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第三章 氷の皇女、小国の再建に動く

兄ルシアスが即位したその日よりリュシアーネは迷うことなく次の策を巡らせていた。


政変で国は一息ついたものの、長兄ジューディスの暴政は深く爪痕を残していたからだ。


国庫は疲弊し、民は荒れ果て、貴族同士の対立も燻っていた。


(……禍根を残してはならない。母も叔母もそれを命がけで私に教えてくれた)


リュシアーネはまず、母の祖国の民に目を向けた。


かつて戦の敗北で捕らえられ、国にとっては厄介な存在とされていた彼らを――赦免することを決断したのだ。


王の前に立ち、彼女は毅然と告げた。


「彼らは鍛冶の技に長けています。剣も鎧も、彼らの腕があれば我が国の力となるでしょう。民を赦し、働く場を与えれば、彼らはきっと国のために尽くします」


その言葉にルシアスは目を見開き、しばらく悩んだ後、やがて頷いた。


「……わかった。リュシアーネの言う通りにしよう」


こうして鍛冶師集団は正式に庇護され、再び炉に火が灯った。火花が散り、鉄槌の音が城下に響いた。

彼等の作る防具や武具は高値で取引され外資を得た国は活気付き、外交もアリアーネから受け継いだルシアスの手腕によって徐々に回復していった。



リュシアーネ齢10歳。既に彼女は皇女としての教育を終え、魔導師達や歴史家を呼び学びを深めていた。


「軍事用の魔道具を開発する必要があるのです」


リュシアーネは鍛冶師たちに指示し魔術師たちを呼び寄せて技を融合させた。


剣に魔力を宿し、兵を守る護符を編み出す。小国だからこそ侮れぬ防衛力を築き上げていった。


またその成果は魔導武具の輸出という新たな収益源となり、国庫を大きく潤した。



だが、まだ「禍根」は残っていた。


――妾妃の存在である。


彼女自身は悪人ではなかった。だが、実家に操られ、皇太子となる息子を導くこともできなかった。


放置すれば再び争乱の種となるのは明らかだった。 リュシアーネは王に進言した。


「兄さま。……ローラ妃を幽閉してください。心苦しいですが、国の安定のためです」


ルシアスは妹の厳しい眼差しに頷いた。

「そろそろそうだろうと思ったよ。私も婚約を済まし次の妃は決まったたからな」


華やかな舞踏会を見下ろす玉座の横で、二人は沈黙した。王の婚約式という華やかな舞台の裏側での話であった。


ローラ妃を静かな塔に移すこととなった。

王族と直属の使用人以外入れない王城の片隅の塔だ。罪を犯した王族が秘密裏に幽閉される場所で、自由はなく一生出ることは出来ない。

伯爵家ももう取り潰されローラ妃本人の抵抗もなかった。


春らしい暖かな陽気であった。


ローラ妃はルシアスの健康を心配した後、リュシアーネにただ一言言葉をかけた。


「幼かった貴方を守れなくてごめんなさいね…」


リュシアーネは力無く頷いた。


血を流すことなく芽を摘む。


――それもまた、幼き姫が選んだ冷徹な判断であった。



そうして国は、かつてないほどの安定と繁栄を取り戻した。

鍛冶の炎は絶えることなく燃え、魔道具は国境を超えて取引される。

民は笑いを取り戻し、王は「賢王」と讃えられた。


だが、その陰で人々が語ったのは――幼き姫の名であった。



そして、リュシアーネが成人になる直前。

近隣諸国で最も大きい帝国から縁談が舞い込んだ。


「妹を帝国に嫁がせるなど……!私は皇妃アリアーネにリュシアーネの幸せを誓ったのだぞ……!」


ルシアスは帝国が戦によって大きくなった事を理由に激しく反対した。


しかし宰相や大臣たちは口を揃えて言った。


「リュシアーネ殿下の名声はあまりに大きい。国内で縁組をすれば必ず後継者争いに火がつきましょう。いずれにせよ他国に嫁いでいただくしかないでしょう。帝国との結びつきは最良です」


ルシアスは唇を噛み、妹を見つめた。


「しかし……リュシアーネ、お前はどう思う?」


 彼女は静かに答えた。


「この国のためには、帝国との縁は願ってもないこと。兄さま、私はこの国の民のために帝国へ行きます」


その言葉は静かに響いた。


勧めていた大臣達ですら圧倒されるほど、王族としての覚悟しかない言葉だった。


ルシアスは拳を握った。


「リュシアーネ、私はお前自身も幸せになって欲しいのだ…!」


「兄さま…兄さまも現皇妃様も、お母様とお父様も幸せですわ。政略であってもきっと志が同じであれば…愛はきっと育まれます…」


妹の決意を受け入れるしかなかった。


「ならば、私はお前に出来る最大限の婚約祝いを渡そう。軍事用魔道具で国が得る利益は一代限りお前の自由とする。……いつでも要請し、好きに使え」


それは兄から妹への最大の愛であり、信頼の証であり、帝位への助力の見返りでもあった。


「まあ、兄さま…そのような資金を使わないで済むよう祈っておいてくださいね」


「いつでも里帰りせよ。たった二人の兄妹なのだから」


「兄さま…私は尻尾を巻いて帰るなどいやですわ。でも…ありがとうございます」


こうして皇女リュシアーネは――帝国へと渡ることとなった。


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