第8章 動き出すメンバー達
いよいよ就活シーズンに入って来ました。
更なる更新速度の遅れが予測されます。
カテドナ王国 ルアス同盟東部支部 クラーティム館
クラーティム館は昨日から明かりが消えることがなかった。
ダークエルフ族の発見とハーミル捕縛の報らせは東部支部に大混乱をもたらしていた。
昼勤組夜勤組問わずに全員が叩き起こされて、今後の作戦会議を開いていた。
「さて、みんなにも既に伝わっていると思うけど……」
レイラがまず前置きをする。
「ダークエルフがナンヨウドウで発見されて、しかもニホンと協力関係にあるそうよ。だけど、その情報を入手したハーミルが情報と共に捕まった。そしてフレイアス様はニホンへの支援を命じた。ここまでで何か質問はある?」
レイラが言い終えると同時に、メンバーの何人かが手を挙げた。
レイラは通常メンバーの1人を指名する。
「ダークエルフがいるという情報は確かなのですか?」
根本的な質問だった。
50年前から姿を全く見せなかったダークエルフが見つかったなど、簡単に信じられる話ではない。
「それに関しては、フィールが事実確認をしてくれていると思うから、多分今日中に結果が出る筈よ」
簡潔に答え、続いて別のメンバーの質問を聞く。
「フレイアス様は……ハーミルをどうすると言っていましたか?」
その質問はこの場にいる全員が最も気にしていたことだった。
この東部支部の中心的存在だったハーミルの誘拐は全員がショックを受けたぐらいだ。
レイラは一息置いて答える。
「最悪の場合、始末しろとのことよ」
それを聞いた一同は絶句した。
彼女達にとってハーミルはそれだけ重要な存在だった。
「無論、そうならないように救出計画はちゃんと立てるわよ。詳しいことはまた後で説明するわ」
全員がそれを聞いて安堵する。
続いて、ハイズ三姉妹のリリが質問する。
「ハーミルさんの件も大事っスけど、一番の問題は敵に奪われたっていう報告書の方っスよね?」
ミミはすこし遠慮気味に尋ねた。
レイラは苦い顔をしながら同意する。
「……まったくもってその通りよ」
「それって、どういうことですか?」
意味が理解できない新人メンバーがレイラに聞く。
その答えをキキが話す。
「その奪われた報告書にはダークエルフ族がナンヨウドウ内にいるって事が書かれているらしいの。それが奪われたということは、私達がノイズ王国に情報を提供したと言っても良いわ。もしそのことがダークエルフ族やニホンに知られたら……」
「!?」
「わかったみたいね。今後、彼らと接触した時の交渉が不利になりかねない。ニホンはわからないけど、ダークエルフ族は今もオーレンド家を恨んでるだろうから……最悪、殺されても文句は言えないわ」
キキの言葉に全員が息を呑んだ。
ルアス同盟はルアス・オーレンドが過去にダークエルフ族に犯した罪を償い、関係を修復する為にリドアス・オーレンドが造った組織であり、亜人族の救出は単純に亜人族を救いたいだけでなくダークエルフ族に自分達が味方だと言うことをアピールするという意味もある。
だが今回、敵対勢力に彼らの情報を漏らすという失態を犯してしまったことにより、最悪の場合ダークエルフ族がルアス同盟の敵対勢力となってしまう可能性が出た。
これは、ルアス同盟の存在意義が失われることと同義だと言っても過言ではない。
「とりあえず、現時点で最優先事項は『報告書の回収、又は処分』及び、『報告書の存在を知る者達の抹殺』ということになりますね、レイラさん」
「ええ。これに関してはノイズ王国王城内にいるレイリーに任せようと思うけど、なにか異論は?」
レイラが全員を見渡すと、部下の1人が手を挙げた。
「レイリーにはまだ残っている任務がありますが、そちらはどうなりますか?」
「そのまま続けてもらうつもりよ。今回はあの娘にはちょっと無理をしてもらうことになるわね」
そう言うとレイラは再び全員を見て他に意見がないことを確認して話を進める。
「さて、他に質問も無いようだし、これからの方針について説明するわ。まず、ハーミルの救出はまだノイズ王国内に残っているメンバーに任せるつもりだけど、今は何人残ってる?」
「レーア班とエミル班の計12人です。レーア班はノイリスに、エミル班は南の港町レベリドにいます」
レイラの問いに彼女の従者が答えた。
数秒だけ考え込むと即座に指示を出す。
「レーア班はノイリスから東に50tm、エミル班は150tm付近に展開して監視を行うように伝令を送ってちょうだい。エミル班はハーミルを見つけたらレーア班や私達に連絡して、可能なら即座に救出作戦を決行すること。もし不可能ならレーア班と合流してノイリスに入られる前に何としてでも救出するように。場合によってはワイバーンの使用許可も出すわ。それから、エリットもノイズ王国に行ってエミル班と合流して彼女達を支援して欲しいのだけど良いかしら?」
「わかったニャ!」
「連絡班は北部本部にダークエルフ族のことは通達した?」
「はい。中央、南部、西部にも鳩を飛ばして連絡しました」
「なら追加でライアス王国の動きを随時連絡するように伝えて。ノイズ王国が戦争状態になって、しかもそれにダークエルフ族が関わっていると知ったらあの国は黙っていないはずよ」
「わかりました」
「他の皆は周辺国の動きを調べてちょうだい。可能性は低いけど、近隣国からも援軍を要請する可能性も否定できないわ」
「「「了解!」」」
大方の方針を決めたメンバーは最後の議題について話し合う。
「後はニホンへの支援ですが、具体的にはどうするのですか?」
「それなんだけど、あんまりやることがなさそうなの。報告書にあったニホン軍の武器を見る限り、私達が何もしなくても勝ちそうだし、ノイズ王国の動き方次第でも大きく変わるし、今の段階だとさっき決めた動向調査くらいしかしら」
「なるほど」
「それに、個人的にニホンが信用できるかどうかまだはっきりしないのよ」
「どうしてだニャ?」
「ただの気まぐれで協力しているだけで、いざとなったらあっさり裏切る可能性も否定できないのよ。かつてグレント・ベムラートがそうしたようにね」
グレント・ベムラートという言葉が出ると、突然会議室の空気が重くなった。
その人物はライアス王国現国王オーギス・ベムラートの父、つまりは先代国王であり、ルアス同盟にとって最も忌むべき存在であった。
何を隠そう、その男はオーレンド家から王位を奪った張本人なのだから。
皆がよく知る前例が上がった途端、レイラ以外のメンバー達もニホンを信用していいのか迷い始めた。
すると、今までずっと椅子に座っているだけだったサーシャが口を開いた。
「それなら、ニホン兵を適当に一人捕まえて私が”尋問”するとか良いんじゃないですか♪」
「やめてちょうだい。そんなことしたらニホンが本気で私達を潰しに来るから」
あまりに横暴すぎるサーシャの提案を一蹴するレイラ。
サーシャとレイラの何気ないやり取りのおかげで場の空気が和んだ。
ふてくされた顔をするサーシャの代わりにキキが対案を出した。
「とりあえず、その辺りのことはフィールさんとミミに調べてもらった方がいいと思います」
「……まあ、それが一番妥当な案っスね」
話がまとまり、レイラは会議をお開きにする。
「ニホンの明確な立場が解るまでは東部支部はニホンがダークエルフ族の味方でいてくれると信じて行動するわ。全員、それぞれの役割に励むように。解散」
メンバー達は続々と会議室を出た。
ハーミルのため、ダークエルフ族のため、ニホンのため、そしてルアス同盟のため、彼女達は己の使命を果たす。
◇
ニホン国領 ナンヨウドウ キョクジツ駐屯地
東部支部で会議が終わってから三時間ほど経った頃、未開の地偵察チームのフィールは単独でキョクジツ駐屯地に潜入していた。
しかし、彼女はこそこそしている様子はなく、それどころか通り道のど真ん中を堂々と歩き、時折ジエイタイイン(ニホン兵のこと)に挨拶している。
「おはようございます。今日はひどい雨ですね」
「はい。この雨、あと三日ぐらい続くそうですよ」
潜入調査中にしては随分と大胆な行為だが、ジエイタイは全く気にしている様子がない。
それもそのはず、今のフィールの姿は褐色の肌に白い髪、つまりはダークエルフ族同然の姿だからだ。
駐屯地にダークエルフ族が入っていく姿を目撃したフィールは自分もダークエルフに姿を変えて出入り口に向かったところ、警備の兵が出した名簿に名前を記入しただけで駐屯地内に入ることができた。
フィールが今行っている変装は『擬態魔法』という、魔法の一種である。
これは顔の形や肌の色、時には身体の作りそのものを変えて、自身の種族を偽ることができる高度な魔法だ。
しかし、この魔法は使用できる者自体が極めて少なく、しかも顔を変えるまでの技量がある魔導士は極めて稀だ。
まして身体の作りを変えることができる者は喰人族を除くと半ば伝説上の存在とすらされている。
喰人族であるラミアとアラクネはこれを当然のように使用することができるが、その原因は未だにわかっていない。
フィールも精々体色を変えるまでが関の山だが、今回ばかりは大いに役立った。
髪の色と肌の色を変えただけであっさりと入ることができ、しかも地図と『レインコート』と言う水をはじくローブまで貸出してくれた。
最初は透明薬を使って潜入するつもりだったが、全く止む気配を見せない豪雨のせいで中止となった。
透明薬は飲んだ時点で身につけている物も消すことが出来るが、その後から持ったり身につけたものは一緒に消せない。
これは体に降りかかる雨水も例外ではない。
もし雨の中を歩けば服に吸収された雨水が人型に浮かんでいるという奇怪な光景が生まれることだろう。
そうなったら潜入どころか大騒ぎになってしまう。
雨よけの道具を使って防ぐという方法もあったが、そうするよりは変装して堂々と探りまわるほうが効果的だと判断した。
しかし、エルフ族と同様に魔力の流れに敏感なダークエルフ族には気づかれてしまう可能性が高いため、なるべく人混みは避けていた。
フィールはジエイタイイン達からの聞き込みで得られた情報をまとめている。
「(ニホンはアルデオ大陸から北東に位置する島国……人口は一億二千万人でその全てが人族……原因不明の地震をきっかけに異世界から転移した……元の世界の外国との繋がりが絶たれて食料輸入の目処が立たなくなった……にわかに信じ難い内容だが、嘘を言っているとは思えなかったな)」
300年も生きていれば目や顔を見ただけで嘘をついているかどうか大抵判別することができる。
しかし、これまで会話したジエイタイの隊員達は皆そんな風には見えなかった。
ニホン本国についての詳細や現在ニホンが抱えている問題などを知ることができたのは収穫だった。
それ以上にニホンとダークエルフ族の関係が良好だとわかったことは一番大きかった。
更に積極的に関係を築こうとする姿勢を見る限り、亜人族に偏見を持っていないことが伺える。
これなら今後、ルアス同盟とダークエルフ族が交渉する際の仲介を頼めるかもしれないし、うまくいけばルアス同盟への支援を頼めるかもしれない。
フィールは地図を開いて自分の現在位置と目指していた建物を確認する。
そして目の前には他より大きくて警備が厳しい建物がある。
「(あれか……さて、どうやって入るか?)」
最後にこの駐屯地の代表格である全権大使の顔を見ようとやってきたのは、『キョクジツ駐屯地新大陸調査本部』と書かれたかなり大きな建物だ。
しかし、ここまでは順調に調査を進めたフィールだったが、流石に重要施設は簡単に入れそうになかった。
建物の出入り口の前にはもちろん、その周辺や屋根の上にも隊員が警備をしており、更に兵舎と思われる建物の近くに建てられているため、下手な行動を起こせば絶対に逃げられなくなる。
一応、十時間用の透明薬は持っているが、長時間いるわけでもないのにたかが一つの情報のために使うにはもったいなさ過ぎる。
こんなことなら四時間用も一緒に持って来ればよかったとすこし後悔するフィールだった。
だか、ここまで来て引き下がる訳にもいかない。
どうしたものかと考えていると、出入り口から複数の人物が出てきた。
ジエイタイの隊員が数名と他とは違うが立派な身形の人族の男性、そしてダークエルフ族の女性だ。
フィールはその女性に見覚えがあった。
「(あれは……エルザ殿?)」
最後に顔を見たのは100年前だが間違いない。
当時の族長の娘であるエルザだった。
彼女がこんな所にいることに驚いたが、フィールは反射的に向こうから姿が見えない位置に身を隠した。
そして、耳を研ぎ澄ませて会話の内容を聞き出す。
「エルザさん、本日は貴重なお話をありがとうございました」
「なに、この程度なら気にすることはない。だが、報酬は期限以内に頼んだぞ、タケダ殿」
「承知しております。三日後には集落に届くように致します」
エルザはタケダと呼んだ男性と別れると、入り口付近に停めてあった乗り物に乗り込み、駐屯地の出入り口に向けて走り出した。
おそらく、あの男性が全権大使のタケダで間違いないだろう。
会話の内容から考えると、ニホンとダークエルフ族が協力関係にあり、しかも友好的であることは確定的になった。
最早、十二分に情報を得て引き上げようとしたフィールだったが、タケダとどうやら将校らしいジエイタイとの会話が耳に入った。
「そう言えばシオダさん、例のハーフエルフさんがいる入り江の情報は入っていますか?」
「それなのだが、今朝無人偵察機で確認した所ハーフエルフの姿がなく、代わりに別の人物が2人いたそうだ。先程、ダークエルフ族に確認してもらったのだが、どうやらエルフ族と魔女族らしい」
それを聞いたフィールは愕然とした。
自分達の存在がとっくにバレていたのだ。
しかもハーミルのことを知っているということは、だいぶ前から気付かれていたことになる。
「違う種族なのですか?それだと亜人族国家からの密偵の確率が減りますね」
「ダークエルフ族の意見だと、例のペシオ教に抵抗する反ペシオ教組織の可能性が高いそうだ。一時間前に第二小隊を入り江に送って、そろそろ連絡が来るはずなんだが……」
「シオダ陸将!第二小隊から連絡がありました!」
「……おお、ちょうど来たようだ」
話を聞いていくうちにフィールは焦り始めた。
入り江にはまだミミが残っている。
もし捕まったらここまでの努力が全て無駄になってしまう。
フィールはミミの無事を祈りながら話の続きを聞いた。
「それで、結果はどうだった?」
「それが……第二小隊が来た時には荷物が残されていただけで既に誰もいなかったそうです。それから、周囲を捜索したら十人分の死体が見つかりました」
「死体が!?うちの人間の死体じゃないだろうな!?」
「いいえ。死体を同行していたダークエルフ族に見てもらった所、近隣の人族国家からのスパイの確率が高いそうです。念の為に出勤中の自衛官達の安否の確認をしましたが、全員の無事が確認されています」
「それはよかった。だが、これからは周辺の警備を強化したほうがよさそうだな。スパイの死因の特定は?」
「死体は皆、弓矢やナイフによる傷跡や火炎で焼かれた跡があり、更にその中に魔女族特有の魔法で死んでいる者もいました。入り江にいたエルフ族と魔女族のしわざでほぼ間違いないそうです。なお、第二小隊は今も入り江に待機しています」
「わかった。第二小隊は入り江での待機を継続しつつ、2人の捜索に専念するように伝えろ。それから、死体の処理のために増援を送れ」
「了解」
指示を受けてその場から去る隊員の姿を見送りながら、ミミの無事を安堵するフィール。
しかし、安心するにはまだ早い。
拠点を失い、仲間ともはぐれたフィールは孤立状態になってしまった。
これでは東部支部と連絡も取れない。
「(早くミミを探さないと!)」
そう考えたフィールは南に向けて走り出した。
◇
ノイズ王国 王城
大雨の降る王城のテラスでメイドと魔女が立っていた。
メイドはセミロングの黒髪に花の髪飾りをつけた十代中頃の少女で、魔女の話を淡々と聞いていた。
「……という訳で、レイリーさんには『報告書の回収、又は処分』と『報告書の存在を知る者達の抹殺』を頼みたいっス」
魔女リリはかなり緊張気味に目の前にいるメイドのレイリーに要件を伝えた。
レイリーは普段と同じ無表情な顔で返答する。
「……わかった」
「それと、王城内の動きを随時報告できるようにこれを持っててほしいっス」
そう言うとリリはレイリーに小さな指輪を渡した。
魔水晶が埋め込まれた魔通信用の指輪だ。
レイリーは指輪をすこし見つめてから抗議する。
「……私、魔法が苦手なことは知っているよね」
「フレイさんと同じでこっちから送信しないと使えないタイプっスけど、使い方自体は簡単っスから心配いらないっス。それに、レイリーさんは使うのは苦手なだけであたしら魔女族並に魔力持ってるじゃないっスか」
「……気が乗らないけど……わかった、預かる」
そう言うとレイリーは指輪を左手の中指にはめた。
「ハーミルのこと……頼んだよ」
「わかったっス。連絡は毎晩深夜に行うから、その時は一人になれる場所に移動して欲しいっス。じゃあ、あたしはこれで」
要件を伝え終えたリリは箒に跨って雨が降る空へ飛び立った。
残されたレイリーは王城内に入る。
そして、心の中で呟いた。
「(ハーミル……無事でいて……)」
ハーミルの無事を他の誰よりも願う彼女は、自分の仕事へと戻った。