第16話:ただいま
――Side Kazuto Himuro
「ふぅ…こんなとこかな」
テーブルを拭き終え、部屋を見回す。
5月4日
特に用事も無いので、昼間で惰眠を貪ったのち、ようやく起床
今は、昼食を食べて、ちょっと汚れが気になったので掃除を始め、先程終わらせたところだ。
潔癖症という訳でもないが、掃除は定期的にやっている。じゃないと、おせっかいなお隣さんが文句を言いながら、掃除をしだすからだ…
そのことには感謝なのだが、その前のお説教が堪える
「手と口が同時にでるんだもんな〜」
流石に、掃除機で殴られそうになった時は死を直感した…。まぁ、からかったり、反抗したからなんだけどさ…
「余計なお世話だよ。ったく、彼女でもねぇのに」
「…ふふふ…許さない………殺す!殺してやる!!Guuu!!」
その時に言った事が、何やら、逆鱗に触れたらしく、その日の荒れようは凄いものだった…
「…さてっと…風呂でも入ろうかな」
当時の事を思い出したら寒気がしてきた…ので、忘却の彼方へと追いやり、風呂に入る事にした。
掃除で埃っぽくなることを想定し、あらかじめ風呂を沸かしておいた…準備万端である。
「ふぅ〜昼間から風呂…。最高の贅沢ですな〜」
家の風呂は檜の結構広い風呂で、自慢の一品だ。爺ちゃんが風呂好きだったからな…
そんな至福の時を満喫していると…
―ピンポーン!
来客を告げる音が鳴った
「ったく、誰だよ」
一人暮らしはこういう時に困る。
至福の時を邪魔され、セールスとかだったら鳩尾に一発入れてやろうかと思いながら、身体を拭き、ズボンを履いて、シャツを羽織る
濡れた頭をタオルで拭きながら、玄関に向かい、扉を開け…
「…コホー…コホー…」
「………」
―バタン!
速攻で閉めた。
「な、なんなんだ?あれは…」
玄関の前にいたのは、帽子を被り、サングラスをし、この陽気な春の気温の中、トレンチコートを着て、極め付けにはマスクをし、顔が一切伺えない…
絵に書いた様な怪しい人…。結構希少な生物だとは思うが、好んで見たいとは思わない生き物である…
見なかったことにしようと心に誓うが…
―ピピピピピピピ、ピンポーン!!
向こうは帰ってくれる気は無いらしい。それ何処か…
―ガチャ
入ってきやがった。やべ!鍵掛け忘れた!
こうなったら交戦するしかない!
そう思った矢先に…
「ひっどいな〜閉めるなんて…感動のシーンが台無しだよ!」
「お、女の声!?」
変質者はどうやら女性らしい…。ん?どっかで聞いたことある声だ……
「あぁ!ちょっと待って、ボクこれ脱ぐの忘れてた!今の無し!撮り直し!」
カメラなんぞ何処にもないぞ
意味不明に、一方的に捲くし立てると不審者Aはそのまま出て行った。いや、Aって…BとかCまでいたら困るぞ。
自分で思ったことに突っ込んでいると…
―ガチャ
「先輩!」
「ん?」
不審者Aは可愛い女の子に羽化して返って来た。
マジマジと様子を見る…
「お、お前…まさか」
身長はやや低め、可愛らしく整った顔立ちには満面の笑顔を浮かべており、男ならナンパしたくなるほどの容姿だ。だが、一番の特徴は…
イルカの髪飾りがついた、白く長い髪…
「か、霞?…」
「うん♪ただいま先輩!」
美空霞が成長した姿で、笑顔を浮かべて目の前に立っていた。
「おかえり!まったく、待たせすぎだ。腕は治ったのか?治ってなかったらすぐ叩き出すからな!」
「わぷ!?せ、先輩、ちょ!?ち、近すぎるぅぅ…」
嬉しさと懐かしさで思わず抱きしめる
俺の腕の中でもがいていた霞は、やがてくた〜っと動かなくなる。そんなに強く抱きしめたつもりは無いんだが…
「霞?お〜い、霞ちゃ〜ん?」
風呂上りで若干火照っている和人。さらに、シャツを羽織っただけの上半身は肌が露になっており…
「…裸が…先輩で…」
そんな格好で抱きしめられ、あまりの刺激に霞はオーバーヒートしてしまった。
「先輩…大胆すぎるよ。あんな格好で抱きつくなんて…」
イヤン、イヤンと首を振る霞。
あの後、居間のソファーに霞を寝かせ、ひとまず服を着替えてコーヒーをセットし、戻ってきてみると霞は目を覚ましていた。
「左手…治ったんだな」
「うん、おかげ様でね」
先程から当たり前のように動く霞の左腕を見ながら、微笑む和人。
「よかったな…本当に…」
「先輩…」
その微笑に霞は見惚れる。
(先輩の微笑なんて…初めて見たけど……ポッ)
「? 顔真っ赤だぞ?具合でも悪いのか?」
「な、なんでんなか!」
「そ、そうか…」
明らかにおかしいが、ここは流しておこう。
「ねぇ、先輩。一つ聞いてもいい?」
「ん?」
コーヒーを渡して、霞の対面に座ると霞が切り出した
「ボクを見て、何か感じない?」
「大きくなったな?」
「そりゃそうだよ…。って、違うよ。もっとこう…驚かないの?」
「驚いたよ。あんな格好で唐突に尋ねてきてさ。いつからあんな変質者になったんだ?」
「………ねぇ、もう一つ別の事を聞くけど…Soraって知ってる?」
「あぁ、クラスメートがライブがどうこうって騒いでたな…最も俺は興味無いけど…」
な、なんだ?若干、部屋の温度が下がったような…
「ふ〜ん、興味無いの…」
「ま、まぁな。Soraって人の事よく知らないし、人ごみ嫌いだし。お前も知ってるだろ」
「それは知ってるよ。でさ、SoraをTVとか雑誌とかで見たこと無いの?」
「? やけにこだわるな…」
「いいから教えて」
「聞いた話だとデビューしたのが一年前らしいけど…Soraの存在自体、つい最近知った。TVとか見ないから俺」
何故だろう…殺気を感じるのは…
彩花のようにストレートに来るんじゃなくて、なんつうかこう…じわりじわりと…
「ふ、ふふふ…あはははは…」
「か、霞?」
唐突に霞は狂ったように笑い出し…コーヒーを持ったまま立ち上がると俺の方に歩いてきて…
「…ボクの努力を…想いを…あの気持ちを…返せぇぇ!!」
「な、何キレてんだよ!?」
突如暴れだし、ポカポカと俺を殴りはじめた。
しかし、普段喰らっている彩花の攻撃に比べたら、雲泥の差だ。
下手に避けて刺激することも無いな…
攻撃を受け続け、耐えることにした。
「はぁ、はぁ…」
ひとしきり殴り、若干冷静になった霞は、おもむろにテーブルの上にあったTVのリモコンを手に取り、TVをつけた。
「先輩、TV見て…」
「こんどはなんだ?」
情緒不安定な霞の行動に首を傾げつつも、言われたとおりにTVを見てみる。
「………は?」
ナンデスト?
霞を見て、TVの画面を見る。うん、間違いない
TVには見知った…というか、今、目の前にいる少女がステージで衣装を纏い、歌を歌っている。
「知らなかった…」
「遅いよ!でもこれで分かってくれ…「お前にそっくりだな…。知り合いか?」…って!違うよ!これボクだよ!!」
「………」
「………」
互いに沈黙…今、凄いこと言ったよな?
「待て待て…なんだって?」
「だからこれはボク!ボクがSoraなんだよ!!」
霞がSora?芸能人?アイドル?いや、おかしいだろ!だって、霞が帰ってきたのは今日…とは言わないけど、今年に入ってからのはず…
で、Soraがデビューしたのが…確か、琢磨が去年だって言ってたよな…
どういうことだ?霞がSoraって事は、一年前に帰ってきてたって事か?
だったら、なんで今、会いに来たんだ?そもそも、なんでデビューなんて…
「訳が分からん…。ちゃんと説明してくれ」
「うん…あのね…」
考えても答えはでないので、本人に問う。そして、霞はポツポツと何があったのかを話しだした。
春ヶ丘に帰ってきたのは実は一年前で、彩花と話していた俺に疎外感を感じて話しかけられなかったこと…
俺に気づいてもらいたくて歌手としてデビューしたこと
連絡がまったく無くてもう忘れようとしたこと…
そんなときに、弁護士から爺ちゃんの手紙を渡され、勇気を出して俺に会いに来たこと…
一部始終を聞いて、俺は…
「痛ぃ…」
霞に近寄り、頭を軽く小突いた。
「馬鹿…俺がお前の事を忘れるはず無いだろう…ずっと待ってたんだぞ」
「ホント?本当に忘れてなかったの?」
「あたりまえだろ!それに、彩花はお隣さんだ。お前とである前からの知り合いだな。まぁ、あの頃は仲が悪かったからな…お前が知らなくても無理は無いか…」
隣同士にも関わらず殆ど話した事が無かった。霞と面識が無いのも無理は無い…
「本当なら一年前に会えたのに…回り道しやがって…おまけにデビュー?お前は一体何様のつもりだ?」
「なっ!?それを言うなら、先輩だって!人格が変わってるじゃない!ボクの前では鉄面皮で殆ど笑わなかったくせに!」
俺たちは互いに睨みあうが…
「ふ…ふふふ…」
「ふ…ふはは…」
やがて笑みに変わった。
久しぶりに会ったにも拘らず、心地よく、ずっと一緒にいたような言葉の応酬がとても楽しい…
俺を先輩と慕ってくれる妹の様な女の子。
美空霞が春ヶ丘に帰って来た。
更新〜
毎度どうもです。久遠です。
霞「最近、忙しいみたいだね〜」
まぁね〜就職活動シーズンですからね。もう、イヤダ…
和人「でも、小説はきっちり書いてもらうぞ」
彩花「そうね、きりきり書いてもらうわ」
鬼!悪魔!
霞「まぁ、その辺にして…次回はどうなるの?」
予定では霞ちゃんパートラストだね。そろそろ終わらせないと
彩花「それと、いつもこのヘタレ作者に感想ありがと!」
和人「そうだな、感謝してもしきれないな。こんなのに感想書いてくれるなんてな…」
そこまで言いますかキミ達…
霞「次回もお楽しみに!」
無視かよ…