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第九章 聖妃な皇女、平和を讃えたい

帝都の大広間。


無数の燭台が黄金の光を放ち、絢爛な衣と宝石に身を包んだ多くの貴族たちが盃を交わしていた。


だがその笑みの下には氷の刃が潜み、言葉は冷ややかに絡み合っていた。


今宵は皇城にて開かれる大きな舞踏会。レイノルス、アレイス主催という変わった催しであった。

リュシア―ネが二人に頼み開いてもらったものだ。

大戦終戦記念日に毎年開かれる舞踏会となる。


「前線の武勲――確かに誇るべきものですな。けれど帝都の灯を守り抜いた我らがいなければ、その武勲を讃える民すら残らなかったでしょう」


「ふむ。しかし灰と化した都を前に、誰が武勲を語れますかな。城壁の影に怯え詩を綴るより、血で未来を拓く方が尊いのでは?」


笑みを交わしながらの皮肉。

讃えているように見せかけ、怜悧な刃物のような言葉の応酬。


大戦に関わった貴族たちは全て招集され、大戦の終戦記念ということで皆それぞれ恨みのこもった熱気に包まれている。

先の大戦で前線に立った軍人たち、そして軍に関係する貴族。帝都に残った大臣たち、そして官僚を多く輩出する貴族。その対立構造は数年経った今もなお拗れていた。


広間の空気は氷のように張り詰め、華やかさとは裏腹に冷え冷えとした広間で、開幕の音楽が流れた。





開幕しすぐ、第一皇子レイノルスが立ち上がった。

弱い心臓を押さえるのは彼の癖だろうか。

しかし落ち着いた態度で広間を見渡す。


「……帝都に残った我らもまた、剣を取らずに戦っていました。

財を捻出し、諜報の網を張り巡らせ、敵の策を未然に潰した。

そして最後には資金と物資を前線へ送り続けるために、帝都は己を削り取ったのです。

街路には民の子らの泣き声は絶えませんでした。

母たちは痩せた腕で子を抱きしめ、明日の糧も知らぬまま、ただ祈った。

我々貴族も民と同じように祈った。明日の糧が続くように戦が早く終わるように。帝都は陥落せず、軍の家であり続けられるように。その祈りが崩れなかったからこそ、前線で流された血は、帝国の未来へと繋がったのです」


静かな声。だがその言葉は氷を溶かす焔となり、広間の沈黙を生んだ。


次に第二皇子アレイスが立ち上がった。

低く重く、雷鳴のような声を絞り出すように語る。


「俺は前線にいた。ともに戦った記憶にあると思う。われらは仲間を失い、血に濡れながら剣を振い、食事をし、眠る。そしてまた戦う。その繰り返しだ。早く明るい帝都に帰りたいと嘆き心を病む仲間もたくさんいた。長く苦しい日々だった。だが今、たった今。城に残る者の祈りが、俺たちを支えていたのだと我らは同じく戦っていたのだと知った!どちらの戦いも帝国を救った。互いを憎み合うなら、何のために戦ったのだ!」


鋭い言葉。二人の演説に時が止まったようだった。



そこへリュシアーネが進み出る。


白銀の衣を纏う姿は女神が降り立ったかのようだった。


「では、この語らいを残しましょう。血も、飢えも、恐怖も、誇りも!

――すべてが帝国を支えた証!

未来の民がこの誇りを忘れぬよう、“帝国戦記”として後世へと記しましょう!」  


澄んだ声が響き渡り、従者が筆と紙を高らかに掲げた。


貴族の一人一人がそれぞれ語った。

悲しみと苦しみ、そして誇りの戦いを。

やがてそれは、荘厳な物語へと姿を変えた。


それぞれの苦しみを知った帝国内の貴族は、まだ飲み込めなくとも進もうとしていた。


舞踏会の端で怒りの表情を隠しもしない公爵レリアテを残して。




後日リュシア―ネが編成した『帝国戦記』は出版され帝国全土に広まった。書籍だけでなく、リリアの伝手で連絡を取っていた帝国の語り部たちも琴の調べと共に広く流布に協力し、多くの民が知ることとなった。


書籍は他国にも広く流通し同じように大戦によって傷ついた人々の心をいやした。


成功祝賀会にて、かつての敵同士は盃を交わし、「もう禍根は残さぬ」と笑い声を上げた。その中心に立つリュシアーネを皆“聖妃”と称えた。



祝賀会の喧噪を離れ、庭園の噴水の前に立つ。


月明かりが白銀の光を注ぎ、夜風がドレスを揺らした。

帝国に来てもうすぐ半年となる。


(帝国風のドレスにも慣れたわ。最初は少し肌を見せるのに抵抗があったものね...)


喧噪を離れ、ふと一息つく。

ようやく帝国の大きな課題は一山超えた。リュシア―ネはそっと帝都の光を見た。

(私の役目は....)


そこへレイノルスが現れた。

月明りに金の髪が美しく輝き、細身ながら以前より健康になってきているようだ。


リュシア―ネを見る眼差しは深い静けさを湛えていた。


「君がいなければ、私もアレイスも王族としての誇りを十分に発揮できず.... そしてすれ違ったままだっただろう。感謝しているよ。

……君は王族としての誇りを胸に、誰よりも強く歩んでいる。」


まなざしは優しい。

月夜の下の美しいレイノルスの姿は神のようで圧倒されリュシア―ネは立ち尽くした。


(レイノルス殿下....?)


「だが、誇りは時に孤独を伴う。

だから私は――君を愛し、慈しみ、その翼を広げる風となりたい。

君の夢も理想も、共にあれば、この帝国の空に羽ばたかせられる。

リュシア―ネ、君の誇りを、そして君自身の静謐さを私は愛してしまった.....父上を問い詰めたら、君の相手はどちらでもよいと教えてくれた。どうか、私を選んでほしい」


静かな愛の告白。 隠れた愛の強さに、リュシアーネは胸を震わせ、心の奥のひそやかな孤独を見透かされたように感じた。

同じ王族、孤独は彼にもきっと....。


(もう....病弱な殿下はいない)


「リュシア―ネ、私は君とならばこの身を国に捧げることが出来る。そして互いに補い合い、独りでは成し遂げられないことが、きっと出来ると思うのです」


リュシア―ネはその圧倒的な神々しさに思わず手を伸ばしかけ.....。


しかし、その空気を断ち切る声が横から響いた。


「……兄上。彼女は女神じゃない」

アレイスが姿を現す。


その瞳は強く、一人の少女としてのリュシアーネを射抜いていた。


「彼女は賢くしたたかに振る舞い、誰にも頼らず背負い続ける。けれど……少女であることも忘れてはいけない。  宮廷の陰謀も国外の刃も、彼女を壊そうとするだろう。しかし兄上は根っからの王族だ。必要となれば彼女をも切り捨てるだろう!俺は彼女を守りたい。一人の女すら守れずに帝国を守れないはずだ。俺は……俺は玉座を得る。彼女を守るのために!」


火のように熱い宣言だった。

二人の真っ直ぐな想いが、沸き立つ広間の喧噪を遠くしてゆく。


二人の皇子の告白。

リュシアーネの心は大きく揺れた。


(私は王族として個を捨てて生きてきた....叔母の死からずっと。婚姻もその延長でしかなかった、でも....私自身が選ぶことを求められている......)


誇りを尊重し、羽ばたかせたいという愛。

一人の男として人生を賭け守ろうとする愛。


冷酷皇女と言われ続けた少女が初めて一人の人間として迷い、月明かりの下で一筋涙を流した。


(二人は王族として歩み始め、帝国の玉座がどちらを選んでも栄えるでしょう。けれど――愛は、一つしか選べない)



その涙は、一人の少女としての苦しみを映していた。

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