第六章 揺れる皇女、皇太子と第二皇子の苦悩
帝国に着き、侍女と共に情報を集める中でリュシアーネの胸に一つの大きな疑念があった。
――公爵領は荒れているのに病死者は不自然なほど少ない。
(……何かがある)
やがて耳にした噂。
「皇太子殿下が、腹心を通じて医療用魔道具を民に配っているらしい」
病弱で人前に出ず“公爵家の傀儡”とすら揶揄される第一皇子レイノルス。そんな彼が出来ることなのだろうか。
真実を確かめるため皇太子を探していた。
ふと、リュシアーネはそれ程までに思慮深い人がどうやって知識を得ているのだろうかと疑問に思った。
人前に出ず、研究するにはまず書物から…?
(なんだか謎解きみたいで少しわくわくするわ)
皇帝レイスに許可を求め、王族やそれに連なる貴族の使用する王宮図書館を訪れた。
◇
書架の奥。
燭光に照らされ、女性と見紛うほどの美貌の青年が本に向かっていた。
淡金の髪が光を受け、ゆらゆらと緑の瞳が輝く。
胸元を押さえる仕草は心臓の弱さを物語っているようだ。
「……殿下」
声をかけると、彼は振り返った。
「弟の婚約者……リュシアーネ殿下か」
掠れた声。人前に出ないレイノルスはリュシアーネを知らないはずだが、彼はすぐにリュシアーネを見抜いた。
「なぜ私がお分かりになられたのですか?」
「君の髪色はこの辺りでは珍しい。お母上の祖国由来のものでしょう」
その瞳はおかしそうに微笑んでいた。
リシュアーネは恥ずかしそうに俯いた。
「まさか私の母の国をご存知とは思わず…もうどこにもありませんから」
レイノルスは遠くを見て言った。
「なくなってしまっても、書物の中には残るものですよ…人も、国も…」
◇
「殿下、私は公爵領を視察しました。……あれほど荒れているのに病死者が少ない。不思議に思いました」
リュシアーネの言葉に、レイノルスは小さく息を吐き、一瞬逡巡した。しかしやがて大きく頷いた。
「僕の腹心が、研究中の医療用魔道具を密かに配っている。……公にはできない。だが、見捨てることもできなかった」
その声控えめであったが、揺るぎなく言い切った。
「殿下は……人を救う道を選ばれたのですね」
リュシアーネがそう告げるとレイノルスはかすかに目を伏せた。
机には金融に関する書物も積まれていた。
「これは……」
「帝国の事業へ他国に出資を募り、出資金と事業で得た利を分割し返していく。他国は出資を回収出来るまでは時間がかかるが単純に富を溜め込むより長い目でみると出資した方が利益が高いように分け前を貰えるのだ。
そして事業にかかる人材や物資は出資した国を優先的に採用するという特約もつける。
そんなふうに、他国も巻き込み利益を共にすれば、どの国も容易に剣を取れなくなると私は思っている……なんて、私が言っても机上の空論のように思われるだろうが…」
力無く目尻を下げるレイノルス。しかし…。
「……なんて、見事な……!」
思わずリュシアーネの瞳が輝いた。
普段は冷静沈着な彼女が、淑女としての仮面を忘れ、両手を胸の前で組み、純粋な敬意をそのまま口にしていた。
「殿下の施策が実現したらば――きっと、この国を変えます! いえ、この大陸の在り方すら変えるでしょう!」
言ってしまってから、リュシアーネははっとした。 淑女としてあるまじき大きな声を出してしまった。しかも王宮図書館で。
しかし、彼女は抑えられなかった。心の底から感嘆していたのだ。
レイノルスは一瞬目を見開き、そして小さく笑った。
「……君のような人に、そう言ってもらえるとは思わなかった」
レイノルスの胸の奥に、いつものような痛みが走る。だがそれは心臓の痛みではなかった。
冷徹な淑女の仮面を外し、子供のように目を輝かせる少女に――彼は心を奪われたのだ。
(弟の婚約者でなければ……)
その想いを言葉にすることはできない。
だが、リュシアーネの姿は確かに、レイノルスの胸に深く刻まれた。
◇
時を同じくして、皇帝レイスはアレイスと共に議会にいた。
「父上、今、何と…!!」
アレイスは思わず椅子から立ち上がった。
「皇妃は恐らくリュシアーネ姫になるであろう、と言った」
皇帝レイスは落ち着けとばかりにアレイスの肩を叩いた。
「彼女は帝国ディノスにとって、なくてはならない存在になる気がするのだ。婚約に留めておくのは、どちらの妃になるか分からぬからでもある。……だが、公爵家の目がある。レイノルスにはまだ言うなよ」
皇帝レイスはそういうと立ち去った。
アレイスは動揺を隠さず音を立て椅子に座り込んだ。
(彼女は、兄上の妻となる可能性もある…ということか……予想していなかった……)
レイノルスとアレイスは年子、リュシアーネは5,6歳年下。年齢的にも釣り合う。
アレイスは帝位を望んでいないため婚約者の変更など問題ないはずなのに、どこか重い気持ちで部屋を出た。




