第1話:王都からの依頼
「薬の匂いって、よく人の本性を裏返すのよね。」
私の店は路地の角にあって、古い木の扉と硝子の薬壺が並ぶ。客が触った器の音、夜露に混じる男の疲れた息まで、全部教えてくれる。──匂いは嘘をつかない。正しく扱えば、人が隠したものを全部吐かせる。
その日も、壺を整えながら考えていた。明日は雨かしら。それとも商人の連中がまた、壊れた薬の代金をごまかしにくるか。そんな平凡な考えの最中、鋭い足音が店の外から響いた。
「……何だ、また無礼な客か」
硝子の棚の影から覗くと、黒革の鞄を抱えた男が立っていた。王都の使者。顔は昼の汗で光り、手元の報告書には朱色の紋章。香るのは、ただならぬ権力の匂い──油と泥が混ざった、押しつけがましい匂い。だがその奥に、私は別の匂いを嗅ぎ分けた。甘く冷たい、蜜に砂を混ぜたような余香。——記憶を削る禁草だ。
「椿露華、皇城より薬師を出してほしいとのことです」
使者は淡々と言ったが、笑いはなかった。笑えない匂いを嗅いでいたのだろう。
「義理と報酬がセットなら、喜んでお受けします……というのが普通ですけど、今回は帝室。話は別ですね」
私は壺をそっと棚に戻し、低くつぶやく。
「それに、私、店が一番向いてますから。」
使者は動かない。瞳と私の嗅覚は、同じ一点を見ていた——病ではなく“改変”。誰かが、治療と称して人の過去を消そうとしている。しかも、それは王都の中心で。
「……強制的なら、行きます」
理由は単純だ。薬は人を救うためにある。誰かの過去を消す理由など、私の薬箱には入っていない。
扉を閉めると、硝子の薬壺越しに遠く皇城の塔が見えた。あそこに、私の知らない“処方箋”がある。それを読むには、嗅覚だけでは足りない。けれど匂いは、嘘の場所を示してくれる——今日、私が嗅ぎ分けるのは、王都の秘密。