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■5-4 封域共契



 構文の火花が、ぱっと空気を裂くように散った。

 番犬・壱が腕を振りかざすと、その皮膚の下から赤い神紋が浮かび上がった。

 まるで炙り出しの文字のように、構文が空中に現れて連なり、封印の環を組み上げていく。

 それは一瞬で視界いっぱいに広がり、空間ごとねじまげるほどの重圧を放っていた。


 だが、その直後だった。

 マユラの杭が音もなく飛んできて、正確に壱の肩に突き刺さった。

 封印の環が揺れ、バチバチと火花を散らす。まるで短絡した電子回路のように。

 壱の動きが止まり、その場で膝をつく。肩から白煙が立ちのぼり、神紋は弱々しく明滅していた。


 その隣で、番犬・弐が動いた。

 両腕から構文でできた刃を展開し、風ごと斬り裂く斬撃を放つ。

 俺の体がその風圧に浮き上がりそうになったそのとき、再びマユラの杭が飛んだ。

 側面から弐に命中こそしなかったが、動きがわずかに鈍る。


「今だ!」


 俺は祈りとともに構文を足にまとわせ、地面を強く蹴った。

 構文が火花のように舞い散り、足払いが決まる。

 その隙を逃さず、マユラが二撃目の杭を胸元に打ち込んだ。


 弐は構文の刃を展開しきれないまま、ゆっくりと膝をつく。

 空中に漂っていた刃の光が、霧のように消えていった。


 静寂が戻った。

 かすかに照明が唸っている音だけが、廊下に残っていた。


「……終わったか」


 俺は息を整えながら、まだ戦闘態勢を解かないマユラに声をかけた。


「ありがとな。助かった」


 マユラはちらりと番犬たちの方を見た。


「殺してないよ。意識を落としただけ」


 その声は淡々としていたが、必要以上に冷たくもなかった。


「お礼を言うには早いよ。……で、あんた何者?」


 彼女は杭をくるりと回して、ホルスターに収めた後、こちらに一歩近づいた。

 そして、少しだけ警戒を残した目で俺を見つめる。


「あたしは互助会のマユラ。……あんたは?」


 その声に敵意はなかったが、油断もしていない。

 俺も同じだった。


 互助会――神格に関わる人間たちを守るため、管理庁とは別に動いている集団。その存在は知っていたが、こうして関わるのは初めてだ。 少なくとも、即座に排除を前提とする管理庁よりは、対話ができる相手かもしれない。


 その声に敵意はなかったが、油断もしていない。


「久遠朔。……今は、ただの侵入者ってことにしておいてくれ」


「あんたの目的は?」


「ワクチン――K-23X。この先にあるって聞いた」


「誰か助けたい人がいるってことなのね、それじゃ私と同じだ」


「同じ?」


「私は、地下にいる友達を救いたい。その鍵をここの所長が持ってるんだ。だから、ここに来た」


 ふたりの視線が交錯する。

 互いに目的があり、戦う理由がある。


「所長――継国塵。君の目的の鍵を握ってるのは、あいつだ」


「……強いのか?」


「管理庁の神格者が弱いはずはないよね。少なくともさっきの番犬よりはずっと強いと思う」


 マユラが少しだけ間を置いて、静かに言った。


「共闘しない? 久遠っていったけ。少なくともあんた、管理庁とは悪いみたいだし」


 その言葉には、さっきまでの険しさよりも、少しだけ信頼の色が混じっていた。

 彼女が手を差し出してくる。


「仲間って呼ぶには、まだ早いけどさ」


 俺は一拍おいて、その手を見つめる。

 警戒はまだ残っている。でも、背を預けられる相手ではある。


 俺はその手を、ゆっくりと握り返した。


「……ああ。よろしく頼む」


 視線が自然と、最奥の扉に向かう。

 その向こうにいるのは――継国塵。


 俺たちは、歩き出した。

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