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第七章 少女で皇女、第二皇子を叱咤する

公爵領。


帝都に近いはずのこの領地は、一見整った街並みを見せていた。

広い石畳の通り、並ぶ商館、立派な門構え。


しかしよく見ればその外殻は脆く崩れかけている。


商館の看板は色褪せ、窓硝子は割れたまま。

市場の品は少なく、値は皇都の倍、品質は最低ライン。笑みを作る商人たちの顔には疲労が滲んでいた。


裏通りでは物乞いたちが膝を抱え、娼婦が声をかける相手がおらずぼんやり立ち尽くしている。


「……これが、公爵の領か……」


戦場の血に慣れたアレイスですら、目の前の光景には無力感を覚えた。

剣を交えた敵兵の死よりも、静かな荒廃の方が胸を抉った。


リュシアーネに誘われ2人は公爵領へと足を運んでいた。


デートと称して来るには全くそぐわない場所であった。



絶句するアレイス。

2人は黙って馬を歩かせた。


そのとき、一人の幼子が道端で震えているのが見えた。


リュシアーネは急いで馬を降り、自らのマントを脱いで子供に掛けた。


「これで少しは暖かいでしょう。……ごめんなさい、こんなことくらいしか出来ずに」


幼子はかすかに笑みを浮かべ、マントをかき抱いた。


また素早く馬に乗り先頭を行くリュシアーネの横顔は険しく悲しげだった。


(……この女は、自分を顧みずに民を救おうとする。まるで母のように……)


2人は黙って日暮まで馬を歩かせた。

民の苦しむ光景を目に焼き付けながら。



雨が降り出し、道がぬかるむ。

陽が落ちて予想外に帰路を断たれてしまった。


「皇都まで行くのは難しいな…」

アレイスが困った顔をする。公爵家に助けを求めるわけにもいかないからだ。


「近くの森に洞窟があります。そこへ避難しましょう」


「しかし……君のような女性が行く場所では…」


涼しい顔をしてリュシアーネは言う。


「貴方と同じとは言い難いですが、軍事演習に参加したことくらいはございます。ご心配には及びません」


アレイスは苦笑して馬を降りた。

(とんでもないお姫様だな。規格外だ)



森の洞窟に避難し、手慣れた様子でアレイスが焚き火を起こす。


幾分暖かくなったが、子供にマントを与えたリュシアーネは冷たい夜気に肩を震わせていた。


「……大丈夫ですわ。少し寒いだけ」


唇は青ざめ震えているのに、毅然とした態度を崩さない。


アレイスは自らのマントを脱ぎ差し出した。


「着ろ。こんな場所で震えていたら風邪をひく」


「……私は平気です。あなたに迷惑を――」


「俺は戦で寒さにも慣れている。この程度の寒さなど、どうということはない。それよりも城へ帰ってリュシアーネが倒れた方が問題になるぞ」


その言葉に、リュシアーネは一瞬迷い、やがて静かにマントを受け取った。

頬にわずかな赤みを浮かべながら。



炎にゆらゆらと照らされながら、アレイスは低く呟いた。


「……兄上は慈悲深く、賢い方だ。身体は弱くとも臣下や皇妃の支えがあれば素晴らしい皇帝になるはずだ…。俺はその邪魔をしたくない。それに、母上も“レイノルスと国を頼む”と遺された。……俺には戦しか能がないのに、周りが囃し立てているだけなのだ」


第二皇子だというのに戦で前線に出たせいで名声ばかりが無駄に高まり大切な兄を脅かす。


亡き母が最期まで愛したのはきっとレイノルス…そんな幼い苦しみもあり戦場に自分の居場所を求めてきた。

だがそれが結果として皇太子を廃する動きを高め、望まない形になってしまった。

兄の優秀さをよく知っているが、表にあまり出ることが出来ない。


どちらが相応しいのかなど考えたくもなかった。


そして「王の器ではない」と、周りにも自分にも思わせるため、アレイスは戦争が終わってから死んだように生きていた。


リュシアーネは真っ直ぐに彼を見据えた。


「……逃げているのですね」


「……なに?」

アレイスが目を見開く。


「王族である以上、器があるかどうかは問題ではありません。背負うか、背負わないか。あなたは“兄のため”と口にしながら、実際には自らの責務から逃げている。……私は、そういう殿下が気に入りません」


その言葉は鋭く胸を突き刺した。

アレイスは返す言葉を失い、ただ彼女を見つめる。


「王族として最大限の尽力を民のために。全ては国のために。貴方の能力は戦だけではないはずです」


リュシアーネは尚も畳み掛けた。


長い沈黙ののち、彼は焚き火を見つめながら問うた。


「……リュシアーネ。貴女の目的は、何だ?」


彼女は迷いなく答えた。


「私は、この国のために来たのです。玉座に座する人が誰であろうと構いません」


その言葉は冷徹なまでに"個"はなく、ただただ大義を帯びていた。

だがその冷たい言葉はアレイスに熱く響く。


「……君は冷たいようで、誰よりも熱いのだな」


思わずこぼした言葉に、リュシアーネは少し驚いた後に頬を赤らめ、顔を背けた。


「私は……冷徹皇女と呼ばれております。それで良いのです」


照れた様子は少女らしく、ちぐはぐさにアレイスは思わず笑った。


「……可愛いな」


顔を真っ赤にしてリュシアーネは慌てた。

「何を……!」

「王族でない君は思ったよりよく表情が変わるのだな」

アレイスは可笑しそうに笑いを堪えた。


「王族でない自分などありませんわ!」

「…そうか?我々はもっと話をすべきだな。婚約者なのだから…」


2人の夜は賑やかに過ぎていった…。



雨音が洞窟を打つ中、リュシアーネはやがてマントに包まれ眠りに落ちた。


少女の防備な寝顔。 年相応の顔だ。

細く、白い手。華奢な身体。

王城の彼女は落ち着き払い一部の隙もなく王族の女で畏怖の念さえ覚えたというのに。


今はただその大人びた面も年相応の笑顔も可愛らしく感じた。


アレイスはリュシアーネの可憐な寝顔ををじっと見つめる。


(……この少女は、幼いころからずっと一人で背負ってきたのだろう…。強く賢いが故に、誰の助けも借りようとしない。泣くことも少女らしい夢も持つことも出来なかったのではないか)


その孤独を、このまま放っておくことなどできない。


(……この少女を支えたい。私は……彼女を守りたいと思う。だが……皇帝にならなければ隣にいることはできない……)


それは義務や血筋ではなく――


一人の少女を、ただ一人の男として守りたいという愛。


アレイスは人生で初めて戦以外で心臓が高鳴るのを感じた。


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