表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜国幻想記  作者: 森看板
2/8

道標の藍

 遺跡探索の成果はゼロだった。


 負傷した男性と自分の荷物を抱え、町に戻る頃には陽は沈んでおり、屋根のある場所に着くのと同時に驟雨(しゅうう)となった。

 突然の雨だったが、町民はさも慌てる様子をみせず、各々戸締りをしたり、洗濯物を仕舞いこむ。なるほど、青の国と呼ばれるだけはあるなとマニラは雨に染まる町を見た。


 男性を病院に連れて行ったり、仕事の報告をピンインにしたり……宿屋に戻る頃には晩御飯時はすっかり過ぎており、食堂は静かだった。

「はああ。酷い一日だったなあ。」

 誰に言うわけでもなく、ため息と共に愚痴がこぼれ、そのままマニラは机に突っ伏した。

 窓にはカーテンがかかっていたが、向こう側から感じる静かな音は、雨が止んでいる事を教えてくれている。

「ちょっと、私のこと忘れてない?」

「わあっ」

 青い光がマニラの頭を叩く。慌てて顔を上げると、美しく青で縁取られた蝶が目の前にいた。

「あの後いなくなったのはそっちじゃないか。私は怪我人を病院に連れて行ったり大変だったんだから」

「でもそのまま忘れてたでしょ」

「そんなこと言われたって」

 面倒だと言わんばかりにマニラはお冷を飲む。

 蝶はきびきびと話し出した。

「まあいいわ。私はナルコマ。一緒に竜神を封印するのよ」

「そんな勝手な。悪いけど他をあたって」

 メニューをめくると風花(かざばな)魚の焼き飯が目に入った。今晩はこれを食べようとマニラは決める。

「んもーーっ! あんたは勇者なの! 自覚なさい!」

 大声にびっくりしたマニラは、慌ててナルコマを両手で押さえた。何事かと振り向いてきた数少ない客に、マニラは肩をすくめてみせた。

「もう、かんべんしてよ」情けない声が出た。

「じゃあ、私と旅に出なさい。ところで名前は?」

「じゃあって意味わかんないよ……」

 はああっと、大きくため息が出る。そんなマニラの様子を気にする事なく、ナルコマはひらひらと優雅に目の前を舞う。

「ねえ、名前は?」

「今はマニラだよ」

「今ってなによ? 次とかあるわけ?」

 投げやりなマニラの鼻先にナルコマは止まる。目を寄せながらそんなナルコマをマニラは見た。

「私は名前が無くって。だから行く先々で名前を考えてるんだけど」

「なにそれ! 面倒! もうずっとマニラでいいじゃない」

 青い軌跡を残しながらナルコマは上下に飛ぶ。

「もうなんでもいいからさ……ご飯食べさせてよ……」

 マニラはぐったりとうな垂れた。


 風花魚の焼き飯は疲れた体に染み渡った。ナルコマは特別に花を一輪用意してもらい蜜を吸った。

 一息ついたら途端に冷静になり、マニラの頭は疑問で一杯になった。迷わず質問を投げかける。

「ところで、竜神を封印するって言うけど、なにをどうするの?」

活杙(いぐくい)の地で竜神が復活しようとしているから、それを封印するの。」

「だから、どうやってさ」

 今日で何度目だろうか、マニラはそう思いながらため息をついた。

 

 活杙の地とは泥の海の先にあると言われている土地だが、そう語られているだけであり、本当にあるかすら誰にもわからない。

 そして、旅人なら誰しも耳にする伝説の土地だが、口にすれば笑い者にされる類の伝説にすぎなかった。

 しかし、遺跡での怪物と青い閃光を思い出すと、ナルコマが適当に言っているとは思えなかった。

 マニラの心中など気にする事なくナルコマは言葉を続ける。

「その為には六天将の封印を解かなければいけないのよ。だからまずはそれからね」

 マニラはだんだんと現実味の無くなってきた話に、ただ頷く事しかできなかった。口はぽかんと開き、今自分は酷い顔をしているんだろうなとマニラはぼんやり考えた。

「なにその顔! ちゃんとわかってるわけ?」

「う、うん。まあ、とにかく今日はもう休んでいい?」


 前方に火の蛇。後方に金の馬。右に土の猪。左に水の(さる)。天に貴人、地に木の(うさぎ)

 世界を構成する力の源を司る六天将。

 ここ魃国(ばつこく)には水の申が住まうと言われている。

 しかしそれは御伽噺(おとぎばなし)

 これは夢か(うつつ)か。マニラの旅はたしかに今はじまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ