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桜国幻想記  作者: 森看板
8/8

柔らかな台地

「よっと」

 マニラは掛け声と共に大きな鞄を背負う。

 宿の人に挨拶をして外に出ると、さわやかな風と気持ちの良い日差しが迎えてくれた。真っ白な雲がぐんぐんと流れて行く。

讙の国(かんのくに)まで3山里(さんさんり)も歩くのね」

「そしてさらに貫匈山脈(かんきょうさんみゃく)を越えないといけない」

 マニラの言葉に途方もなくなったナルコマは、鞄の上にひらりと降りた。

「まずは歩いてみよう、そしたらまたなにか思いつくかも」

「そうね、まあ、歩くのはマニラだしね」

「たしかに」

 マニラは背中から聞こえるナルコマの声に小さく笑って応えた。


 3山里(さんさんり)とは、山3つ分の距離を表す。

 足に自信のある旅人が歩き通しで2日かかる。マニラは2泊の野宿で3日かけ、まずは讙の国(かんのくに)を目指す。

 もともとマニラは讙の国(かんのくに)に行くつもりではあった為、初めて行くものの、道はしっかり確認していた。

 だが、その先が気がかりである。歩くのは好きではあったが、さすがに煉獄の階段と言う恐ろしい別名のある、貫匈山脈(かんきょうさんみゃく)を越えるのは気が乗らない。讙の国(かんのくに)でなにか他の良い手段が見つかる事を祈るばかりだ。


 今日の気候は歩くのには最適で、幸先の良い歩み出しを感じさせた。

 特に会話も無く、二人、丁寧に石で舗装された道を歩いて行く。

 雨の多い国である為、あまり人が歩かない道の端は苔むしている。通る道はなだらかな丘になり開けた台地であったが、遠く、瑞々しい森が濃く影ているのが見えた。


「思ってたよりも良いわね」

 なんともなしにナルコマは言葉を口に出した。

「なにがさ?」

「んーん、なんでもないの、ただ、良い景色ね」

「そうだね、この街道は開けているから眺めがいいね」

 マニラはそう言いながら空を大地を見渡した。

 どこまでもどこまでも続く台地。その起伏の小さな地形は魃国(ばつこく)を広く見渡すことが出来る。少し先に雲が大きな影を作って行く。

「ナルコマは私と会うまではどうしてたの?」

(かのと)で眠ってたのよ」

「それってさ」

「あ、ねえ、あれって黒雨の森(こくうのもり)かしら」

「うん?」

 ナルコマの視線の先。濃い黒の森をマニラも見つめた。

「そうだね」

 そこに湛えられた水の豊富さが離れていても感じられる。

「私は知識でしか世界をまったく知らなかったのだけれど、実際に見るのと考えてた姿は全然違うのね」

「たしかに、どれだけ言葉で尽くしても実際に感じた世界には敵わないや」

 ナルコマの表情はとても小さいので見えなかったが、嬉しそうにしているのはマニラにはっきりと伝わった。


「あのさ、ナルコマ。竜神を封印するって言うけどさ、じつはいまだによくわからないんだけど」

「そうねえ、たしかに今はまだ世界にもはっきりと影響が出ていないし、昨日の水の申だっていまいちピンと来ないのもわかるわ」

「えっと、まだナルコマと出会って4日目……!」

 マニラは4本の指を折り曲げ、その自身の右手を見て唖然とする。

「あとさ、闇の力? あれもなにがなんだかなんだけど」

「なんて説明したらいいかなあ」

 ナルコマはひらひらとマニラの周りを回る。

「まあ、なんというかさ」

 マニラが言葉を言い切る前に、突如、咆哮が聞こえた。

 咄嗟に背負っていた鞄を下ろし、マニラは剣を構える。

「あっちのほう、あれは……」

 ナルコマが遠く、柔らかな曲線を描く地平を見つめる。

「あれは戊申(ぼしん)!」

「えっ、なに? 怪物じゃないの?」

 まだかなりの距離があるというのに、大きな黒い影が見えた。その影は四本の足で地面を蹴り上げ、猛烈な速さでこちらへと駆けてくる。

「水の申の僕だけど……」

 このナルコマの声はマニラには聞こえなかった。

「そこの君、危険だ下がって!」

 まったく予想だにしなかった声が後から聞こえてきたのだ。

 迫り来る怪物と突然の後からの声に挟まれ、混乱するマニラ。

 ナルコマだけが冷静にその声の主を見ていた。


 細くすらりとした健脚に、長い耳を持つ(しん)と呼ばれる、俊足の野獣に跨った男。

 その男は占時四課(せんじよんか)の制服に身を包んでいた。この世の法を統べる政府直属の人間だ。

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