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花言葉  作者: 藤咲紫亜
1/4

貴方の呼ぶ声(青蘭・茄香)

「危ない!!」



 その声に、何が起こったのかを理解した時には、

  



 もう



 遅かった。




 目覚めた場所は、病院の一室。


「起きたか?」


 そう自分に声をかけたのは、遠縁にあたる親戚の少年だった。

 自分より二歳年上で、今小三の。


(えっと…誰だったっけ?)


 思い出せない。

 数多くいる親戚の中でも、陰が薄いことだけは覚えているのだが。


「俺の顔はそんなに面白いのか?青蘭<セイラン>。」


「え、あ、ううん、違うの。んーと…。」


「茄香<カキョウ>」


「へ?」


「俺の名前。覚えてないだろ、どうせ。」


「かきょう!そうだった、かきょうって言うんだったね。」


「…」


「ご、ごめんね。忘れちゃってて…」


「悪かったな。」


「え?」


「わざとじゃなかった。」



 少年の言葉に、何故自分が病院ここにいるのかを思い出す。


 階段から落ちたのだ。


 そう、この茄香にぶつかって。



「ねぇ、もしかして、私の名前呼んでた?」


 少年は、ふいを突かれたような表情をする。



 そして。



「呼ばなきゃいけない気がしただけだ。」



 と、仏頂面で答えた。


 ふふ、と自分は笑う。



 記憶の断片が自分の横を次々と駆けてゆく。

 春。夏。秋。冬。彼と過ごした幾つもの季節。




「かきょう、また授業サボり?」


 体育館の壁に背をもたれさせ、桜を見ていた彼が、こちらを向く。



「おい、これ被ってろ。」


 急に雨が降ってきた秋の日、彼は自分の上着を私の頭に被せてくれた。




「茄香、似合ってる似合ってる~。」


「…面白がってるだろ、お前。」


 中学の文化祭、彼のクラスは『白雪姫』を上演した。

 長身と目立つ容姿の彼だから、てっきり王子役にでも抜擢されたのではないかと思ったのだが…舞台を見ると、何故か彼は白雪姫になっていた。



 そして、高校の頃。


「お前には関係ない。」


 ある日そう言われた自分は、彼の頬を思いっきり引っ叩いた。



「ずっと一緒に居るわ。誰が茄香の敵になっても、私は茄香の傍にいる。だから、他の誰を信じられなくても…私だけは信じてほしいの。」



 気付けばそこは、知らない場所だった。

 自分の目の前には、果てが見えない七色の花畑。

 暖かい光が溢れる場所。


 まるで、楽園のように美しい光景だった。

 誘われるように、その花畑に足を踏み出そうとした。



「青蘭。」



 その声に振り返ると、自分の後ろに広がる廃墟に気付く。

 灰色の街。壊れたビルと破れた布きれ。

 その中に一人立つ少年。



 茄香…?



「こっちに、来い。」



 でも、花畑の向こうから自分を呼ぶもう一つの声が聞こえる。



 おいで、と。

 それは甘く優しい響きで。

 その優しさに身を任せたくなる。



「お前が言ったんだ。」



 何を?



「俺達はずっと一緒だって。なら、こっちに来い青蘭!!」

 



「…青蘭…青蘭!」



 意識が、深い闇の底から浮上する。



「…か、きょう…」



 貴方はまた、ずっと私を呼んでくれていたの。



「何で、泣いてるの…?」


 最高に貴方らしくないわ。



 青年は、何も言わずに青蘭を抱き寄せた。

 彼にしては、恐る恐るといった手つきで。



「茄香…?」

 



 ぼんやりとした意識で、辺りの様子を見る。

 スタジオ。

 雑誌の撮影現場で。



 そうだ。



 照明器具が落ちてきたのだ。



「血が…付くわ。」


「俺を何だと思っている。」


 ああ…そうだった。


「じゃあ…お願いしてもいい?茄香先生。」


「…特別痛い手術でもしてやろうか?」


 その言葉に、青蘭はふと苦笑にも取れる表情をして見せた。


「全くもう…貴方って昔から乱暴で意地悪で…嫌いだわ。」


 乱暴でもちゃんと導いてくれる。


 意地悪でも助けてくれる。



 そんな彼だからこそ、自分は。



「文句なら後で全部聞いてやる。今は黙っていろ。」



 茄香の囁きに、わずかに頷くように身じろぎをした後、青蘭はゆっくりと瞳を閉じた。


 きっと大丈夫。


 大人になった彼の腕は、子供の頃のように華奢で頼りないものではない。

 力強く、そして何よりも誰よりも優しい。



 愛しい人の腕の中。

 安心しきった表情で、彼女は眠りに落ちていった。



 ねぇ、茄香。

 どんなに深い眠りの中に居ても、貴方が呼べば私は目覚めるの。


 だから、ずっと呼んでいて。

 貴方が呼ぶ限り、私は貴方の傍に居る。





□花言葉□

蘭……美人、優雅な女性、変わりやすい愛情、わがまま、など。

茄子……真実、希望など。

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