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侯爵令嬢は破ァ!したい

作者: あおい蜜葉
掲載日:2025/05/28

タイトル別案『ニートお嬢様は水戸黄門に憧れる』『自転車操業お嬢様』

「おう姉ちゃん、ちょっとこっち来いや。一緒に遊ぼうぜぇ」

「止めて……っ、止めてください!」

「あん? 抵抗しなけりゃ痛くはしねぇよ。まぁ初めてなら痛いかも知れねぇけどなぁ!」


 ギャハハハ、と品の無い笑い声が夕方の通りに響く。

 今にも路地に連れ込まれそうになっている町娘。

 その手首がアザになるほど強く掴んでいるのは、昼から酒を飲んでいたであろうゴロツキたち。


 気の毒そうに眺める人もいるが、一般人なら、よほど余裕で勝てる力が無いなら関わるべきではない。

 国軍の兵士なら死んでも遺族に恩給があるが、一般人が一般人を助けて死んでも何もない。

 彼女の家族が自分の家族を養ってくれるわけでもないのだから。


 良心があれど、せいぜい治安を維持する騎士隊に通報する程度のもの。

 だが騎士隊が駆けつけるまで、複数の男相手に町娘が無事で粘れるとも思えない。

 顛末を見届けて気まずい思いをするくらいなら、知らないフリをする方が賢いというものだ。


 中には『ここで服でも破ってくれたらおっぱいが見れてラッキーだな』くらいに思って眺めている下衆もいる。

 が、あまり眺めていても「なにガンつけてんだぁ?」と絡まれて殴られ、有り金を全部持っていかれる。

 そしてその光景すらもまた、誰も助けてはくれないのである。

 だからさっさと目を逸らして立ち去るに限る。

 それが王都の城壁近くの常識であった。


 だが、そこに。

 男たちの下品な笑いを上書きする声が響く。


「か弱い町娘相手に、ゴロツキ風情が寄って(たか)って見苦しい! 邪心憑きか真正の悪人か、光の裁きを受けよ! 破ァ!」


 馬車を背に颯爽と登場した、雪銀色の髪に青いドレスの令嬢が、口から細いビームを数条放つ。

 まばたきするほどの間で男たちの頭に着弾した。

 頭を貫通こそしていないが、白い光に脳を揺らされた男たちはヘナヘナとへたり込む。

 

 その隙に捕まれていた手を振り払い逃げ出した町娘は、令嬢に駆け寄ってその背に隠れる。

 町娘の安全を確かめた令嬢は、ゴロツキたちに手をかざし光の縄を出現させる。

 彼らの身体に吸収された光の縄は、暴れようとすれば即座に発動する。

 世間に広く知られた聖女の権能のひとつだ。

 本来ならば、負傷が酷くて暴れる患者を手早く拘束して治癒するために使うものではあるのだが。


「あのっ、お名前は存じませんが聖女様、助けていただきありがとうございます! お礼に差し出せるものなど何もございませんで、申し訳ありません……!」

「お礼なんていいのよ、誰かを助けるのが聖女の仕事。貴女が無事なら良かったわ。さ、男たちが気づく前に帰りなさい」

「……はい。ありがとうございます……!」


 走り去った彼女を満足げに眺め、令嬢は扇子を片手に背後に控えさせていた馬車へ乗り込む。

 通りすがりに問答無用の攻撃であるが、貴族が気に食わぬ平民を打ち据えるくらいは日常茶飯事のこの世界。

 攻撃されたのが平民でしかもゴロツキ、攻撃したのが家紋つきの馬車に乗る身分であれば、誰もその光景を通報したりもしない。


「お嬢様。扇子から衝撃波を出しても倒せるのに、どうして毎回口から『びぃむ』するんですか」

「あら、その方が意表を突けるでしょう? 万が一避けられた時のためにも、一対多数なら相手の動きを一瞬でも止めないと」

「だからってご令嬢のやることじゃないんだよなぁ……」


 哀愁漂う御者の言葉に思わず同意してしまいながら、歩みを止めて成り行きを見ていた人々も帰宅路を急いだ。

 そして思う。


 何だったんだ、今の――……。

 


*****



 私アントーニア・アプスブールは、生まれてすぐ聖女の能力を発現した転生者だ。

 なんでそれが判ったかって? ――姉と兄曰く。


「お母様がトニアを生んだ時は、とんでもない大出血だったの。あやうく儚くなりかけたから、執務室で控えていたお父様とお兄様も、隣のお部屋まで呼ばれたのよ。さすがに産む部屋に入って良かったのは私だけなのだけれど」

 

 出産は貴賤を問わず命がけ、それを前提として万全の体制をとっていても、どうにもならないことはある。

 理不尽なことだが、招いた産婆やお抱えの医者も、元辺境伯令嬢にして次期侯爵夫人(当時)である母が儚くなれば、ただでは済まない。

 彼女たちが自分の命について覚悟を決める中――


「生まれたてのトニアがホニャホニャ泣きながら、お母様に治癒魔法をかけたのよ。それでお母様は一命を取り留めたの。一瞬誰もが目を疑ったわ……それから、我に返って大喜びして」

「やっと呼ばれて部屋に駆け込んだお父様と僕は、最初は何がなんだか解らなくてな。お母様の無事を知って、トニアを抱き上げたお父様がこの子は聖女だ、天才だ! って大騒ぎして、生誕祝いの宴は三日続いたっけなぁ」

 

 我が国テラコットリアのある大陸では、誰もが何らかの魔法適性を持って生まれるため、生後ゼロ日で魔法が使える子どもは稀によくいる。

 が、それが治癒魔法なら聖女扱いは免れない。

 国じゅう探して一世代に一人と言うほどの稀少適性ではないが、水魔法や風魔法と比べると圧倒的に少ない。

 内務卿を務める父曰く、公爵・侯爵クラスの領地なら平均して五年に一人。国内全体でも年に一人程度。同じ年に二人出ることもあるが、翌年はゼロだったりする。


「そんなすごい才能だって言われても、生まれた時から当たり前に使えるものだから、実感はないですわ。お母様を回復した記憶もありませんもの」

「ふふ、それは無いでしょうね。生まれたてですもの」

「だが産婆と医者の命も救っているからな。お母様含め、結果的に三命くらいは取り留めている。誇っていいよ」

「身に覚えがないことを誇るのは淑女ではありませんわ」

「トニアは謙虚だなぁ」

「ね。良い子ですわ」


 だめだこの兄と姉。親バカならぬ兄バカと姉バカである。

 

「なんならお母様専属の侍女だってメイドだって、お母様が儚くなれば不要になってしまうところだったのよ? 解雇の瀬戸際で彼女たちも救われたから、みんなトニアに恩があるし、大好きなのよ」

「だからですか。お母様の部屋に行くとやけに可愛がられるのは、それでですか……!」

  

 その後の成長速度はと言えば、親バカ兄バカ姉バカ使用人バカたちがせっせとつけた記録を見る限り、平凡そのもの。

 魔力量は多めだけど常識の範囲内。転生ってチート貰えるもんだと思ってたけど違うんですか?

 誰もが魔法を使える世界で、ちょっと珍しいだけの適性がチートかと言われると疑問。

 

 聖女と言っても、ねぇ? 傷に手を当てれば、どんな負傷でも治るだけ。

 あと基本的に全員が雪銀色の髪だから、なんかありがたそうな見た目をしているだけ。

 大ケガをして死の淵でこの姿を見たら、一目で聖女と分かるから「助かった~」と思うんじゃないかな、という気はする程度。


 前世の記憶はチラホラ蘇ってきたけど、それを活かすような場面には今のところ出会えていない。

 別に前世が医療関係者でもないので、志高く患者を救おうとか世の中の衛生観念を変えてみせようとか思ってない。

 目の前で馬車に轢かれた人がいれば助けるけど、自ら病人を探して走り回るつもりもない。

 自分の腕の届く範囲で、って良い言葉だよね。


 本当にこれがチートだというのなら、シンプルに聖女の持ち腐れだと思う。

 もうちょっとやる気のある人に与えてあげれば良かろうものを……と我ながら思ってしまう。


 転生前の知識で無双とかもねぇ、多分縁がない。パソコンが無きゃできない仕事を専門職にしてたから、現在の異世界でできることなんて何にも無い。

 趣味はネットサーフィンだし、学生時代に頑張ったのは登山スタンプラリーを兼ねた寺社参拝と禁煙くらい。禁煙は七回成功してる。


 そんなやる気の低い凡人が、である。

 おそらくチートも何も発揮できてないのに、それで天才と言われ、身に覚えが無さすぎる称賛の日々を過ごす。

 どれだけ居心地が悪いか、誰か解ってほしい。


 かつて父は、一番仲の良い弟に領地の運営を頼んで、自分は王宮で政治闘争を頑張るねーと言ったらしい。

 兄は弱冠八歳でその叔父に弟子入りして領主修行を始め、十二歳で子爵領相当の代官を任された神童だ。

 姉は創造系の魔法適性で、曰く「魔法を両手に持ってこねこねしたら新しい魔法ができちゃった」人だ。

 なんなら五歳にして魔道具も作れてしまったので、いわゆる麒麟児である。

 その二人から天才天才言われる居心地の悪さよ!


 ……でも愛情たっぷりに育てられているのは解るから、文句は言えない。

 不幸スタートの成り上がりモノもたくさん読んできたから「やる気がなくても生きていける幸せな育ちが何よりのチートだよ」って神様に言われたら、一応納得はする程度に環境は良い。


 だけど、それでも、あまりの居た堪れなさに。

 志は低いなりに、何者かになりたいとは思うのだ。

 せっかく異世界転生したんだから、ね。

 


*****



 ところで普通、聖女と判れば女神教会に引き取られるものだ。

 だが、家族は私を教会に引き渡さなかった。というのも、我が家が貴族だからだ。



 

 聖女は女神教会に引き取られる――それは平民だからだ。

 そこで清貧の名を借りた朝晩の粗食と粗末な部屋を与えられ、聖堂の掃除と来訪者の治療で一日が終わる生活を強いられるのだ。

 そこから抜け出せるのは、純潔と共に聖女の力を失くした時か、聖職者たちへの賄賂と共に貴族が引き取ってくれた時だけ。


 聖女の大半は平民だが、それは単に平民と貴族の比率が極端に違うからだ。

 貴族は国内人口の百分の一に満たないとされている。

 魔法適性は身分関係なく一定の確率で選ばれるから、聖女が百人生まれたら九十九人は平民で当然だ。


 だから大半の聖女は、多少の現金と引き換えに教会預かりになる。

 この国では、娘であるからには、本来嫁に出すものだ。

 嫁する前に支度金が貰えたり、嫁ぎ先の家とのコネが手に入ったり、支援が受けられるようになる。そのために娘には息子よりも多少金をかけて育てたりもする。

 教会にはお布施を持っていくものであって、支援がもらえることもなく。

 政治闘争と無関係な平民には、教会とのコネなんて尻を拭く紙ほどの価値もない。

 それなのに教会がタダで娘を連行しては、実家は大損してしまう。その補填というわけだ。


 それでも貴族の買い手がつけば充分な見返りがあるから、教会は聖女を集める。

 簡単に言えば、聖女限定の養女斡旋業。そして需要は常にある。

 

 性職者と言われるような生臭坊主でも、聖女に手は出さない。

 教会のお金で買い付けてきた『高額商品』に手を出して破損させたら、破門待ったなしだ。

 国教指定をもらった国での破門は破滅を意味する――社会的に『コイツは人ではない』という扱いになるのだ。

 そのリスクを犯してでも手を出したいほどのお馬鹿さんではないのだろう。




 ……と、まぁ、そういう話を、こちとら幼女の頃から聞かされている。

 それを前提に、家族一同から「教会の人間には近づくな」としっかり教育もされている。


「いいかい? 我らアプスブール家は侯爵家だ。本来なら教会にとって『聖女いかがですか、いいのが入荷しましたよ』と売り込む得意先だ」

「そんな、ドレスやアクセサリーみたいに?」

「教会にとって『商品』には違いないからね」

「……でも私が生まれて、自前で聖女を用意できた。教会から引き取る必要がない。ましてや教会に預ける必要もない?」

「そういうことだ。だから教会の人間がトニアに近づいてくるかもしれない。何も知らないトニアを言葉巧みに連れ出して『聖女を保護した』と言い張ることができる」


 なにしろ私は雪銀色の髪だ。誰が見ても聖女なのである。

 連れ去る際に他の子供と間違う可能性もなく、確実に連れていかれる。


「それから侯爵家へトニアを『斡旋』する代わりに、お金を要求する……と考えてもおかしくないのよ」

「もしくは他の貴族家にトニアを売って、その家が我が家に対して人質を取った状態にもできるわね。例えば男爵家が我が侯爵家を脅迫してお金を引き出せるできる立場になる、と勘違いするかもしれない。そうなれば秩序のために、国法により、トニアの命を諦めてでも、その家を全滅させる戦争をしなければならない」

「教会や貴族社会って、すごく怖いところですのね」

「立派な建物の中で、立派な服を着ている人たちだからね。お金はいくらあっても、もっともっと欲しいのさ」

 

 実質的に誘拐からの身代金だが、太い顧客になりえた侯爵家を逃してしまったから、教会が何をして来るか判ったものではない。

 そうなった時、一侯爵家の権力では、国を跨ぐ組織である教会は潰せない。

 そうなると誘拐したもの勝ちみたいなところはあるのだろう。

 警戒するに越したことはないわけだ。



***** 

 

 

 ただまぁ、この過保護な調子で何年と過ごし。

 ついに私も十六歳、成人年齢を迎えてしまった。


 さすがにこうなると、思うことがあった。

 大事にするにも限度があるというか――具体的に言えば、私を家から出す気が無さすぎる。


 もちろん私を嫁に出すわけにはいかない。

 貴族の婚姻は次世代を産むために成される。

 私を選ぶ理由など聖女の力目当てだろうに、閨事を行えば聖女の力を失ってしまう。

 婚家にとっても、私を選んだ理由の大半が失われてしまうわけだ。

 だから私は独身でいるしかない。


 もちろん婚家と相談の上で、閨事はナシの白い結婚を通し、子は婚家の親戚から養子に取る、夫はその代わり好きに愛人を作って良い、とでもすれば良いのだろうが、その結婚に私必要ですかね? となってしまう。

 聖女の能力が目的なら教会から買えば良いし、侯爵家との繋がりが欲しいなら業務提携だけで十分なのだから。


 婚約者を探す必要がない以上、夜会に出る必要はない。

 女性だけの社交である昼間のお茶会には出席するが、そこから商会関係の話になると窓口を兄に譲らざるをえない。

 男性が同席する可能性のある場所に、何がなんでも私を参加させないためだ。


 そうなると先方から見て、私はいつまでも半人前の令嬢に感じるのではないかと憂鬱になる。

 いつまでも嫁に行かず、かといって仕事の話も一人で完結できない侯爵令嬢。

 それでいて教会からの誘拐対策のため、王家ですか? みたいな護衛のついた馬車でお茶会に来る。

 一般的な感覚では、どう考えても嘲笑の対象だろう。


 聖女の力を保護するためと解っていても、なんとなく、親の財産食い潰して才能に胡座をかいたニートみたいでイヤなのだ。


 平民出身の聖女たちのように、各地の教会で沢山の人を癒した経験はなく。ただ身内のために、たまに力を振るうだけ。

 社交のために王都に出ることはなく、かといって領地で領民のために貢献していることも特にない。


 医者と火消しはヒマな方が良い。聖女もおそらくその枠に入るだろうが、どうしても微妙な気持ちになるわけである。

 そこで一計を案じた。


「ねぇ、お父様っ?」

「何かな可愛いトニア? おねだりの時にしか聞かない、とびきり可愛い声だね?」

「バレてるなら普通に言いますわ。聖女の能力について、統計があれば知りたいんですの。誰がどんな力かは明かせないでしょうが、どんな力が存在するのかはきっと、国で調査しているんでしょう?」

「ははは、もっと甘えてくれて良いんだよ? そうだね、その調査なら戸籍課経由で研究機関に連絡を取ってみよう」

「ありがとうございます、さすがお父様っ」

  

 我が国の戸籍課は、誰がどんな魔法適性をもって生まれたかを記録している。

 領地によって生まれる適性に大きな偏りが生まれてしまったら――例えばある地域で水適性が極端に生まれにくくなったら、その地域の農業に影響が出るので――国主導で他領地から集団お見合いをさせる必要があるから、常に能力の種類と偏りは研究されている、とのこと。


 その戸籍課の、上司の上司の上司にあたるのが内務卿、つまり父だ。

 そんな父に媚びっ媚びにおねだりした資料は、やはり手に入れた甲斐があった。

 聖女の能力は他の属性同様、多岐に渡ると知れたからだ。


 聖女の能力と言えば治癒だが、治癒は治癒でも種類がある。

 私の能力は『分離型』と分類されるらしい。

 これは出血の有無を問わず『受傷した状態』から 『受傷という現象の原因を切り離す』力だ。


 例えば出血の伴う開いた傷口。

 まず傷口に手をかざすと『受傷の原因』となった斬撃なり打撃なりの『衝撃』というか『負荷』というか、とにかく『その場所に受けたダメージ』がポンッと肌の上に出てくる。

 それを私の魔力で捕獲して、亜空間に吸収する。

 そうすると『受傷した原因』がなくなったことで『受傷している現実』がキャンセルされる。

 始めに深部にある血管や神経が繋がり、次に筋繊維を繋がり、それから浅い血管が繋がり、最後に皮膚がつるーんと治る。

 怪我を負ったプロセスを逆再生する感じで治っていくのだ。


 骨折も、折れていた場所の上にポンッと、骨を折れるほどの『衝撃』が出てくる。それを回収する。

 すると砕けた骨の破片が正しく配置されて、元通りにくっつく。

 


 物は試しとランドリーメイドの頭痛を治そうとしたら、受傷箇所に止まるはずの魔力が何故か、肩に移動した。

 聞いてみれば頭痛になる前から、酷い肩凝りがあるという。

 なるほどこの肩凝りが頭痛の原因だったのね、と思ったら、そこからさらに魔力が移動した。

 その肩凝りの原因はと言えば、しゃがんだ姿勢で洗濯をすることによる腰痛だったのだろう。

 腰で魔力が止まり、ついに腰の辺りからジワァ……ッと『負荷』がにじみ出てきた。

 切り傷や骨折のような、瞬間的な衝撃ではなく、じわじわと受けた負荷はジワァッと出てくるらしいことをこのとき知った。

 そして腰、肩、頭の順に痛みが引いたそうだ。

 原理は全く理解できないが『分離型』の能力の機序はそうなっている。


 私は亜空間に貯めこんだこの『ダメージ』を、好きなときに好きなだけ取り出して使える。それも聖女の力の一部なのだろう。

 それは身を守るために使いなさい、無駄遣いしないように、と家族からも言われている。

 要するに教会から誘拐されそうになったら一気に『衝撃』を与えろと。

 相手の身体の骨という骨をグシャグシャにしてしまえ、追ってこれないようにして逃げなさいということだ。


 とは言え純粋な『力』に指向性を乗せて、爆発させるように放つのだから、普段から使い慣れてないと危ない。

 そこでどのように使おうか、放つか収束させるか……と考えているとき、気付いてしまったのだ。


 

――私、テラ(コットリア)生まれのトニアさんじゃない?



 気付いたら詳細を詰めるのは早かった。どう考えても『破ァ!』したさすぎる。

 そのため普段から適度に残量を残しつつ、手から衝撃波を出せるように練習を始めたのだった。


 半年ほどして、手から出せるなら手に持った扇から出せるようにできるのでは? と気づいた。

 兄についてる剣の老師範が「手の力で振るでない! 剣を腕の延長だと思うのぢゃ!」と言ってたのを聞いて、それイイじゃ~んと思ったのもある。

 前世は少年漫画の愛読者でもあったので『これ、進○ゼミでやったやつだ!』状態とも言う。


 扇を指の延長とする感覚を掴むのに半年かかったけど、剣の世界ならそれでも早い方なのだという。

 ただし今度は扇が無事ではない。木製の優美な透かし彫りでは扇の方が吹き飛んでしまった。

 仕方なく扇は金属製になった。木製と同じ透かしデザインを、鋳造で。

 淑女ですからね、持ち物は優美でありたいし。たとえ扇の素振りで血マメができようとも。


 そんなこんなで。

 基本は手か扇で良いかと思っていたのだけど『後ろから頭を殴られて、気付いたときには後ろ手に縛られている』のが誘拐のセオリーだと、偏った知識でよく知っている。

 その対策として口からも撃てるようにしたいと言ったら、侍女からお母様に即チクりが入った。


「トニア、淑女が口から『力』を放つのは時と場合を選びなさい」


 さすがにお母様に怒られ(?)た。


「でもほら、手も足も縛られている場合があるかもしれないでしょう?」

「そんな状態なら多分、口にも布をされていてよ? それで衝撃波を放ったら頭の後ろに布の結び目が食い込んで、貴女が痛い思いをするわ」

「はい、止めておきます」


 それはそうか。迂闊だった。


「だからね、頭突きや、肩口からの体当たりでも出せるようにしておきなさい」


 そっちか。それでいいのか侯爵夫人。

 

「あとは……蹴りに乗せて放てるようにもなさい。純潔を守るのに役立つでしょうから」

「なるほど、さすが武門の娘。発想が違いますわね」

「うふふ、これでも辺境伯の長子ですからね」

「ちなみに、縛られていない時なら?」

「それはもう、口からでも自由にやっておしまいなさい。きっと見た目で相手がビックリして反撃が出遅れるから、その間にもう一撃入れてしまえるわ」

「さすがですわお母様!」

 

 口から出すときは衝撃が拡散しないように、範囲を絞った。

 代わりに圧力を上げて、細く鋭く射てるようにもした。これが口からビームの原型だ。

 圧力を上げたせいか、ちょっと熱も持った。貫通した傷口から出血しない程度の温度だ。

 

 さすがに問題になった。

 それを受けての家族会議で、兄がそれはそれは優しく話し始めた。 


「ねぇトニア。僕が思うにね、普段からずっと悪いことを考えている人というのは一握りだ。世の中は、悪い人が少し、良い人が少し、良くも悪くもない人がたくさんいる。そのたくさんの人は、何か困ったことが起きて、弱ると、邪心が憑いてしまう」

「? そうですね」


 急になんだ、宗教論か? と思ったら政治家としての現実的な運用の話だった。


「真の悪人は『働きたくないから強盗して得たお金で遊んで暮らそう』と考える。根が悪ではないが邪心の憑いた人は『借金の返済日になっても手元にお金が用意できなかったから、強盗して、そのお金で返そう』と考える」

「やることは同じ強盗でも、前者はただの悪人(クズ)ですね。でも後者は……」


 マジメクズと言うかなんと言うか……。

 借金を踏み倒そう、でもなく。貸した人を殺せば返さなくて良いや、でもなく。

 強盗して返そう、か。返す気があって、そのための行動もしてはいる。

 最初から返す気がないヤツよりよほど良い。法に触れること以外の問題はない。

  

「後者は、ただの悪人と断じるには惜しい。借金を肩代わりして返済し、その金額をもって経済奴隷として使えば、返済が終わるまでちゃんと働く人材になりそうだろう? 誰も彼も殺していては領地の運営は成り立たない。だから改心しそうな人は積極的に再利用したいんだ」

「理解はできます」


 それで、その話とわたくしがどう関係します? という意図を込めて兄を見つめると、天使の笑顔でのたもうた。


「トニアの衝撃波や『びぃむ』に、聖属性の『浄化』魔法を混ぜ込めないかな? それで邪心憑きが落ちて正気に返れば良し。全く無反応なら、浄化の余地もない真正の悪人と判断できる。これは何も強盗に限った話ではない、使い勝手が良いと思うんだ」

「と言うと?」

「あまり淑女に聞かせる話でもないが……例えば男は、貴賤問わず、柔らかいものをガッと掴んで堪能したくなる衝動が急に来ることもある。ごく善良な人であっても、その衝動に逆らえなくて身を滅ぼす人もいるほどなのだが。そこに浄化をかけると急に落ち着く事例は多い」

「あぁー、そういうことですね。おおよそ理解できました」


 性的な衝動に流されそうになっている人に浄化をぶつけたら、賢者モードに入るのか。

 暴力的な衝動に突き動かされて目の前のおっぱいを揉むことしか考えられなくなる、と前世でも話に聞いたことはある。犯罪者特集の番組とかで。

 それを強制的に落ち着かせることが出来るなら、確かに有用なスキルだろう。

 遠隔攻撃ができるから、私の身が直接危険になることもない。


「浄化魔法をかけてもダメだった場合は、一時的な衝動ではなく真性……といいますか、この世から消し去った方がいい対象だから、傷から血が出ない程度の熱ビームで脚の間を焼いてしまえばよろしいと?」

「そうだね、それでいいと思うよ。できればその前に安全の確保として、普通の衝撃波で全身の骨をバラバラにしておくのがオススメだけど」

「分かりましたわお兄様!」


 次期侯爵公認のヤッチマイナー! である。

 こうしてこの世界にTさん系聖女が爆誕した。

 



 

 資料によれば、この『分離型』は過去に例があるものの、存命の聖女では私だけのようだ。

 非常に残念。同じタイプの仲間がいたら聖女戦隊とか組みたかった。

 もちろんカラーは左からシルバー、シルバー、シルバー、シルバー、シルバーである。


 他には『自分が傷を引き受けてそれを治す代理型』や『受傷の事実を無かったことにする遡及型』、『イタイノ・イタイノ・トンデイケーと唱えると、治癒はするが他人に痛みだけが移行する転移型』などがいるらしい。


 代理型は自分が辛そうだし、遡及型はなんかとんでもないこと言ってるな、という感じがする。

 転移型のそれは使い勝手良いんだろうか、ちょっと謎だ。


 ていうかその転移型聖女、ご同郷ではないかと疑っている。転移は転移でも異世界転移の意味じゃね?

 別の派閥の貴族に庇護されているから、会う機会がないのが残念だ。会えたら戦隊モノの話ができるかもしれないし、話が分かれば戦隊のブレーンに誘いたかったのに。

 

 それにしても、聖女の種類でもどうやら、私は当たり障り無い凡人だと思う。

 ピーキーな変人になりたいわけではないけれど、面白味もない。

 やっぱり、これで天才とか言われるのは辛い。


 それでも、この『破ァ!』を使いこなせれば、金に目の眩んだ聖職者も吹っ飛ばせる。もはや誘拐など恐るるに足らず! と一族を説得して。

 第二王女殿下の直衛を務める母方の従姉との対戦に臨み、剣対扇子で辛くも勝利したことで、一定の評価を得た。

 それによってどうにか、領内での商会の仕事と、領都と王都にも行ける許可をもぎ取ったのだった。


 これでやっと、保護者も護衛もなく一人前の仕事もできるし、王都でお忍びショッピングができる。

 貴族って家に店の方が来てくれるけど、厳選された一部商品しか持ってこないから、好みのがないことも当然あるんで。やっぱり買い物は自分の目で見てしたいよね!


 お買い物(そんなこと)のために戦闘能力を身に付けたんかい、と言わんばかりの目で父がこちらを見ているけど、気にしたら負けだ。

 自衛能力の高い母や姉が自由に王都で買い物してるんだから、私だって行きたいに決まっているのである。

 ちょっと髪が目立つからって、ちょっと珍しい魔法適性だからって、行動を制限されるのはやっぱりシャクなのだ。


 そして、何よりも。

 領都に出かけて良くなったことにより、自領のたくさんの人を治療できるようになった。

 侯爵領全体ですら五年に一人の人材なのだ、聖女と言うのは。

 なのにそれが家族と使用人だけをチマチマっと治してハイおしまい、ではもったいなさ過ぎる。

 兄や姉のような天才ではない私は、だったらせめて人並みに働きたいのだ。それがやっと許されたのが嬉しい。


 なにしろ破ァ!のためには、たくさんの人を治療して、亜空間にたくさんの衝撃を貯め込まないといけないのだし。

 聖女として働くためには、破ァ!が必要で。

 破ァ!のためには、聖女として働くのが一番なのだ。

 なんて素敵な循環だろう。

 

 ちなみに従姉は実家で「魔鋼とはいえ扇子に負けるとは!」と再教育を受けたらしい。

 私の野望のために、従姉、ごめん。



 *****

 


 そんなもろもろを経て王都に到着した当日、まだ馬車のなか、王都邸にも着かぬ内に出くわした不埒な現場。

 馬車を降り――仮面を被って馬車の屋根に上るのはさすがに我慢した――浄化魔法混入ビームを撃ち込んで颯爽と去った私は、軽いため息をついた。


「都市ごとに犯罪比率が一定でも、人口が多いと件数は純粋に増えますものね。さすが王都、と言ったところかしら」


 領都ではビームで成敗した邪心憑きを経済奴隷や犯罪奴隷に落として来たけれど、王都の民は王家のもの。さすがにここでそうは行かない。

 それでも日々の犯罪件数は領都の比ではないだろう。

 一先ず浄化して正気に返すことしかできないが、この腕の届く範囲で、少しでも助かる人がいればいい。

 王都をシマにして稼いでる聖女もいるだろうから、あんまり野良聖女はできないけどね。ダンピングや客の横取りになっちゃうし。

 でもまぁ、やれる範囲で。

 破ァ!して助けた人が怪我してたら、その場で治すくらいは倫理観の範囲だろう。


 そう決意して、明日からの王都いっぱいお忍び三昧の予定を固く胸に誓うのだった。



お読みいただきありがとうございます。


結婚できない聖女令嬢なら水戸黄門ごっこするしかないじゃない!(おめめぐるぐる)

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― 新着の感想 ―
シルバーしかいない戦隊に思わず二度見しました。 巨神兵のアレみたいな破壊光線そのうち吐きそう。
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