第15話: 手紙
――Side Kasumi Misora
「ふぅ…」
五月三日。よいよ明日だ…
ベットに倒れこみ、ため息をつく。
時計を見ると、もうじき日付が変わろうとしていた…
「帰ってきたんだ…」
もう二度と来ないだろうと、あの時…思った場所に。
今日の仕事を終え、明日のリハーサールに備えるために、一日早く春ヶ丘に帰ってきた。
ボクはホテルの一室でベットに寝転びながら、先輩の事を想う…
「先輩…」
本当なら今すぐ飛んでいきたい…でも、もう深夜。先輩は寝ているかもしれない
「会いたい…会いたいよ……」
明日の午前中はリハーサル。一発で終わらせて、先輩に会いに行く…
左手の小指を見つめながら、ボクは…一年前、日本に帰ってきたときの事を思い出す…
回想
「ただいま♪」
駅に着いたボクはまずそう言った。
ここはボクの原点で、ボクの帰るべき、場所がある…
アメリカでの手術は成功し、頑張ってリハビリをした。
その結果……
「〜♪〜〜♪」
ボクは鼻歌を歌いながら、右手でハンドバックを持ち、左手を振り、元気良く歩く。向かう先は…大切な人が居るところ…
あれから三年…
桜が舞う春の季節にボクは此処に戻ってきた。約束を果たすために…
ボクの左腕は大分回復した。まだ、お箸とかはもてないけど、それでも感覚が戻り、動かせるようになっただけでも大進歩だ。
けど…
「あ〜あ、でも偶にしか会えないな〜」
お父さんの仕事の都合で春ヶ丘ではなく都心に引っ越した。それほど、遠くないが毎日通うとなると電車代が馬鹿にならない。
でも贅沢は言えないと自分を嗜める。だって…やっと、会える距離にまで来たんだから
「楽しみだな〜また一緒に歌いたいな〜♪」
別れた日から先輩とは一切の連絡を取っていない。声を聞いたら会いたくなっちゃうから…
だから、ボクは先輩の事を考えながら歌を歌っていた…
でも、あの歌…『Together』は歌っていない。あれは、ボクと先輩の二人が揃わなきゃ歌えないから…
だから、ボクがいいなと思った歌を歌っていた。
だから先輩と会ってあの場所で、久しぶりにあの歌を歌う。その後で、約束の指切りして…手を繋いで帰ってきて…
そんな楽しい未来に思いを馳せ、懐かしい彼の家に向かう。そして、その淡い期待を抱いた未来は…
「…え?」
もろくも崩れ去っていった。
「………」
ようやく見えた先輩の家。けど、ボクはそれ以上、足を進める気が無かった。だって家の前には…
「折角の休日だってのに…」
あの時より、大人びて凄くカッコよくなった先輩と…
「ほら、早くしないと遅刻しちゃうじゃない!!」
凄く綺麗な女の人が楽しそうに喋っていた
「…いや、なんでお前が練習行くのに、俺がチャリこぐんだ?」
「どうせ、春休みで暇でしょ!だったら、こぎなさい!!」
「横暴にもほどがあるぞ〜。彩花、横暴〜」
「いいじゃない!貸しにしといてよ!」
…先輩?
嫌…
「利息はトイチだからな。10分で一割。」
「どっちが横暴よ!!大体、この場合の利息ってどうなるのよ!」
「100分…1時間と40分で、貸しが二倍になりま〜す。嫌ならいんですけどね〜。ほらほら、ぐずぐずしてると遅刻しちゃいますよ〜?」
「ぐ、ぐぐ…」
「…くっくく。ふぅ〜。十分からかったし、乗れよ彩花」
「あ、あんたねぇ!」
「ほら、さっさと乗れ」
その女の人は誰?
ボクの前ではそんな表情、見せたこと無い…
「よっしゃ、飛ばすぜ…体感しろ!春ヶ丘の銀の閃光と呼ばれた俺のスピードを!振り落とされないようにご注意ください」
「わ、わわ。こ、こら!自転車で道路交通法を違反するような…って、き、キャーーーー!!」
先輩は、ボクが歩いてきた道とは反対方向に、振り返る事無く、猛スピードで遠ざかっていってしまった。
「……あ、あはは……」
何やってるんだろ…ボク。
一人で舞い上がって…先輩の家に押しかけようとしたりして……
「馬鹿みたい…」
先輩の傍にボクの居場所なんてない…
「う…ぐす……ほ、本当に…馬鹿みたい!」
歩いてきた道をボクは泣きながら走った。
先輩はボクの事なんて忘れてしまったんだろうか…
あの人は彼女なんだろうか…
ボクに会ったらどんな反応をするのだろうか……
分からない…
分からないよ…
今の先輩が…
泣きながら家に帰ってきて、そのままベットの上でひとしきり泣いた。
「…どうしよう……」
先輩には会いたい、でも、今の先輩はボクの知らない先輩。私のことなんて覚えてないかもしれない。
ボクと会ったとき、先輩はどんな反応をするのだろう…
「ボクの事、覚えてるのかな…」
それを確かめる方法…覚えているなら、先輩は笑って私を迎えてくれるはず…
「そうだ…あれが…」
ゴソゴソと財布を漁り、取り出したのは名詞。アメリカの路上で歌っているときに会った、日本の芸能プロダクションの人。
仕事でアメリカに居たその人は、私に名詞を渡してアイドルにならないかと言った。
その時は断ったんだけど…名詞だけは貰っていた。
「デビューしよう。アイドルになって、歌を歌って有名になれば…」
先輩が気づいてくれて、迎えに来てくれると思った。
「最悪のデビューの動機だね……」
先輩に気がついてもらえるように必死になって頑張った。でも…
先輩は来てくれなかった。
デビューしても、シングルを出しても、TVに出れるようになっても…
だから、ボクは…先輩の事を忘れようとしたんだ。
その時から、一人称を私に変えた。その方が、TV受けもいいと前から言われていたけど、先輩に気がついてもらうためにボクと言い続けた。
けどもう、それもお終い。
先輩は完全に私の事なんて忘れてしまったんだから…
「そんなボクに…また、先輩の事を思い出させてくれた…玄ちゃん。ボク、このままじゃ…駄目だったんだよね」
弁護士さんに渡された…玄ちゃん。先輩のおじいちゃんの手紙だった。
ショックだった。知らなかった。もう、玄ちゃんが居ないなんて…
その時、脳裏に浮かんだのは先輩だった。
亡くなったのは私がアメリカに行った翌年だという。その時、先輩は…一人きりだったはず……
孤独という最も辛い経験を私と先輩は知っている。だが、その比ではないほどの孤独。だって、唯一の肉親が居なくなってしまったのだから…
その手紙には私が居なくなってから、先輩の元気がなくなったこと、毎晩のようにギターを弾いていた事、左手の小指をボーっと見つめて居た事など
先輩が私の事をずっと考えて居たという事、そしてその後は私に宛てた言葉がつづられており…
『霞ちゃん幸せになるんじゃ。辛い事を経験した霞ちゃんだからこそ、幸せになって欲しい。ワシは何時までもあの世から霞ちゃんを応援するからの』
と締めくくられていた。
「…げ…玄…ちゃん」
滲んで文字が見えなくなる。手紙にポタポタと雫が落ちる…
「どうして…どうしてもっと早く!これを持ってきてくれなかったんですか!?」
「…玄統斎さんに言われてたんです。美空さんには治療に専念して欲しい…この手紙を渡したらきっと、和人君の心配でそれどころでは無くなってしまうと…」
「そ、それは…」
玄ちゃん…私の事をそこまで考えて…
「ですから、完治するまで渡さないように言われていたんです。私が調べた限りでは問題は無いようでしたので、今日、こうして遺書を渡しに来たんです」
「そうだったんですか…ありがとうございます」
私は大馬鹿だ…一人でいじけて、勝手に落ち込んで…自分の本当の気持ちを隠すなんて…
でも、玄ちゃんのお陰で…ようやく自分の本当の気持ちが分かった…勇気が出てきた
先輩はボクの事を忘れてなんて居なかったんだ…会いに行こう先輩に。
今度こそ…約束を果たしに
そんなボクの勇気を…
「美空さん、これを和人君に渡してあげてください。和人君に宛てた手紙です。あなたから渡して欲しいと玄統斎さんが仰っていました」
玄ちゃんは後押ししてくれた。
「……玄ちゃん…先輩…」
左手の小指から、手紙が入っているバックに視線を移す…
明日…仕事が終わったら真っ先に会いに行こう。
『霞ちゃん、もうちっと大きくなったら、ワシと添いとげんかの?』
『えっと…ごめんね玄ちゃん。ちょっと難しい…』
『むぅ…ワシよりやはり、和人の方が良いか…残念じゃの』
『せ、せせ、先輩は、関係ないよ!』
『まぁ、いいじゃろ。霞ちゃんは孫のようなもんじゃからの。和人と結ばれれば、本当の孫になるだけじゃからの…』
『な、ななな、何言ってるの玄ちゃん!!』
ちょっと意地悪だけど優しい。ボクのおじいちゃん…
玄ちゃんとの思い出を振り返りながら、ボクは眠りについた…。
更新完了!
霞「ねぇ…先輩がボクに気がついてくれなかったのは忘れてたんじゃなくて…」
TVを見ないからですね。
霞「そ、そんな〜ボクの努力って一体…」
無駄だったわけですね。あはは、ドンマイ!
霞「……喧嘩売ってるよね?」
さて、次回の予定は…
霞「誤魔化した…都合が悪くなると何時も何時も…」
ま、いいじゃないか。次回で会えるんだから
霞「ホント?」
予定だけどね。さて、今回は此の辺で…
霞「何時もご愛読ありがとう。次回もまた見てください」
では、感想をお待ちしております。