21話:状況証拠
翌朝、城壁の現場に戻った。
商業登録の手続きは午前中に終わらせた。窓口は空いていて、書類を出して判を押して、それだけ。本来の用事があっさり済んでしまうと、余計に「ついで」の方が気になる。
現場に着くと、ルッツが手を振った。
「あ、お姉さん。本当に来た」
「来るって言ったでしょう。——少し聞きたいことがあるの。他の人にも話を聞いていい?」
「いいですよ。休憩中なら皆暇してますし」
ルッツが声をかけてくれて、職人が何人か集まった。昨日のベテランもいる。
「単刀直入に聞くけど、皆の給金っていくらくらい?」
遠慮なく切り込んだ。ルッツは昨日の額を言い、他の職人も口々に答えた。全員ほぼ同じ。ルッツだけが安いわけじゃない。
(やっぱり一律で安い。公共事業の規模に対して、明らかに少ない)
「給与明細って持ってる?」
「ありますよ」
ルッツが懐から折り畳んだ紙を出した。他の何人かも出してくれた。受け取って目を通す。金額は口頭で聞いた通り。ブルクハルト商会の名前と判が押してある。
(これは使えるかも)
「借りてもいい? 写しを取りたいの」
「別にいいですけど、何に使うんですか」
「帳簿の突き合わせ」
ルッツが首をかしげた。意味が分かっていない顔。まあ、今は分からなくていい。
「ところで、もう一個聞きたいんだけど。素材のこと」
「素材?」
「城壁に使ってる石。あれ、どう思う? 職人の目から見て」
ルッツの表情が変わった。少し言いにくそうに、でも聞かれたから答える、という顔。
「……正直、気になってはいるんです。高級な石材だって聞いてるんですけど、自分の感覚だと違うっていうか」
「どう違う?」
「俺、親父が石工だったんで、ガキの頃からいろんな石触ってるんです。城壁に使う等級のやつって、もっとずっしり来るんですよ。目が詰まってて、表面がつるっとしてる。密度が違うから」
ルッツは端材置き場から石を一つ持ってきた。手のひらに乗るくらいの大きさ。
「これ、今使ってるのと同じやつです。持ってみてください」
受け取った。石のことは分からない。私は帳簿の人間で、素材の人間じゃない。
「重さは……正直、私じゃ判断できない」
「ですよね。でも指で表面なぞってみてください。ざらつくでしょう? 城壁用だとこうはならないんです」
なぞった。確かにざらつく。言われなければ気づかないが、言われてみると分かる。
「上には言ったの?」
「言いました。『そういう産地の石だ』って返されて。俺まだ若いし、そう言われたらそうなのかなって」
昨日と同じ笑い方。上の言葉を飲み込んでる。
ベテランが横から口を出した。
「俺も変だとは思ってたよ。二十年やってりゃ分かる。けど仕事があるうちは文句言わねえのが職人だ。干されたら元も子もねえ」
「この端材、譲ってもらえる? 買い取るから」
「端材なんか金取れねえよ。持ってきな」
ベテランが三つほど選んで渡してくれた。
***
人目のない路地裏に入った。
「グレン」
「はい」
「この石、斬って」
「……石を、ですか」
「城壁用の等級なら、剣で叩いたくらいじゃ傷もつかないはず。確認したいの」
グレンは石を地面に置いた。剣を抜く。
軽く振り下ろした。手加減した一撃。
石が、あっさり割れた。
断面を見る。中まで目が粗い。ルッツの言った通りだった。表面だけじゃない、中身まで密度が低い。
「もう一つ」
二つ目も同じ。三つ目も。全部、一撃で亀裂が入るか割れるかした。
「城壁に使う素材じゃないですね」
グレンが剣を納めながら言った。
「そう。等級が違う」
石の破片を拾い上げた。この石が「高級素材」として城壁に積まれている。見た目は白くて綺麗だ。新しい壁にすれば立派に見える。住民が「さすが王室の事業」と感心するくらいには。
でも中身はこの通り。
***
宿に戻って、机の上に並べた。
給与明細の写し。石の破片。聞き取った数字のメモ。
整理する。
大工の給金が安い——複数人の証言と給与明細がある。素材が粗悪——大工の証言と、実際に割れた石がある。元請けはブルクハルト商会。城壁の鑑定値は2,500の400。
全部、何かが抜かれていることを指している。全部、同じ方向を向いている。
(でも、全部状況証拠)
大工の給金が安いのは「王都の相場です」で押し通せる。素材が粗悪なのは「そういう産地のものです」で済まされる。石を割ったのは私たちの検証で、公的な鑑定じゃない。鑑定値なんか見せたところで、誰にも証明のしようがない。
状況証拠をいくら並べても、ブルクハルト商会の帳簿がなければ金の流れは証明できない。入ってきた金、出ていった金、差額。帳簿さえ見れば一発なのに。
「帳簿があれば全部分かるのに」
口に出してしまった。
「……見せてもらえる当てがあるんですか」
「ないわよ。辺境の小領主が王都の商会に帳簿を開けとは言えない」
グレンが黙った。正論だから返しようがない。
正規の手段で帳簿に辿り着くなら、権限を持っている機関に動いてもらうしかない。
「グレン、監査院って、こういう案件に対応できるの?」
「公共事業の不正であれば管轄のはずです。ただ——」
「ただ?」
「証拠として足りるかどうかは、分かりません」
足りないだろう。分かってる。横領で追放された元公爵令嬢が、状況証拠の束を持って乗り込んだところで、まともに取り合ってもらえる保証はない。
(でも持っていかないよりはいい)
机の上の給与明細をもう一度見た。ルッツの名前が書いてある。安い額。王室の仕事だからって笑ってたあの顔。
「明日、監査院に行く」
「はい」
グレンは頷いた。それだけ。余計なことは言わない。
この男は本当に、余計なことを言わない。
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