表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/25

■4-2 祈りが人を変えるなら


 「君の、大切なひとも、そうなってしまいそう……ということなんだろう?」


 心臓の奥が、わずかに跳ねた。


 なんで、それを――


 口に出す前に、メイロンがまた笑った。


 「私は占い師だよ、朔くん。忘れたのかい?」


 いつもの調子だ。嘘も本気も混ざっている声。

 でも、言葉のひとつひとつが、ちゃんと“当たって”くるのが腹立たしい。


 「君だけじゃない。消えていく名は、もう何千、何万とある」


 メイロンの声が落ち着いていたぶん、その内容が刺さる。

 香炉の煙がふわりと形を変えるたびに、語られる言葉の実感が深くなる。


 「誰かが誰かを想って、名前を呼ぶ。その“祈り”が強すぎると、名は人を超えてしまう」


 メイロンは、香炉を弄びながらそう言った。声の調子は淡々としていたが、言葉の端々にはどこか諦めに似た響きがあった。


 「定義が、人間の輪郭を越えてしまうんだよ。名前が存在を塗り替えて、気づいたときにはもう――“人間”じゃなくなってる」


 俺は、息を殺した。


 「祈りはね、願いなんかじゃない。“定義”なんだよ」


 メイロンは、まるで教科書を読み聞かせるように淡々と続けた。

 香炉の煙が、また形を変えて漂っていく。


 「名を呼ばれる。存在を望まれる。輪郭が固定される。……そうして、少しずつ少しずつ、神に近づいていく」


 口調は静かだが、言葉の芯は冷たい。

 そして、そこにわずかな哀しみが滲んでいた。


 「誰も気づいていない。なぜなら、みんな“少しずつ”壊れているから」


 少し間を置いてから、メイロンはカップを机に戻し、目だけこちらに向けた。


 「君の大切な人は――今、どの段階なんだい?」


 わかってるくせに。

 でも、あえて聞いてくるのが、こいつのやり方だ。


 「フェーズ。君と私はそう呼んでいるね?」


 香炉の煙が細く流れながら、言葉の間に影をつくる。


 「構文感染の進行段階。祈りに触れて、名が変質していく過程を、祈りの深度に応じて分類したものだ」


 俺は黙って頷いた。

 いまさら説明されるようなことじゃない。

 でも――口に出された瞬間、それは再び“現実になる”。


 「フェーズI――違和感の始まりだ。感覚の揺れ、些細な記憶のずれ、人の輪郭がうまく掴めなくなる。でもこの段階では、誰も異常とは思わない。“気のせい”で済まされる」


 俺は黙って聞いていた。

 わかっている。わかっているけれど、こうして再び語られると、あのときの彼女の表情が浮かんでくる。


 「フェーズII。構文との共鳴が始まる。祈られる頻度が増え、名が外部から“定義される”ようになる。存在の境界が薄れていって、現実の重みが軽くなる」


 “フェーズIII”という言葉が出てくるのを、俺は少しだけ待っていた。


 「そして、フェーズIII。名が構文に侵され、自我と能力が結びつく。

  祈りに応答する形で“力”が生まれる。異能、神紋、視界の変質――この段階の者は、すでに“人間でありながら神に触れた存在”だ」


 それが、俺だ。

 俺の肩に宿っているもの。

 俺の中で喉元まで上がってくる“それ”が、構文の中で渦巻いている。


 「フェーズIV。人格と神格の境界が曖昧になり、“名の器”と“神の定義”がひとつになり始める。願いと存在が直結して、もはや引き返すことは困難になる」


 ……そして。


 「フェーズV。“神”の完成だ。存在は意味そのものに変わり、“この世界”の中に物理的には留まれなくなる。祈られた名が、その人間を構文上の概念にまで変質させてしまう」


 俺は、拳を握っていた。

 いつの間にか、呼吸が浅くなっている。


 「……それと、これは大事なことだけれど」


 メイロンが言葉を区切った。

 香炉の煙が、一瞬だけ逆流する。


 「感染したからといって、全員が段階を踏めるわけじゃない。むしろ、大半は“途中で解ける”」


 煙の揺らぎが、誰かの輪郭をなぞるように宙を漂う。


 「フェーズIで現実の構造に耐えきれず、祈りに引きずられて消える者もいる。フェーズIIで名を支えきれず、記憶の中に霧のように溶けていく者もいる」


 ひとつひとつの言葉が、まるで予告のようだった。


 「段階が進めば進むほど、“適合するか、解けるか”――そのどちらかしかないんだ」


 俺は黙ったまま、息を吐いた。



 「――だから、君の大切な人がまだここにいて、“君の目で見える形”をしているのは、はっきり言って、運がいいんだよ」


 そういってメイロンは物憂げにため息を一つついた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ