第10章 各々の動き1
大変遅くなりました。
ノイズ王国 馬車の中
捕縛から9日目
ハーミルは暗い馬車の中で目を覚ました。
数日前から見る同じ暗闇。
目は厚い布で覆われ、馬車にも布を被せてあるせいで光が全く差し込まず、今が昼か夜かも分からない。口にも布を噛まされており、声を上げることも舌を噛んで自殺することもできない。
ただ目的地まで運ばれるのを待つしかない毎日、それが今のハーミルの日常だった。
だが、今日はいつもと様子が違った。
いつもは馬車が揺れる音や自分を運んでいる密偵達の話し声しか聞こえないのに、まるで大勢の人間が囲んでいるかのように騒がしい。
「(……町の中にでも入ったのかな)」
起き上がって確認したいが、両手両足は鎖で拘束されているため身動き一つ取れない。
何もできないままじっとしていると、僅かに光が差し込んだ。馬車を覆っていた布が取り払われたようだ。
そして次の瞬間、ハーミルは馬車から引き摺り下ろされた。
乱暴に地面に落とされる。
「んぐっ!」
痛みのあまり思わず声を上げた。
そのまま無理やり起こされて、目を覆っていた布を外される。
ハーミルは急に目に入ってきた光に一瞬怯んだが、少しずつ視界を慣らしながら辺りを確認する。
「(ここは……?)」
ハーミルの視界に映ったのは、自分を取り囲む数人の兵士とその周囲で食事の準備や馬の世話をしている大勢の人間たちだった。
ここは軍の野営所の中らしい。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
自分を囲んでいる兵士達が異様に目を輝かせ、気味の悪い笑みを浮かべている。
過去に同じ経験を何度もしたハーミルはすぐに自分が置かれている状況に気づいてしまった。
それと同時に、恐怖が全身を支配した。
「モニオット卿、こいつがハーフエルフですかい?話で聞いた通りとんでもない美女ですね」
「ああ。人族とエルフ族の長所を見事に受け継いでいる。高値が付くのも納得できるな。しかも、ルアス同盟のメンバーだということは、情報を引き出せればライアス王国からも謝礼金をせしめられるということだ。笑いが止まらないな」
一般兵士とかなり高貴な鎧をまとった男がハーミルをじっくりと眺めながら話す。
ハーミルは『モニオット』という姓から、記憶を頼りに鎧の男が誰かをすぐに割り出した。
男の名はラウス・ノエル・モニオット。ノイズ王国西部に領地を持つジャン・ノエル・モニオットの息子だ。
彼がいるということは、少なくともここはノイリスより西部だということになる。
おそらく、自分を運んでいた密偵は迂回してここまで来たのだろう。
しかし、その密偵達がどこにも見当たらない。
「貴様を運んでいた者たちは、今頃土の中だ。彼らには感謝しているよ。貴様を私の元へ届けてくれたのだからな」
辺りを目配せしているハーミルにラウスは尊大に教える。
それを聞いたハーミルは愕然とした。
「(信じられない!こいつらこんなことのために仲間を殺したの!?)」
密偵達が王家直属組織の人間であることはハーミルでもわかっていた。
その直属の者を殺害するなど、王家への反逆行為に等しい。
このラウス・ノエル・モニオットという男は、その反逆同然の行為を平然と行い、国家が手に入れた戦利品を横取りしたのだ。
ノイズ王国の諸侯達の腐敗が激しいことは聞いていたが、ここまでひどいと思わなかったハーミルはラウスの最悪の行いに半分呆れ、半分憤慨していた。
ラウスは兵に命じてハーミルの口を塞いでいる布を外させた。
「さて、今の気持ちはどうだ、蛮族?発言を許そう」
ハーミルはラウスを睨みつけながら言いたいことを言い放つ。
「最悪よ。国を裏切るような真似をしてまで私が欲しかったわけ!?」
「貴様にはそれだけの価値があるのだ。それくらいは自覚しているだろう」
「ふざけないで!私欲のためにこんなことするなんて、あんた達の方がよっぽど蛮族よ!」
「黙れ!」
ラウスはハーミルを足の裏で蹴り飛ばす。
つま先で蹴り上げなかったのは、可能な限り傷をつけたくないからだ。
「この私に対する不敬罪、本来なら縛り首だが貴様には商品やルアス同盟の情報元としての価値があるから特別に軽罪で済ませてやろう。それから、お前たち」
ラウスはハーミルを囲んでいる兵士達を呼ぶ。
「ハーフエルフを見つけ、私に知らせた功績を称え、この女を1日だけ好きにすることを許そう」
それを聞いたハーミルは絶望の淵に落とされた。
「えっ!いいんですかい!?」
「ああ、価値は下がってしまうが、それでも十分な価格が期待できる。逆に一度に多額すぎる金を手に入れたら、陛下に怪しまれてしまう」
「それなら、モニオット卿から味見しようとはお考えにならないんで?」
「生憎、私は蛮族と相手するような趣味は持ち合わせていない。だが、この女がどんな声で鳴いてくれるか興味はある。だからお前たちに譲ってやるのだ」
「ありがとうございます!しかし、その後はどうしましょう。このままノイリスに連れて行く訳にはいきませんが」
「1部隊を選んで父上の城に運ばせろ。尋問もそこで行う」
ラウスの許可を得た兵士達は一斉にハーミルに群がり始めた。
兵士の1人がハーミルを押さえつけ、さらに1人が鎖を外した。
鎖を解いた途端、ハーミルはここから逃れようと暴れ出したが、既に押さえられた状態でそれが成功するはずがなく、すぐに制圧される。
あとは身ぐるみを剥がすだけだと意気揚々にハーミルに迫る兵士達だったが、突如何かを思いついたかのように声を上げたラウスがそれを引き止める。
「最後にチャンスを与えよう。城に連れて一々拷問を行うのも面倒だ。この場でルアス同盟に関する情報を全て話せば今の命令を取り消しにしてもいい」
その言葉に対するハーミルの答えは決まっていた。
「……お断りよ」
震える声ではっきりと言った。
「そうか」
ラウスは笑いながら兵士達に指を振り、それと同時に兵士達は一斉にハーミルに襲いかかった。
「あ……あぁ……」
恐怖という鎖に縛られたハーミルは自分を犯そうとする兵士達に何もできずにいた。
向かってくる兵士に蹴りを入れることも、自分を押さえつけている手を振り払うことも、悲鳴を上げることもできない。自分の服が脱がされ、破られるのを黙ってなすがままにするしかなかった。
唯一、ハーミルにできたことは、この悪夢のような状況に涙を流すことだけだ。
ハーミルの心は兵士達に対する恐怖と、これから訪れる運命に対する絶望で満たされていた。
「(いやだ……いやだよぉ……)」
好きな人のために守ってきた純潔が見ず知らずの男達に汚される。組織の情報を吐かされることと比べれば軽いが、1人の少女としては非常に辛い。
だが、このままモニオットの城に連れて行かれれば、王城に閉じ込められるよりも救出される可能性が望める。
今耐えれば助かるかもしれないのだ。
そう考えてハーミルは唇を噛み締めて男達の行動に黙って耐え続けた。
そして、服がほぼ完全にその機能を果たさなくなり、兵士達の内の1人がハーミルを犯し始めようとした時だった。
「待て!」
この場には相応しくない女性の高い声が耳に入った。
声の主を探して辺りを見渡すと、煌びやかな鎧を纏った一団が兵士達のすぐ側に立っていた。
「せっ、聖教騎士団様!?」
「なんでこんな所に!?」
「おっ、お見苦しいところをお見せしましたぁ!」
兵士達はギョッとした表情を見せて、その場に跪いた。
聖教騎士団はアリラン皇国のセリブス教会に本部を置く、ペシオ教直属の騎士団である。
ペシオ教直属であるため権力も強く、一般兵士や地方の貴族は頭が上がらない。
ラウスも冷や汗をかきながら応対する。
「こ……これはこれは、私はこの軍の指揮官のラウス・ノエル・モニオットでございます。なぜ、聖教騎士団の方々がこんな辺境の国へ?」
「我が名はマリル・ハノート、聖教騎士団第4隊隊長を務めている。貴国が未開の地にてダークエルフ族を発見したと聞き、参ったのだ。それで、この娘は何だ?」
聖教騎士団の指揮官らしき騎士がハーミルを見ながらラウスに尋ねた。
兜が顔を隠しているが、声の高さからして若い女性であることは間違いないだろう。
ラウスは作り笑いで答える。
「はい。我々が国王陛下の召集に応じて王都ノイリスに向かう最中、偶々見つけて捕らえました」
「なるほど。その言葉に偽りはないな?」
「えっ、ええ……もちろんでございます」
「では、この者達の言い分について説明してもらおうか」
マリルは自分の部下に命じて数人の男を引きずり出した。
男達は一般兵士と同じ格好をしているが、服のあちこちが泥にまみれていた。
彼らを見たラウスの顔が青ざめる。
「こっ、この者達は……?」
「先程、地面を掘って死体を埋めている姿を目撃した。作業を止めさせて死体を調べたら、ノイズ王国直属の証の紋章を持っていることが判明した。その者達から詳しい話を聞いたのだが、それによると、貴様の命令で、今はもう死体となった者達がその娘を王城に運んでいたところを襲って横取りしたと言った」
「それは……」
「この話が本当なら、私はこれをクリフォード殿に伝えねばならない。他国の内政にはなるべく関与しないのが我々聖教騎士団だが、流石に明らかな謀反を見過ごすことはできんのでな。王国直属の者を殺害し、戦利品のハーフエルフを奪おうとしたのだ。はたして、領地の没収で済むだろうか?」
その言葉に顔面蒼白のラウスが必死に弁明する。
「とんでもございません!私はけっして謀反などは起こしておりません!」
「では、教えてもらおうか。このハーフエルフはどこでどうやって捕えたのか」
「こっ、このハーフエルフを捕えたのは部下であり、どのように捕えたかまでは知りませんでした!」
ラウスは土まみれの部下達に向くと大声で怒鳴る。
「貴様ら!王国直属の者を殺害するとは、どういうつもりだ!?」
とんだ濡れ衣を着させられた部下達は驚きを露わにしながら反論する。
「そっ、そんな……!我々はモニオット卿のご命令で……!」
「黙れ!罪から逃れるためにこの私をダシにする気か!?この反逆者め!」
責任逃れをしているのは明らかにラウスだが、彼は自分の罪を部下達になすりつけようと必死だ。
ラウスと部下達の口論はしばらく続き、ハーミルはその様子を半分呆れながら見ていた。
「もうよい!」
やがて、マリルは見ていられなくなったのか、大声をあげて彼らを黙らせた。
そしてハーミルに近寄ると目線を彼女の高さに合わせてから尋ねる。
「お前に問おう。今のこいつらの会話、どちらが正しい?」
「おっ、お待ちください!なぜそんな人族もどきの小娘などに!?」
「そうですぞ!奴隷の言葉を信用なさるおつもりですか!?」
ラウスや部下達は自分達の意見より、ハーミルの言葉に耳を傾けようとするマリルの姿勢に抗議した。
しかし、マリルは冷たい視線で睨みながら一喝する。
「今の貴様たちの意見がそれだけ信用ならないということだ!何か問題があるのか!?」
マリルの怒声でラウス達はたじろいだ。
続いて、ハーミルの方を向いたマリルは、先程とは正反対の優しい笑みでハーミルに再度尋ねる。
「教えてくれ。お前が知っている事を全て」
ハーミルはラウスから聞かされかことを正直に話そうとするが、
「(いや、ちょっと待って)」
考え直して、やめることにした。
そして、ラウスを一瞥してからあることを考え始める。
「(こうなった以上、私がノイリスの王城に連れて行かれるのは避けられない。せめて、みんなの仕事が上手く進むようにしないと)」
ハーミルはこの状況においてもルアス同盟としての使命を全うしようとしていた。
ニホンがダークエルフ族と協力関係にあることは、ノイズ王国のみならず、後からナンヨウドウに来たはずのメンバーの調査かノイズ王国が出した招集令経由でルアス同盟にも伝わっているはずだ。そして、ノイズ王国がナンヨウドウへ攻め込むなら、ルアス同盟はダークエルフ族への加勢のために行動を起こすことは間違いない。
ならば自分も今できる事をやるべきだと、せめて自分が犯した失態を少しでも晴らそうと考えたのだ。
「(この軍団がナンヨウドウ侵攻のために招集された軍団であることは間違いない。確か、ラウス・モニオットは実戦経験が無かったはず。……なら、戦いに参戦させないと困るわね)」
今ある知識を探り、最善の返答を行う。
「……確かに、私はノイズ王国の密偵隊に護送されている最中でこの人たちに囚われました。しかし、モニオット卿は密偵達を殺して奪ったことまでは知らない様子でした」
「何っ!?」
「はっ!?」
その言葉に聖教騎士団以外の兵士全員が驚倒した。
ハーミルも知っているはずの事実とは全く違うことを言ったからだ。
マリルは納得したかのように頷くとラウスの方に向く。
「モニオット殿、貴殿を疑うような真似をしてしまうとは、申し訳ないことをした」
「いっ、いいえいいえ!とんでもございません。誤解が解けて頂ければそれで十分です!」
ラウスは大袈裟なくらいに喜びながら返答した。
そして、絶望に満ちた顔をしている部下達を見ながらマリルに告げる。
「ハノート殿、この反逆者共はこちらで処罰しますが、よろしいでしょうか?」
「好きにしろ」
マリルの了承を得たラウスは他の部下に指示をだして彼らの処刑準備を始める。
「待ってくれ!話を聞いてくれ!」
「い……命だけはお許しを!」
必死に泣き叫ぶ部下達は野営所の外に連れて行かれた。
その後もしばらく泣きながら慈悲を乞う声が聞こえたが、「ザシュッ」と言う音と同時に静かになった。
ハーミルがあのような嘘をついたのには理由がある。
まず、ラウスはハーミルが知る限り、実戦経験がない。そして、モニオット家はこれまでめぼしい戦功を立てたこともない。
それはつまり、ラウスは軍事的知識がない無能な指揮官と考えても良いのだ。
最低限の戦術や戦法などは文献で学んでいる可能性もあるが、れっきとした軍人家系の貴族はともかく、親のコネや大金をはたいて騎士や兵士になるような貴族の人間は、実戦になるとそういったものを無視する傾向がある。
先程までの言動や豪華な装飾が施されていてお世辞にも機能的そうに見えないラウスの鎧を見ても、モニオット家は後者の部類に入っていることは明らかだ。
ナンヨウドウの攻略軍の最高指揮官は別に決まるだろうが、それでも無駄に貴族としてのプライドや欲望の高い人間が一人でもいれば、戦局に少なからず影響を与えるかもしれない。
ハーミルはこの可能性に賭けてみたのだ。
ラウスの部下が彼やマリルに処刑を終えたことを報告すると、ラウスは死体を適当に埋めるように命令するが、マリルは「罪人であれ、丁重に弔え」と反論する。一応は教会の人間らしく、死者の弔いにはうるさい。
「ではモニオット殿、私は自分の野営所に戻らせてもらう。それと、もう一つ―――」
そこまで言うとマリルは自分の部下の騎士に指示を出してハーミルのもとに行かせる。
騎士はハーミルの両腕を抱えて立たせると、マリルの側まで連れて行った。
「この娘はこちらで預からせてもらう」
マリルの突然の行動にラウスは抗議する。
「お待ちください!それは我々ノイズ王国側の戦利品ですぞ!」
「ノイリスの王城までお前たちの代わりに護送するだけだ。横取りするつもりなどないから安心しろ」
「それでしたら、聖教騎士団様がお手を煩わせずとも、我々が―――」
「自分の部下のしつけもままならないような貴様等に安心して任せられん。だから代わりに引き受けると言っているのだ。感謝してくれていいのだぞ」
マリルはラウスが部下にやらせようとした暴行を理由に出した。
「……ご迷惑をおかけします」
ラウスは全く反論できずに頭を下げた。
ラウスを無理やり納得させたマリルは、そのままハーミルや部下達と共にモニオット軍の野営所を出た。
マリルは自分達の野営所に戻り、付き添いの部下を解散させると、ハーミルを連れて自分のテントに戻った。
テントに入ると、ハーミルを床に座らせてから自分は鎧や剣を外して楽な格好になる。
兜を外すと、中から清楚な顔立ちにエメラルドグリーンの瞳を持った女性の顔が現れ、同時に透き通るように綺麗な金髪が流れ落ちた。
騎士というよりはお姫様という言葉がよく似合う程の美しさだった。
「……どういうつもり?」
ハーミルはマリルを睨みつけながら尋ねた。
純潔が守られたのは良かったが、マリルのせいで王城行きは確定的になってしまった。そのため、素直に喜べず、かと言って怒ることも出来ない。
両手両足は再び鎖で拘束されているため、逃げ出すことはできない。
「『どういうつもり?』とは、何がだ?」
マリルが聞き返した。
「モニオットから私を取り上げたことよ。聖教騎士団様がそこまでする義務はないはずよ。それとも、あんたも私が欲しいとか言う口?」
「それは違う……と言えば嘘になるが、亜人族であれ、女性が乱暴される姿を見過ごせなかったことが大きいな」
ハーミルは話を聞くふりをしながら、目を泳がせて辺りを探り、どうにか抜け出せないかと考え始める。
すると、マリルは忠告を出した。
「言っておくが、ここから逃げ出そうとは考えないほうがいい。鎖の鍵は此処にはない。だいぶ離れた場所にいる部下に持たせているが、お前1人で奪えると思うな。それから、寝ている間に私を殺した場合、私の部下たちがお前に何をするか分からないぞ。先程、モニオットの部下がお前にやろうとしたことが再び起きるかも知れない」
そう言われた途端、ハーミルは先程のおぞましい光景を思い出してしまい、体が震え始める。
未遂で終わったとは言え、あのまま続けられていたらと思うと恐怖を抑えられない。
今回のようなことはこれが初めてではないが、あれほどギリギリまで追い詰められたのはこれで二度目だ。
最初に同じ経験をした時、力ずくで抜け出そうと暴れたら偶然にも自分を押さえつけていた兵士の顔を引っ掻いてしまった。
その兵士はハーフエルフの価値を分かっていなかったようで、激昂してハーミルに散々暴行を行った。体中に痣が残るほどの暴力を振るわれ、ハーミルがそれで怯え切ったことをいいことに屈辱的な命令を出して無理やり従わせた。盛った獣のような男達に傷ついた体の外側も内側も穢された記憶は、今も鮮明に覚えている。
純潔は今回と同様に犯される直前でルアス同盟に助けられたため無事だったが、その一件以来、ハーミルは心に深い傷を負った。
恩人や親友たちのおかげで、今は立ち直ることができたが、心の傷は完全に癒えることはなかった。
服を脱がされている時に一切抵抗が出来なかったのも、「大人しく無抵抗のままでいれば、王城に入れられずに済むかも知れない」という理由もあるが、「抵抗したらどんな目に合わされるか分からない」という過去のトラウマからの恐怖による防衛本能が働いたことが大きかった。
震えているハーミルの姿を見て、マリルは彼女の後ろに廻る。
何をされるのかと身構えるハーミルだったが、次の瞬間、マリルがハーミルを後ろから優しく包み込んだ。
「えっ?」
あまりに予想外の出来事に動揺したが、マリルは最初にハーミルに話しかけた時と同じ優しい声で話す。
「安心しろ。私が側にいる限り、お前の身の安全は約束する」
ハーミルは温かい言葉をかけられたことで、恐怖心が和らいだ。
敵に慰められるのは屈辱的なことだったが、不思議と震えが治まってきた。
「そう言えば、名前をまだ聞いていなかったな。教えてくれ」
「…………」
ハーミルは口を閉ざしたまま何も答えない。
敵に対するせめてもの抵抗のつもりだ。
マリルもそれを察したのか、それ以上は追求せず、ハーミルから距離をとる。
「……わかった。今は答えなくてもいいから、話せる時に教えてくれ。着るものと食事を取って来るから、ここでおとなしくするんだ」
それだけ言うとマリルはテントから出た。
残されたハーミルは複雑な気持ちでポツリと呟く。
「私……どうなっちゃうんだろう……フレイアス様……」
不安を拭いきれないまま、時間だけが過ぎていく。
◇
ライアス王国 王城デラント
同じ頃、アリアが城の廊下を歩いていると、何やら慌ただしい様子の男の姿が見えた。
見覚えがない顔だったため、隣に立っているメイドのサリーに聞いてみる。
「サリー、あちらの方は?」
「私もよく分かりませんが、ノイズ王国から使者が来たと言う話がありましたので、おそらくそれかと思います」
それを聞いた途端、アリアの表情が曇った。
まもなく行われる結婚式の件で来たのだと考えたからだ。
もう直ぐ故国から離れなければならないと思うと、憂鬱な気分になる。
しかし、逆らうことは出来ないため、既に身支度は済ませており、あとは結婚式の日時が来るのを待つだけだ。
「アリア様。そんな顔をなさらないでください」
サリーが心配そうに言う。どうやら今の気持ちを顔に出してしまったようだ。
「私が居なくなったら、お父様の暴政が加速するのは目に見えているわ。こんな顔になるなっていう方が無理よ。何より、サリーとも離ればなれになってしまうし……」
結婚式が終わったっら、そのままリクール王子の妃としてノイズ王国に移り住むことになる。
その時にサリーは一緒に来られない。
いつも自分の面倒を見てくれた姉のような存在であるサリーと別れるのは心苦しかった。
「私も辛いですが、一介のメイドが口出しできることではありません。それに、アリア様の一生に一度の晴れ舞台ですので、ウエディングドレス姿を見るのを楽しみにしているんです」
「そう……ありがとう」
サリーに喜んでもらえるのは嬉しいことだが、結婚自体は自分の意志で決められたものではないから、少し複雑な気分だ。
そんなことを思いながら廊下を進んでいると、国王オーギスの従者がやって来た。
「姫様。陛下がお呼びですので、至急、玉座の間までお越しください」
「わかりました。すぐに伺います」
アリアとサリーは従者に連れられて玉座の間に向かう。
扉を開いて中に入ると、そこにはオーギスの他に、先ほど廊下で見たノイズ王国の使者と思われる男、ライアス王国の軍務大臣、外務大臣、財務大臣などといった国の重臣達がすでに集まっていた。
オーギス以外の者はアリアの姿を確認すると恭しく一礼する。
「待っておったぞ、アリア」
オーギスはいつもより機嫌が良さそうな様子で迎えた。
「私に用とは何でしょうか?ノイズ王国への出立には、まだ早いはずですが」
「それなのだが、出立は日延べとなった」
「はい?」
アリアは呆けたような声を出した。
式の予定が延びるのは嬉しいが、これまで一日でも予定を遅らせることを許さなかった、むしろ早めようとまでしたオーギスが、こんな目前に控えた時期に何があったのかと疑問を抱いた。
「それは……今ここに集まっている方々と何か関係があるのですか?」
「うむ。イドス殿、先程の書状をもう一度頼む」
「了解しました」
イドスと呼ばれた使者はオーギスに一礼してから持っていた書状を開いて、中に書かれた内容を読み上げる。
「『ライアス王国国王オーギス・ベムラート殿宛、
この度、我がノイズ王国は東の未開の地にて、ダークエルフ族及び、それらと与する蛮族の存在を確認した。我が国は総力を持ってこれらを排除し、未開の地を獲得する所存なれど、敵の規模は定かならず、更に広大な土地であるため、我が軍のみでは手に余る可能性あり。
また、同じく未開の地にて、ルアス同盟のメンバーと思われるハーフエルフを生け捕りにした。今後、王城に引き入れ次第、拷問による情報収集を行う予定。
上記二つの理由により、貴国へ以下の要請を行うものとする。
1.貴国と我が国の盟約に則り、軍の増援を送られしこと。
2.ダークエルフ族の発見及び、ルアス同盟に関する貴国への情報提供の見返りとして、相応の謝礼金の用意をすること。
3.上記のハーフエルフの管理をノイズ王国に一任することを認めること。
4.数日後に控えるアシル・エトナ・リクール王子とアリア・ベムラート王女の結婚式の日程を延期すること。
今回の件で貴国にはご迷惑をお掛けするが、今後の更なる関係向上のため、どうがご助成願いたい。
ノイズ王国国王クリフォード8世』以上となります」
書状を読み終えたイドスはオーギスに再度一礼した。
オーギスはアリアに話を振る。
「という訳だ。我等は求めに応じるための計画を立てていたところだ。式が先延ばしになるのは残念だが、事情が事情だから仕方あるまい」
「それはわかりましたが、どれくらい延びそうですか?」
「ざっと一月といったところだな」
一ヶ月も延びると聞いてアリアの口元が僅かに綻んだ。
ついでに方針についても聞いてみる。
「ノイズ王国への援軍の件は、もう決まったのですか?」
「はい。私の方から詳しく説明しましょう」
そう名乗り出たのは軍務大臣であるハロンド・カルテスだ。
カルテスは方針の説明を始める。
「今回の援軍は正規兵、傭兵合わせて1万を用意できると思われます。すでに軍の召集準備を始めているため、3日後には遠征軍の編成が完了するでしょう。また、航空戦力としてワイバーン隊は第二中隊の6騎を派遣できます。本隊は4日後の朝にライアス王国を発つので、ノイズ王国への到着は更に20日後となるでしょう。しかし、それまでノイズ王国側を待たせる訳にはいかないので、ワイバーン隊は準備が整い次第、本隊より先に先行させます。イドス殿にはその際に、ワイバーンで先に国にお戻りいただきますが、どうでしょうか?」
「問題ありません。到着にはどれくらいかかりますか?」
「丸一日ほどです」
話を終えたカルテスが後ろに下がると、今度は外務大臣のニード・サニロンと財務大臣のカロニア・レイナードが前に出て、自分達が担当する内容について説明する。
「ノイズ王国への謝礼金は、ダークエルフ族発見分が1万リオス、討伐作戦への参加分が2万リオス、合計3万リオスとなります。ルアス同盟に関する情報料については、提示された情報の内容次第で価格が変動します。本来ならばそのメンバーの引き渡し料も提供するところですが、今回はノイズ王国側が管理権の保持を求めたので、その分の支払いはなくなります。なお、3万リオスは一度に払い切ることが出来ないため、先渡しとして1万リオスを直接お届けし、残金は用意が出来次第、商業ギルドの銀行を介して送ります」
ダークエルフ族の殲滅はライアス王国のみならず、ペシオ教が定めた最大目標の一つであるが、ライアス王国は敢えてそれを国家目標と定めている。
そして、ダークエルフ族を発見した国家には、たとえ同盟国でなくとも無償の援軍を送ることとしている。しかし、今回は同盟国のノイズ王国であるため、援軍に加えて多額の謝礼金が支払われることになる。
財務大臣の話が終わり、次に外務大臣が口を開く。
「式の予定については、討伐作戦が完了した後に改めて決めたいと思いますが、よろしいですかな?」
「構いません。国王陛下にもそのように伝えます。それから、アリア王女殿下」
イドスは突如、アリアに言葉をかけた。
自分にはあまり関係のない話だと思って聞いていたアリアは突然の呼ばれにすこし困惑したが、気を取り直して返答する。
「何でしょうか?」
「リクール王子に何が伝言がございましたら、お伝え致しますが、どうでしょうか?」
「そうですね……」
そう言われてアリアは、何を言おうか考え始める。
伝えるようなことは特にないが、こんな家臣達に囲まれた状況では、何か言わないと王女としての顔が立たない。
しかし、なかなかいい言葉が思いつかないので、アリアは言葉を繋ぐためにイドスに質問する。
「失礼ですが、1つお聞きしてもよろしいですか?」
「どうぞ」
「未開の地への遠征軍の最高指揮官は、もう決まってしまいましたか?」
「いいえ。おそらく、まだ決まっていないと思われますが、それが何か?」
その言葉でようやく内容を決めたアリアは、はっきりと伝える。
「では、もしもアシル様が最高指揮官に選ばれることがあれば、こうお伝えください。『貴方の妻アリアは旦那様のご武運を祈っています。戦果を挙げて国に戻ったら、どうかその時の武勇伝をお聞かせください』と」
「ハハハ。気が早いですぞ、姫様。式は先延ばしになってしまったと、先程聞いたばかりでしょうに」
「それに、そんなことを言われたら、リクール殿は是が非でも最高指揮官にならずにはいられなくなります」
周りの人間は納得したかのように冗談を言いながら笑いだした。
オーギスも満足したような表情を浮かべている。
「お父様、私は部屋に戻らせていただきますが、よろしいですか?」
「うむ。他に用事もないしな、先に戻るが良い」
これ以上ここにいる理由がないと判断したアリアは、オーギスの機嫌が良い内に玉座から出た。
自分の部屋に戻ったアリアは、サリーに紅茶を持ってくるように指示を出し、自分はベッドに腰掛ける。
そして、ようやく訪れた安息の時間に溜息をついた。
「はぁ〜。結婚式は来月に延期か……」
思わぬ幸運のおかげで、まだしばらくこの国を離れることはなくなったが、それも1ヶ月だけだ。
戦が長引けばもう少し延期するかもしれないが、相手は絶滅したとすら噂されたダークエルフ族で、そんな噂が立つぐらいだから大した数はいないだろう。
そのダークエルフ族と手を組んでいるという集団も、どうせ行き場を失くした山賊や傭兵崩れといったはぐれ者の集まりだろう。いざ戦争状態になれば、恐れをなしてダークエルフ族を売り渡すか、たとえ最後まで抗ってきたとしてもノイズ王国とライアス王国の連合軍に力押しで負けるのは目に見えている。
ノイズ王国側も全力を出すと言っていたことを考えると、総戦力を上げて戦に望んでいるのは確実だ。
長引くどころか、ほんの数日で終わってしまいそうな気がする。
「(いっそ、アシルが戦死してくれたら解決するんだけどな……)」
リクールが死ねば結婚の話も全てチャラになる。
だが、本当にその戦に参戦するかもわからないし、たとえ最高指揮官として参戦しても戦場で一番安全な後方で指示を出す立場上、その望みは到底叶いそうにない。
「アリア様、その考えは口外しないようにお気をつけください」
「あらっ?私、口に出しちゃった?」
アリアは紅茶を持って来たサリーの突然の発言に少し驚いた。
サリーはそんなアリアに構わず、紅茶を渡しながら少し怒った口調で話を続ける。
「その顔を見れば大体の考えはわかります。私が何年アリア様の下で働いていると思っておられますか?」
「……言われてみればそうね」
紅茶を受け取って納得したかのように頷く。
サリーの説教は今に始まったことではないが、この歳にまでなって説教は勘弁して欲しい。
こんな時はいつも長話になるので、早めに反論を出す。
「我が儘は大目に見て、サリー。一ヶ月後には顔立ち以外なんの取り柄もないあの男と所帯を持つことになるんだから」
「リクール王子はまだ良い方ですよ。アリア様だって、いくら性格が良くても20以上も歳が離れた方や見るに堪えないほど醜い姿の方と結ばれるのは嫌でしょう」
「まあ……それはそうだけど……」
確かにそんな人物と比べるとリクールはまだマシな部類だ。
性格はともかく、二枚目の男性と結ばれるのはまだ幸運なことかもしれないが、アリアにはどうしても比較してしまう人物がいた。
アリアは枕の下に隠してあるペンダントを取り出して、それをうっとりと見つめる。龍の絵が彫られた銀のペンダントだ。
「また”あの方”の事を思い浮かべているのですか?」
「ええ。私の理想の人だもの」
ペンダントをくれたその人は、当時まだ少年だが今では立派な大人になっているはずだ。
道に迷っていた自分を助けてくれた勇ましい姿は、今も鮮明に覚えている。
何を隠そう、あの時がアリアの初恋の瞬間だったのだから。
「ですが、あれからもう10年は経っているのですよ。性格も姿も大いに変わっていると思われます」
「その辺りは夢を見させてよ。格好良くて優しくて逞しい、”あの人”みたいな人と結ばれたかったなー」
「アリア様の願望に合う人は、バルファド帝国のアーレイド第三皇太子様ぐらいしか思い浮かびません」
「その人は同じバルファド帝国の名門ブロイザンド家の令嬢と既に結婚しているわよ」
説教が始まりそうだった雰囲気から乙女の恋話に持ちかけることに成功したアリアは、そのまま自分の理想の人物の話に花を咲かせるのであった。
◇
トリアスタ王国南部
真夜中、フレイアス達は小さな丘の上で休憩をしていた。
本当は休憩を挟む余裕などないのだが、長時間走らせていた馬を休ませるのは必要なことだ。
無理をさせれば最悪の場合、馬を死なせて移動手段を失うことになるため、全員焦りを抑えながら馬の体力が戻るのを待っていた。
「ノイズ王国まで、あとどれくらいで着きそうだ?」
「このペースだと、明後日の昼頃ね」
「着いた後は まず何をしますか?」
「ノイズ王国軍の動向調査はレイリーや他のメンバーがやってくれているだろうから、僕らはその情報を元に妨害工作の計画を立てるべきだろうね」
「ハーミルの方はどうなるんだ?放っておく訳にはいかねえだろ」
「東部支部の実働部隊に任せるしかないでしょ。ここまで遅れた以上、私達には何もできないわよ」
「フレイ、東部支部から何か新しい情報は入っていないか?」
「一昨日ノイズ王国の使者がナンヨウドウに向かったそうだ。数は護衛や馬の世話係も含めて10人程だそうだ」
「一昨日出発したとすると、到着は明後日ぐらいですね」
「あらゆることに関して時間が足りねえな」
フレイアス達は休憩中の間も、今後の計画を考えたり、ノイズ王国の動きの予測を立てていた。
今のような時間を無駄にしないことが、今後の動きに少なからず影響する。
本当なら睡眠もとりたいところだが、そこまでの時間の余裕はない。
ある程度話がまとまった時、フレイアスの腕輪の魔水晶が光り出した。
誰かから連絡が来たのだ。
フレイアスは水晶を撫でて通信に出る。
「誰だ?」
『フレイく〜ん。お姉さんだよ〜』
意外にも、相手は魔女族の族長アリッサだった。
「……一体何の用ですか?」
『も〜、本当につれないな〜!キキちゃん達から聞いてるよ。そっちは随分と大変そうだね』
アリッサは普段と変わらぬ調子でフレイアスと話すが、当の本人はそれどころではない。
フレイアスは鬱陶しそうに返答する。
「わかっているなら、とっとと用件を話してください。こっちは急いでいるんです」
『あれ〜?そんな風に言っていいのかな〜?せっかくお姉さんが直々に手を貸してあげようと思ったんだけどな〜』
それを聞いてフレイアス達は目を白黒させた。
この状況でアリッサの協力が得られるのは非常に大きい。
反応が早かったローグが真っ先に返答する。
「本当ですか!?是非お願いします!」
『ん〜。どうしよっかな~。フレイくんに冷たい言葉を浴びせられて、お姉さんのハートは傷だらけなんだよ』
「……つまり、どうしろと?」
年甲斐もなくもったいぶるアリッサに苛立つフレイアスだが、彼女の協力があるかないかで状況は大きく変わるため、機嫌を損なわせないように配慮している。
しかし、次のアリッサの一言でその配慮を一瞬忘れそうになる。
『そうだね~。じゃあ、「お姉ちゃん、大好き!」って言ったらいいよ』
数秒ほど静かな時間が続き、ローグ達はフレイアスの顔色を伺う。
フレイアスは無表情で腕輪の水晶を手で押さえると小さな声で何かを呟く。
ネオード、ギノル、イリアの3人は何と言っていたのか理解できなかったが、フレイアスから一番近い場所に居たローグだけは「あの、ババア……」と言う言葉を聞き取れた。
「えっと、どうします?フレイアスさん」
二十歳にまでなって「お姉ちゃん」と言うのは、非常に抵抗がある。
だが今はそんな贅沢を言ってはいられない。
「……姉さん、好きです」
フレイアスは腹を括って答えた。
『あれ〜?おかしいな〜?台詞が変わってるような気がするんだけど?ちゃんと言って欲しいな〜』
フレイアスの決死の努力もむなしく、アリッサは改訂を要求してきた。
そこに部下達が催促する。
「お願いします、フレイアスさん」
フレイアスは何も言わない。
「現状を考えれば、アリッサ殿の協力は必要不可欠だ。それは君もわかっているだ、フレイ」
フレイアスは何も言わない。
「背に腹はかえられないぜ、フレイ」
フレイアスは何も言わない。
「ほんの一時だけの恥よ。言いなさい、フレイ」
フレイアスは――――
「……おねえ……ちゃん……大好き……!」
掠れる様な、しかしはっきりとした声で言った。
「りょーかい!協力してあげる〜!」
魔通信からの声ではなく生声が聞こえたかと思うと、上空から何かがフレイアスに飛びついてきた。
フレイアスはその衝撃でバランスを崩しそうになるが、なんとか持ちこたえて飛びついて来た物の姿を確認すると、それは十代前半頃の容姿に魔女族特有の帽子と衣装を纏ったアリッサ本人であった。
「いや〜、こんなに素直な息子に育ってくれて、お姉さん嬉しいぞ〜!」
聞き分けのいい犬を褒めるかのようにフレイアスの頭を撫で回すアリッサだが、当のフレイアスはウザったそうな顔で部下であり友人でもある4人の方を向いている。
「……泣いていいか?」
「よせよ。お前の泣き顔なんて想像したくもねえ」
泣きそうな声ではなく、明らかにキレ気味の時の声で4人に尋ねるフレイアスだが、バッサリと拒否された。
そこにアリッサがフォロー(?)を入れる。
「まーまー、そんなこと言わないで、フレイくん。それと、来ているのは私だけじゃないよ」
アリッサがそう言うと同時に、空から何人もの魔女が箒や杖に跨って降りてきた。
フレイアスが見たところ、ざっと30人はいるようだ。
「こんなに大勢が協力してくれるなんて……!本当にありがとうございます、アリッサさん!」
皆を代表して感謝の意を伝えるローグ。
しかし、その後ろでネオードが疑問を投げかける。
「ですが、タダでここまでしてくれるとは思えません。なにか理由があるのですか?」
アリッサはフレイアスに抱きついたまま返答する。
「それはまた後で♥ とにかく急ごう、お友達を待たせているんでしょ」
アリッサはフレイアスから離れると、箒に跨って飛行準備に入る。
「フレイくんは私の後ろに乗って、イリアちゃんは適当な娘を選んで乗せてもらってね」
フレイアスとイリアは指示通りにアリッサと選んだ魔女の後ろに乗る。
しかし、ここで1つの疑問が生まれた。
「あのー、僕たちはどこに乗れば……」
ローグ、ネオード、ギノルはどうすればいいのかということだ。
他の魔女達はゴミ虫を見るような目で3人を睨みつけて、近寄り難い雰囲気を出している。
とても乗せてくれそうにない。
「ああ。野郎共はそれだよ」
そう言ってアリッサが指差した先には、束ねられた網があった。
◇
トリアスタ王国南西部 上空
魔女たちが舞う空で、男たちは話し合っている。
「なあ、ローグ。ネオード」
「どうしました、ギノルさん?」
「これ、おかしくねえか?なんで俺ら、網に入れられた状態で飛んでるんだ?」
ギノルの言う通り、3人はまるで捕らえられた動物のように網に包まった状態で宙吊りにされているのだ。
ちなみに、フレイアスとイリアは箒や杖の上から風や景色を楽しんでいる。
「俺らは魚かよ!」
「贅沢は言えないさ、ギノル。すこし体勢がとりづらいのは難点だが、ロープで縛られた状態で宙吊りにされるよりはマシだと思わないかい?」
文句ばかり言うギノルにネオードはフォローを入れる。
「確かにそうだけどよぉ、これがこれから協力し合う味方に対する待遇だと思うか?」
愚痴を止めないギノルに、今度は彼を運んでいる魔女が怒鳴り出す。
「うるさいわよ!黙っててくれる!?」
「あっ、お……おい!揺らすな!揺らすなって!」
こんな感じで後ろがやかましい中、フレイアスはアリッサに真面目な話を始める。
「ところで、ここまでしていただける見返りをまだ聞いていません。要求はなんですか?」
アリッサは後ろを向かないまま返答する。
「『可愛い息子のため』っていう理由じゃあ、納得いかないかな?」
「本当なら嬉しいですが、同族30人分の命を懸けるにしては安すぎます」
戦いとは、命のやり取りをする行為であって、遊びではない。
命を懸けるには相応の条件や対価を求めるのが当然だ。
それを「友達の手伝いをしたいから」などといった理由だけで受けるのは善意を通り越して被虐と言える。
アリッサは真剣な眼差しになってフレイアスに尋ねる。
「それについては、もう少し待っててくれるかな?こっちとしても、割と真剣に話し合いたいから」
「……わかりました。待っています」
フレイアス達は朝日が昇る東に向かって飛んでいく。
目指すはノイズ王国だ。