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第八章 冷静皇女、新たな二つ名は聖妃のご様子

次にリュシアーネが着手したのは国内の問題の解決であった。


厳しい冬がある辺境の冬越えの課題、地方貴族の税収を上げるための施策を伝えに辺境伯に自ら赴くことにした。


祖国レイティアから持ち込んだ冬にも芽吹く新しい種子とその手助けをする魔道具、そして広大な領土のある地方貴族向けの畜産についての構想を直接彼らに示すためである。


その道行きに加わったのは意外にも第一皇子レイノルスだった。


「少しずつ良くなっているとは聞き及んでおりますが....ご無理をなさらなくても……」


とリュシアーネが言うと、レイノルスは微笑みを返した。


「辺境は国境。ここを理解し、ここを味方にできなければ帝国の未来はない。だからこそ、私が行くべきなのです」


病弱な身体を抱えながらも、彼の瞳には確かな意志が宿っている。


リュシア―ネはレイノルスのためにレイティアの力で心臓の薬を手に入れ、密かに彼に渡していた。

徐々に安定しているとはいえ、まだ万全ではないだろう。


(でも、彼が自ら来て下さったのならばこの会談はおそらくうまくいくはず....私は部外者の立場だから、ありがたい…)


リュシア―ネは素直に感謝すると、レイノルスに微笑み返した。



辺境伯の屋敷にて。


朗らかにキンバリー家の当主ヘイリーが一行を迎え入れ、レイノルスの姿に目を細めた。


「なんと、噂の殿下が、このような僻地まで来て下さるとは……」


レイノルスは鷹揚にキンバリーに握手を求めた。

「いいえ、当然です。長年国境の要を守ってくださる辺境伯キンバリー家には皇家は皆、心から感謝していますよ」

「殿下、有難いお言葉です」


レイノルスの願いによりささやかなものとなった晩餐会の後、いよいよ会談となった。


場には辺境伯キンバリー家の関係者だけでなく、キンバリー家が懇意にする地方貴族たちもそろっていた。地方貴族たちの中には先の大戦で領地を拡大したものの持て余している家をリュシア―ネが招いた。


「まずはこちらの種子と魔道具を皆さまにご覧いただきたいのです」


リュシア―ネは冬にも芽吹く芋類の種子、それから大きく広がり温暖な気候を保つテント型の魔道具を見せた。


「これであれば冬越えの作物を育てられます。また、この国の地方都市は自然豊かで比較的温暖。羊等の家畜を放牧し草を食ませ、冬は食料に他の季節は毛を刈り取り輸出するという策も取れるでしょう。また安定すれば他の畜産も。我が国から詳しい者を派遣致します」


帝国では農業や漁業は盛んであり、流通も強みではあるが、畜産の技術は乏しい。帝都の食事を見れば一目瞭然であった。

戦争で長く領地を空けていたこともあり、手付かずだったようだ。


しかし、他国の手を借りるかのように思えるのか、リュシア―ネの言葉に場は静まり返った。


(そうよね。婚約しているとはいえ私はまだ他国の皇女...当然の反応ね)


更にリュシア―ネが言葉を重ねようとしたその時、レイノルスが口を開いた。


「皆、すまなかった。貴殿らは今も昔も国のために尽力しているのを私は知っています」


ひとりひとり貴族の目を見てレイノルスは語りかけた。


「大戦後、帝都や直轄地の整備に追われ、地方領地の施策については後手後手にまわってしまいました。それがずっと気にかかり、今日こうして私も無理をいってリュシア―ネに同行させてもらいました。

私もリュシア―ネの知見には賛成している。地方都市の確かな財源となるだろうと思います。ぜひ皆に着手してもらいたい」


レイノルスの言葉を受け、貴族たちは互いに目を合わせた。帝国の王族が謝罪したことに驚きを隠せないようだ。


「…まずは私の領土にて試しましょう。リュシア―ネ様、ここにレイノルス殿下を連れてきてくださったこと感謝します」

辺境伯ヘイリーの言葉に続き、他の地方貴族も声を上げた。

「私の領地にもお願いします」

「リュシア―ネ様を信じましょう」


レイノルスは静かに語った。


「…国境を守るのは剣だけではありません。資金の流れを強固にすれば、兵は飢えず、商人は富み、戦は避けられる。未来の施策についても、私は皆に話をしにきました。」


図を描いた紙を広げた。それは以前リュシア―ネに図書室で語った話だった。


帝国の事業を分割し、証を発行して商人や他国の出資を募る仕組み。利益を分け前として返し、互いの利を交わらせる。


「利が結びつけば剣は抜かれにくい。……それを最前線に立つあなたに理解していただき、大規模に着手した際にはどうか助力をお願いします」


 辺境伯は深く頷いた。

「殿下の考えは理に適う。……私の領も、殿下の手に委ねましょう」


その鮮やかな光景を見ていたリュシアーネは、思わず心から感嘆いしてた。


「……なんて素晴らしい理想でしょう!」


淑女の仮面を忘れ、瞳を輝かせる彼女を見て、レイノルスは一瞬息を呑んだ。


いつも冷静な彼女がこれほど素直に心を震わせた――自身の夢によって。

その姿が胸を熱くさせた。

「……君にそう言われると、弱い自分も恥じずに済む」


あまりに優しく囁かれ、リュシアーネは頬を赤らめた。


その様子を貴族たちもほほえましい目で見ていた。


「リュシア―ネ様はきっと良き皇妃となるであろうな」

「まあまあ、まずは施策を実現するために細かい計画を立てねば…」

「やることは山ほどありますよ、殿下」


レイノルスとリュシア―ネは顔を見合わせて笑った。



リュシアーネと専門家たちは来たる冬、辺境伯の領で新しい種子を試験的に栽培させ、見事な収穫を得た。冬でも育つ穀物は辺境の民を飢えから救い、「聖妃の種」と呼ばれることとなった。


畜産の拡大も辺境で進められ、乳や肉が帝都へと運ばれる。レイノルスやアレイスの尽力もあり地方都市でも着実にその事業は芽吹いた。


辺境と帝都が新たな形で結びついたことで公爵派の力は帝都で揺らぎ始めた。


リュシア―ネは度々辺境へと赴き、婦人たちに新しい芋類の調理方法を見せた。

そして辺境の子供たちと食卓を囲み、民の声を聞いた。

姿を見た農夫たちは朗らかに笑った。

「聖妃さまのおかげで今年は冬が怖くないな」


その声を背に受けるリュシアーネの姿は聖女のようだった。




その頃、第二皇子アレイスは外交の舞台で新たな顔を見せ始めていた。

隣国の使節との協定の席に現れ、かつて剣を交えた将と盃を交わす。


「戦の傷を残さぬためには、剣を収めた後の取り決めが大切だ」


毅然と語る姿に、誰もが目を見張った。

軍人として知られた彼が、剣ではなく和平を求め自ら赴き、同盟を結ぶ。

周辺諸国との協定が次々と成立し、帝都では「和平を結ぶ皇子」と呼ばれるようになった。


夜。

リュシアーネは久しぶりにアレイスと回廊で出会った。


「アレイス殿下、お久しく。最近とてもご活躍なさっていて、私は感激しておりましたわ」


「貴方ほどではないさ、聖妃リュシア―ネ」

からかうようなアレイスの言葉にリュシア―ネは目をそらす。

「私がつけたのではありませんよ!勝手にそう呼ばれているのです」

アレイスはそっとリュシア―ネで手を取り、侍女や従者を制し二人で回廊から中庭へと出た。


「リュシア―ネ、貴方は我が国を導いている。それは間違いないことだ」


「ただ、私は帝国のために...」

リュシア―ネは月明りのに照らされ微笑んだ。

その美しさにアレイスは息をのむ。


彼は低く言った。


「兄上が民を救う道を示し、俺は戦を避けるための外交を結ぶ。貴方にその道に気付かせてもらった……だが、貴方自身を支えられるのは俺だ」


その言葉にリュシアーネは目を見開き、アレイスの真剣な瞳にわずかに動揺した。


やがて静かに答えた。


「……王はどちらでも良いのです。私自身は...帝国に最も良い形で私を、使っていただければ......」


「貴方は、自分自身を大切にしないのだな」


「私は人である前に王族です、ただ、それだけ....」

アレイスはリュシア―ネの深悲しみを感じた。

「だが、愛は誰しも必要だ、リュシア―ネ」


リュシア―ネは答えず、うつむいた。


アレイスはその姿に彼女を支える決意をした。


己が王となるのは、義務でも名声のためでもない。

――この女を守り抜くため。


「貴方を守りたい。リュシア―ネ…」



「リュシア―ネ様、帝都でも「聖妃」と呼ばれておりますね。レイノルス殿下はリュシア―ネ様の工房を使って量産した医療魔道具を全土に配り、アレイス殿下は外交を進め周辺国に安定をもたらし帝国はよく変わっています。さすがは我が皇女様ですね」


侍女のメリアがリュシア―ネのドレスのボタンを留めながら言った。


リュシア―ネは黙って聞いている。


「やっとクルエイラ様達の派閥も解体されそうですよ、リュシア―ネ様についた方がいいと思った方々からのお茶会の誘いもたまっておりますわ」


侍女リリアは暗躍しクルエイラ率いる貴族子女の派閥を内側から瓦解させていた。

「よくやったわ、リリア。メリアも諜報活動ありがとう。でも、お茶会以外にもまだ課題があるわ…」


帝国は確かに、新しい姿を形作りつつあった。

たった一人の少女が帝国という大きな国を変えようとしているのだ。


けれど冷徹皇女と呼ばれたリュシアーネの胸には、初めてひとつの迷いが芽生えていた。


(帝国はどちらを選んでも栄えるわ。けれど……愛は、一つしか選べない)


その想いを誰にも明かさぬまま、彼女は次の帝国の課題――戦の禍根を解くため行動を開始する。



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