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第1話 その少女、ある意味危険なり

カチャカチャカチャ――ッターン!


「よし! OK! まるで相手に成んないね!

 その脆弱性、密かに思い知るが良いわ!」


暗く、コードだらけの部屋の中でモニターの明かりを見つめながら少女が嗤う。

彼女の名は<天野 桜>

何を隠そう、パソコンとプログラムが真の友達の少女である。

ネットの海に漂う無数のソフトを解析してはバラバラにしていくハッカーの素顔を持つ。

しかし、決してその知識は悪用しないという信念を持っている、所謂ホワイトハッカーだ。

今夜もまた、1つのソフトを解体し、作者や使用者に脆弱性を突き付けた所だった。


「はぁ、また世界を救ってしまった。

 なんて罪深い私なんだ……。くふふ」


最近の技術で薄くなったメガネのレンズ越しに恍惚に浸る桜。

一般的にイメージされるハッカーとは違って妙に身綺麗である。

黒く長い髪は艶やかで、肌も荒れる所か張りを持って色艶も良い。

何せ彼女は中学生だ。

幼さを残す顔に浮かぶのは恍惚した下品な顔だとしても、若さゆえに魅力を失わない。


「さてさて~……。次は何をバラそうかな~?」


再び薄暗い部屋の中で響くキーボードの音。

目指すは犯罪にならない程度の獲物。

アクセス記録を改竄するのはお手の物だが、ネットの海には桜以上のハッカーも居るのは重々承知している。

だからこそ、大き過ぎる物には手を出せないでいた。

何においても情報戦が命だと知っている重要部署については近付いていない。

これだけ聞くと桜が小物しか狙っていないように見えるが、案外中小企業の内部まで入り込んで遊んでいたりする。

勿論、痕跡は残さず、何も書き替えない。

これだけでも十分に犯罪ではあるものの、バレなければ犯罪として扱われないのも分かっての行動だった。


「今回のは簡単過ぎたからな~。もっと有名どころを狙うかな?」


色々検索している内に、ふと自分が通っている中学校のセキュリティーがどうなっているか気になった。


「そう言えば、うちの中学はセキュリティーどうなってるんだ?

 試しに潜ってみるか……。城南学院中学校っと――」


桜が通う中学校の名前を検索すれば、良い所出のお嬢様が通う女子中学校のホームページが表示される。

ページ全体から清楚感が漂う配置や色使いを見ればセンスのある人物が創ったのであろうと分かった。

しかし、セキュリティーとなれば話は別だ。


「おいおいおい、教員専用ページなんて作ったらハッカーに入ってくれと言ってるようなもんじゃないか」


内心、自分が通っている学校のイメージに驚いていると、あからさまに教員用と書いてあるページに行き付いた。

桜は早速、自作のプログラムを起動させ、中学校の秘密とも言える領域へ入り込む。


「流石に個人情報は隔離してあるのか。ここら辺はお嬢様校と言った所か?」


城南学院中学校はお嬢様が通う女子高として有名だ。

ここを卒業したと言えば、それだけでステータスになる。

ホームページを作ったのは誰か知らないが、生徒たちの個人情報までは纏めていないようだった。


「穴は……、無いな」


プログラムも走らせて調べてみても、生徒の個人情報へ繋がる脆弱性は見当たらない。

最初から繋いでいないのか、痕跡すらないのだ。

この事に桜は少し安堵した。


「ローカル回線に保存してあるのかな? 学校にサーバー何て在ったっけ?」


校内の地図を思い浮かべながら色々探っていると、各クラブの紹介をしているページに辿り着いた。

そこには聞いた事のない同好会から、全国区で有名なクラブの紹介まで網羅している。

学校の外へ向けたメッセージの他にも、これから入学する少女達へのメッセージまで様々な言葉が書いてあった。

共通するのは、どれもお嬢様校らしいなと言う感じの言葉づかいで書かれている所だ。


「あれ? 放送部だけ無音の音声があるな……」


どのクラブもお嬢様達が勧誘や実績などを映像と共に紹介していたが、放送部だけが映像も無しで音声のみのファイルを見つけた。

しかも、何も話していない。

ただ、ブツブツと音声が途切れる音が入っているだけのファイルを見つけた。

よく聞く為に音量を上げていくと何かが聞こえてくるものの、何を言っているのかが分からない。

そして、聞き入っていると――


『きゃーーーー』

「ぎゃーーーー!?」


突然、麗しき少女達の悲鳴が大音量で桜の耳を貫いた。

明らかな悲鳴だが、事件性のあるものではない。

だが、桜はそれどころではなかった。


「なっ、なっ、何だ!?」


心臓が大きく波打つほど驚いた桜は胸に手を当てて、荒く呼吸を繰り返す。

言ってみればドッキリに在ったようなものだ。

誰かの悪戯かと思ったが、音声へのリンクはどこにも無いのでその線は無い。

ハッカーへの警告かもしれないとも考えるも、ホームページの制作者がそこまで考えていたとも思えなかった。

結局、謎の悲鳴は謎のまま。

凄腕ハッカーでも情報が無ければ分からないものは分からない。

しかし、桜は幸いにしてホームページに載せられている学校の生徒だ。

分からない事は徹底的に調べるハッカーの性分故に、直接調べに行く事にする。

自分をビックリさせた恨みも持って、必ず解明しようと心に誓うのだった。



次の日。

普通に学校がある平日なので、桜もお嬢様学校に通学する。

学校が近付くにつれて例の挨拶が多くなってきた。


『ごきげんよう』

『ごきげんよう』


桜も例に漏れず、夜の顔を隠してお嬢様の挨拶を返す。

内心窮屈に思っていても、絶対に外には出してはならない。

それが必死に学校へ入れてくれた両親への高校であると言い聞かせる。

実際は行きたいとは一言も言っていないのだが、行くなら有名処の方が何かと良いだろうと言う事で決まったらしい。

夜の行動は両親は知らないし、真の友達も知らせていない所為で『少し引っ込み思案な子』として認識されている節があった。

自分の部屋に入ってこないなら問題無いかと思ったら、特大の問題が中学校だった訳だ。

お陰で桜は周りに合わせて清楚を人の形にした言動をし、それがまた周囲の評価を上げてしまっている。

曰く、『学年一の清楚な生徒』

裏の顔を知っていれば噴飯ものだ。

とは言え、両親が必死に頑張って入れてくれた学校。

少なくとも機体には応えようとは思っている桜だった。


「それにしても昨日の音声……。一体何だったんだ?」

「あら。天野さん、ごきげんよう」

「ごきげんよう。三千院さん」


後から声を掛けられると、速攻でお嬢様の皮を被るのは慣れたもの。

挨拶を返したのは同じクラスの美少女<三千院 未来>

桜と違って正真正銘のお嬢様で、学校にも余裕で入れる程の器量と清楚さ、そして家柄を持っている。

しかも、容姿端麗と来て、天は二物も三物も与えたらしい。

もはや嫉妬する事すら面倒な程の完璧さを持っており、姿を見つける度に背後に華が咲く幻覚すら見えそうだ。


「タイが曲がっていてよ」


そう言って桜の首元へ手を伸ばしてくる未来。

桜は内心身支度の失態を嘆くと同時に、周囲の視線が集まるのを感じた。


『まぁ、学年の華が揃っていますわ』

『本当! 絵になりますわね』


周囲の歓喜は、完全に名画を眼にした時の反応だ。

その証拠に桜達の周りは円が出来ていて、見世物状態。

微かな失態で今以上の注目を集めるのは正直しんどい。


「ク、クラムチャウダー……」

「えっ? 何か仰って?」

「いえ、有難うございます。三千院さん」

「どういたしまして。ですわ」


現実逃避しようとした桜の意識は、普段の被り慣れた猫を一瞬にして被り直す。

そうすれば即座に学年一の清楚なお嬢様の完成。

桜自身はそんなものを目指した覚えが無いものの、理想のお嬢様を演じていたら何故か学年一の清楚と言う称号を得ていた。

得てして理想と言う盲目は恐ろしい物である。

何にしろ、お互いに笑顔で対応すれば、周りの反応は予想通りに惚けた声がチラチラと聞こえてきた。


『はぁ、やはり学年一の天野さんと三千院さんは絵になりますわ』

『本当、私もあんなふうになりたいものですわ』

『私も』


そうこうしている内に、お嬢様校らしい鐘がなる。

朝の会が始まる時間が近付いている知らせだ。

周りにいた生徒は走らないように、いそいそと其々の教室へ向かう。


「さ、天野さんも行きましょう?」

「そうですわね。三千院さん」


先を急ぐお嬢様達に紛れて、桜達も自身の教室へと移動した。

幸いと言うか、未来とは別の教室なので比べられる事も無いのだが、今朝の出来事ですっかり有名人度のレベルが上がっている。

休憩時間に遠くからチラチラと見てくる生徒から、話しかけてきてそれとなく噂の真相を知ろうとする生徒まで。

お嬢様と言っても、うら若き思春期の女子生徒なのは間違いない。

それを気にしないようにするには随分と苦労したが、お嬢様とはこういう人種だと思えば妙に納得してしまった。

以来、こそこそと話されても、遠回しに声を掛けられても、桜はお嬢様として対応できるようになっている。

果たしてこれが良いのか悪いのか分からないが、少なくともこの学校では余り不自由しなくなった。

ただ、恐らく普通の学校でも猫を被っているようにも思う桜。

何せ真の姿がアレだ。

一般的には受け入れがたく、孤立するのは目に見えている。

よってどこの学校に行っても一緒かと溜息を付いた。

とは言え、当面の目的は学校のホームページの中に在った使われていない音声ファイル。

自分を驚かせたものの正体を暴くべく、学校のサーバーへ何らかの手段をもってアクセスしなければならない。

一番に思いつくのは職員室のパソコンだが、常に教師や用務員が居る為、駄目だ。

次の候補は授業用のパソコン室。

あそこなら授業以外では使われていないから利用しやすそうだ。

外の有害なサイトへアクセスできないようにしている筈だし、ネットワークの構築はローカル回線だろう。

しかし、それだけでは実際のネットへの耐性を会得出来ないので、どこかにサーバーも用意して、色々なサイトを用意しているのかもしれない。

桜も実際に授業を受けているが、生温いと言うほか無い授業だった。

あの授業では外のネットの世界も、お優しいサイトばかりだと思ってしまいそうな内容だ。

ともかく、サイトが複数用意してある時点でサーバーがあるのは確実。

外から学校のサイトへアクセス出来るのは一部だけ開放しているのだろうが、セキュリティは大丈夫だろうかと心配になる。

場合によっては桜がセキュリティを強化する必要があるかもしれない。

昨日は悲鳴に驚き過ぎて侵入も何もなかったが、今日は余裕がある。

と言う訳で、周りの生徒や教師達も帰宅し始める放課後まで、お嬢様を演じる桜だった。

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