第13話:師と銀狼と白姫 後編
さて…どうしたものか……
「先輩?聞いてる!?」
「ん?あぁ…」
「って、違うよ!そこは青を使うって、さっき言ったでしょ!」
出会ってから数日が経過した。病院を退院した霞とはすっかり、打ち解け、頻繁に会うようになった。
今は、俺に絵を教えてくれている。
「きちんとやれば、先輩ならいい絵が書けるよ!私が保証しましょう!」
霞先生から出された課題は空。一見、単純に見えるが、絵に関しては単純な物ほど奥が深い。
しかし、俺は絵よりも気になる事があった。
楽しそうに教えている霞だが、時折、一瞬だけ表情が曇り、右手で左腕を握るのだ。
早く…何か見つけないと…
霞が楽しく、夢中になれるものを……
「〜♪〜〜♪♪」
「霞?」
「あ、ごめんね。邪魔だったかな。これね、ボクの大好きな歌なんだ」
きっかけは、不意に訪れた。何気なく口ずさんだ霞の歌。
前から声が綺麗だとは思っていたが……その歌声も綺麗で…澄んでいて…スッと心に響く
そうか…
「これだ…」
「? 先輩?」
霞の新しい翼…
翼は見つかった。後は…それを大きくし、大空へ羽ばたけるように俺が…助ければいい。
翌日
駅前にある楽器屋…
「毎度どうも。何かあったら言ってくださいね」
さて、次は…
少し、歩いたところにあるCDショップ…
昨日霞が歌っていた曲は、数年前のメジャーな音楽で、女たらしの爺ちゃんは当然のごとく知っていた。
俺はそのCDと譜面と…そして…
【ギター入門 虎の絵巻】
楽器屋で買ったギターが入ったケースを持った左手に力を込める。
準備は整った…後は、俺の努力と才能次第だ
「ほぉ、ギターか……和人、ちょっと貸してみなさい」
今日は霞は家には来ない。なので、早速練習を始め、不協和音を奏でていると爺ちゃんにギターをぶんどられた
「♪〜〜♪♪」
「上手いね…」
「ほっほっほ、言ったじゃろ!女子にモテる術は心得ているとな。尺八からふるーとまで何でもいけるぞい」
左右の手の動きがまるで生きてるかのように動き、複数のギターが音を奏でているような旋律
「俺にも…出来ると思う?」
俺の呟きに爺ちゃんはギターを弾くのをやめ
「当たり前じゃ、誰の血を引いていると思っておる。自分の力を信じるんじゃ!和人ならすぐに弾けるじゃろう」
音楽の成績は元々悪くなかった。
そのお陰と爺ちゃんの特訓の甲斐もあって…
「〜〜♪〜♪♪」
三日後にはそこそこ弾けるようになった。
「ほらの、言ったとおりじゃ(冗談じゃったんじゃが…末恐ろしいヤツじゃ)…誰の孫じゃとおもっとる」
「凄い…凄いよ先輩!うわーギターなんて弾けたんだね。しかもボクの好きな曲…」
「歌えよ…これは、お前の為に練習したんだ」
「先輩?」
まだ、喋りながらギターを弾けるほど器用じゃないので、演奏を止めて、俺は霞に語る
「その手じゃ絵は書けない。だけど…歌なら…」
「歌?…ボクが…」
「お前は声が綺麗だ…才能があると思う。だから、歌でもきっと人を感動させる事が出来る。俺が音を奏でる。だから、お前は歌ってくれ」
そう言って、俺は霞の好きな曲を弾く
「…先輩……分かった。ボク歌うよ…先輩の言葉を信じてみる」
最初はお互いに上手いとはいえなかった。しかし、日に日に…
「…いい歌じゃ………」
上達し、人に聞かせる事がなんとか出来る位のレベルまで来た…
「…思ったとおり、霞には歌の才能もあったな」
「それを言うなら先輩だって…ギター上手くなったじゃない。あんな短期間で…」
しかし、弾けるのはまだ一曲だけだ…
「ふむ、では。すてっぷあっぷじゃの…」
何時の間にかコーチになりつつある爺ちゃんがニヤリと笑い、そんな事を言う
「ステップ…」
「アップ?」
「そうじゃよ。今のままじゃと、他人のものを歌っているだけに過ぎん。それでは本当に伝えたい思いを伝えられん…」
練習中に幾度と無く聞かされた…爺ちゃんが言う音楽の定義。
「音楽とは、思いを伝えるためのものじゃ。思いを込めなければ、いい音楽は生まれん。そこでじゃ、二人が思いを伝えるために…」
さっと、数枚の紙の束を俺と霞の前に差し出し…
「音楽を作るんじゃ!!」
そう宣言した。
俺の前に出された紙束は…
「楽譜?」
「ボクのは…ノートだ…」
「そうじゃ、和人は曲。霞ちゃんは詩を書くんじゃ」
とんでもない無理難題を言う爺ちゃん…
「待ってくれ、俺は曲の作り方なんて知らない…」
「ぼ、ボクも詩なんて…国語の成績最悪なのに…」
「大丈夫じゃ、基本は何を伝えたいか…それを考え、形にするのじゃ」
そう言われてもな…
「曲を作る場合はそれを考えに考えるんじゃ。すると、ふと頭の中にメロディーが流れる…後はそれを再現すればいいんじゃ」
無茶言ってくれる。まだ、弾けるようになって間もないんだぞ…
「霞ちゃんじゃが…字は書けるかの?」
「う、うん。右手で絵を書いていたし、練習したから…書けるけど…」
それを聞き、爺ちゃんは電子辞書を取り出し…
「それを霞ちゃんにプレゼントじゃ。必要になると思って買ったんじゃぞ」
「あ、ありがとう玄ちゃん。で、でも…これでどうすれば…」
「まずは、自分の伝えたいこと、それのあらゆる単語と表現力を書き出して…詩を作るんじゃ…」
いきなりそう言われても…霞の表情にも困惑が見て取れた
「歌を作るには二通りあっての、詩を先に書いてから曲にするか、曲を書いてから詩にするか…じゃが、今回はそれを同時に行う」
そんな俺たちには目もくれず、どんどん話を進めていく爺ちゃん。
「お主らの思いの全てを…ぶつけて作るんじゃ。さすればおのずと、素晴らしい歌が生まれるじゃろう」
頑張るのじゃぞ〜
とか責任に言うだけ告げて、爺ちゃんはナンパにいそいそと出かけて行く。
後に、残るのは唖然と立ち尽くす俺と霞
「と、とりあえず…やろっか?」
「やるのか?」
「うん…ちょっとまだ混乱してるけど…でも、ボクもね、先輩の曲って凄く聞いてみたい。歌ってみたいんだ。だから、ボクは詩を書くよ」
「俺も、やるだけのことはやるが…」
とは言っても…
「曲なんて…ちっとも浮かんでこないな…」
「あ、あはは…」
前途多難な曲作りはこうして始まった。
浮かんできた、メロディーを再現して書き残せ!
とは言うが…そんなものは浮かんで来ない。さらに、楽譜の書き方も良く分からない。
とりあえず、楽譜の書き方を学びながら曲を考えることにした。
一方…
「うぅ〜」
辞書を片手に、頭を悩ませる霞…
「全然、わかんないよ〜」
前途多難である……
最初はどうなることかと思ったが、紅葉がピークに達し、秋も深まってきた頃…
「出来た…」
「やった…書けたーーー!!」
俺たちの歌は形になった。
「ようやったの…じゃが、まだじゃ。まだ大事なものが残っておる…」
「大事なもの?」
「そうじゃよ。曲名じゃ…」
「そんなのは後でいいよ玄ちゃん。とりあえず、歌ってみたい!ボクね、凄く楽しみなんだ!!」
「だ、そうだ…」
「そんなもの…酷い扱いじゃの…」
霞にいわれた言葉でショックを受ける爺ちゃん。だが、霞は歌いたくて仕方がないのか…
「ねぇ、行こ?」
「行こうって…何処に?」
時刻はもう9時過ぎ。本当なら霞はもう帰る時間である。
「えっとね、夜景が綺麗に見える場所があるの…とっても気持ちいいんだよ。どうせならボク、そこで歌いたいんだ…」
霞に案内された場所は、女子寮や温泉旅館がある山沿い。そこの山道の頂上にある見晴台。
「これは…」
「ね、いい気持ちでしょ。それに…綺麗だよね」
そこからは春ヶ丘が一望でき、満点の夜空と夜の静かな海。まさに絶景…
「よく此処で絵を書いたんだ…でも、夜に来るのは初めてだよ」
夜風を気持ちよさそうに身体で受け…ながら、目を瞑る霞。
俺の演奏を待っている…そう感じた俺は、ベンチに腰かけギターで音を奏ではじめた…
その日から、俺と霞は毎晩のように、ここでライブをした。
ただ、自分の思い、気持ちを思いっきりこめた歌を…全力で歌った。
「ねぇ、先輩…曲名決めたよ」
「…どんなだ?」
『Together』
「どうかな?この曲はボクと先輩が一緒に作った。どっちがかけても歌は出来ない。だから、『Together』」
「…いいんじゃないか?」
「あ〜!何、そのどうでもいいって言い方は!?」
「お前がよければ、俺は何でもいいんだ」
俺と霞。一緒に居れば、楽しく、辛いことなんて忘れられた。
だが…
一緒に居られる時間は唐突に終わりを迎えた…
「アメリカ?」
「うん…」
何時のように、ライブを終えた帰り道に霞がそう切り出した。
「向こうにね、とっても凄いお医者さんが居るんだって…その人に手術してもらえば治るかもって…お父さんとお母さんが言ってたの」
感覚が無い、左腕を右手で触りながら語る
「あ、でもね。断ったんだ…」
「……何でだよ?」
「え?」
「…行けばいいだろ。治るんなら」
「――っ!?どうしてそんな事言うの!?]
「腕が治るんだ…断るような事じゃないだろ?」
「ボクは先輩と一緒に居たいんだよ!!なのに、どうして分かってくれないの!?」
「それじゃ…駄目なんだよ……」
霞にはもう新しい翼がある。一人で何処にでも飛んでいける。俺という篭で閉じ込めてしまう訳には行かない…
「何が駄目なの!?」
「お前は…治したくないのか?出来なくなった事をまたやりたく無いのか?」
「別に…アメリカなんかに行かなくても…此処にもお医者さんは……」
「その考え方が駄目なんだ…。そんな気持ちじゃ、治るものも治りっこない」
俺も正直、別れたくはない。だけど…いつかこんな時が来るような気がしてた。
出会いがある以上、別れも必ずある。それはとても辛く、悲しいこと…
「でも…嫌だ…ボクは嫌だよ……」
だが…
「別に、今生の別れじゃないんだし、また会える」
父さんと母さんの時とは違う。生きていれば、別れたとしても、どんなに離れていたとしても、いずれ会える。
「なぁ、約束が必ず護れる指切りをしないか?」
「約束が必ず護れる指きり?」
「そう。約束はアメリカで左手を必ず治してくる。そして、手が治ったら左手で指切りするんだ…」
約束を護った後での指きり。母さんが教えてくれた、絶対に護る約束があったときに使う指きり
「な、なにそれ…グス…そんなの指きりじゃないよぅ…」
涙ぐむ霞。だけど、俺は泣けない…。俺は笑ってこいつを送り出す…
「だけど、確実に約束は護れるだろ?」
「そ、そうだね…分かった…ぼ、ボク…絶対に約束護るから…」
「あぁ、約束だ。そしたら、またここでライブしよう。その時までにはもう少し、演奏を上手く出来るようにしとく」
そして…数日後に
霞はアメリカに約束を護るために飛び立っていった。
あれから…五年…
まだ、霞とは会っていない…だから俺は…待ち続ける。
――Side Kasumi Misora
「先輩…私は……」
「霞?」
事務所で弁護士から手紙を受け取り、それを読んだ霞はポロポロと泣き出す…そんな霞にマネージャーが心配そうに声をかける。
忘れようと思ったあの人の事…
でも、そんなのは無理だ…
「馬鹿みたい…私…」
両手で、丁寧に手紙を仕舞って…
「会わなきゃ…」
そう決意した。
勝手にいじけて、勝手に忘れようとして……。そんな馬鹿な私を今もあの人は待ち続けているのだろう…
「玄ちゃん…ボク……」
忘れようと誓った時から、ボクから私と呼び方を変えた。でも、それも止める。こっちが本当のボクだから…
そして、この手紙で気持ちを思い出させてくれた、今は居ない優しいお爺ちゃんに…感謝して……
五月五日。あの人の住んでいる場所でのライブ…
「マネージャー、ボクねライブの前日に先輩に会ってくる」
「……大事な人なのね?」
「うん。ボクに、歌うことの楽しさと生きる希望をくれた人に会いに行くの。明日から頑張って仕事するからいいでしょ?」
「はぁ…ライブの時間までに戻ってくるのよ?」
「うん!ありがとう。大好きだよマネージャー♪」
あの時…子供っぽい感情のせいで出来なかった約束…
今度こそ果たしに行かなきゃ!
更新!
さて、霞ちゃんと和人くんの回想は今回でラストー
和人「ちょっと待て!霞って、Soraだよな?デビューしたのが去年だろ…って事は一年前には帰ってきてたのか?」
霞「そうだよ〜。でね、先輩に会いに行ったんだけど…まぁ、いろいろあった訳なんだ」
和人「わけわからねぇ…」
霞「真相は次回!」
いや、次々回位かな…次回はシリアスが続いたからコメディーを風にいこうかと。
和人「そうなのか…ところで、俺ってギターの才能あったんだな…」
まぁ、実際、そんな短期間で弾ける訳が無いだけど…ジャンルコメディーだし、時間の都合上こうしないと…だから、そういったつっこみはスルーの方向で…
霞「出てるキャラで人間離れしてる人とか居るもんね…」
和人「大半は俺の身内なんだが…御堂先生とかな」
ま、まぁ、とにかく。次回は、久しぶりにあの人が出てきます。実は、一番好きなキャラなんだよね。彼女
霞「誰だーーー!?」
和人「お、落ち着け!」
ではでは、よかったら感想をお願いします。