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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

飛び魚娘とラクダガール 改訂版

作者: 蔵

 近いうちに雨が降るでしょう。

 私の占いは胡散臭い天気予報士より正確なんだ。

“私占い”は頭の中に太陽を描く。太陽が笑ったら晴れ、我慢したあとに泣いたら曇りのち雨。

 近いうちに雨が降るでしょう。

 雨のあと雨雲がビョインと過ぎ去るでしょう。

 風が雲をていゃ! と押しやるでしょう。

 近いうちに雨が降るでしょう。

 雨が降ったなら私は両手を広げ、空を飛ぶかもしれない。

 近いうちに雨が降るでしょう。

 雨が降り、私は空を飛ぶかもしれない。 人間1秒先はわからないからね、可能性はゼロじゃないはず。

 飛べないようにできてる私が飛んだら、高さに比例して死ぬ確率が高くなるでしょう。 飛ばない私に太陽はまたいろんな顔を見せるでしょう。

 こんなことを考えている間、どこかのだれかが死んじゃうんでしょう。

 今どこかで死んじゃった誰かさん。あなたは今どこ? 天国? それとも地獄?

 こんなことを考えている間、どこかのだれかが生まれるでしょう。

 濁った世界にようこそ。歓迎するよ。知らないから教えてあげる。人は空を飛べないんだ。だからツバサはないよ。水中で生きられないんだ。だからヒレはないよ。できるのは地上で生活できること。二本の脚で世界中に行けるよ。

 ねえ君の眼を見せてよ。澄んでいるんでしょう?

 人の心、人の瞳……それらが澄んでいる人はそれだけで価値があるんだよ。



 人間はいつ産まれるかわかるのに、いつ死ぬのかわからない。明日死ぬ確率は0かもしれないし、30%かもしれない。“死に神さん”が見える人がいたのなら、その人の死の確率は限りなく100に近いんだろうね。

 天気を占うように、死を占うことはダメなことかな。

 頭の中でもやもや考えても何も解決しないから、実際に死を占ってみよう。そうしよう。

 頭の中でかわいく自分を描いて、崖っぷちにちょこんと立たせてみる。砕ける波や、寄せては返す波がざぶざぶ騒いでいる。

 かわいい私は佇んで寂しい顔をしているだけ。ジッとしている。太陽も寂しげ。遠くで雨雲が追い風に押されてビョインと近づいてくる。

 今日は寂しく佇むだけでも、明日は違うかも。天気が移り変わるように、人の心も移り変わるから。

 寂しい顔は死亡確率何%だろう。

 0%。10%。50%?

 死亡確率ではなく、空を飛べる確率は?

 想像の世界でも空を飛べる可能性はない?

 私自身寂しい私を飛ばしたくないのかも。やっぱり空を飛ぶなら笑顔の私だよね。

 もう一度私を崖っぷちに立たせてみる。

 私は寂しげに空ではなく、崖下を見つめている。










 私が言った確率は、人生経験をもとにした数字。偶然か必然か、先日、私の親友の裸夢らむが亡くなりました。なので最近は彼女の死をよく考えているわけなのです。なので空を飛べる可能性を考えても“親友の死”が0%にするんだろうね。彼女が死んだ日は、どう思い出しても変化は見つけられず、からからと笑っていました。

 裸夢からのメールはやっぱりにっこり笑顔の顔文字付き。絵文字もからから笑っていた。

 裸夢は自分が空を飛べることを疑わない子でした。空を飛ぶと言ってもジャンプじゃないよ。空を生きる女の子になりたかったんだと思う。

 私も彼女の想いを信じて疑わなかった。 でも現在、何度空を飛べる確率を占っても0なのです。

 こんな濁った空を飛んでも嬉しくないよ、と心の奥(深層)で私自身思っているのかなあ。

――0%――0%…………0%。

 やはり何度占っても結果は変わりません。頭の中の私は寂しげです。








 私はピッチピチのJK(女子高生)です。高3だよ。女子は鮮度が命。でもでも、私は一割引きのシールを貼られたちょっと鮮度が落ちたJK。さすがに女子中学生には肌の張りは負ける。でもでも、バナナも腐りかけが美味しいと言うので、私はヘコまない。私は楽天的で前向きな女。裸夢の“夢”を真剣に考えているピッチピチなJK。それが私。

 もう、裸夢が死んで一ヶ月。

 ヘコんだ姿を見られると、空の上の裸夢に笑われる。

 なので、時々裸夢の死を考えながら、前向きに今日を生きようと思います。


 天気を占って、空を飛べる占いをする。 死を占うと、私が立つ崖の先には大海原が広がっている。俯く私は崖に砕ける波を見つめ、穏やかさを求めて水平線に目を遣る。

 穏やかな海に飛び魚が羽根を広げて宙に飛び出てしゅぺ――んと飛んでいる。水面すれすれを飛び魚が飛んでゆく。

 たま―にそんなことが頭のなかで起きる。







 裸夢は教科書やノートの端に落書きをする女子でした。

 裸夢は上手に飛び魚を描いていました。水面の上を飛び魚が文字通り飛んでいました。水面下では羨ましそうにマグロが見上げている。曲線で描かれた飛び魚の躯は愛嬌のある絵でした。ゆる飛び魚。

 良いよね飛び魚。イクラも良いけどトビッコもね。

 私は教材やノートに落書きするのは嫌いです。なんだけど、この間良く晴れた日に陽気な指先が授業中にノートの端に飛び魚を描いたのです。飛び魚はずんぐりむっくりになり、隣のみなみくんに忍び笑いをされました。シャーペンの先でニキビを突っついてやろうかコノヤロウと思いましたが、死んじゃった裸夢に怒られそうなので止めました。

 裸夢は飛び魚を描いてばかりいる子でした。飛び魚娘。響きが良いよね、飛び魚娘って。

 飛び魚娘。

 良いよね。






 最近夢をよく観ます。

 私は夢の中で飛び魚でした。飛び魚グループの後衛隊です。すいーんすいーんと泳ぎ、たまにしゅぺ――ん! と水面の上を飛びました。

 死を占ったときに現れる飛び魚です。

 夢のなかの私は大して面白くなかったです。

 だってえ大型魚から逃げるために空を飛んでいるわけで、水中に戻ると襲われる恐怖が待っていると考えると楽しくない。ピッチピチの飛び魚には怖さが潜んでいました。魚って危険がいっぱい。でもしゅぺ――んの時、空に飛び立つ時は喜びでいっぱいでした。

『人魚じゃなく飛び魚になりたい』

 裸夢はよくそう言っていました。

『人魚ってぇ捕まって鑑賞されるじゃん。ほら北海道の有名な水族館あんじゃん。あそこの円柱水槽を泳ぐアザラシいんじゃん。捕まると、きっとあんな感じで展示されんだよね。しかもハゲでデブなオヤジにジロジロ見られるじゃん。マジでイヤだ。それにずっと水の中だし。マジ、ヘイソクカン!!!」







 裸夢と知り合って半年。

 私は女子グループの中の下に位置している。趣味は妄想。部活は帰宅部。

 裸夢は上の上。陸上部の走り高跳びのエース。共通点は趣味が妄想というだけ。

 裸夢が何故私と仲良くなりたかったのか解らない。趣味が妄想のJKは、見えない妄想シグナルを送信・受信ができるのかしら。だとしたら私はまだ受信したことがない。声を掛けてきたのは裸夢だった。数日後には裸夢と妄想話しに華が咲いていた。

 裸夢は私と仲良くしつつ、上の上のグループのなかに入って話しをしていた。それがうわべだけなのは、普段妄想を楽しそうに話す裸夢の笑顔でわかっちゃった。

 裸夢との挿話エピソードは少ないけれど宝石のように輝いているよ。挿話が輝いているのは妄想のお陰です。妄想ばんざい。どこかのオジサンが言っていたけど、人は忘れることができるから強くなれるのだと言います。

 私はたまに裸夢と過ごした日々を、何気ない日常に思い出すことがあるんです。それは夏祭りがあった河原だったり、学校の渡り廊下だったり、紅く滲んだ夕焼けだったりするんです。思い出すと私は決まって不安になる。もしかしたら裸夢のことを忘れていたんじゃないかって。泣いてしまうほど不安になる。

 最近では思い出した思い出に妄想で空を飛んでいます。ハッピーな思い出なら忘れようにも忘れないと思う。飛び魚になり、しゅぺ――んしゅぺ――んと海の上や芝生を並んで飛ぶ笑顔の裸夢と私。宝石を磨くように、妄想して思い出に手を加えて輝かせています。思い出ばんざい。妄想ばんざい。


 裸夢が死んだのは自殺なのではと学生同士で噂していました。

 裸夢が亡くなったのは校舎と駐車場に挟まれた芝の上。時刻は午後5時過ぎ。頭蓋と頸椎を骨折した裸夢の遺体は微笑んでいたと、第一発見者の学生が言っていました。

 制服に乱れはありませんでした。校内の生徒、帰宅部、屋外の部活生徒からの目撃情報はなし。

 私だけが自殺じゃないと知っていた。

『裸夢空へ行ってきま――す』

 裸夢からの最後のメール。いつものように顔文字付き。顔文字はからからと笑っていました。

 裸夢は本気で空を飛ぼうとしました。







 屋上の金網は裸夢の背丈以上。

 実際に見ていないけど、裸夢は金網を高飛びで越えたんだと思う。

 そんなに飛ばなくてもよかったのに、な……。

 裸夢が飛び魚になりたいと言い出したのは、彼女が得意とした背面ジャンプが「飛び魚みたいだな」と言われたのがきっかけでした。

 学校での三者面談の日、私がグランドで走っと飛ぶ裸夢の姿を見たとき、本当に飛び魚のようでした。しゅぺーん。軽やかでした。人って頑張ればあんなに跳べるんだ。

 裸夢は高く飛ばない飛び魚が好きでした。それはきっと飛び魚が、宙を低空で短距離を飛ぶから。裸夢には海に生きる飛び魚が努力して空を飛んでいるように見えたんだと思う。

 裸夢は飛び魚が好きでした。

 私は裸夢が好きです。

 好きな人が好きな飛び魚も好きです。

 裸夢はきっと空を飛びたかったんだと思う。努力して高い空へ。走って走って走って走って高い空へ。跳ぶんじゃなく、飛びたかった裸夢。



 裸夢や飛び魚は好きだけど、飛び魚の夢ばかり観るのは疲れます。げんなり。食物連鎖に怯える夢はやっぱり疲れるね。

 妄想大好きな私は、最近はマクラの下に砂漠を歩くラクダの写真を挟んでいます。

 いいよねラクダ。ゆったりマイペースで砂漠を歩く動物。さいこ―よね。

 この前、ラクダの夢を観たの。ラクダじゃないよ。ラクダに乗る方だよ。フタコブラクダだよ。

 長い旅路でお腹空いたから、ふたつあるコブのひとつを開けると、ほっかほかのご飯だった。もうひとつのコブはティッシュ。

 ラクダのコブは脂肪だって言うからね。脂肪は白っぽいもんね。









 裸夢が飛び魚娘なら私はラクダガール。

 響きが良いよね、ラクダガールって。

 ラクダガール。

 良いよね。


 何度占っても、きっと空を飛ぶを可能性は0だと思う。

 私には私のペースがある。

 裸夢。

 らむ。はだかゆめ。響きが良いよね。

 らむ。はだかゆめ。

 良いよね。

 はだかのゆめを持った裸夢を尊敬している。


 私には高らかに言える夢なんてない。

 しいてあげるなら長生き。

 それと澄んだ心と瞳を持ち続けることが叶わないかわりに、誰の色にも染まらないブレない心を持つこと。


 人が魚に触れると、魚がやけどするらしい。

 ラクダも飛び魚に触れたら、飛び魚が火傷するんだろうな。

 どこまで裸夢との距離を縮めたらよかったんだろう。言葉の距離。心の距離。親友だけど私はラクダで裸夢は飛び魚。

 きっと私が火傷させたら、裸夢は何もなかったように接してくれるだろうな。裸夢はそんな女の子。私だったら逆に、ふっふっふ――んってわざとらしく鼻歌歌ってオリジナルダンスをくんねくんね踊っちゃう。それが私。

 できるなら気を使わせたくないし、火傷させたくないよね。

 距離って難しいよね。

 私と裸夢は親友。でも2人を繋げていたのは不確かな妄想でした。

 距離ってどうやって縮めたらよかったんだろう。


 こんなことを考えている明日の天気は雨に違いない。

 ついでに死も占ってみる。

 頭の中の私が校舎の屋上で寂しげに佇んでいる。太陽も寂しげで、泣くのを我慢している。

 金網は高くて、跳ぶことも、飛ぶこともできそうにない。





 了




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