第3章 雛を濡らす雨──命の系譜が断たれるということ
南極の空から、雨が降っている。
それは、かつてなら異常というより、想定外の現象だった。
南極の気象において、降水といえば雪。
気温は常に氷点下であり、“水”が空から落ちてくることなどなかった。
けれど、今は違う。
近年、南極沿岸部で降雨が観測されるようになり、
その雨が、命の循環に深い傷を残しはじめている。
その被害をもっとも受けているのが──皇帝ペンギンの雛たちだ。
彼らの体を覆う産毛は、
本来、氷点下の吹雪や雪をはじき返すように進化してきた。
けれど、雨は違う。
水は産毛を濡らし、それが体温を奪い、凍死へと直結する。
そして、これはただの“個体の死”ではない。
皇帝ペンギンは、一年に一度しか繁殖しない。
その繁殖サイクルも、南極の厳しい気象と氷の安定性に大きく依存している。
雛が育たなければ、次の世代へ命は繋がらない。
つまり、雛の死は、その年の“命の継続”の喪失を意味する。
コロニーの雛が一斉に死ねば、
翌年には成鳥だけが残り、再び繁殖を行おうとするだろう。
だが、もしその年も、雨が降れば──
命の接点が、断たれる。
それは「種の全体が死ぬ」ことではない。
けれど、「命が続かなくなる構図」が、静かに始まるということなのだ。
温暖地域のペンギンが健在であっても、この構図は変わらない。
皇帝ペンギンは、氷と冷気、そして**“濡れない環境”という前提**のうえで成り立ってきた命だ。
その前提が、崩れた。
そしてその崩壊は、
決してペンギンだけの話ではない。