雨の終わり
「マニラ……!」
ナルコマが淡い光で輝きながらマニラに寄り添う。
その光の暖かさが、マニラの痛みを和らげてくれた。
しかし、怪物はそんな二人に容赦なく拳を振り下ろす。
「ナルコマっ! ありがとう。もう、大丈夫だよ」
マニラは跳躍して拳を避けた。手のひらに大切にナルコマを包んでいる。
「マニラ、がんばって!」
マニラはその言葉に頷き、剣を両手で構える。
怪物は呻りを上げる。それは腹の底から抉られる様な響きだ。
どちらからともなく駆ける。それは一瞬だった。すれ違う様に振り抜いた剣が怪物の胴を薙いでいた。怪物は真っ二つになり、マニラ自身もその自分の力に驚きを隠せない。だが、それ以上に安堵で一杯になっていた。
絶叫も、血飛沫も無かった。さっきまで圧倒的な存在を示していた怪物は、まるで最初からいなかったかの様に、水の粒になり掻き消えてしまった。
「た、倒した・・・・・・?」
呆然とするマニラにナルコマが頷く。
「倒した!」
マニラは大声を上げた。ナルコマも一緒に叫ぶ。
「たおしたー! たおしたよー!」
二人は飛び跳ねて喜んだ。しかし、そんな二人とは裏腹に、辺りは静寂に包まれている。
「そういえば、水の申は?」
「大丈夫、ちゃんと開放されてるよ。さっきの怪物に封印されていたみたい」
「そっか・・・・・・よかった。というか、そういうの分かるんだ」
「え、ええ。もちろん」
ナルコマは頷く様に上下に一回動いた。
「あ、マニラ、元に戻ってるよ」
「えっ」
興奮が冷めてきた二人はやっと辺りが視界に入ってきた。
マニラが見つめる自分の手は、たしかに長年見慣れたものに戻っていた。
風が止んでいる。
つい先程まで唸る様に鳴り響いていた音は止み、連綿と連なる切り立った崖がそこに静かにあるだけだった。空には雲ひとつなく、空気は静かに揺れている。
「なんだろう・・・・・・」
その変化にマニラは戸惑いながら、辺りを見回した。
「ねえねえ、疲れたよ! はやく戻ろう」
「うん」
ナルコマは気にならない様で、マニラをせかした。
町の様子も変わっていた。
どれだけ晴れていても、どこか水の匂いを感じさせた空気はからりと乾いており、道行く人たちもどこか不思議そうにしている。
「ねえ、ほんとによかったのかな。なんか変じゃない?」
「そうかな? 今までが変だったんじゃないかな」
不安そうに話すマニラに対して、ナルコマはのん気に答える。
「さあさあ、ご飯食べましょ! もうお腹ぺこぺこ!」
「うん、そうだね」
ふかふかのベットに飛び込む。
マニラはごろりと転がると、天井を見上げた。
心地よい充足感に体が包まれる。
「次は、木の卯が近いわね」
机の上に置いてある地図にナルコマがとまる。
「夔の国ね、私はそっちから来たんだ」
マニラは枕を抱えながら地図を覗き込む。
「じゃあ、色々と楽そうね」
「うーん、道は良いとして、今は時期が悪いかな」
「どういうこと?」
首を捻って困った声を出すマニラに、ナルコマはひらひらと飛んで行く。
「次の船は半年後なんだ」
「あらあらあら」
魃国と夔の国の間には雷の川がある。それはその名の通り、雷が流れている川だ。
年に2度だけ船が出ており、その船は一本足の巨大な獣、雷獣の背中に乗せて川を渡る。
他に夔の国に行く方法は、北の讙の国を経由して貫匈山脈を超えることになる。
こちらも険しいが、雷の川を生身で渡るより現実味のある話であった。
「じゃあ、半年待つくらいなら讙の国に行ってしまうのがいいのかな」
「そうだね」
マニラは大きく欠伸をした。ナルコマも眠たそうに話す。
「讙の国には火の蛇がいるね、まずはそこからそうしましょーふぁーあ」
「うん・・・・・・」
言葉はどちらともなく途切れ、二人は柔らかな眠りについていった。