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第九話 使用人になった吸血鬼の王

 朝、といっても吸血鬼であるラヘルのために厚手のカーテンで日光を遮断した部屋では、朝という言葉は起床した時間であるくらいの意味合いしか持ちません。


 私はラヘルに起こされ、ぽやぽやと寝ぼけた頭でラヘルの話を聞いていました。


「というわけで、今日から私はここの使用人だ。ラヘルと気軽に呼んでくれたまえよ、アリアーヌ」


 何がというわけだったのでしょうか。途中の話を聞いていなかった私は、それがバレると申し訳ないのでスルーして、「ここでの生活では、ラヘルには使用人という役割が与えられたのだ」と理解しました。


 話題を逸らすためにも、私はフィオの所在を尋ねます。


「フィオはどこに?」

「ああ、あれでも騎士団長だろう? 君を守っていくには地位や権力が必要だ、無論、資金も。そのために、外に働きに出ているのだよ」


 これは私、地味にショックでした。フィオにそこまでさせてしまっているのか、と。


 偽装処刑から何とか逃げ出して生きていくためには、フィオにもラヘルにもそんなに負担をかけなければならない。実感が湧いてくると、激しく困惑と後悔の念が生まれます。


「あわわ……フィオが出稼ぎのようなことになってしまっていませんか」

「ふっ、そう考えればあの腹立たしい顔も受け入れられるというものだ! 今に見ていろ、マイナーめ」

「で、でも、ラヘルにも……吸血鬼の王なのに、使用人扱いだなんてできません」

「いいのだよ。私は君と一緒にいられるだけで十分だ」


 そう言って、ラヘルは微笑みます。少年っぽさは微塵(みじん)もなく、ただただ(うれ)いと純粋な喜びが同居する笑顔は、私をなぜだか不安にさせます。


 ラヘルを信じていないわけではないのです。むしろ、ここまで私に尽くしてくれることはありがたく、彼の言葉が嘘ではないだろうからこそ、私は返せない恩ばかりでどうしようかと困っている状態です。


 ところが、ラヘルはそんな私の心情を読み取ったのか、表情をわざと明るくしました。


「ああ、心配せずとも、私は君を襲ったりなどしないよ。誓ってもいい、私は君たちの仲を引き裂いたりはしない。夫婦睦まじくしてくれたまえ」


 私の伝えたいことはそうではないのですが、上手く伝えられる気がしません。


 だって、ラヘルが何度も時間を巻き戻して私を救ってくれた、なんて荒唐無稽な話を私は未だ受け入れられていないのです。


 もし巻き戻しの件がなかったとしても、ラヘルとフィオが私を処刑から救ってくれたことには間違いありません。処刑後に私がいようがいまいが、セサニア王国は人間以外の異種族との戦いを開始するつもりでしょう。生かされていたとしても、まず私は戦いにおいてさらに利用されていたでしょうね。謀略の中で交渉材料や人質、囮、そういったものに有無を言わさず使われていたことでしょう。あくまで政治の道具であり、おおよそ人間扱いはされなかったと思われます。


 だから、私は——二人にどう接すればいいか、気持ちの整理がついていないのです。助けてもらったなら恩返しをしたい、好きだと言ってくれたなら応えたい——()()。でも、私はどうすればいいのでしょう。それが、分からないのです。


 私は何度も、ラヘルに何か言わなくては、と口を開きかけては、出来もせずに閉じることを繰り返しました。何を言えばいいのでしょう、感謝はしてもし足りないとはいえ何度も繰り返してはくどいですし、多用しすぎてもありがたみがありません。


 もっと詳細な話を聞こうにも、今の混乱真っ只中の私の頭では理解しきれないでしょう。寝ぼけた頭では当然無理です。


 うんうん悩む私を見かねたのか、ラヘルはベッド脇のスツールに座って足を組み、私を見上げました。


 私が捉えたラヘルの表情は、目は、慈愛に満ちていました。吸血鬼の王なのに、こんなにも温かな笑顔ができるのだと、私は驚くばかりです。


 なのに——ラヘルはこんなことまで口にするのです。


「私はね、君の幸せな姿を見ているだけでいいのだ。どうか、この先もずっと幸せであってくれ。それが何よりの願いだ」


 私は、困惑しきった頭がさらに混乱してしまっていました。


 なぜ、私はラヘルに「幸せであってくれ」などと言わせているのでしょう。今まで——彼曰く、何度も巻き戻した時間の中で——彼が見てきた私は、まるで幸せではなかったかのようです。


 そのことについて、触れてはいけない気がしました。言えることならラヘルはすでに話して聞かせてくれていることでしょう、ですがそれを話す気配がないのです。何度も巻き戻した時間の中で、()()()()()()()()()()()()でしょうか。きっと、そうですね。ラヘルは、わざわざ私がいつも不幸だったと語り聞かせるような悪趣味な性格はしていません。


 だから、ラヘルのいう「幸せであってくれ」という言葉は、重い意味を持つのだと分かります。それは悲しい記憶に、憤った記憶に裏打ちされてしまっているのでしょう。


 私は、ラヘルに何を聞けばいいのか、分からなくなってきました。


 言葉を失った私へ、ラヘルは話題を変えて、ひょうきんな口調に戻りました。


「さて、それはそうと、料理はできるかね? 私はてんでだめだ! そもそも吸血鬼に人間の料理を作れというほうが間違っている。マイナーめ、料理人くらいは雇ってもいいだろうに、ここには私たち以外誰一人いないからな」

「えっ!? り、料理まで任されているのですか!?」


 それはそうですね、使用人だからラヘルは料理も……って、そんなはずないでしょう? え? 本当なのですか?


 つまり——料理のできないラヘル、今はいないフィオ、そして私しかここにはいないなら、私が食事を作らなくてはならないのでは?


 あまりにも緊急事態すぎて、私は悩みが吹っ飛んでしまいました。これはいけません、目の前のご飯をどうするかが先決です。


「ラヘル、その、とりあえず私がご飯を作りますね。調理場に案内してくれますか?」

「うむ、任せたまえ。私も手伝いくらいはしよう」


 では、外で待っている、とラヘルは一旦部屋から出ていきます。


 私はやっとベッドから降りて、急いで寝巻から長袖くるぶし丈のワンピースに着替えました。袖をめくり、髪を束ねて、両頬を軽くぱちぱちと叩いて意識を現実へと向けます。


 これからは今までとは違うのだから、と自分に言い聞かせるように、です。


 何にせよ、腹が減っては何とやら、私は空腹という現実に立ち向かわなくてはなりませんでした。

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