プロローグ
初投稿です。
よろしくお願いします。
ライアス王国 王都ラドエレム
大崩壊四九九年後
十二ノ月三十一日
とうとうこの日が来てしまった。
ここはアルデオ大陸北部に位置する国ライアス王国。人口約四〇〇万人を抱え、国土面積は約五十万tm2(テスメイル=km:キロメートル)の中規模の王国だ。
その王都中心にそびえ立つ王城のすぐそばにある広場に何百人もの人だかりが出来ていた。普段は吟遊詩人や曲芸師が歌や芸を披露してにぎやかな雰囲気につつまれる広場だか、この日は重苦しい空気が辺りを支配していた。
見物人の民衆たちが見つめる先、つまりは私が今いるこの場所には即席で設けられた台とそれを囲むように配置された警備の兵がいた。
三十人程を乗せられそうな木製の台の上には数人の人間が乗っている。
豪華な装飾が施された修道服を着た神官風の初老の男、黒い覆面を被った屈強な男達、そしてその中央に座らされている粗末な服を着た身体中傷だらけの男、それが私だ。
私は両手両足が枷で拘束されていて、拷問によって得た傷も合わさって、一歩も動けない状態だ。
「皆の者、今日この日はライアス王国とペシオ教の歴史に深く刻まれることであろう!」
神官風の男ゴール・アロンドル大司教は高らかに宣言した。
そしてアロンドルは拘束された男に手にした杖を向けると続けて言う。
「この者の名はリドアス・オーレンド。四十九年前……まもなく五十年前となるが、亜人族しかもダークエルフ族と手を組み偉大なるペシオ神の教えに背いた異端の王ルアス・オーレンドの子である!」
アロンドルの言葉に民衆の一部から「異端者め!」「早く死刑にしろ!」という言葉が上がったがその他の民衆は肯定も否定もせず黙って見ているだけだった。怒鳴った民衆は余程の信仰熱心な連中で、それ以外はさほど興味のない連中か今の行為に抵抗のある連中だ。
「この背教者は、これまで亜人族や同じ背教者共を率いてアルデオ大陸中のペシオ教教会や信仰の厚い貴族・商人の屋敷を襲撃しては財産や奴隷をコソ泥の如く略奪した罪がある。我等は長年この者達を捕らえるべく多くの兵や騎士を動員して捜索を行ったが、いずれも下っ端を数名捕らえる程度に終わっていた。しかし、今回奴等の首領たるこの男を捕らえるができたのは実に喜ばしいことである!」
そう言うとアロンドルは自身の向かい側に建つ王城に目を向ける。
「ペシオ教創設五〇〇年目を迎えるにふさわしい舞台を用意してくださったベムラート国王陛下には感謝申し上げます」
王城のテラスではこの国の現国王オーギス・ベムラートが数名の親族や側近と共に広場の様子を眺めていた。
ベムラートはアロンドルの言葉に応えるように手を挙げた。
「さて、本来ならば火炙りの刑だが、少しでもペシオ教への忠誠心を見せたのなら減刑を行うこともふまえよという教皇様からの寛大なお言葉を頂いている」
アロンドルは私の方を見据えると更に続ける。
「今から言う問に素直に答えるならば火刑は中止にし、苦痛のない斬首か絞首刑のどちらかを選ぶ権利を与えよう」
そしてアロンドルは強い口調で問いただす。
「貴様の手下共は何処に隠れている!答えよ!」
私はその尋問に対してしばらく無言でいた。答えなどとっくに決まっているが、少しでも余裕があるように見せるために焦らしたのだ。
そして、伏せていた顔を民衆に向けると、その中の一点を見つめてはっきりとした口調で答える。
「断る」
私は視線の先にいる息子に向けて今出せられる限りの不敵な笑みを浮かべた。
◇
民衆に紛れて俺は自分の父親リドアスの最後の抵抗を見つめていた。
俺の周りには部下であり大事な仲間である同じ組織のメンバーが、一緒に親父の最後を見届けに来ている。
親父の反抗にアロンドルは処刑人に命じて鞭打ちをさせる。鞭でしばく音が数発響いた。
その光景に部下の一人が思わず怒りのあまり飛び出しそうになった。
俺はそいつの肩を掴んで止める。
「おさえろ。ローグ」
「ですが……!」
俺がローグと呼んだ十代中頃の少年は反抗的な目で俺を睨みつけた。情熱的という性格はこういうところだと困りの種だな。
だが、落ち着かせるために俺は冷静な口調で諭す。
「親父を見てみろ、いくら拷問をされたって口を割らなかった。耐えることも戦士として大切なことだ。親父の様に強くなりたいんだろ」
「…………。すみません、フレイアスさん……」
そう言うとローグは仲間の一人に連れられて後ろに下がった。
やがて、処刑台の上で鞭打ちを終えたところでアロンドルは新たに命令を出す。
「これよりこの背教者の処刑を行う!処刑人は準備にとりかかれ!」
命令を聞いた処刑人達はすぐに準備に取り掛かった。
そして俺と仲間達はその様子を黙って見ていた。
俺達は『ルアス同盟』。
かつて亜人族との共存を図ろうとして命を落としたルアス・オーレンドの名を冠した反ペシオ教非合法組織である。
メンバーは亜人族排斥を掲げるぺシオ教に反感を持つ人族や人族と再び共生することを望む亜人族で構成されている。
反ペシオ教非合法組織とあるから想像できると思うが、行っている活動はこのアルデオ大陸の人族国家で広く信仰されているペシオ教の教えに背いた活動で、奴隷にされた亜人族の解放やペシオ教国家での諜報活動などがある。
資金調達のためにぺシオ教に信仰熱心な貴族や商人を誘拐し身代金をせしめたり、教会や屋敷に直接乗り込んで略奪をするなどの犯罪行為を行っているため全ペシオ教国家に追われている。
そして今回その首領であるリドアスが捕らえられてしまって今に至る。
やがて、親父の処刑執行の準備が整った。
親父は一本の長い杭に縛り付けられていて、更に体には油が塗られていた。
足元には何本もの薪が並べられ、その側には松明を持った処刑人がいつでも執行ができるように控えている。
「皆の者、ぺシオ教に背く異端者の末路、しかとその目に焼き付けよ」
アロンドルの言葉と同時に処刑が執行された。
処刑人が松明の火を薪に移す。油のかかった薪は一瞬で燃え上がり、炎はとなりの薪、さらにとなりの薪へと燃え移り、親父に迫っていった。
そして炎が親父のすぐ足元にまで燃え移った途端、遂に彼が炎に飲み込まれた。
油で燃えやすくなっている親父の体は炎をあっさりと受け入れ、炎は親父の体を一瞬で包み込む。
しかし、親父は黙って耐えていた。
今の彼は炎に強いわけでも防御魔法が使えるわけでもない。
炎は確実に体を燃やしているにも関わらず、断絶魔の叫び声どころか苦痛による呻き声すら上げない。
親父は黙ってただ一点を見続けている。
その瞳にはただ一つの思いが込められていた。
視線の先にいる俺に向けて、
『後は頼んだぞ』
と言わんばかりに。
俺は自分の父親が焼かれていく姿に絶対に目を逸らさなかった。
仲間が「これ以上は無理だ」「もう見たくない」と視線を逸らしたりアジトに戻る中、俺だけは目を離さない。いいや、離せないんだ。
それはこれから組織を継ぐ者として、祖父の血と意思を受け継ぐ者としての義務でもある。
この屈辱を決して忘れないために。
祖父ルアスが目指していた夢を実現させるために。
俺は目の前の光景から目を背ける訳にはいかなかった。
親父が完全に燃え尽きた時、大崩壊五〇〇年後を迎えた時だった。
地震だろうか。突然、地面が揺れ始め、広場にいた人々を混乱させた。
「な、なんだなんだ!?」
「ひぇええ!助けてくれぇ!」
「また大崩壊が起こるのか!?」
「おかあさーん怖いよー!」
「死にたくない!死にたくない!」
このアルデオ大陸では地震なんて滅多に起こるものじゃない。地震という概念すら知らない奴も多い。
そのため、地面が揺れるという理解不能な現象に人々はひどく怯えた。
多くの人が突然の地震に動揺する中、俺ははまだ動ける仲間を率いて、恐怖で動けなくなった仲間を介抱し、アジトに運んだ。
アジトに向かう最中、揺れが段々と小さくなり、やがて完全に止んだ。
揺れがおさまったことで仲間や周囲の人間が次第に落ち着きを取り戻してきた。
「しっかし、あのタイミングで地震なんて……本当にまた大崩壊が起きるのかと思ったぜ。だよな、フレイ」
仲間の一人が俺に話しかけた。
「ああ、そうだな」
俺は簡単に受け答えをした。
でも、俺は妙な違和感を感じていた。
俺は数度地震を経験したことはあるが、あんなに長い地震は初めてだ。ましてや、こんなタイミング良く起こるものなのか?偶然で片付けていいのか?
ただの地震ではない。そんな気がしてならないのだ。
「(近いうちに支部の連中を集めて会議でも開くか)」
大陸の各地にある支部からこれまでの変化を聞けば何かわかるかも知れない。
そう考えた俺はアジトに戻ってからすぐに大陸中央、西部、東部、南部、諸国連合にあるルアス同盟の支部に伝書鳩を飛ばした。
内容は『ルアス同盟の各本部支部の代表を集めて会議を行う。代表者は北部本部に参加可能な日取りを送れ。開催場所は中央支部』である。
この時、俺達はあの地震が組織を……いいや、大陸の運命を変えてくれることになるなんて想像もしていなかった。
この日、ニホンという国が異世界から転移した。