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花言葉  作者: 藤咲紫亜
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穢れを抱く華(桜柳・桃春)

 風舞の一族は、長い間二つに分裂していた。


 古くからの教えに忠実な、風舞本家を中心とする北の風舞家。


 先代の当主に逆らって本家から離れた分家の集まりである南の風舞家。


 先代の当主も亡くなって久しく、二つの風舞家はお互いに歩み寄ろうとしていた。


 何十年ぶりに行われた、一族全員の顔合わせの宴会の最中。

 北の風舞家で育ったその少女は、南の風舞家で育った自分に静かに問いかけた。


「どうして、泣いてるの?」


「え?」


 自分では笑顔を浮かべていたつもりだった。


 いつものように、カワイイ女の子に声をかける時の顔で。


「あんた、どうして泣いてるの?」


 それは、意表をついた言葉だった。



 だから、思わず口が滑ってしまったのだ。


「それはね。知らない方がいい事も、この世にはあるから。」


「でも、知ってるんでしょ?」


 続けて少女は問う。


「知っていても知らない振りをしなきゃいけないんだ。」


「分からないわ。」


 少女の瞳は透き通っていて、自分の中にあるもの全てが見透かされそうで怖かった。


「その内分かるよ。」


 少女はふと、考えにふけるように視線を落とした。


 そして、視線を上げると首を傾げた。


「ねぇ。」

「ん?」



「それって、つらくない?」



 そんな事を言われたのは初めてだった。



 一族の者全てが特殊な能力を持って生まれてくる風舞家。


 その分家の中の一つに、異色の“家”がある。

 代々鳳凰をその身に宿すと言われるその家の当主は、母親の命を犠牲にしてこの世に生まれてくる。


 金の髪・金の瞳。


 それが、風舞本家の当主とは別に存在する、鳳凰院流風舞家当主の証。


 南の風舞家において、実質的な統率者として君臨していた者。


 自分と兄には、その証は無かった。

 だが、それで良かったと思った。


 大切なあの人の命を奪わずにすんだなら。


 自分が8歳になった頃、弟が生まれた。


 金の髪。金の瞳。

 呪われた鳳凰の子。


 母は本当に、伝えられている通りにこの世を去った。



(オマエナンカ…)



 太陽のように明るくて暖かい母が好きだった。



(オマエナンカ…)



 母の葬儀がしめやかに行われた後、家ではうって変わった盛大な宴が開かれた。


『当主の誕生だ』


 自分と兄に気を使ってくれる者も居た。

 だが、どんな言葉を聞いても傷は癒えなかった。



(オマエナンカ、ウマレテコナケレバヨカッタノニ)


 けれどそれを、弟に向かって言ったことはなかった。




 癒された振りをして。

 気にしていない振りをして。

 普通の兄弟の振りをして。

 そうやって、「綺麗な人間」の振りをしていた。

 恨みや憎しみに汚れた人間は醜いと知っていたから。



「桜柳<オウリュウ>。」


 少女の呼ぶ声が、自分を現実へと引き戻す。

 目の前の少女は、強い瞳で自分を見上げて問いかけた。


「自分の中にある嫌な感情は、見ない振りをしていたら消えるの?そんな事で無かったことにできるの?」


 急に、笑いがこみあげてくる。

 滑稽だ。

 何もかも見抜かれていて、それでも彼女に本心を見せまいとする自分の姿は何と滑稽なのか。


「ああ、そうさ。僕は醜い。そんなことを言うんなら、君はよほどお綺麗なんだろうね、桃春<トウシュン>? でも君に何が分かるって言うんだ? どうせ、君も何も知らずに甘い世界で育ってきた人間のくせに。」


 少女は不愉快そうに眉根を寄せる。


「そんなんじゃないわ。“お綺麗”なんかじゃない。何も知らないのはあんたの方よ、桜柳。自分の不幸に酔ってるから、私の汚さすら見えてない。」


「僕が…不幸に酔ってる?」


 自分の声に、無意識に宿ったとげとげしさ。

 少女は意に介さぬような表情で言葉を返す。


「そう見えるわ。下らない不幸比べをするつもりはないけど、自分ほど不幸な人間はいないなんて考え、捨てたほうがあんたのためよ。私ね……顔も見たくないほど嫌いな奴が居たの。私の大好きな人たち……奪られたみたいで許せなかった。」


「へぇ、誰?」


 少女はそこで、自分から視線を外した。




「弟……。」




(オマエナンテウマレテコナケレバ)



「でも、違うの。……違っていたの。立ち止まっていたのは私。自分が一番不幸だと思ってたのは私。不幸だと必死に思い込んで、誰かを傷つけるための言い訳にしてた。」



―――桜柳。



 知ってたさ。

 八つ当たりでしかないってこと。


 表面には決して出さなかった、攻撃的な心。

 それでも向けられた刃に気付かないほど鈍感な奴じゃない。



―――桜柳は、俺のこと嫌いだろ?


 分かっていたさ。

 あいつだって辛いって。


 うわべだけの同情に諦めを知って、偽りの愛情に絶望して。

 それでも手を伸ばして本物を求め続けてる。



 きっと、誰もが。



「久しぶりに会ったら、あいつ……私よりもずっと大人になってた。子供染みた私を、受け入れようとしてた……あんなに傷つけたのに……。」



(オマエナンテキライダヨ)



 その言葉を持たぬ刃で、どれだけ傷つけた?



「自分の感情は、向き合わなきゃいけないものだと思うの。それがどんなに苦痛でも。じゃなきゃ進めないから。汚いままなんて、私は嫌。知らない振りをし続けるなんて、私は嫌。ずっとこのままでいたいとか、あんただって思ってないでしょ……?」



 綺麗な自分を演じて。

 汚い自分を見ない振りして。


 それで拭われるものでもないだろうに。

 

 愚かなのは自分。



 彼女が自分の笑顔に見出した感情。

 それは寂しさと悲しさ。

 母を亡くしたばかりの頃の、幼い自分の心。

 まっすぐに見ることができなかった、恨みや憎しみをも内包した過去。


 決して誰にも見せまいとしていたもの。



 でも、彼女は気付いた。

 弟とは違う位置から、本当の僕を見つけた。



 僕は、本物に出会ったのかもしれない。

 そう思ってもいい気がした。




「面白いわ、桜柳。あんた今度は、泣いてるのに笑ってる。それがあんたの本当の顔なのね。」

 そこで初めて、少女は微笑みを浮かべた。





□花言葉□

桃……あなたのとりこ、チャーミング、など。

柳……我が胸の悲しみ、愛の悲しみ、追悼など。

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