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♯1

――――季節は夏。


それは四季の中でも格別、気分が高揚するであろう季節。

うだるような暑さの中、泣き続けるヒグラシ。

深緑に色付く木々、七月に入って爆発的に売れ始めるアイス、人の山で沸く海水浴場やプール。そこかしこで“夏限定!”と銘打たれた商品も山程、発売されるし、可愛い女の子の夏服姿も見られる。

……と、ここまでなら「夏も悪くないなあ」と笑って言える。


だけど、それも立っているだけで否が応にも吹き出す汗。すなわちこの狂いそうな暑さがなければの話。

当たり前だけど外出する気なんか起きるはずもなく……たぶん夏っていうのは一年で一番引きこもりの増える季節だと僕は思う。だって屋内なら大概クーラーが効いてるから。

冬とかは寒かったら服を着込めばいいけど暑いのは全部脱いでも暑いしね。


とかなんとか、どーでもいい事を考えてるけど、もう考えるのも嫌になるくらいに暑い。……というか、むしろ暑くて頭が回らないから下らない事ばかり思い浮かぶのかな。


出来れば僕も自宅でクーラーの恩恵に浸っていたい。涼し~い部屋でゴロゴロしながら、こ〇亀を全巻読破したりしたい。

優雅にジュースでも飲みながら大作RPGを夜通しプレイとかしてみたい。

でも、やっぱり学生であるからには然るべき場で勉学に勤しまなきゃいけないわけで。

つまるところクーラーどころか扇風機もない教室で延々六時間、暑さで眠ることも出来ずに念仏のような講義を聞かされる。しかもサウナ状態の空間では眠ることもままならないから尚、厄介。


そうやって、なんとか授業を乗り切っても熱血や芸術に興味のない帰宅部以外の生徒には部活動というものがあったりして……。

五時だと言うのに未だ日の沈む気配のない夕暮れ時。

僕も多分に漏れずに部活に励んでいた。脳がとろけそうな程の熱気と戦いながら。


「暑いぃ~……」


僕は今日、何度目かわからない台詞を吐き出しながらうなだれる。


「……ちょっと天乃、あんまり「暑い暑い」言わないで、余計に暑くなるでしょ…」


正面でキャンバスと向き合っていた千夏がうんざりした顔で僕の名前を呼ぶ。


『天乃 宗士郎』


それが僕の名前。

なんだか妙にかしこまった名前だけど至って普通の家庭の生まれなのであしからず。


「そんな事言われたって暑いものは暑いんだから仕方ないだろー……」

「だらしないわねー。もっとシャキッとしなさいよ」


見るからにしっかり者の彼女は「春日部 千夏」。名前の中に春と夏が同居する、なんとなく面白い名前。

ちなみに僕らは世間一般で言うところの幼なじみというヤツで千夏とは十年以上昔からこんな感じの関係だ。


「ほらぁ、背筋伸ばして」

「無理ー……暑すぎる…」


いつも思うんだけど、美術室のこの配置はなんとかなんないのかな……思い切り西向きの部屋だから、この時間になると西日がモロに入って来るんだよね。


「はうー……」

「まったく、もう……。ほら、溶けてる暇があったら手を動かしなさい」

「うむぅ……」

「何よ、その曖昧な返事は?……まさか、まだモチーフが決まってないなんて言わないでしょうね?」


図星。そのまさかだ。

たった二人の美術部員。この暑い中、僕らがわざわざ学校に残って何をやってるかというと、もちろん部活なんだけど……今はコンクールを間近に控えた結構、大事な時期だったりする。


「おお。さすが、伊達に幼なじみやってないね」


だから、こうして千夏と二人で居残ってたんだけど……さっさと描き始めた千夏とは逆に僕の方は下書きすら出来上がっていなかった。


「……ウソでしょ?」

「その信じられない物を見るような目はやめれ」

「実際、信じられないのよ……コンクールの出展締め切りまであと一週間しかないんだよ?わかってる?」

「……うーん、それはわかってるけどさ」


そう、わかってるけど、こればっかりはどうしようもない。

やっぱり自分の描きたいものを描かなきゃ、いい絵は出来ないと思うし……その肝心の「自分の描きたいもの」が見つからないんだから。


「あはは、どうしようねぇ」

「はぁ……」

「そんな暗くならないでよ。大丈夫大丈夫、なんとかなるって……たぶん」

「たぶんじゃ困るんだけど……。あんたってホント呑気ね……こんなんが、あの“天才”の呼び声高い天乃 宗士郎かと思うと嫌になるわ…」

「またまた、そんな。照れる事言わないでよ」


…――“天才"

気付いた時にはそう呼ばれていた。

絵を描き始めて長いけど正直、今だに実感が沸かない。

自分に特別才能があるとは思わないし誰かに評価されるために絵を描いてるワケでもない。単に絵を描くのが好きで、描いてるだけだし、今こう

して部活としてやってるのだって趣味の延長みたいなものだ。


「いや、褒めてないから」

「あらら。……でも“天才”なんて呼ばれるのも、そんないいもんじゃないよ

「あー、一時期大変だったもんねえ……」

「だろ?」


今でこそ落ち着いたけど騒がれ始めた当時は取材と称して家まで押し掛けてくる迷惑な人達もいたからなあ。

しかし、ああいうのってどうやって住所とか調べてるんだろ?

僕の知らないところで僕の知らない人達が勝手に騒ぎ立てるから僕の生活も一変しちゃって大変だった。

学校の先生は僕を特別扱いするし、それが原因で妬まれたりもしたし。


……全然、変わらずにいてくれたのは千夏だけだったっけ。感謝感謝。


だから“天才”って言えば聞こえはいいけどホントにそんないいもんじゃない。というか、むしろ面倒臭い事の方が多いかも。


「あ、そういえばあの時は千夏の家にも取材が来たりして迷惑掛けちゃったよね」

「え? べ、別にそんなつもりで言ったんじゃないよ?」

「うん、わかってるよ。でも、ごめん」

「もう…変な所、律儀なんだから…。全然、迷惑なんて思ってなかったから大丈夫よ。お母さんなんて「TVに映れる」って喜んでたくらいだし」

「あはは、ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ」


………今だから笑い話になるけど少し前までは、あの頃の事を思い出すのも嫌だった。


「うん。……でも、私から見たらやっぱり少し羨ましい悩みだな、それ」

「んー、そうなのかな?」

「そうだよ。大変そうではあるけどね」


あんまり、そういう実感ないんだけどなあ。なにかいい事があるワケでもないし。


「こんな事言ったら怒られるかもしれないけどさ、僕はもっと平穏な生活を送りたいんだよなあ」

「うわ……あんた、それ日本中の画家を敵に回してもおかしくないわよ…」

「あはは、やっぱり?」

「…笑い事じゃないわよ、まったくもう……」


千夏は呆れたように笑う。ちらりと腕時計に目を落とし時間を確認する。


「あ、もうこんな時間…じゃあ、そろそろ終わろうかな」


そして、おもむろに立ち上がると画材を片付け始めた。



「あれ? もう描かないの?」

「うん、もう結構な時間だし作業も丁度一区切りついたし……それに、こう暑いと集中力が持たないから。天乃はどうする? まだ残ってる?」


「うーん」


こうやって残っててもモチーフが見つかる気もしないし……。

ちょっと暗くなってきてるし帰り道、女の子一人じゃ危ないかな。


「僕も帰るよ」

「そっか。じゃあ一緒に帰ろう。途中でアイスおごってよ」

「え~……」

「いいでしょ? お願いっ、ねっ?」


ねっ?って言われても。甘い物となると聞かないからなあ、千夏は。


「仕方ないなあ……ダブルまでだからね?」

「わ、やったっ。ありがと~。私、バニラとラムレーズンねっ」

「はいはい。じゃあ、さっさと片付けて帰ろう」

「おっけー。さっさと終わらせてアイス~!」


そして上機嫌に歌う千夏と僕は五分で片付けを終えると帰路についた。














 

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