第24話:孤狼と歌姫とお隣さん 前編
ここ、春ヶ丘の梅雨の始まりは早い。
しかし、その反面過ぎるのも早く、6月の終わりには梅雨が開ける。
そして、今は6月の上旬。梅雨の時期に突入し、例外なく雨が降りに降っている。
洗濯物も乾かない、じめじめとした嫌な空気。そんな要素がテンションを下げる。
だが、光琳の生徒達…主に三年は梅雨明けの球技大会に向け皆が燃えに燃えており、テンションは上がる一方である。
しかし、虚ろな目で窓の外を眺めている一人の男子生徒が居た…。
――Side Kazuto Himuro
今日も一日の業務を終えて帰宅する。だが、何時もと違うのは…
「なぁ、家に帰れよ。俺ならもう大丈夫だからさ」
「……駄目よ。この時期にあんたを一人にしておけないもの」
でかいボストンバックを持ち、家に泊まる気満々の彩花が居間に居るって事だ。
「はぁ……何を言っても無駄なんだろうな…去年も結局帰らなかったし…」
「あんたは…大丈夫って言ってるけど…見るからにテンションが下がってるのよ。ほっとけないじゃない。それに…」
ギュッと両手を握り締め、目にはうっすらと涙を浮かべつつも、視線はまっすぐ俺の目を見て彩花が…
「もう…絶対にあんたをあんな目に合わせないって、誓ったから」
そう告げた。ったく、こう言われたら断る術は無い…
「はいはい…勝手にしてください。涼香お姉さんの許可はあるんだろ?」
俺の問いにコクリと頷く。この時期になると彩花は暫く家に泊まりに来る。
というのも…昔のあの頃の事件が原因なんだが……
駄目だな…吹っ切ったと思っても、やっぱりこの時期になると色々考えてしまう…
そんな考えを振り払うため、晩飯は何にしようかと思案していると…
―ピンポーン
「? 客?」
誰だ?平日のこんな時間に…
「彩花、出てくんない」
「いえ、あんたが出るべきでしょ。私はお客さんなんだから」
めんどくさいので彩花に押し付けようとしたが、正論で返された。ちっ、晩飯の支度をしようとしてたのに…
出鼻を挫かれるのが一番腹が立つ…
何かの勧誘の類だったらぶん投げてやろうとか思いつつ…玄関に向かい…
「はい、どちらさんですか?」
ドアを開け…
「……コホー…コホー…」
―バタン!
速攻で閉めた。
「な、なんなんだ?あれは…」
玄関の前にいたのは、黄色い雨合羽を着た人が居た。フードを深めに被り、表情は伺えず、黒い大きな傘を差している。
絵に書いた様な怪しい人…。結構希少な生物だとは思うが、好んで見たいとは思わない生き物である…って、あれ?
なんか前にもこんなことが会ったような…
「ぼ、ボクだよ。開けてよ先輩!」
その聞き覚えのある声に再度ドアを開けると…
「ひどいよ…いきなり閉めるなんて」
フードを取った下から出てきた顔は…
「霞?」
いまや、人気アイドルにしてこの間再会を果たした白き歌姫。美空霞だった…
「ったく、来るなら来るって言ってからにしろ」
「電話したよ!でも、先輩携帯に出ないんだもん!」
「……あぁ…そういや壊したんだっけ」
この間、朝起きたら携帯電話が壊れていた。
これで何度目だろう…寝ているときにあの耳障りな音がなると反射的に壁に投げつけるらしく、寝る前には電源を切るのだが時々忘れる時がある。
そして、そういう時ほど電話がかかってくるものだ…。世の中不思議だよな〜
そんな事を考えながら、霞を座らせ、お茶の用意をしつつ、二人分のお茶を淹れて俺も対面に座った。
「で、仕事はいいのか?」
「うん。お休み貰ったの。だから会いに着たんだ!」
ズズズとお茶を啜りつつ会話する。あれ?なんか忘れてるような…
なんだろう…思い出さなきゃ大変なことになるような気がするんだが…現に、嫌な汗を掻いているし
どうにか思い出そうとするが思い出せない…。
「先輩?どうしたの?」
「ん?あぁ、なんでもない」
霞に声をかけられ、考えるのを止めた。思い出せないならたいした事じゃない。うん、そうだ。そうに決まってるさ。
お茶を飲んで、そう自己完結しようとしたのだが…
『和人ーーー!シャンプー忘れたから借りるわよーー!!』
「!? ゲホッ!!ゴホ!!」
出来なかった…
「せ、先輩…い、今の声…」
咽ている俺に驚きに染まった表情の霞が問いかける。
ま、待て待て。落ち着くまで待ってくれ…
「…はぁ…はぁ…」
「………」
ようやく落ち着いたのだが…い、痛い…じとーといった感じの霞の視線が俺を射抜く。ってかさ!彩花さんよ!普通、許可無く人のうちの風呂に勝手に入りますかねぇ!!
「で?今の声は何?」
無表情となった霞が若干低い声で聞いてきた。俺はといえば、場の雰囲気から何時の間にか正座で霞の対面に座っていた。
「お、お隣さんに住んでいるお嬢さんの声だ…此処まで聞こえるなんて、余程大きな声だな〜」
う、嘘はついてないぞ。
「へぇ〜、で!?なんでその隣の住んでいるお嬢さんが先輩の!シャンプー借りるとか言うの!」
「な、何でなんだろうね?俺にもわかんないや」
く、苦しい……どないせぇっちゅうねん
どうにかこの場を収める方法は無いかあれこれ思案する。だが、俺のこの行動は全て無駄になった…何故なら……
「パジャマも忘れちゃったから借りてるわ……よ…って?え?」
「なっ!?」
涼香さんが洗って置いといてくれた俺のパジャマを着た彩花さんが髪を拭きながら居間に入ってきたからだ。ぶかぶかな格好が中々に可愛いじゃないか…って、待て、待つんだ俺!
自分に待ったをかけ、状況を整理する。うん、まさに最悪なタイミングでのエンカウントだ……。
幸いなことに二人とも固まっている。よし、今が好機だ!
とりあえず…
「あ!ご飯の材料が無いや!ヤバイな!買い物行かないと!!んじゃ、行ってくるから留守番しててくれ!!じゃ!!」
逃げることにした。
「え!?あ、ちょ、ちょっと!!」
「せ、先輩!!」
二人が俺を呼ぶ声が聞こえたが、耳を貸さず、一気に傘を持ち、家を飛び出た。
――Side Ayaka Tatibana
「………」
「………」
和人が出て行った後、私達は互いに向かい合わせで座っており、沈黙がその場を支配していた。
時折、私を睨むような視線を感じるのが気になるけど…とにかく、今は、そんなのは些細な問題だ。そう、一番重要なのは…
そんな視線を送ってくるのが、良く知っている、人気アイドル『Sora』だって事だ。
――Side Kasumi Misora
間違いない…あの人だ。
先輩の家の前で仲良さそうにしていた女の人。
なんで、先輩の家のお風呂に入ってたんだろう…ボクも入りたいな……って、違うって。そこじゃないでしょ!問題は!
彼女なのかな?でも、先輩はいないってこの間言ってたし…そ、そうだよ!きっと違うボクは先輩を信じる!
だから、ちゃんと聞こう。
そう思って口を開きかけたけど…
「ねぇ…間違ってたら謝るけど…あなたってSoraだよね?あの人気アイドルの」
先手を打たれてしまった。って、べ、別に争っている訳じゃないから!お、落ち着け〜、落ち着くんだ…
「はい…確かに私は芸能界ではSoraと名乗っています」
「そうよね…で、なんでそのSoraが此処にいるわけ?」
うぅ〜この人苦手なタイプだ…物怖じしないでぐいぐいって聞いてくる…活発な人だ。
先輩はこういう人がタイプなのかな…
「先ぱ……氷室さんには以前お世話になりまして…その時から良くして貰っているんですよ」
ふぅ〜危ない危ない。地のボクが出ちゃうところだった。気軽に先輩なんて呼んだらきっと迷惑になっちゃう。ここはSoraとしてのキャラを貫き通さないと…
「以前?それって、ここ二、三年の話じゃないわよね…私ずっと一緒に居たけどそんな話聞いたことないし…」
―ピク…
ずっと一緒に居た!?ぼ、ボクはずっと会えなかったのに!!
「た、確かに再会したのは最近だよ!でもそんなの関係ない!!ボクと先輩はもっと深い絆で結ばれてるんだから!!」
「…なっ!?」
…あ。やっちゃった……思わず立ち上がって、地のボクのままで宣言してしまった。
相手の人も、凄く驚いた顔でボクを見ている…と思いきや…
「深い絆!?何言ってるのよ!!私の方がね!!ずっと和人との絆は深いわよ!!」
「…えっ!?」
反応したのは絆と言う部分だった。立ち上がって、そんな事を言う。って、待ってよ。今のは聞き捨てならない!
「つい最近現れたあんたには絶対に負けないわ!!過去にどんなことがあってもね!」
「待ってよ!あなただって今の今まで一緒に居て相手にされてないんでしょ!?先輩は彼女いないって言ってたもん!!」
「なんですってぇぇ!!」
「やりますか!!」
喧嘩なんてしたこと無いけど…でも、この人だけには負けない!玄ちゃんもいってた。恋する乙女のパワーは何者にも勝る力だって!
暫くにらみ合った末、結局喧嘩にはならなかった。
相手の人が…
「ふぅ…やめましょ。ここで喧嘩して決着付けても意味無いわ」
と言い出し、座ってしまったからだ。
「そうだね。あなたと喧嘩しても先輩は悲しむだけだと思うから」
そう言ってボクも座る。すると怪訝そうな顔で相手の人が…
「ねぇ、そのあなたってのは止めて。私には橘彩花っていう名前があるから」
「…分かったよ橘さん。ボクは美空霞。そっちが本名だからそっちで呼んでください」
ようやくお互いに名乗り合って、少しは歩み寄れたかなと思い始めたのだが…
「……今、何て言ったの?」
「え?」
「名前!今なんていったの!?もう一度言ってくれる!?」
真剣な表情。何故か目には怒気が込められている。そんな表情で私にやや低い声で聞いてくる橘さん。
「み、美空霞です…」
若干、気圧されながらもなんとか答える事が出来た…。でも、どうしたんだろういきなり…
「そう…あんたが、霞さんなの……」
それだけ言って、橘さんは静に立ち上がり、私の所に歩いてきたかと思うと…
「え!?」
今、一瞬何をされたか分からなかった。
熱を持った左頬がジンジンと痛みを伝えてくる。
左手でその部分を押さえながらボクはようやく理解することが出来た…
「な、なにするの!?」
そう、ボクは橘さんに平手打ちを喰らったのだ。一端、停戦協定を持ちかけておいて不意打ちなんてやることが姑息だ。けど…
「っ!?ご、ごめん!本当にごめんなさい!!あなたが…霞さんが悪く無いのは分かってるの!分かってるのに止められなかったの!!」
どこかおかしい。こんなに必死に謝るなんて……みれば、瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる…
「あの事と、あなたは関係ないのに…。けど、あなたがいればああはならなかった。ずっと前からそう考えてて、あなたの名前を聞いたら。自然と体が動いちゃっのよ」
「な、何を言って……」
橘さんの言っている事が全然分からない…
「っ!?そ、そうだ!!か、和人…和人は!?」
「先輩なら買い物に行くって言ってたじゃないですか…」
「駄目…駄目!!和人を一人にしちゃ!!探しに行かないと!!」
「ちょ、ちょっと。落ち着いてください!!どうしちゃったんですか!?」
本当にどうしちゃったんだろう…明らかに様子がおかしい。
ボクはパジャマ姿で出て行こうとする橘さんも腕を掴み、必死で止める…けど……
「離して!!離してよ!!私は誓ったのもうあいつをあんなふうにしないって!!だから行かないと!!」
振り払い、先輩を追おうとする。完全に理性を失ってる…何があなたをこうしたのかは知らないけど…
「ごめんなさい!!」
「っ!?」
ボクはおもいきり橘さんの頬を叩いた。これで少しは冷静になってくれるといいんだけど…
「…はぁ…はぁ…あいつを追わないと……」
冷静にはなってくれたけど…まだ先輩を追おうとする。
「落ち着いて…先輩なら大丈夫。すぐに帰ってきますから」
「……そんな保障は何処にもないじゃない……あんたは、あいつのあの姿を見てないからそんな事が言えるのよ」
「何があなたをそうさせるの?あの姿ってなんです!?あなたと先輩との間に何があったんですか!?」
私の問いに答える前に、橘さんは玄関から聞こえた声に反応し駆けていってしまった。
一体なんだっていうのだろう…けど、はっきりしているのは…
それはとても辛かった出来事で私が居れば回避できたかもしれない事柄であること…そして…
先輩についてのとても大事な出来事だったって事だ…。
更新完了。
……シリアスな上に、うまくまとめきれていね。あ、あははは
奈緒「…力不足……無能…」
ぐっ…か、霞ちゃんが居ない間の代役って…
奈緒「…私……それと…」
麗「私だ。前話のあとがきで私が出てくるという話ではなかったのか?」
だ、だってさ、何時の間にかメインヒロインのはずの彩花ちゃんの存在が薄くなっている上に、このままいくと過去編にいくきっかけなくしそうでさ…。当初はね、GWの後ぐらいに持ってくるつもりだったわけなんだよ。
奈緒「……私は…許してあげる…」
ほ、ホントですか?
奈緒「…ヒム君の…過去の情報が……手に入るから…」
麗「私も…球技大会で出番があるのは確定しているようだから構わないが…読者がなんというかな?」
そうなんだよね…コメディーなのに過去編だとどうしてもシリアスになってしまうのだ。つか、不良って設定上それはしかたなくね?
麗「開き直ったな…なんとふてぶてしい」
奈緒「その辺に…しといて……あげて……それと…私についての感想…ありがと……」
麗「あ、私もそれを言いにきたんでした。え〜ゴホン。こ、このたびは、お、お日柄良く〜」
次回!氷室和人の過去が明かされる!和人と彩花に何があったのか!?何も考えてないスチャラカ作者で本当に書けるのか!?
麗「お、おい!待て、まだ話しの…」
奈緒「…書け……」
メスで脅され、風邪気味の身体でパソコンに向かう…次回もまたこのチャンネルでお会いしましょう。さようなら
奈緒「……感想…ありがとう…」
麗「あ、黒羽先輩!私の台詞とらないでくださいよ!」