表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

第4話:陰謀の香りと夜の密談

皇城の夜は冷たく、星の光も届かない高い塔の上で、私の嗅覚は王都の匂いを全て吸い込んでいた。石造りの壁、金属の鎧、絹の衣服、人々の緊張と恐怖——混ざり合い、私の鼻を突く。しかし、その奥にある甘く冷たい余香——禁草の匂い——は逃さなかった。


「……また微量の混入ですね」

私は低く呟く。蒼井霧夜が隣で肩を並べる。彼の目は冷静だが、わずかに緊張が見える。匂いに慣れていない者なら、すでに目眩を覚えているはずだ。


「この量なら、まだ表沙汰にはなりません。だが、繰り返されれば危険です」

私の言葉に霧夜は黙って頷く。彼の匂いから読み取れるのは、警戒と微かな信頼——私の嗅覚で確認できる唯一の感情だ。


その時、廊下の端から誰かが忍び寄る気配がした。香りは薄いが、確実に計算された歩幅——宮廷の者だ。私たちは同時に振り向く。影の正体は、王族の側近のひとり、藤蔵とも面識のある男だった。


「……ここで何を?」

霧夜の声は低く、警告の色を帯びる。男の匂いには、嘘と焦り、そして薄い毒の香りが混じっていた——誰かが意図的に操作した匂いだ。


「あなたに話すべきか……」

男は迷い、微かに後退する。匂いで分かる——彼は命令されて動いている。だが、命令の元を知れば、彼自身の身も危ういことを理解している。


「なら、匂いで全部吐かせる」

私は薬壺から蒼い煙を出し、廊下に漂わせる。匂いの成分が可視化され、男の体に混じる禁草の痕跡が浮かび上がった。微量だが確実に操作された痕跡だ——誰かが王都を内部から操ろうとしている。


男は白状した。ある商会が禁草を密かに王都に流し込み、皇族や側近の過去を操作しているという。記憶を消すことで、都の秩序を自分たちに有利に変えようとしていた——恐ろしい計画だ。


「これは……計画的ですね」

霧夜の言葉は短く、重い。私の匂いと彼の観察眼が重なり、陰謀の輪郭が少しずつ見えてくる。匂いは嘘をつかない——だが、それを暴くには慎重さが必要だ。


「さて、次は誰を守るか……」

私は静かに呟き、壺を振る。蒼い煙は夜の闇に淡く光り、宮廷の影に潜む秘密を映し出す。側近の安全を守りながら、陰謀の糸を手繰る——薬師として、そして嗅覚を持つ少女としての仕事は、まだ始まったばかりだ。


霧夜は私の横で黙って見守る。彼の目には、警戒だけではなく微かな信頼の光が宿っていた。匂いだけで読み取れる——互いの弱さを知り、少しずつ協力できる関係になりつつあることを。


夜の塔から見下ろす王都は静かだが、香りは嘘をつかない。誰かの記憶が塗り替えられ、誰かの運命が操作されようとしている。私は薬と嗅覚で、それを止める──少女の処方箋は、まだ王都の夜に光を灯せる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ