第二章 幼き皇女、冷徹に策謀す
母と叔母を喪った悲しみが癒える暇もなく、リュシアーネに新たな試練が訪れた。
王である父が母と同じ病に伏し、あっけなくこの世を去ったのだ。
王位を継いだのは妾腹の長兄ジューディスだった。
彼の背後には、母方の伯爵家――貿易で財を成した一族がある。
莫大な資金と恐怖政治により大臣たちの多くは彼に辟易しつつも他に手はないと考えていた。
しかし外交は元より残虐と評判の悪いジューディスは諸国に受け入れられていなかった。ジューディスが戦争をするか、戦争をどこかに仕掛けられるか二択しかないような現状だった。
王宮で彼はまだ幼い妹を見下ろし、不敵に笑った。
「可愛い妹よ。王位はこの私のものだ。お前は大人しく傍らで祈っていればいい」
リュシアーネは唇を噛みしめた。
(……このままでは国は滅ぶ。父の人徳ももうこの国には無い。母も叔母も、私に誇りを託して逝った。私が動かねばならない)
◇
幼い彼女は動き始めた。
叔母が遺した教会の人脈を頼り、貴族の婦人や娘たちに接触していく。
最初は「子供の遊び」と笑われた。
だが、リュシアーネはただの幼子ではなかった。
冷静に言葉を選び、理路整然と彼女たちの心を揺さぶっていく。
「国を導くのは王だけではありえません。……王族だけでなくあなた方の力が必要なのです」
小さな唇から紡がれるその言葉に、多くの婦人が息を呑んだ。
幼子の姿に母アリアーネの面影を見た者も少なくなかった。
リュシアーネはさらにジューディスが婚姻相手を探していることを逆手に取った。
「結婚相手を狙っているように装って近づき、彼の悪事の証拠を集めてほしい」
貴族の息女である少女たちの一部は今の国の現実をリュシアーネにより知り、この国を憂いた貴族の一人としての意志を持って従った。
やがて、彼女たちは次々と法に則っていない薬物の使用や国庫不正利用の証を見つけ出す。
ジューディスによって他国侵略の準備が進められる中でのことであった。
◇
――政変の夜
玉座の間でジューディスは勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「この国は戦争に消極的すぎたのだ!それを私の代で変えてやる!どんな手を使っても勝つのだ、この私こそ王だ!」
だが、その声を遮ったのは、澄んだ幼い声だった。
「いいえ兄上、 王たる者は民を虐げません」
そこに立つのは、小さな姫リュシアーネ。
その手には、証拠の文書が握られていた。
「あなたは国庫を不正に使い民を虐げ、諸国同盟で禁じられた薬物を戦争利用しようとしていますね。その証拠はここに」
後ろに控える第二皇子ルシアスの名の下に呼び出されていた大臣たちがざわめく。
宰相に差し出された証拠は動かぬものだった。
第二皇子ルシアスの隣に立つ公爵家の娘メルティアも、はっきりと告げる。
「私は不正に公庫のお金が他国に流れる会合を、この目で見ました。彼に王冠を戴かせるわけにはいきません」
ジューディスの顔から血の気が引く。
「メルティア…!お前は我が妃になると…貴様ら……!そんな小娘に何ができる!」
その叫びを遮るようにルシアスが声を上げる。
「ジューディス兄上、私ルシアスは貴方を廃することを全ての公爵家と宰相に提言した。残念ながら、貴方は王の器ではない!」
「我らは国のため、第二王子ルシアス殿下を推挙いたします!」
公爵家の当主たちがルシアスに跪き、それに遅れて大臣たちが一斉に跪いた。
◇
翌朝、異例の速さでルシアスは王として即位した。
彼はまず伯爵家を粛清し、その領地を直轄地とした。
先の戦争の褒章として与えた貿易の要たる土地が還ったことで国庫は潤い、急ぎ貧困対策を取ったことによって民の不満は鎮まっていった。
ジューディスは処刑され嵐は過ぎた。
若き新王は弱冠8歳の妹の前で静かに頭を垂れた。
「リュシアーネ、お前がいなければ私は王になれなかった。……私は最大の感謝を捧げる」
彼の瞳には、妹への尊敬と崇拝が混じり合っていた。
だがリュシアーネはその手を取りながらも微笑まなかった。
(まだ、これで終わりではない。私の戦いはここから始まる)
幼き皇女の胸に、冷たい決意が宿っていた。




