ライトレス
帝国はずれの城塞都市に立ち寄ったとき、やはり師匠は絵画の鑑定を頼まれた。
「街の英雄が書いた油彩画です。ぜひ帝都で高名な鑑定士たるあなたに見ていただきたい」
高齢の師匠のお世話をしながら鑑定の修行をしているボクとしては、そういう依頼はまず助手たるボクを通してもらいたいものだとむっとする。きっと、まだまだ子どもと見下されたに違いない。
向きあって座る部屋で、機嫌をそこねたボクをなだめた後、師匠は長く白い前髪を分けて覗かせた右目で領主らしき男に向き直り話を聞いた。
「この街は魔物の住む森と隣接しているため、見るもおぞましく恐ろしい鬼どもが侵攻してくるも多々。一度城門を破られたとき、街を救ったのが流れ者の盲目の戦士。目が見えない分殺気などに敏感で、敵をそれで感知して斬っていたのだといいます」
前置きがやたら長いなぁと思ったけど、師匠はふむふむという感じで聞いているのでおとなしく見習う。
「敵を一人でせん滅した彼を、街は英雄として迎え入れました。褒美として望みを聞くと、『目が見えるようななりたい』と。魔物の森の近くだけあって、この街には魔物と人との忌み子も隠れ住んでいます。人の治療にも役立つ魔法を使える者どもです。早速彼らを斡旋し、彼の目を見えるようにしてやりました」
「その彼が、この絵を描いたと?」
師匠が口を開いた。
指差した絵は、ナイフや小刀など刃物を手に引きつったような狂気の面で画面手前、鑑賞者に今にも迫ってこようかという悪鬼どもの姿をどろどろしたタッチで描いていた。おぞましい色使いで荒々しい筆致。見る者の目に向かって圧倒的な破壊衝動をもって迫り来るダイナミズムは、確かに称賛に値する。
「そうです」
領主はきっぱりと言い切る。が、すぐに言葉をつないだ。
「いや、おっしゃりたいことは分かる。『目が見えてない時のことを書いたのか?』ということでしょう。それは違います」
実は、彼は二回この街を救ったのだという。
「彼は本当は戦士ではなく、画家になりたかったそうです。もともと心優しい男だったのでしょう。目が見えるようになって、自然や人々の営みなどを描いていたようです。そういった絵は、すべて平凡ですが。……もっとも、逆に人の表情が見えるようになって、『怖くなった』と二度と剣を握ることはしなくなりました。握ったとしても、以前の強さは取り戻せずじまい。収穫祭での剣術試合に無理を言って出場してもらいましたが、からきしでした。彼の強さは、目が見えないことで初めて発揮されるようなのです」
じゃあ、二回街を救ったというのはどういうことかと聞いた師匠に、領主はまあまああせらないようにとなだめた。
「恥ずかしながら、またも魔物どもに城門を突破されました。我々も当初は彼を当てにしていなかったのですが、最後の最後で、剣を手に取ったのです。最初はやはりからきしでしたが、やがて獅子奮迅の活躍をし始めました。その時、血の涙を流していたそうです。そう、彼は街を救うために自ら目を潰したのです!」
「……なるほど。そしてまた魔法で目が見えるようになって書いたのが、この絵だと」
「ええ。おそらく、この絵の光景を見て自ら目を潰す決心をしたのでしょう。その後の魔法で回復した視力は、絵を仕上げる期間だけの力しかなく自然と光を失ったそうです。そういう意味でも『奇跡の絵』だと我々は思っています」
しばらく油彩画に見入った師匠は、分けた前髪から覗く右目に涙をたたえ、一条の滴をこぼしながら「門外不出になさると良いでしょう」と言った。領主は喜んで部屋から出ていった。「あの先生が涙を流して認めてくださったぞ」という声が聞こえた。
「師匠。確かにいい絵でしたが、涙を流すほどでしたか?」
領主が出て行った後、ボクは恐る恐る聞いてみた。
「絵は作者の思いがにじむもの。そう言う意味では素晴らしい」
そう言うけど、少し納得がいかない。
そんな様子に気付いた師匠は小さな溜息をつくと続けた。
「鬼が手にする得物がナイフなど小さな刃物であること、奴らの狙いが体全体ではなく目線に集中していること。……絵はウソをつかん。見る人が見れば分かるよ。あれは、鬼ではなく自分の目を潰そうと殺到している街の人々を描いたものだと」
「え。じゃあ……」
「あの絵は、英雄に再び街を救ってもらいたがった人々が、彼の目を潰したときの絵じゃよ。少なくともわしには、作者の無念が分かる」
そう言って師匠は長い前髪をかきあげた。
ボクは師匠のつぶれた左目を見ながら、鑑定を逆恨みした画家から目を潰されたのだという話を思いだした。
おしまい
ふらっと、瀬川です。
かなり昔に書いた旧作品です。
ファンタジーでのショートショートをお楽しみください。




