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第四章 小国皇女、帝国宮廷で微笑む

侍女を二人と共に帝国に向けて出立したリュシアーネ。


帝都は遠目には光り輝く宝石のように見えた。

外から見ると都会らしく美しい。


道すがら様々な領地を通った。


皇帝の直轄地は王都から離れているものの街路は石畳で舗装され整備された木々がそよぎ、平民は清潔な衣服で生活を営み、商人達の馬車が盛んに往来していた。

しかし、馬車を走らせて半日もすれば光景は一変する。


王都近く、公爵領に足を踏み入れた瞬間、リュシアーネは息を呑んだ。

道は整備されず荒れ、家屋は塗り直されず商人の行き来は少ない。治安が悪く娼婦や物盗りが増えているようで走り抜けることになったが、平民も皆古びた衣服で力無く虚ろな目でこちらを見ていた。



「これは……同じ帝国とは思えませんね…」


窓から身を乗り出したリュシアーネの呟きに、侍女メリアが険しい顔で答える。


「領主が民から搾り取っているようです。この土地の公爵は先の戦争の武勲で得た広大な領地を民を疲弊し食いつぶしているらしいのです」


レリアテ公爵。

リュシアーネが帝国に向かう前に調べた情報だと、大戦前は民を大切にし土地を開墾することに熱心な貴族だったらしい。多大な武勲を立てた英雄という肩書きであるがその実、今や狂気に囚われているという噂だ。


彼の妻は戦時中に薬の流通が途絶えたことにより病を治せず救えなかった。


栄誉と共に帰還した男を待っていたのは、冷たくなった妻の亡骸。

その日から彼の心は歪み、帝国そのものを憎むようになったという。

他国にも聞こえるほどに……。



その公爵家当主の姪、皇太子レイノルスの婚約者・クルエイラ。


白磁のような肌と宝石のような大きな青い瞳を持つ美貌の女。宮廷で誰もが羨む存在。


だがその微笑の裏には、苛烈な毒が潜んでいる。


裏金をばら撒き、官僚を思うままに操る。

女官たちは彼女の前で震え上がり、大臣でさえも彼女の顔色を窺う。


リュシアーネと彼女は、帝国についてすぐ……相対した。


「まあ、小国の姫君……リュシアーネ様、ようこそ帝国へ。聡明と噂ですけれど、思ったより……とっても幼い顔立ちをしていらっしゃるのね」


玉座の間に続く絢爛な中廊下の飾り硝子の下に立つクルエイラは豊満な身体に薄い透布を重ねた豪奢な桃色のドレスを纏い、長か緩やかなウェーブのブロンズを飾り硝子の光で輝かせている。


甘やかな声でリシュアーネに声をかけ余裕の笑みを浮かべた。

クルエイラの後ろには多くの貴族の子女が立つ。まるで、権力を示すように。


彼女にとってリュシアーネは未来の「ライバル」


――皇族の座を脅かしかねない存在。


だからこそ、早くも牙を剥いてきたのだ。


(……毒婦。見た目は淑女で、棘があるのね。まさしく、そう呼ぶにふさわしい)


リュシアーネは心中でそう評し、微笑を崩さず一礼した。


「お美しい方、私は今まさに帝国についたばかり。御身の名を知らぬ無礼をお許し下さい」


当然ながら、彼女は帝国貴族の大半の顔と名前は叩き込んでいる……。


顔を赤くするクルエイラの横を通り過ぎるリュシアーネの横顔はまさに冷徹な皇女であった。



帝国ディノス玉座の間…


新しく国にやってきたリュシアーネの姿に貴族たちはざわついている。

リュシアーネは帝国の色である緋色が入った紺のドレスを纏い、帝国風の結い方で銀髪を上げてまとめていた。


その堂々たる佇まいと成人したばかりの華奢で可憐な顔立ちに貴族たちはどう見ていいのか分からない様子であった。


(このためにリリアが頑張って磨いてくれただけあって帝国貴族にも見劣りしていないみたい)


侍女リリアは満足そうににっこりしていた。リシュアーネはこれから毎日あの長い時間をかけて用意をするのかと少し苦笑する。


玉座山に皇帝レイスが姿を現した。


すると、場の空気が一変する。

老齢ではあるがその瞳は鋭く澄み威厳を纏っていた。ただそこに座しているだけで、誰もが背筋を伸ばす。


「リュシアーネ姫よ。遠くからよくぞ参った」


低く響く声。


リュシアーネは深く一礼した。


「帝国皇帝陛下、我が太陽、御身にお目にかかれて光栄にございます」


リュシアーネが流暢に帝国の最大儀礼の言葉をもって返したことにその場にいる誰もが驚いた。


老帝の瞳がふと細められた。どこか懐かしむように。

「……母君は、アリアーネ妃であったな」


リュシアーネの胸が大きく揺れた。


「母を、ご存じなのですか?」


「……聡明さも、面立ちもよく似ておる」


つつがなく終わった皇帝への謁見後、リュシアーネは皇帝の応接間に呼ばれた。


「かつて私は暗殺者に命を狙われたことがある。その時、救ってくれたのが姫の祖国から外交に来ていたアリアーネ妃だったのだ」


亡き母らしい話を聞き、リュシアーネははにかむ。


「そして何か報いたいという私に彼女は幼い娘がいること、何か縁があれば娘は返して欲しいと告げたのだよ」


レイスはゆっくりと、言葉を噛みしめるように続けた。


「娘は賢すぎる故、自国では自由になることが難しいかも知らぬ。機会があれば人間らしい気持ちを教えてやって欲しい――とな」  


リュシアーネは息を呑んだ。胸の奥に眠っていた母の面影が、再び鮮やかに蘇る。


老帝は侍従に目配せし、一人の男を呼び寄せた。  その者はひざまずき、リュシアーネに向かって低く頭を垂れる。


「……今宵より、あなた様の目と耳となりましょう」

それは皇帝直轄の密偵だった。


「此度は私が貴方を指名したのだ。帝国内はこれから荒れるであろう。従ってこの国の貴族ではなく、皇子妃となるのは聡明と名高い貴方にと考えておる。便宜上は第二皇子アレイスの婚約者だが、皇太子レイノルスも貴方の婚約者となる可能性はある。本人達には告げておらぬが次の玉座を誰に託すべきか見極めてくれぬか。

そして……彼女の大切な娘、リュシアーネが王族として人として迷うこともあることを知ってくれれば幸いだ」


レイスの声は温かく響いた。


帝国は光と闇が隣り合っていた。

そこに放り込まれたリュシアーネ。母の遺言と皇帝の言葉。


帝都を照らす魔道具の灯を王城より見下ろし、リュシアーネは静かに心を決めた。


(私は……ただの皇子の婚約者。けれども、この光の一つ一つにあるのは多くの民の命。私は王族に生まれ、そして婚姻のためにやってきた。故に、この国の皇族としての目でこの国を見定めてみせる)


まだ愛を知らない少女、しかし統治者としては成熟されつつあった。

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