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試し行動をされた結果、婚約を解消した。

作者: 月森香苗
掲載日:2026/11/03

この作品には明確なざまぁはありません。

※試し行動とは、相手が本当に自分を愛してくれているのかを確かめる行動で、大抵は子供が行うことを示します。大人で恋愛関係の場合だと、連絡を取らなくなったり(相手から連絡して欲しい。好きならしてくれるよね?)、否定してきたり(許してくれるよね?)、別れを簡単に何度も切り出したり(好きなら別れないよね?)、と言ったこちらを試す行いです。

詳細は調べて見てください。

 私の婚約者はことあるごとに試し行動をする。

 約束をした日の当日にいきなりキャンセルをし、翌日に許してくれるか?と聞いてくる。

 かと思えば、私が友人と会う日にいきなり被せるように会おうと言ってくる。

 小さいものからそうでないものまで一々試され、疑われ、振り回された。

 初めの頃はわけがわからずどうして良いのかわからなかった。

 しかし、侍女の一人が教えてくれたのだ。それは「試し行動」ではないか、と。

 どれだけ関心を持たれているか、愛されているのかを確認するような行動のことで、私がどれだけ親身になっても本人の中で納得し、解決するまでは終わらないというものだった。

 正直、心は疲弊していっていた。

 彼が納得するまで、彼に合わせて好きなように振り回されるだけになるのが簡単に想像出来る。


「ケニス様。そちらの方は……?」

「ああ、彼女はルビエント男爵家のルルナ嬢だ。僕の親しい友人だよ」

「はじめましてぇ~!ルルナですぅ」


 婚約者のケニスが肩を抱いて引き寄せると、間延びした声で私に向かってにやにやと笑いかけてくる令嬢。

 それを見た瞬間、心の中で何かが静かに終わった。


 五十年ほど前の政策で国内には教育機関が多く設立するようになった。

 私が通うのは貴族のみが入学を許されるフェドリオ貴族学園で、本当はマリエッタ女学院に通うはずだったのだけどケニスがどうしてもと言うからこちらに来たのだ。

 こんなことなら女学院に行けばよかった。

 ケニスは私以外の女性と親しくすることで、愛されているのかどうかを試そうとしたのだ。

 


 この婚約は政略で結ばれたものではない。

 互いの父親がそこそこに親しい関係ということ。昨今の政治情勢から上の爵位が緊張状態に入っており、出来る限り平穏に過ごしたい両家が打算から早めに婚約を結んでおこう。伯爵家でしかない家が巻き込まれないように。それだけで交わされたのだ。

 なので、無理に婚約を継続しなくても良いことは分かっていた。


 ああ、疲れた。


「さようでございますか。それでは失礼しますね」


 目の前の光景に痛める心はとっくに無い。

 少しずつ削られていた私の心は最後の欠片まで粉々になっていた。

 すっと体を引くと廊下を歩く。もう疲れてしまっていた心は何を感じることも出来ない。

 私だけがなぜ彼に気を使わなければならないのか。

 対等な婚約関係なのに、私だけが我慢して彼の心を満たすために動かなければならない。それは不平等ではないか。


「ねえ、エスティ。あれ、いいの? 友人って距離では無いわよね」

「いいのよ。もう、どうでもいいの」

「エスティ……エスティ? 大丈夫?」

「ええ。もう、悲しいとも悔しいとも思わないの。ただ疲れてしまったわ」

「それって……」

「コーリン、心配させてごめんなさい。もう終わらせるわ。疲れてしまったから 」


 その日、屋敷に帰宅して私がしたのは父に婚約の解消を願うものだった。

 これまで彼からされてきた試し行動がついには学園で異性を巻き込むようになったことを話した。

 これが、相手がとても仲の良い友人であれば父とて渋ったかもしれない。しかし、そこそこに親しいだけで平穏のために結ばれただけの婚約なのだから、私が嫌がれば父も強制はしなかった。


「相手の気持ちを確かめたくなるのはわかる。だが、害が出るのは話が別だ。交流日の予定キャンセルなどは報告を受けていないが?」

「そこまでのことでは、と思ったので私が報告不要と止めました。今思えばお父様に話しておくべきでした」

「過ぎたことは仕方ない。この婚約は無理に継続をさせる必要はないので解消は可能だ。ただ、現在公爵家や侯爵家が緊張状態で婚約を締結していない家も多い。我が家は巻き込まれたくないから似たような家との結び付きを考えている」

「存じております」

「次を見つけるまで少し待ってくれないか。探している最中に上から持ち込まれると断りにくい」

「もちろんです。お父様、その際は領地が王都から離れていても問題ありません。私が求めるのは一つ。試し行動をされない方です」

「分かった。爵位が下でも構わないか?」

「ええ。お父様にお任せいたします」


 こうして父に全てを任せた私はその日からケニスを適当にあしらうことにした。

 友人のコーリンは憤慨していたけれど、婚約の解消の希望を父に伝えて了承されたこと。今は新たなる婚約者を探していることを告げると、コーリンは何かを考え始めた。


「ねえ、エスティ。あなた、王都から遠く離れた土地でも構わないのは本当?」

「ええ。どうしたの?」

「一人紹介出来る方がいるの。とても良い人なのだけど、王都から離れた土地に住んでいるのもあって中々同格の婚約者を見つけられない方なのよ」

「どちらの領地の方なの?」

「オズリオ伯爵家よ。私のお母様の親戚のお家なの。ご本人は中々に美丈夫で素敵なのだけど、周りに都会的なものがない土地なのよね」

「特産は何なのかしら?」

「畜産関係ね。広大な土地を利用して酪農や食肉加工をしているの。王都への流通量は少ないから有名ではないけれど、国境防衛の任に従事しているマルキス侯爵領が最大の取引相手よ」

「あら。それならそちらのお家の方と縁があるのではないの?」

「それがね、十年程度ずれているのよ。嫡男は二十歳に対して侯爵家の令嬢は十歳なの。それと、オズリオ伯爵家もあなたの家と同じで政争からは距離を置きたいそうなの」

「そうなのね? ねえ、コーリン……よろしければその方をお父様にご紹介してくれないかしら?」

「ええ、是非!」


 私は婚約者がいるので勝手に異性と会うことは出来ない。

 そもそも婚約は親が結ぶものなので、コーリンが彼女の父に話をし、私の父に声を掛ける。そしてコーリンの父――トルド伯爵を仲介者として私の家であるジルべ伯爵とオズリオ伯爵を引き合わせるというやり方になる。

 遠方なのもあり時間はかかったけれど、両家の間で私の婚約が解消された後に婚約することが決まった。

 顔を合わせるのは良くないので、手紙をお互いに書いたのだけれど、いただいた手紙の文章は堅苦しくも誠実さが滲み出ていた。

 己の好きなもの、苦手なもの。私が何を好み何を苦手としているのかを問い掛ける文章を見て、私は手紙の向こうの方に思いを馳せていた。


 ケニスとの婚約は簡単に解消された。

 あちらの当主はケニスの行動を把握しておらず、私に対して謝罪の言葉があったことを父から教えられた。

 政略に基づく婚約ならば簡単に解消は出来なかっただろうけれど、そうでないので相手方もすんなりと了承してくれた。

 試し行動で私は何度も約束を破られ、他の人との約束を優先すると不機嫌になられるのは疲弊するものだ。それに、約束というのはやがて大きな契約に繋がる。個人間の約束を守れない者が契約だけ守るなんて甘い考えを当主ともなれば持てない。

 あっさりと終わった婚約関係。

 学園に行けばあれこれと言われそうだと憂鬱になった私に、父が提案した。


「学園を休んで領地に行こう」

「え?」

「学園側も家の用事の場合は休みを許している。私が手続きをするからお前は帰領の準備をしなさい」

「分かりました」


 休学の手続きはすぐに出来ることらしい。

 領地を有する貴族というのはそういうもので、優先するのは領地であり、何がなんでも毎日学園に通う必要はないと父は語る。

 侍女達と共に荷造りをし、翌朝には出立が出来るようにしている。

 領地には兄夫妻がいて、王都には両親とまだ幼い妹と生活していたのだけど、母と妹も領地へ帰ることになった。


「その方がいいわね。あなたに試し行動をしていたのでしょう? 婚約の解消を知らされた後に色々言ってくるのは分かりきってることよ。それならば会えないほど離れていた方が問題が起きないわ」

「ええ。わかったわ」


 母は私よりも準備が大変だろう。

 社交だってあるはずなのに。けれど、領地に行かなければならない、となれば周りも察するものらしい。深刻な問題ではなく、おめでたいことがあって、とでも言えば周りは気にしないそうだ。

 人の不幸は微に入り細を穿つように聞き出そうとするけれど、おめでたいことは面白くないからだそう。

 優秀な使用人たちのおかげであっという間に荷造りが終わる。

 今回、一ヶ月ほどの旅行のようなもので、それも領地に戻るだけなので荷物は移動期間の分だけ。

 ただし、そこから私はオズリオ伯爵家の方々と顔合わせをすることになる。

 伯爵は王都にたまたまいただけで普段は領地にいるらしく、両家の話し合いが終わってすぐに戻られて子息に伝えているそうだ。

 父は婚約の解消が終わると一度領地に戻る予定にしていた。

 ジルべ伯爵領とオズリオ伯爵領は、ジルべ伯爵領が王都寄りでオズリオ伯爵領が国境寄りだけど、方角的には同じ方向だという。

 正反対の場所とかでなくて良かった。

 何故なら、領地に戻ったら私と両親は改めて正式に婚約を結ぶためにオズリオ伯爵家に行くのだから。

 顔合わせのためのドレスはここから持ち出さなければならない。領地には置いていないから。

 新たに婚約を結ぶ方はどんな方なのだろうと一抹の不安がある。

 ケニスの試し行動は、初めの頃こそ「私が何か悪いことをしたのか」と不安になった。次第に私が悪い訳では無いと気付いた。

 親子の間でもよく見られる行動らしく、養子を迎えた家とかでも実際に起きているそうだ。親に愛されているかどうかは無力な子供にとってとても大事なことだ。

 安心出来る場所か。守ってくれるのか。愛されているのかを確かめたくなるだろう。

 言葉では言いきれない思いを行動で示すことは私にも理解出来る。

 けれど、ケニスは子供ではない。対話で理解し合えるとは限らないけれど、私への負担を考えずに押し付けられてきても、私は彼の親でもなければ家族でもない。

 婚約者でしかなく、お互いに気持ちを通わせ合う大切な時期だった。

 しかし彼は私の気持ちなどずっと無視して、自分を最優先にし続けた。

 慈愛に満ちた人ならば受け入れられたかもしれない。けれど私は凡庸だと自覚するくらいに平凡な人間だ。

 他の女性を身近に置いて見せつけられて、あなたを愛してるからやめて、とでも言って欲しかったのだろうか。

 愛する前に疲弊させてきた男に対して?

 無理でしょう。理性を捨てても縋り付きたいほどの愛を彼には抱けなかった。寧ろ、疲弊し、どうでも良くなってしまった。それがすべてだ。

 理解したのだけれど、試し行動は相手が愛を持っていないと成功はしない。外から見れば一方的な我儘な行動なのだ。



 オズリオ伯爵領は話に聞いていた通り、土地は広いけれど、都会的なところはほとんどない場所だった。

 領主邸のある街が一番栄えていて、そこには驚くほどの飲食店があった。

 どうやら日持ちしない食品をこの街で提供しているらしく、辺境ではそれなりに知られていたらしい。

 広まっていないのは取り分が減らないように隠されていたかららしい。


「素敵な場所だわ」

「気に入ってもらえただろうか……」

「ええ。フレッシュチーズでしたか。初めて食べましたけど美味しかったです」

「あれは日持ちしないからな。野菜と合わせて食べても美味しいんだ」

「まあ!」


 領主邸は小高い丘の上にあり、街を見下ろすことができる。

 領地内に点在している村はここほど栄えていない分、街は賑やかだ。

 私の隣には婚約者となったばかりのディルヴァンがエスコートして見下ろせる場所まで連れて来てくれた。


「エステファニア嬢は食べることは好きだろうか?」

「はい。ご挨拶の手紙にも書いたのですが、好き嫌いはあまり……ああ、ですが、えぐみが強いものは少し苦手かもしれません」

「そうか。ニアも苦手だから調整は出来る」


 彼の口から妹であるデルニアの名前が出た時の、その柔らかな響きに微笑ましくなる。

 ディルヴァンはコーリンが言っていたように美丈夫という言葉が似合う方で、王都にいれば令嬢の中心にいるような方だけど、彼は人付き合いがあまり得意ではないらしい。

 正確には貴族らしい振る舞いが苦手で、結果として貴族の集まりを好まない、ということだそうだ。

 街で生活をする平民の方々と話すことは平気で、視察で赴く牧場では一緒に牛の搾乳をしてみたりもするそうだ。

 身分の差はわかっている上で、近い距離で接することが平気な彼はゆっくりと言葉を発する。

 ここはとても時間がゆっくりと流れているようだ。

 彼の家族もみな温厚で、どちらかと言うと早口になりやすい母が夫人と会話すると、口調が穏やかになっていたのが印象的だった。

 一晩泊めていただいた間に親たちはどうも親睦を深めたようで、貴婦人らしくを信条にしている母の力が抜けている様子に私は安堵した。

 王都は建物が多く、匂いもきついのだと気付いたのはここに来てからだった。

 高い建物はなく、風が吹き抜け自然の匂いがする。


「その、エステファニア嬢は嫌ではないか? ここは何もないだろう?」

「そうですか? 自然があり、穏やかな空気があり、生命が近くにありますよね?」


 ジルべ伯爵領はここより都会的ではあると思うけれど、畜産とは無縁の場所だ。牧場を闊歩する牛を見たのは初めてだった。


「私は穏やかな場所が好きなのだと気付きました。ふふ」

「それなら良かった。その、嫌なことがあれば遠回しではなくはっきりと言って欲しい。俺はあまり言葉が上手くなくて、貴族的な言い回しが苦手なんだ」

「分かりました」

「君がしてほしくないことはあるかな?」


 ディルヴァンの銀の髪の毛が風で揺れている。

 落ち着いた緑の目が私に向けられてしっかりと見つめていた。


「試し行動は、しないでください」

「試し行動……?」

「相手の気持ちを知りたいからと、わざと約束を破ったりすることです」

「何だそれは。そんなことはしない……前の婚約者にされたのか?」

「はい。理由は分かりません。何故されたのか、未だに分からないです。けれど、振り回されることに疲れたのです。私の気持ちを確認したいならばディルヴァン様のように聞いてくだされば良いのに。約束を破られて不快を示したこともあるのです。そうしたら、許してくれないのは僕のことが好きではないからなんだね、と言われて」

「……子供だな、そいつは。相手の気持ちを考えていない」

「はい。ですから、試し行動はしないで欲しいです。素直に聞いて下さい。私も素直にあなたに伺います」

「わかった」


 しっかりと頷いたディルヴァンはとても真面目な顔だから、この人を信用しようと思った。


 その後、私は復学することなく学園は退学した。

 友人達に手紙で知らせたところ、皆が王都の屋敷に来てくれたので、新たに婚約をしたことや早く馴染みたいからオズリオ伯爵領に行くことを伝えた。

 コーリンとは遠いけれど親戚となるので彼女はとても喜んでいた。


「あ、ならエスティは知らないですよね?」

「何をかしら?」

「ケニス様のこと。エスティが休学したじゃない? その次の日かしら。教室に駆け込んできて叫んだのよ。婚約解消ってどういうことだ、エスティ! って。それでその時に皆、二人の婚約解消を知ったのよ」

「エスティは休学してるって言ったらとても怒っていたけど……」

「まあ、浮気相手引っつけておいて、ねぇ?」

「試し行動してたのを見てた人は見ていましたしね。まあ、自業自得ですよ」


 友人達の軽やかな笑い声を聞きながら、彼はこれから先、苦労するのだろうなと思いながらお茶を飲む。

 あの男の性根が変わるとは思わない。

 相手の気持ちを知るために、関心が向けられていると確かめるために、試し行動を繰り返す。

 しかしそれは、互いの関係を築き上げてから行うべきことであり、途中の段階で行ったとして、ただ不快なことを押し付けられているとしか思えなくなる。

 愛を抱くよりも先に不信感を抱き、嫌悪になり、やがて無関心へと変わっていく工程を私は味わった。

 ディルヴァンとは約束をした。試し行動をしない、と。

 確かに一度や二度はしてしまうことはある。けれど、毎回されるのは不愉快になるだけだ。


「ねぇ、エスティ。遊びに行くね!」

「ええ。待っているわ」


 コーリンの笑顔に私はケニスのことはもう考えるのはやめようと思考から遠のけた。

 コーリン以外の友人たちからオズリオ伯爵領はどんな所かを問われ、私はコーリンと顔を合わせてそれぞれの思うこと一言ずつ出してみた。


「広いわね」

「王都と違って高い建物がないから空が近いわよ!」

「ああ、匂いが違ったわ。臭くないの」

「子供の頃に行ったっきりだけど、ご飯が美味しいのよね」

「乳製品の味が濃かったわ」

「チーズが美味しいでしょ?」

「ええ。フレッシュチーズという柔らかなチーズも食べたわ」

「何それ知らない!」

「日持ちしないからオズリオ伯爵領でしか食べられないのですって」


 クスクスと笑うとコーリンが頬をふくらませ、友人たちは頬に手を当て首を傾げていた。


「大きな町はないの?」

「観光地とかは?」

「ないわ。でもね、時間の流れが穏やかなの。広大な空の下で息を吸い込むでしょう? とてもすっとしたの。きっと私には合っているわ」


 王都を好むならばきっとあの地はつまらない場所に感じるだろう。けれど、私にはとても良い場所に思えた。

 ディルヴァンのあのゆっくりとした話を聞きたい。



 一年の婚約期間をオズリオ伯爵家で過ごし、式を挙げた。

 学園を卒業したコーリンは国境を守る侯爵家の次男と結婚した。家が持つ子爵位を授かり、領内で代官として働くのだと言っていた彼女に驚いたものの、王都にいた時ほどとは言わないけれど会える距離でいられることを喜んだ。


 ディルヴァンは約束通り、試し行動をすることは無かった。

 お互いに話し合い、分かり合おうとする気持ちでいたことや、彼が私を信じ、私が彼を信じていたから疑心暗鬼になることがなかったのも大きいのだろう。


「ファニア、身体が冷える前に戻ろう」

「あら、そんな時間?」

「お腹に障るのは良くないだろう?」


 少しずつ大きくなり始めたお腹をそっと撫でる。

 子を産むのなら王都の方が医師も多くいるし産婆も手配しやすいからあちらに行くか、と言われたけれど私は領地で産むことを選んだ。

 この地で生まれた子供は多い。ディルヴァンだってそうだ。なら、私たちの子だってここで生まれることが自然だろう。

 肩にショールを掛けてもらい、手を繋いで二人で邸内に向かう。

 話すことが苦手なディルヴァンだけど、その目は感情を沢山表現していると気付いたのはこちらに越してきて三ヶ月くらいしてからだった。

 とても顔の良い方なのに、表情を出すのは得意ではない。だけど、その目は口以上に饒舌だった。

 だから私は彼と話す時に目を見るようになり、彼の心を深く知りたいと願い、彼を愛するようになった。

 今の私なら、たまになら試し行動をされても許せるだろう。ただし、心を傷つけないものでならば、だ。


「ヴァン、もう少しでマフラーを編み終わるの。つけてくれる?」

「もちろん。楽しみにしている」

「ええ。それが終わったら赤ちゃん用の靴下を編もうと思うの。毛糸の色選びに付き合ってね?」

「もちろんだ。ああ、最近良い毛糸が出来たと教えてもらったんだ。赤子の肌にも良いものだ」

「なら、部屋でそれを教えてくださいな」


 きっとかつての婚約者であればこんな穏やかな日々は過ごせなかっただろう。

 夫になったディルヴァンの優しく逞しい腕に守られ、あたたかな家の中に入っていった。

試し行動は正直、相手に愛がなければ耐えられない。

私が知っているのは養子になった子とか虐待を受けていた子。

親になる人が真剣に向き合うだけの情があって初めて試し行動をしていた子が大人を信用出来るのかなと感じた。

これを同じ歳の、これから仲良くなり相手がしたらどうなるか、と考えた結果がこの作品。


※誤字報告が来たので説明

エステファニア(主人公)の家族や友人からの愛称はエスティです。そしてディルヴァンが呼ぶファニアも愛称で、夫からの特別な呼び方です。

本文中には書いていませんが、ディルヴァンも家族や友人からはディルと呼ばれていて、妻からの特別な呼び方がヴァンです。

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― 新着の感想 ―
恋愛で試し行動をするのはもっと親しくなってからでないと無理なのでは…。それを初手からやってるってことは、親の愛を感じたことがないか、親が子どもにそうしてる可能性もありますね〜。それが彼の中ではあたりま…
エスティが誠実で穏やかな相手と幸せになれて良かったです。 そして、ケニスの予後が気になりますねぇ。 身分的に次の婚約者も決まるのでしょうが、性根は変わらないとなるとまた相手を疲弊させる事になるでしょう…
試し行動の代表例は、子供の反抗期ですよね。2歳か3歳くらいのイヤイヤ期、小学生から中学生の反抗期。高校生でも反抗期真っ盛りな子もいれば、全く起きない子もいますが。 正直、親でもウザいし対応に困るので、…
感想一覧
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