明転の雲
「はじめまして。私は宿曜。この星の闇を司る者です」
女性の声だ。外套から覗く顔は雪の様に白く、瞳は白銀に輝いている。
「闇と聞くと恐ろしいモノと感じるかもしれません。でも、光と闇は表裏一体。我々は闇の力で光を支え、世界の均衡を保つのです」
マニラはなにも答えることができなかった。そんなマニラに宿曜は優しい眼差しを向ける。実際にはまったく表情は変わらなかったが、マニラにはそう感じられた。
「あなたは選ばれし者。今はそうとはわからなくても必ずその時は訪れます。さあ、あなたの眠っている魂の力を解き放つ為、闇の力を目覚めさせましょう」
その言葉と共に宿曜の手から光球が現れ、白くはじけた。
「わっ」
マニラは短く声を上げ、目をつむる。すぐさま、そろりと目を開ける。が、特になにも変わらず、暗闇の空間がどこまでも続いている。
「なかなか様になっているじゃない」
ナルコマがそう言うと、マニラの周りをぐるりと飛んだ。
マニラはなんのことかわからずに、怪訝な顔をしてナルコマを見やった。
「自分の体見てごらんなさいよ。鏡がないから顔は見れないけど。ほらっ」
「ええっ?」
マニラは自分の腕や体を見回す。するとそこにはまったく別の他人の体があった。
灰色の鎧に包まれ、腰まで長い真っ白な髪が美しく揺れる。暗闇のせいで実感がわかないが背も伸びている様で視界が高くなっていた。
「なにこれっ」
マニラは大声を上げ、宿曜を探したがいつの間にかいなくなっている。
「どう言うことなのさ。これが力?」
「そういうことよ。さあ、水の申を解放しに行きましょ」
ナルコマは迷い無く闇の中を進んだ。「ま、まってよ、これって元に戻れるの? ねえってば」慌ててマニラはついて行く。
ほんの少し歩いた瞬間、暗闇を抜ける感覚がした。
視界が光で埋め尽くされるその刹那、今まで暗闇で光って見えていたものが、花びらだという事に気がついた。
眩んだ目が慣れると、そこは鎧の袖だった。
振り返るとそこには、慌てて飛び込んだ岩の入り口がぽっかりと穴をあけ、穴の先には闇ではなく鈍色の雲が風に流される空が見えた。雲間から漏れる日差しがもうすぐ昼時になることを告げている。
「あのさ」
「なあに?」
どうしたものかとマニラはナルコマに声をかけた。
「もう文句言わずについて行くって言ったけどさ……ぜんぜん展開について行けないんだけど」
「そうねえ。じゃあさ、納得いく答えが見つかるまで流れに身をまかせてみれば?」
「そんな、そんな簡単に言うけどさ」
「もう、しつこいな。なによう」
ナルコマはいらだちを隠そうとせず、じぐざぐに激しく飛ぶ。
マニラはしょんぼりと剣を抱きかかえ様として、さらに驚いた。
「あ、あれっ」
剣はいつもの細身の長剣ではなく、分厚い刃の両手で持つ剣になっており、黒い刃が宝石の様に輝いている。
「ねえ、状況をひとずつ飲み込むのも大事だけどさ、その前にやらなきゃいけない事ができたよ」
「へっ」ナルコマに呼びかけられ、正面を向くと、槍を手に携えた鬼のような顔をした石像が音もなく歩いて来ていた。
恐る恐る剣を構えたが、腰が引けた姿は、立派な鎧姿の分とても滑稽に見えた。
目があったとたん、石像は槍を振りかざし襲いかかってきた。「ふあっ」息を吐き間一髪、槍の一閃を避けると、頭の中に声が響いてきた。
(さあ、戦うのです)
「えっ」マニラは次の攻撃もなんとかかわしたものの、次の返しの一閃は避けれそうになく、目をつむり、なんとか剣で防ごうと手を上げた。
硬質な音が響き、腕に圧力がかかる。とっさに目をひらくと自身が見事に槍を受け止めているのがわかった。そして、長大な剣をいともたやすく片手で持ち上げており、マニラは自分の力に驚いた。
(力を横に流すのです)
また頭に声が響き、マニラは横に払った。石像は勢いで体勢を崩す。それを逃さず、マニラは剣で石像を打ち据え、たしかな手応えを感じた。
倒された石像はそのまま動かなくなると、煙と共に消えていった。
「ほら、できるじゃない!」
ナルコマが嬉しそうに飛び回るが、マニラはぼんやりと剣を見つめている。
「どうしたの?」
「なんか声が聞こえた気がして」
「こえ?」
「ナルコマはなにか知らない?」
「なにかしら。わかんないなあ」
「そっか……とりあえず進もうか」
「どんどん行きましょっ」
自分が怪物を倒した高揚感と、次々に起こる想像を超えた現実にマニラの胸は高鳴りが収まらなかった。