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第五章 可憐な皇女、婚約を終える

帝国の庭園は、花々の香りと澄んだ噴水の音に包まれていた。


リュシアーネは祖国レティシアの伝統衣装のドレスを纏っていた。

光る硝子の細かい飾りの縫い込まれた特徴的な裾を揺らし、石畳の小道を歩く。


向かう先に待っているのは、帝国第二皇子アレイス。


――彼女の婚約者となる人物だった。


短めの黒髪に皇族特有の緑の瞳。式典用らしい紅と白い軍装に身を包んだ彼の第一印象は意外なものだった。


(皇太子を凌いで名声を高めていたけれど……素朴ね。飾り気がなく、真面目な方なのね)


先の戦争でも成人して間もなく率先して出陣し、いち軍人としても指揮官としても高い能力があると他国にも名前が通っている。

あまり人前に出ないという病弱な皇太子を凌ぐほど、特に軍に関わる貴族からの支持があるらしい。

妹を愛するルシアスもそれを考慮して婚約に踏み切った。


しかし目の前の彼はそんな様子もないほど大人しそうに見えた。


互いに一礼し、アレイスが手を差し出し儀礼通りリュシア―ネは手を重ねた…


が、次の瞬間、アレイスは低い声で言った。


「一つ、先に伝えておく。私は……子を作るつもりはない」


リュシアーネは目を瞬いた。


「それは……王位を継がない、という宣言でしょうか」


アレイスは静かに頷いた。

「私は兄上を差し置いて王にはならない。だが私の子が生まれてもまた、必ず争いが起こるだろう。……だから、申し訳ないが子は作れぬ」


その言葉は冷たくも聞こえたが、リュシアーネは直感する。


(この人は帝位からただ逃げているのではない気がするわ。……何か、深い理由があるような)


だが、それ以上は踏み込まなかった。

まだ自分は“小国から来た父親に宛がわれた婚約者”にすぎない。


ここで問い詰めたところで、何も得られないと知っていたからだ。


アレイスは小国から婚約を許諾して来るというリュシア―ネを不思議に思っていた。


国土は小さくとも外交手腕は高く、昨今は軍事用魔道具を創り諸国と一線を画した国。アレイスも当然慣れ親しんだ軍事用魔道具の価値は計り知れない。

もちろん周辺諸国では最も帝国は大きいが、正妃の第一皇女が顔も合わせたことのない第二皇子と婚約するほど立場がない国ではない。


戦であまり国内におらず近年ようやく落ち着いた生活をしているアレイスにとって、小国の聡明な姫の話は耳にしていなかったが故に余計に不思議だった。


リュシア―ネが帝国につき、皇帝へ謁見する際にアレイスは初めて自身の婚約者を見た。


(こんなに可憐で華奢な皇女だとは…)


そしてその後の完璧に予習された皇帝への挨拶でアレイスは焦りを感じていた。


(父に願ったのは王位に関連しない婚姻だったはずだ…!このような女性ではむしろ王位に近付くのではないか??)


悩んだ末、アレイスは生来の真面目さからリュシア―ネに素直に伝える顛末となったのだった。



帝国の土を踏み数日。


リュシアーネは彼の姿を遠目に見ていた。

また侍女リリアやメリアに彼の情報を集めさせた。


兵士たちと共に早朝から訓練場に立つ。

訓練後は大量の軍事関連の報告書に目を通し軍事会議をこなし、倦まず淡々と職務を果たす。


兵たちが「殿下」と呼ぶ声には敬意があり、彼がただの皇族ではなく指揮官としても信頼されていることがわかる。


(生真面目すぎるけれど……その飾り気のない誠実さは、人を惹きつける。なるほど、慕われるわけだわ)


彼が机に向かい、夜更けまで軍制の改革案を練っている姿は王族らしいものであった。




夜、彼女は自室の窓辺に立ち、灯火で埋め尽くされた帝都を眺める。

この習慣は帝国に来て以来、日課になっている。

忙しない宮廷の日々でこうして祖国よりもはるかに広い国土を眺めその民の多さを実感することで考えが研ぎ澄まされる気がするのだ。


(私はまだ“彼”に会っていない。どちらが皇帝にふさわしいのかを見極めるためには……彼を探さなくては)


 リュシアーネはまだ皇太子レイノルスとは出会っていない。まだ「誰が王にふさわしいか」を考える時ではない。

諜報に長けた自身が容易に探せないということが、彼への興味を引いた。

アレイスの生真面目さと対象に器用なのかもしれない。


明日からは彼に接触しよう、そしてこの帝国の民のために出来る限りのことを。


リュシア―ネは消えない帝都の灯りに想いをはせた。

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