33話:一斉回収
三日後の朝。薬種通りにはまだ人が少ない。
監査院の前でカイルと合流した。調査員が十人、二人一組の五班。全員が監査院の制服を着ている。
「配置は予定通りです。対象は薬種通りの五店舗。開店と同時に、同じ時刻に入ります」
「試薬を配ります」
小瓶を五つ渡した。一班に一つ。
「使い方は簡単です。軟膏の表面に一滴。青く変色したらアーレン領産です。変色しなければ対象外。判断に迷う余地はありません」
調査員たちが小瓶を受け取る。名目は品質不備の回収調査。財務卿府が品質NGと認定した商品が市場に残っている可能性がある。消費者保護のための回収。正規の手続き。
「私は三班に同行します」
カイルが頷いた。
「では、各班配置についてください。合図は鐘が八つ鳴った時です」
***
鐘が鳴った。
三班の調査員と一緒に店に入った。あの六軒目の店。高値軟膏を最初に見つけた場所。
店員が出てきた。朝一番の客が監査院の制服を着ていて、顔が強張っている。
「監査院の品質調査です。こちらの軟膏について確認させていただきます」
調査員が令状を見せた。店員が棚を指す。
「あちらに。どうぞ」
素直だった。隠す気はないらしい。金貨十枚の高級品が棚に並んでいる。
調査員が一壺取って、蓋を開けた。試薬を一滴。
青い色が広がった。
「アーレン領産、確認」
調査員が記録を取る。壺の数、陳列場所、価格。
「ご協力ありがとうございます。仕入れ元を教えていただけますか。回収完了のために必要です」
「仕入れはドライゼ商会からです。契約書もありますが」
「写しをいただけますか」
店員が奥から紙を持ってきた。ドライゼ商会。聞いたことのない名前。メモに書き写す。
(一軒目、完了)
***
二軒目の報告が入った。同じく変色反応あり。仕入れ元はケルツェン商会。また別の名前。
三軒目も同様。仕入れ元はフォーゲル商会。
(名前がバラバラ。でもこのパターンは見た)
ロッソ商会の帳簿と同じだ。窓口だけ変えて、裏にいるのは——。
四軒目の報告で、流れが変わった。
調査員が戻ってきた。首を横に振っている。
「店主が『そのような商品は扱っていない』と」
「棚には?」
「軟膏自体はありましたが、試薬に反応しませんでした。通常品だけだと」
「棚に出ているものだけ、ね」
「はい。奥の倉庫を見せてほしいと言いましたが、令状の範囲外だと断られました」
カイルが眉を寄せた。
「令状は店頭商品の検査までです。倉庫に踏み込む権限は——」
「要りません」
二人がこちらを見た。
「私が行きます」
***
四軒目の店。薬種通りの端にある、間口の狭い店だった。
店主が腕を組んで立っている。五十がらみの男で、目が据わっている。怯えてはいない。こういう場面に慣れている顔だ。
「先ほど申し上げた通り、うちには該当する商品はございません」
「ええ、棚の商品は確認済みです。反応もありませんでした」
「では、ご用件は」
店主が扉に手をかけた。終わりの空気を作ろうとしている。
「一つだけ、確認させてください」
荷物から紙の包みを取り出した。
「何ですか、それは」
答えなかった。包みを開いた。中身は薬草の粉末。乾燥させた細かい粒子。
粉末を軽く振った。店の空気に乗って、細かい粒子が漂っていく。
「おい、何をしている」
店主の声が尖った。一歩踏み出しかけて、止まった。グレンが音もなく半歩ずれて、私の前に肩が入っていた。カイルが横にいる。監査院の制服が見えている。手は出せない。
何も起きなかった。
店の中に粉末が静かに広がっていく。棚の隙間、壁際、床の上。目には見えない。
店主が鼻で笑った。
「何も起きんだろう。もういいですか」
答えなかった。待った。
匂いがした。
かすかに。奥の棚の方から。甘い、花のような匂い。この店にあるどの商品からもしない匂い。
店主の笑いが消えた。
匂いが強くなっていく。棚の奥。陳列品の裏側。確実に、そこにある。
店主が匂いの方を見た。それから私を見た。壁に寄りかかった。腕組みが解けていた。
「この粉末は特定の成分に反応して匂いを立てます。その成分が入っているのは、うちの軟膏だけです」
匂いは止まらない。店の中に充満していく。どこに隠してあっても、壺が存在する限り反応は続く。
「ないとおっしゃいましたけど、匂いがしますね」
調査員が奥の棚に手を伸ばした。陳列品の裏に、壺が五つ。紙に包んで、見えないように押し込んであった。
蓋を開けた。試薬を一滴。青く変色した。
「アーレン領産、確認」
カイルが一歩前に出た。
「店主さん。監査院の品質調査で虚偽回答をされましたね」
声が低かった。さっきまでの穏やかさが消えている。
「仕入れ元を教えてください。回収完了のために必要です」
店主は壁に背中をつけたまま、匂いの充満する自分の店を見回した。隠した壺が棚の上に並んでいる。全部出てきた。
「……ランゲ商会です」
「ランゲ商会。所在地は」
「港町の——」
***
五軒目も同じだった。「ない」と言った。粉末を撒いた。匂いが出た。仕入れ元を吐いた。
全班の報告がカイルのもとに集まった。
監査院の応接室。机の上に仕入れ元のリストが広がっている。
ドライゼ商会。ケルツェン商会。フォーゲル商会。ランゲ商会。ベッカー商会。
五つの商会。全部違う名前。
「これを辿ります」
カイルが各商会の登録情報を引いた。所在地。代表者名。設立年度。
「ドライゼ商会の所在地——港町。代表者はエルスト商会の元社員です」
紙をめくる。
「ケルツェン商会。同じく港町。設立は二年前。——代表者の住所がエルスト商会の倉庫と同じです」
「フォーゲル商会は」
「王都に登録がありますが、実態は——」
カイルが一枚ずつ確認していく。私も横から数字を追う。
全部、エルスト商会かその系列に収束した。
名前が違う。窓口が違う。代表者が違う。でも住所が被り、設立時期が近く、取引のパターンが重なる。看板だけ変えて、中身は同じ。
「全部ここに繋がる」
カイルが紙を机に置いた。
エルスト商会。以前港町で完璧すぎる帳簿を見た、あの商会。安すぎる為替レート。地元の商会を飲み込んでいく帝国系の商会。
「カイルさん。回収調査で得た取引記録、商会ごとの仕入れ明細もありますよね」
「はい。回収対象商品の流通経路を確認するために、関連取引の記録も提出させています」
「見せてもらえますか」
カイルが書類の束を持ってきた。各商会から提出された取引記録。軟膏の仕入れ明細。数量、価格、日付、支払い方法。
ページをめくった。軟膏の取引記録を追っていく。数字が並んでいる。
ふと、目が止まった。軟膏以外の数字が視界に入った。
(これは——)
顔を上げた。カイルが書類を整理している。窓の外では、薬種通りに日常が戻り始めている。
帳簿を閉じた。今日の仕事は回収調査だ。それは完了した。
でも、手元にある数字は軟膏だけではなかった。
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