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辺境令嬢、契約ドラゴン様に溺愛されて困っています。(でもキスはもう一回してほしい)

作者: 河合ゆうじ
掲載日:2025/11/18

「あなたには“神竜との契約の資質がない”そうです。従って婚約は破棄します」


 そう告げた王太子殿下は、ため息混じりに私を見下ろした。

 雪のように白い大理石の謁見の間。集まった貴族たちの前で、私はきちんと背筋を伸ばして頭を下げる。


「畏まりました、殿下。辺境伯家としては、王家のご判断に従います」


 口は勝手にそう言っていた。

 心は、案外静かだった。

 悲しくないわけじゃない。ただ、こうなると薄々分かっていたから。

 この国で、繁栄を象徴するとされる神竜と契約できない者は、特別視どころか「足りない」と見なされる。ましてや王妃候補たる者が資質なしと判じられたなら、婚約破棄は当然に近い。

 だから私は、泣いて縋る悪趣味な劇をする気はなかった。


 王太子殿下は、少し拍子抜けした顔をする。

「意外だな。もっと、取り乱すと……」


「陛下と殿下の御世が安らかであることを、辺境よりお祈りしております」


 それだけ言って、私は礼を終えた。

 くるりと踵を返す。紅いドレスの裾が、冷たい床を滑るように揺れた。

 ざわめく貴族たちの視線。哀れみと好奇心と、少しの嘲り。

 背中に突き刺さるそれらを、私は全て無視して歩き出す。


 ——よかった。


 胸の奥で、小さくそう思っていた。

 こんな人たちの真ん中で、一生縮こまって生きるなんて、想像しただけで息苦しかったから。

 私は雪深い北の辺境で育った。吹雪の夜に焚き火を囲んで笑う人たちのほうが、ずっと好きだ。

 王都での窮屈な二年間は、これで終わり。

 あとは故郷に帰って、静かに生きていけばいい——。


* * *


「……って、話が甘かったわね」


 王都から送られてきた書状を握りしめ、私は深く深くため息をついた。

 ここは北境を守るオルディナス辺境伯家の居城。雪に埋もれた石造りの城壁。窓から見えるのは、灰色の空と、果てない白。

 手紙の差出人は、今は元婚約者さまの王太子。


『神竜との契約資質を持たぬ者を王家に迎える訳にはいかない。ついては、王都での支度金および諸々の費用を考慮し、これまでの縁に免じて、オルディナス家からの北境防衛費支給を半減とする』


「……要するに、“そっちの面倒はそっちで見てね”ってことよね」


 思わず出た素の声は、かなり呆れていた。

 婚約破棄だけならともかく、国境防衛の費用を削るとは。うちの領地は国境線と魔物の巣に挟まれた最前線だ。ここに圧をかけるのは、国の喉を細くするのと同じ。


「レイナ様、どうしましょう」


 傍らで控えていた侍女のマリアが、不安げに眉を寄せる。

 彼女は幼い頃から一緒に雪山を転げ回ってきた幼馴染であり、今では私の右腕だ。


「どうしましょうね。どうもこうも、お金がないと兵も補給も厳しいわ」


「お父様にご相談を——」


「お父様は今、最前線の砦。呼び戻す余裕もないでしょう。……ふうん」


 私は窓の外に視線を向ける。

 鉛色の雲。吹きつける風。遠くの山脈。

 そのさらに向こうには、封じられた“銀の竜”が眠ると言われている。

 子どもの頃から何度も聞かされた、おとぎ話みたいな伝承。


「レイナ様?」


「マリア。銀竜封印の谷まで、どれくらいかかるかしら」


「……まさか、行くつもりですか?」


「まさか。まさか、ね」


 だけど、冗談にしては妙に具体的な地図が頭の中に広がる。北境の地形は、幼い頃から叩き込まれているから。


 神竜に選ばれなかった私。

 でもその代わりに、私は辺境で生き抜くために必要なものを全部覚えた。

 雪の匂いで天候を読むこと。

 山の怒りを聞き分けること。

 魔物の気配を、冷気の揺らぎで察すること。


 遠くの谷から、微かなざわめきがした気がした。

 胸の奥が、不自然に高鳴る。


「……マリア。準備して」


「え?」


「軽装でいいわ。食料とロープと防寒具。それと、私の剣」


 侍女は、数秒だけ固まった後、観念したように頷いた。


「やっぱり行くんですね、レイナ様」


「うん。ちょっと、お金になりそうな奇跡を拾ってくる」


「奇跡って、そんなコンビニ感覚で……」


「大丈夫。うちの辺境は、奇跡と災厄がセット売りだから」


 だったらこちらから会いに行って、ちゃんと割引交渉をするしかない。

 国が私たちを切り捨てるなら、私たちは私たちで生きる道を選ぶ。

 神竜に見放された辺境令嬢レイナ・オルディナスは、そう決意して笑った。


* * *


 封印の谷は、想像以上に静かだった。

 雪に覆われた崖と崖の間に、ぽっかりと口を開けた谷。空気が重く淀み、音が吸い込まれていく。


「……ここ、嫌な感じです」


「帰りたい?」


「レイナ様がいるなら行きます」


「そういうところ好きよ、マリア」


 苦笑しながらも、私は慎重に足を進める。

 谷の奥に進むにつれて、空気はさらに冷たく、重く、鋭くなっていく。

 そして。


「——あった」


 目の前の光景に、息を呑んだ。

 巨大な氷の結晶が、谷底に突き刺さるように生えている。その中心に——銀色の龍が、眠っていた。

 翼をたたみ、長い尾を巻き、まるで眠れる彫刻のように。

 銀の鱗は、氷の中でもなお淡く光を放ち、見ているだけで背筋が粟立つほど美しかった。


「銀竜様……本当にいたんだ」


「レイナ様、近づきすぎると——」


 マリアの制止が聞こえたときには、もう私は氷に手を触れていた。

 瞬間、凍てつく光が走る。

 皮膚が裂けたかと思うほどの冷たさ。全身の血が凍るような痛み。

 思わず膝をつきかけたその時——


『——誰だ』


 頭の奥に、低い声が響いた。

 息を呑む。マリアの声が遠ざかる。世界が青白い光に塗り潰され、私は氷と竜の間に吸い込まれていくような感覚に襲われた。


『この眠りを破ろうとする、小さき者よ。名を名乗れ』


「レ、レイナ……レイナ・オルディナス。北境を守る家の娘です」


『ほう。あの小さき剣士の血か。まだ続いていたか』


 小さき剣士。きっと初代辺境伯のことだ。伝承に出てくる、銀竜と共に戦った英雄。

 私は唇を噛む。膝が震えていた。恐怖か、寒さか、それとも——。


「銀竜様。お願いがあって参りました」


『願い?』


「この北境を、守る力が欲しいのです。国は私たちの支えを削りました。このままでは、人も城も守りきれません」


『……それがどうした』


 冷たい返答。心臓がひゅっと縮む。


『我は人に裏切られ、封じられた。お前たちの王も、竜との契約を都合よく利用し、切り捨てる。人など、信じるに値せぬ』


「それでも、私は見捨てたくありません」


『なぜだ』


「だって、あの人たちは、私を育ててくれたから」


 雪の中で笑う兵たち。薪を割る太い腕。凍える夜に、黙って毛布を増やしてくれた老婆。


「私を“足りない”って言った人なんて、あそこには一人もいない。……だから、守りたいんです」


 言葉にすると、少し泣きそうになった。


『ふむ』


 沈黙が落ちる。氷の冷たさは、少しだけ和らいだ気がした。


『お前は、神竜に選ばれなかった娘だな』


「はい」


『悔しくはないのか』


「正直に言えば、少し。でも、あんな人たちの中で選ばれるくらいなら、こっちのほうが性に合ってます」


 思わず本音が出てしまう。

 竜の気配が、微かに揺れた。


『面白い。よかろう、小さきオルディナスの娘よ。取引をしよう』


「取引……?」


『我を縛る封印を解け。そうすれば、お前の望みを一つ叶えてやる』


 一つ。何でも?

 なら、選ぶべき言葉は一つだけ。


「この北境で、私たちが生き抜く力をください」


『よい。では——始めよう』


 次の瞬間、氷が爆ぜた。


* * *


「レイナ様!!」


 マリアの叫びで我に返る。

 氷柱が崩れ、雪煙が舞い上がる。轟音。冷気。風。

 その中心から、銀の影がゆっくりと姿を現した。

 巨大な翼。鋭い爪。深い湖のような蒼い瞳。

 伝承に歌われた銀竜は——実在した。

 そして、美しかった。

 思わず見惚れていると、銀竜はぐっと顔を近づけてきた。瞳の奥に、私の姿が映る。


『約束だ。お前の望みを叶えよう、小さき娘』


「……ありがとうございます」


『ただし、一つだけ勘違いするな』


 竜の巨大な頭が、ふっと微笑んだように見えた。


『今、お前は我と契約した。“神竜ではない竜”との契約だ。お前はこの瞬間から——我のものだ』


「え」


 その言葉を理解するより早く、世界が眩い光に包まれた。

 胸の奥に熱が走る。心臓に、何かが刻まれる。

 そして——。


「っ——」


 唇に、温かな何かが触れた。

 冷え切った谷の空気の中で、それだけが、やけに鮮やかだった。

 目を開けると、そこにいたのは銀竜ではない。

 銀の髪と、蒼い瞳を持つ青年。長い睫毛。柔らかな唇。

 息が触れる距離で、彼は笑った。


「これで契約は完了だ。レイナ・オルディナス」


「え、えええええ!? い、今、キス——」


「お前が俺を解放してくれた報酬だ。お前は望みを叶え、俺は縛りから解き放たれた。公平だろう?」


「公平の意味が違いません!?」


 頬が一気に熱くなる。心臓が痛い。谷の寒さを忘れる。

 マリアは口をぱくぱくさせたまま固まっている。

 青年——いや、銀竜は肩をすくめて言った。


「名乗っておこう。俺はアーク。かつて“銀環竜アークティス”と呼ばれた者だ」


「アーク……様?」


「様はいらない。お前の契約竜であり、これからお前の傍にいる男だ。敬語も禁止」


「勝手に決めないでください!?」


「契約の仕様だ」


 アークは楽しそうに笑う。その笑い方が、少し腹立たしいくらい綺麗で、目が離せなかった。


『お前の望みを叶える。そのためには、傍にいるのが一番早い』


 頭に直接響く声と、目の前の青年の生の声が、重なって聞こえる。

 私はふらりとよろけた。


「レイナ様っ!」


「大丈夫……たぶん。ただ、情報量が多すぎて」


「慣れる。お前はもう俺の契約者だ。俺から離れると気持ち悪くなるからな」


「そんな仕様いりません!」


 でも、不思議と嫌ではなかった。

 胸の中にある熱は、恐怖でも不安でもない。

 何か、もっとややこしいものだった。


* * *


 アークが城に戻ってきた日から、辺境は騒がしくなった。

 まず、雪が和らいだ。

 吹雪が少し弱くなり、春が早く訪れた。凶暴な魔物は、アークの気配を恐れて深い森へ退いた。

 川は凍りつかず、畑に積もる雪も薄い。人々は驚き、やがて笑った。


「銀の御方のお陰だ!」


「レイナ様が竜を連れてきた!」


「これで冬を越せるぞ!」


 誰も私を「神竜に選ばれなかった女」なんて呼ばない。

 ただ、北境を救ってくれたと喜んだ。


 城の中では、別の意味で騒がしい。


「レイナ。寒い。来い」


「自分で暖炉の前へ行ってください」


「お前の方が温かい」


「竜なのに寒がりなんですか」


「お前がいないと落ち着かない」


「それ、契約のせいにしてません?」


 アークは人型の姿を気に入り、ほとんどそのままで過ごしていた。

 銀の髪は陽光を受けてきらきらと輝き、蒼い瞳は氷湖のように澄んでいる。立っているだけで周囲の空気が違って見える、絵画みたいな男。

 そんなのが四六時中、私の半径二歩以内にいるのだから、落ち着くわけがない。


「レイナ様、顔が赤いですよ」


「うるさいわ、マリア」


「惚れたら負けですからね」


「惚れてない」


 即答した私を、アークが横目で見て、くつくつと笑った。


「嘘は契約に引っかかるぞ」


「どういう契約なんですかほんとに!!」


 頬がまた熱くなる。彼はその反応を、ひどく楽しんでいるようだった。


* * *


 そんなある日。

 王都から、再び書状が届いた。


『北境にて強大な竜が目覚めたとの報告あり。至急詳細を報告されたし。場合によっては王都への召還を命ずる』


「……速いわね。情報の流れ」


 私は書状を机に置き、アークを見る。


「どうする?」


「無視でいい」


「ですよね」


 あまりにも即答で、笑ってしまいそうになる。

 だが、王都を完全に敵に回すのも賢くない。

 私たちの目的は、辺境を守ることだ。復讐ではない。


「“竜との契約により北境の安定が得られている。王都への敵意はない”って文面で返しましょうか」


「敵意ならあるが?」


「そこは飲み込んで」


 アークは不満そうに眉を寄せた。


「奴らはお前を切り捨て、北境も削った。許す必要はない」


「許してはないわ。ただ、あの人たちが勝手に滅びるのを見るのも、ちょっと後味悪いの」


「お前は甘い」


「アークは辛口すぎるの」


 睨み合い、そして同時にふっと笑う。

 そのときふと、アークの視線が真剣になった。


「レイナ」


「なに?」


「お前は、本当にこれでいいのか」


「これって?」


「俺と契約したことだ。お前は神竜の花嫁にはなれなかったが、その代わりに竜そのものと契った。人としては、もう普通ではない」


 その言い方は、妙に慎重だった。

 私は少し考えてから、肩をすくめる。


「今さら“普通の淑女です”なんて顔できないもの。雪山歩いて封印解く令嬢に、普通は似合わないでしょう?」


「そうだな」


 アークが目を細める。その目が、どこか安堵しているように見えた。


「俺はお前に、全部話しておくべきだ」


「ん?」


「この契約は、お前の願いを叶える代わりに、俺の執着も縛る契約だ」


「執着?」


「お前が俺を起こした瞬間から、俺はお前に繋がれている。契約者として。守るべき者として。——愛する相手として」


 さらりと言われて、心臓が本気で止まるかと思った。


「……今、なんて」


「聞こえなかったか? もう一度言おうか」


「いいです!!」


 両手で耳を塞ぐ。けれど、頭に直接響く彼の声からは逃れられない。


『レイナ。俺はお前を愛している』


「やめなさいってば!!」


 バン、と机を叩く。インク壺が揺れた。

 マリアが扉の外で「きゃー」と変な声を上げているのが聞こえる。聞き耳立てていたらしい。あとで説教だ。

 アークは本当に楽しそうに笑っていた。


「契約だと言っただろう。お前の望みを叶える代わりに、俺の望みも通す」


「私、そんな項目にサインしてません!」


「口づけで承認した」


「不意打ちでした!!」


「うむ。あれは良かった」


 この竜、本当にどうにかしたい。

 でも——嬉しくないわけじゃ、なかった。

 封印の谷で交わした口づけの感触が、まだ鮮やかに残っている。

 あれは契約のためだった。儀式の一環。そう思おうとしたのに。


(……もう一回、してもいいかな、なんて)


 そんな考えがよぎる自分に、自分で驚く。


「レイナ」


 名を呼ばれ、顔を上げると、アークがすぐそこにいた。

 椅子ごと引き寄せられ、距離が一気にゼロに近づく。


「ちょ、ちょっと——」


「さっき、耳を塞いだ。だから、もう一度だけ言う」


「言わなくていい——」


「俺はお前が好きだ。契約者としてではなく、一人の女として」


 真っ直ぐな蒼が、逃げ場を塞ぐ。

 心臓がうるさい。頬が熱い。足の先まで痺れる。


「お前の答えは、急がない。だが——」


 彼は囁くように続けた。


「キスは、もう一度してほしい」


 世界が止まった気がした。

 口づけを求めているのは、今度は竜ではなく——私の方だ。

 喉がからからに乾く。頭のどこかが、必死に冷静さを保とうとしている。


(落ち着きなさいレイナ。これは竜。危険。全身バグみたいな存在。甘い言葉にほだされると、そのまま一生囲われる)


 でも、その全部が、この男の隣なら悪くない、と囁いている。

 辺境を守る力をくれたのは、この人だ。

 私を「足りない」と言わず、「面白い」と笑ったのも、この人だ。


 私は小さく息を吸い込む。


「……アーク」


「うん?」


「キスは、一回だけじゃ足りません。契約の確認が、まだできてないから」


 自分でも驚くほど素直な声が出た。

 アークの目が大きく見開かれ、次の瞬間、唇が重なる。

 今度は、不意打ちじゃない。

 彼の手がそっと頬を包み、少しだけ深く、優しく触れて、離れる。

 さっきより、ずっと温かかった。


「確認、できた?」


 茶化すように問うと、アークはわずかに笑って、額をこつんと合わせてきた。


「ああ。これで確信した」


「なにを?」


「お前は、もう俺のものだ」


「言い方!!」


 文句を言いながらも、否定しきれない自分がいる。

 マリアが扉の向こうで「きゃー!!」と二回目の悲鳴を上げた。きっと今のも聞こえている。あと三倍説教だ。


* * *


 数日後。

 王都から再び届いた書状には、こうあった。


『北境における竜との共存が領民に利益をもたらしていると聞く。王家としても歓迎する。ぜひ王都へ赴き、竜と共に我らの前で忠誠を示されたい』


「行かない」


 アークは一秒で言った。


「私も行きたくないわね」


 私も一秒だった。

 マリアが咳払いをして口を挟む。


「ですが、完全に無視すると、さすがに角が立ちます。……“北境防衛費削減の件を撤回いただけるなら、考えます”くらいは返しても」


「それは良い交渉だ」


 アークがにやりと笑う。


「奴らが折れれば、お前の領民はもっと楽になる。折れなければ、そのままこちらで強くなればいい」


「前向きですね」


「竜だからな」


 私はペンを取り、さらさらと文面を書き連ねる。

 礼節も敬意も表向きは欠かさず、その実、一切主導権を渡さない文で。

 書き終えて封をするとき、ふと思う。

 王都にいた頃の私では、こんなふうに笑って手紙を書けなかった。

 今の私は、竜と共に笑っている。


「レイナ」


「なに?」


「お前が望めば、王都ごと凍らせてやってもいい」


「物騒なこと言わないの」


「冗談だ。半分はな」


「半分冗談でもやめてね? 本気でできそうだから怖いのよ」


 口ではそう言いながら、胸の奥は不思議と軽かった。

 もしまた理不尽が押し寄せても、今度は一人じゃない。

 銀竜アークと、マリアと、辺境の人たちと一緒なら、きっと笑って跳ね返せる。


 窓の外では、雪解けの大地に小さな芽が顔を出している。

 神竜に選ばれなかった辺境令嬢は、今、銀竜の隣で笑っている。

 少しだけ図々しく、心の中で願う。


(このキスも、この日々も。もう一回どころか、何度だって、重ねていけますように)


 それが、私の新しい“望み”。

 竜はそれを聞き取ったのか、蒼い瞳を細めて、穏やかに囁いた。


「何度でも叶えてやるよ、レイナ」


 その声があまりに優しくて、私はまた頬を赤くしながらも、笑ってうなずいた。


 ——辺境令嬢、契約ドラゴン様に溺愛されて困っています。


 でも、もう一回のキスくらいなら。

 困ってるふりして、素直に貰ってしまってもいいと思う。

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