王国国王クリフォード殿へメッセージをお伝えする。『此度、ダークエルフ族の発見、及び討伐のための全軍をあげての挙兵、そのペシオ教への忠節の姿勢に敬意と感謝を表します。今回の作戦が成功した暁には、相応の報奨金を用意し、近く執り行われるリクール王子とアリア王女の結婚式の費用をこちらで負担し、最高の祝典になるよう努めます。今後もその忠義の心をお忘れなきよう願います』以上です」
「ありがたきお言葉、感謝致します」
クリフォードが礼を述べると、周りから一斉に拍手が沸き起こった。
ナターシャ・エーザン大司教は、わずか30歳という若さで大司教にまで上り詰めた実力者で、その美貌と心の広さで絶大な人気を得ている。
更に彼女は『穏健派』の筆頭格で、マリルは彼女の側近でもある。
非常に人気の高いエーザンから称賛を得ることは、それだけでも名誉なことであり、今のように拍手喝采が起こっても不思議ではない。
大方の重要な話が終わり、遂にレイリーにとって来てほしくなかった時がやって来てしまった。
「それでは皆さん、捕らえたハーフエルフの謁見を執り行います。聖教騎士団の皆様、失礼ですが、そのハーフエルフをよく見えるように中央に運んでください」
ハーミルを抱えた聖教騎士は玉座の間の中央に引き摺り出し、無理やり座らせた。
周囲の人間は震えるハーミルを興味深そうに見つめる。
「おお。エルフの血を引いているだけあって、中々の美人だ。しかもまだ若い」
「それでいてスタイルも良いな。これは相当な値が期待できるぞ」
「この位置からでも分かる。相当な魔力があの娘から感じられる」
「見るからに健康で、たくさん子供を産みそうだ」
貴族たちは口々にハーミルの評価を述べる。
その目は人を見る目ではなく、珍しい動物を見るかのような奇異の目で、その視線が怯えているハーミルに更に恐怖を駆り立てた。
そんな中、リクールが指示を出す。
「奴隷に服は必要ないだろう。脱がせよ」
ハーミルを含め、周囲の人間の何人かが命令の内容に驚いたが、すぐに兵士が作業に取り掛かる。
それまでずっとおとなしくしていたハーミルは悲鳴を上げて抵抗する。
「やだっ!いやっ!離して!やめてっ!!」
だが、手が枷でまともに動かせない上に、聖教騎士に既に押さえつけられている状態での抵抗はほとんど無意味だった。
しかも、服は薄い麻の服であるため、力を入れて引っ張っただけで簡単に破れてしまう。
そして、とうとう首輪と枷以外に身に着けているものがなくなってしまった。
「いやぁ……。見ないで……見ないでぇ……!」
ハーミルは恐怖と恥辱に耐え切れなくなり、小さく蹲りながら泣き出してしまった。
その様子を見て男性一同は興奮気味で声を上げ、女性はその哀れな姿に嘲笑を浮かべた。
そんな中、レイリーは
「ナンシー。抑えてください」
「……それぐらい分かってる」
サラに宥められながら怒りと殺意を堪えていた。
サラに言われずとも、今は耐えるべきだということはレイリー自身も理解しているが、唯一の親友があんな辱めを受けている姿を見せられるのは耐え難いものだった。堪えるために爪を立てて握りしめていた手から、わずかに血が流れ始めている。
「クリフォード殿。大事な話をしたいので、重臣以外の周りの者たちは一旦下がらせてもらえませんか?」
突如、そう言いだしたのはマリルだった。
「構わぬが、人払いをするほどの重要な内容か?」
「それほどではありませんが、あまり大勢には聞かれたくない内容ですので」
クリフォードは頭に疑問符を浮かべたが、断る理由もないので人払いを始める。
「全員直ちに下がってそれぞれの仕事に戻れ。話が終わるまで近衛兵以外は立ち入りを禁ずる」
「ハーフエルフはどうしますか?」
「地下の牢獄に入れておけ。逃げられぬように警備は厳重にすることを忘れるな。それから、メイド達には交代で食事と体の洗浄をさせるのだ」
盛り上がってきたところに釘を刺された貴族たちは少し不満そうだが、仕方なく玉座を後にした。
他の兵士やメイド達も次々と部屋を出る。
レイリーとサラも同様だ。
「ナンシー、少し休んでください。今日は大変だったでしょう」
「別に……なんともない」
サラはレイリーに気を使って休息を促した。
だが、レイリーからしてみれば余計なお世話だ。
やんわりと断るが、サラは少しきつめの口調で催促する。
「そんな手と顔で仕事を続けるつもりですか。後の仕事は私がやりますから、あなたは手の治療と心を落ち着かせることに専念してください。それが原因で任務に支障が出たらどうするつもりですか?」
「……わかったよ。ありがと、ララ」
レイリーは観念して休憩を決めた。
玉座の間からでたレイリーは、ふと振り向いてマリルの姿を見る。
そして、彼女の先ほどの行動に疑問を浮かべる。
「(あの突然の人払い、貴族たちの気持ち悪い視線から……ハーミルを守るためにしたようにも見えたけど……考え過ぎか……)」
穏健派とは言え、ペシオ教直属の人間が亜人族の血を引くハーミルを助けるなんて到底考えられない。
最初に頭をよぎった予感を振り払い、視線を扉が閉じて見えなくなったマリルから兵士たちに地下へ連れて行かれるハーミルに移した。
聖教騎士の1人が着させた上着を羽織っているだけの彼女は、泣くのを堪えておとなしくしていた。
ハーミルのそばにいる数名の兵士と騎士は、どの牢獄に入れるかを話し合ってから、彼女を地下の牢獄に連れて行った。
レイリーも踵を返して休憩室に向かった。
レイリー達や他の兵士や貴族がいなくなった玉座では、マリルとクリフォード達が話を始めていた。
「して、どのような話かな?」
「はい。個人的なことですが、一応皆様にも関係があることなので、こうして残ってもらいました」
そう前置きしてから、本題に入る。
「あのハーフエルフの娘、私に譲ってもらえませんか?」
マリルを除く全員が唖然とした。
数秒ほど沈黙が続き、ワンバが尋ねる。
「それはつまり……ハノート殿があのハーフエルフをお買い上げになると?」
「そうだ。それとも、すでに買い手は決まっていたか?」
「いっ、いいえ。しかし、あれはただの奴隷ではなく貴重なハーフエルフです。相応のお値段を払っていただかないと……」
「これで足りるか?」
マリルはそう言って、懐からか1枚の紙を取り出し、ワンバに渡す。
ワンバは紙に書かれた内容を見て驚いた。
そこには、彼らが予定していた売値の数倍の額が書かれていた。
他の者も続々と紙を読んで、ワンバと大体同じような反応をする。
「こっ、こんなによろしいのですか!?いや、それよりも貴女様がこれだけの額をお持ちだったとは……!」
「一応、私はぺシオ教直属の聖教騎士団の一隊を任されている身だぞ。相応の給料を受け取っている。と言っても、金を使う機会がほとんどないから貯まりに貯まっていただけだがな」
「ありがとうございます。それでは、支払いの段取りを決めたいので―――」
「お待ちください!」
突如、大声を上げてワンバを制止させたのは宮廷魔導士長のドラコだ。
彼はマリルがハーフエルフを購入することに抗議する。
「ハノート殿、あのハーフエルフは購入後、どうなさるおつもりか?」
「無論、他の奴隷のように私に奉仕させるつもりだ。ハーフエルフの奴隷を持てば、周りに自慢できるしな」
「お言葉ですが!それはハーフエルフの無駄遣いと言えます!」
「ほう、無駄遣いとはどういうことだ?」
「ハーフエルフは他の種族のハーフよりも出生率が低いです。その存在は最早、伝説上と言っても過言ではありません!その伝説上の生物を研究に使わず、ただの奴隷にするなどハーフエルフの価値を理解していない証拠です!ここは我々宮廷魔導士が管理し、人族国家全体の魔法技術発展に役立てるべきだと思いませんか!」
マリルは深くため息をついた。
要するに、ドラコもハーフエルフが欲しいだけなのだ。
しかし、だからと言ってハーフエルフを譲るつもりはないマリルだが、ドラコの言い分が尤もなのも事実だ。
「……確かに、一理ある話だな」
「そうでしょう!ですので、ハーフエルフは我々に―――」
「だが、お前に渡していいかどうか、一度審議する必要がある」
「……?それは……どういうことでしょうか?」
こうなることを想定していたマリルは、あらかじめ考えておいた脅迫を試みることにした。
「以前、お前の支部が捕らえた魔女族を研究に使っているという情報を耳にしたのだ」
「なっ!?だっ、誰がそんな口から出まかせを?」
「知らん。出所が一切不明で、信用していい情報かどうかも怪しい。だが、お前も知っていると思うが、魔女族の魔法を研究に利用するのは立派な異端行為だ。真偽を確かめる必要がある」
魔女族の話は完全な作り話であるが、マリルはドラコの異様な動揺に気づいた。
もしかしたら図星なのかもしれないが、今はドラコにハーフエルフを諦めさせるために追い打ちをかける。
「信用がいかない情報とは言え、用心に越したことはない。今すぐ監査に入ってもいいぞ」
「そ……それはまたの機会にお願いします……」
「おいおい。すこし支部の中を見て回るだけだぞ。なぜ遠慮する?まさか、本当に……」
「いいえ!断じてそんなことはありません!ただ……今は、現在研究中の魔法の実験を行っている最中ですので、聖教騎士団の隊長とは言え部外者に入られるのは困るのです」
「ふむ。それなら仕方ないが、審議ができない以上はハーフエルフを譲ることもできないな」
「それは……」
「ハノート殿。その辺にしていただきたい」
そう言って、マリルを制したのはクリフォードだった。
同様にドラコの説得も行う。
「ドラコ。お主の言いたいことも分かるが、この国の現状を考えれば、国庫と魔法研究のどちらが大事かお主も分かるはずだ。ハノート殿にハーフエルフを買い取っていただいた後で相応の金額を研究所へ充てよう。それでよいか?」
「……わかりました」
ようやく諦めがついたことで、マリルは支払いについての話を始める。
「まず、前払いで先ほどの額の2割を渡しておく。ほら、商業ギルド銀行の手形だ。私のサインと書かれている金額に誤りがないか確認してくれ。残金は今回の遠征が終わって、心変りがなかったら払う」
「お預かりいたします。そちらが正式に引き取るまではこちらで管理させていただくことになりますが、その上で一つお願いがあります。あの娘はルアス同盟や例のダークエルフ族と手を組んだ連中に関する情報を持っているので、それを引き出すために拷問を行いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「おいおい。私が買う予定の奴隷に傷をつける気か」
「いいえ。傷や後遺症が残らないよう、精神的な拷問に限定しますので、ご安心を」
「……仕方あるまい。だが、少しでも目立つ傷が見つかった場合、減額させてもらうぞ。処女を奪わせることも許さん。死んだり、死人同然の廃人にでもした場合は、この話は全てなかったことにする。前払い分も返してもらうからな」
「……承知しました」
商談が終わり、自分用に用意された部屋に向かうため、マリルはクリフォード達に一礼をしてから玉座を出た。
その最中、少し苦笑しながら考え事を始める。
「(やれやれ、随分な買い物をしてしまった。しばらく贅沢はできんな。もうすこし安くしてもよかったかな?)」
あのハーフエルフを買うために、かなりの大金をはたいてしまった。借金をするほどではないが、全財産の8割を出すことになったのだから、苦笑するのも無理はない。生活にも少なからず支障が出るだろう。
「(だが、これであいつは私のものだ。拷問はかわいそうだが、帰ったら丁重に可愛がってやろう)」
自分が買ったおかげで、あのハーフエルフは他よりまともな生活が送れる。
そう思うと、大金を失ったことなど些細な事のように思えるのだった。
ライアス王国 王都ラドエレム ルアス同盟臨時本部
情報屋のディオットはルアス同盟の拠点の扉の前に立っていた。
周囲を見渡して、誰もいないことを確認すると扉を3回ノックする。
すぐに2回ノックが返され、今度は自分を証明する合図のノックをして扉を開けてもらう。
ディオットが中に入ると、出迎えたのは髭を生やした初老の男だった。
「よぉ、グリフスの爺さん。若旦那はまだ帰っていないのか?」
「若は東部支部に向かっている。しばらくは本部に帰ってこない。それよりも、今日は何の用じゃ、ディオット殿」
この初老の男の名前はグリフス・コーディル。
ローグの祖父であり、幼少期のフレイアスの教育係を担っていたルアス同盟の古株だ。
首領のフレイアスがいない今、留守を預かっている身だ。
「本当は旦那に直接伝えたかったんだけどな。まあいい、良さそうな稼ぎ口の話を持ってきたんだが、どうする?」
「ライアス王国軍についての情報のではないのか?」
「あんたらの事だ、とっくに俺らが知っている以上の掴んでるんだろ」
「まあ、否定はせん。じゃが、稼ぎ口については買おう。これでどうだ」
グリフスは懐から金の入った小さな皮袋を取り出し、ディオットに渡した。
ディオットは袋を開けて中の金額を確認すると「いいだろう」と小さく言って、自分のポケットにしまう。
ディオットはそのまま奥へ案内され、数名のメンバーが囲んでいるテーブルの席に座る。
「さて、今回取れそうな稼ぎ口は三つある。まず一つ目はグレミラ大公国で大暴れしているラミアとアラクネ狩り、二つ目はアノーハス共和国のクオラ山で隠れていたミノタウロスの討伐、三つ目はこの国の隣ピエモラ王国最西端にある『死の森』の攻略だ。ちなみに、最初の仕事は引き受けるなら急を要することになる」
「ふむ。ほとんどが喰人族関連か。ミノタウロスについては中央支部に任せられるかもしれんな。じゃが、我等と東部支部はしばらく動くことはできんからな、最初と最後の仕事は断ろう」
「了解。じゃあ、俺の方から申請を出しておくぜ」
今回のような依頼仕事は、冒険者ギルドなどで事前に引き受ける申請を出さなければならない。そうすれば、万が一仕事中に何らかの理由で死亡もしくは行方不明になっても死亡報告書や失踪届などの作成が容易にできるからだ。
人族国家では奴隷や農奴を除き、国民一人一人に『人籍』という、地球でいう戸籍のようなものがある。
これによって、その人物の身分や経歴がはっきりし、就職や婚姻の手続きがスムーズになった。
ちなみに、ルアス同盟のメンバーの大半は人籍がなく、書類上では『いない人間』ということになっている。
ディオットは要件を伝え終えて帰ろうとするが、ふとあることを思い出して足を止めた。
「いつもの調子で忘れるところだった。実は、爺さんが断った二つの仕事について、耳に入れてほしいことがあるんだが、ヤバさのレベルが高い方と低い方、どっちから聞きたい?」
グリフスは唐突な質問に少し驚くが、すぐにどちらにしようかと顔を顰める。
しばらく思い悩んでいると、部下の1人が「みんなの多数決で決めましょう」と提案して、グリフスもそれに同意した。
結果、レベルが高い方が多数となった。
「そうなると、グレミラ大公国だな。ラミアとアラクネが手を組んで村々を襲っているそうだ」
「なんと?喰人族同士が手を組むことなど、過去に一度もなかったはずじゃ」
「ああ。4,5匹程度ならまだそこまで脅威じゃなかったが、合計で2、30匹レベルもいるそうだ。既に5つの村が潰された。ジフォード大公爵様も急遽、軍を招集して討伐作戦を行うことを決めたらしいが、それでも勝てるかどうか……」
「だから冒険者や傭兵を急遽かき集めているという訳か」
「そんなところだ」
現在のグレミラ大公国は混乱に陥っている。
最初の内は誰もそれほど気に留めなかったが、村が5つも壊滅した以上もう無視はできなくなった。
喰人族が協力することを覚えた以上、討伐には相応の数の兵士や騎士、傭兵を揃えなければならない。
だが、国土の割に人口が少ないグレミラ大公国に集団の喰人族を討伐できるだけの数を集めるのは難しいはずだ。
「問題なのはここからだ。襲われた村の位置から推測すると、奴らは今、西から東へ移動しているそうだ。だが、あの国の東には海しかない。となると、奴らが次に進む可能性がある方向は……」
「……北か南じゃな?」
「その通りだ」
由々しき事態だった。
グレミラ大公国の北にはカテドナ王国、南にはデルメロア連邦があり、どちらの国にもルアス同盟の支部が設置されている。
もし、支部が襲撃されることがあれば、ルアス同盟全体が受ける損害も大きい。
「支部の移転も検討しておいた方がいいと思うぜ」
「……若と話し合う必要がありそうだ」
思った以上に深刻な内容に、グリフスは息をのんだ。
ディオットは続けて2つ目の内容に入る。
「さて、今度ははあんたらの新しい拠点探しにちょうどいいかもしれない話だ。無論、仕事を成功させたらの話だがな」
拠点が見つかるかもしれないと聞いて、メンバー達は興味深そうに耳を傾ける。
「ピエモラ王国の最西端と言ったな。それなら、馬で5日もあれば着くのか?」
「ああ。実はこの仕事、数十年前からあるんだが、未だに誰も成功できていない。森に入ったやつは誰一人帰ってこないし、亡霊が住み着いているんじゃないのかって噂まで流れてる。おかげで『死の森』なんて物騒な名前までついちまった」
「じゃが、それだけ攻略が困難なら、さぞ報酬は期待して良いということか」
「その辺りは期待していいぜ。現在の成功報酬金額は金貨5000枚、更に森全体を土地ごとくれるそうだぜ」
「いや、金貨5000枚はともかく、森を拠点にするのは……」
確かに森の中に拠点となる屋敷などを作ることができれば、外敵に見つかるリスクは減るが、当然それだけの金と時間がかかる。下手をすれば報酬の金貨5000枚もチャラになりかねない。
「普通はそんな土地いらねえよな。だが、すでに拠点となる建物があった場合はどうだ?」
「!?そんなものがあるのか?」
グリフスだけでなく周りのメンバーが驚きを見せる。
予想通りの反応をしてくれて満足したディオットは得意気になって話を続ける。
「あの辺りについて独自に調べたんだが、森の中央には小さな城が建っているらしい」
「それは確かなのか?」
「だいぶ古い資料を読み漁ったんだが、城があることは間違いない。最も、森で大勢の行方不明者が出た原因もそこにある可能性が高いがな」
成功すれば得るものは大きいが、その分リスクも伴うということだ。
引き受けるかどうかは慎重に判断する必要がある。
「この仕事は多分他の奴にとられる心配はないから、若旦那とゆっくり話し合って決めてくれ」
「ふむ。心遣い感謝する」
ディオットは要件をすべて終えて、帰り支度を始める。
その間際、今後について忠告を言う。
「俺、しばらくは店を空けるから、そのつもりでいてくれ」
「突然じゃな。何かあったのか?」
ディオットの情報屋は滅多なことで休業することは今までなかった。
ディオットがいなくともルアス同盟の仕事には影響はあまりないが、突然の休業宣言にグリフスは疑問を抱いた。
「俺の大事な情報収集元であり、お得意様でもある連中がピンチらしいんだ。あいつ等に死なれたら、こっちも商売にならないからな。ライアス王国を出て、そいつらの逃亡の手引きと新しい拠点探しをするんだ」
「そちらも大変なようじゃな」
「まあな。だが、あいつ等も心配いらないようなことは言っていたが、念のための保険だ。……じゃあな、若旦那によろしく伝えといてくれ」
ディオットはそれだけ伝え残して本部を出る。
そして、東に向けての出発の支度をするため、急いで店に戻る。
就活で執筆がなかなか進まないので、今後もこんなペースになってしまいそうです。
登場人物が多いため、書くことが多くて中々話が進みませんが、今後とも応援よろしくお願いします。