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第七話 なんにもきいてない

 こういうとき、私は勘が鈍いとよくからかわれます。実家でたくさんの種族から求婚されている折、果たして求婚なのかただの挨拶なのかの区別さえつかず、結局危なっかしすぎて屋敷から出してもらえなくなった己の不甲斐なさを身に染みております。


 もうこうなっては、自分で考えるよりも説明してもらうほうが早いでしょう。フィオへ、すがるように向き直り——少なくとも先ほどのフィオの発言について解説してもらいたいと無言で訴えます。状況が混沌としすぎて、私が知りたいことは私自身がまとめられないので、フィオに頼りましょう。


 フィオも隠していることではないらしく、真剣に説明を始めました。


「アリアーヌ、落ち着いて聞いてほしい。まず初めに……君はヘルマン宰相たちの謀略で、本当に処刑されるところだったんだ。ヴェリシェレン王に限らないが、何者かの襲撃を予期していた宰相や背後の者たちは、襲撃にかこつけて君を亡き者にしようとしていた。偽装ではなく、本当に殺しておこうと画策していたんだよ」


 フィオの隣にやってきたラヘル少年が、うんうんと頷いています。その説明は事実である、と彼も保証しているようです。


 つまり、父も私も騙されていたのですね? 人間以外の——異種族からの熱烈な求婚を受ける私を偽装処刑で死亡したとする計画は、本当は襲撃を誘導してそのまま殺害しておくのが本当の目的だった、と。 


「そっか……何となくそうじゃないかと思いつつも、信じてしまった私が悪いのよね……」


 セサニア王国にとって、その身柄を巡って多方面から脅迫までされる私は、邪魔でしかありません。偽装処刑で死亡したことにして、セサニア王国が抱えるそのあとの面倒を考えると、実は生きていようが本当に死んでいようがどちらも大差ないのです。ヘルマン宰相は、より楽なほうを選んだにすぎません。脅迫までしてくる彼らに私を差し出す選択肢がない以上、私という不安要素を生かしておくよりも亡き者にしたほうが安心です。


 ただ、父も私もそれに(あらが)うことはどのみちできませんでした。ヴォルテア卿以下セサニア王国騎士団を派遣してまで強引に王宮へ連行し、間を空けずに偽装処刑ですから、抵抗したところで無意味だったのです。たかだか辺境の子爵に、宰相をはじめセサニア王国騎士団にまでノーを突きつける力はないからです。


 むしろ、私が十六を過ぎるまで子爵令嬢として無事生き延びさせてくれた父は有能で、それだけでも尽力してくださったというものでしょう。いずれ(きた)る私に対する国を挙げての『邪魔者扱い』は、ここまで引き延ばせていたのです。


 何だか、ため息が出ました。嘘ばかり吐かれて、死を望まれて、気分が落ち込まないはずがありません。それに、父のことが心配です。もちろん、母のことも、子爵家の人々のことも。


 ため息を終えた私が顔を上げると、フィオとラヘル少年が申し訳なさそうな表情をしていました。慌てて、私はその空気を払おうと、他のことを尋ねます。


「でも、私は生きているわ。フィオが庇って、助けてくれて」

「正確には、ヴェリシェレン王……今は変化して少年の姿だが、彼が一芝居打って、君を助けてくれたんだ」

「ラヘルが?」


 そういえば、ラヘル少年もヴェリシェレンと名乗っていました。吸血鬼に縁があるのかしら、くらいに思っていましたが、どうやらそうではなく、ラヘル少年が先日処刑に襲撃してきたヴェリシェレン王そのもの——なのでしょう、きっと。


 私がそれを信じがたい理由は、目の前で繰り広げられるフィオとラヘル少年の仲がいいやら悪いやらのやり取りのせいです。


「おやぁ? 謙虚に言うものだな、マイナー」

「あなたが他の襲撃者を排除して、アリアーヌの救出作戦に誘ってくれなければ、こうも上手く連中を出し抜くことはできなかった。それは事実だ」

「うむ、事実だとも! ああ、先ほどからマイナーが言っているヴェリシェレン王というのは、私のことだ。この私が吸血鬼の王、ヴェリシェレンだとも!」


 ラヘル少年は胸を張って、再度私へ自己紹介です。それにしても、フィオは騎士なのに吸血鬼の王と仲良しですね。苦虫を噛み潰したような顔をしています。


 微妙にその関係性について半信半疑ながらも、とりあえずラヘル少年——今後は少年を外しましょう——はフィオをマイナーと呼び、私を助けるために協力して動いてくれたのです。感謝以外に何があるのでしょう、フィオにもラヘルにも私は頭が上がりません。


 ただし、なぜ、という疑問だけは解いておきたいものです。私は結局のところ、フィオにもラヘルにも、そこまでして助けてもらうほどの価値があったのでしょうか。それが分からないかぎり、全幅の信頼は置けそうにありません。


 そんなふうに私は意気込んでいたのですが、フィオもラヘルも、どうにも話の雲行きが怪しい方向へと向かって行きました。


 そのきっかけは、フィオのこんな言葉からでした。


「君を助けるために、ヴェリシェレン王は魔法で何度も時間を巻き戻した。ほんの少しでも何かが違えば、君が助かる未来が生まれるのではないかと、何度も何度もだ」


 このとき、私の頭の上には大きな『?』(クエスチョンマーク)が浮かんでいたことでしょう。


 魔法で、時間を、巻き戻した。……何ですって?


 確かに、私の背中にある紋章のような不可思議な力、魔法もこの世界には存在します。わずかな数の人間と魔力の高い異種族が行使できる高等技術で、吸血鬼も使えるのでしょう。ただ、その難しさから決して一般的ではありませんし、時間を巻き戻すほどの大規模な魔法など聞いたこともありません。


 その時点で私の理解を超えていたのですが、ラヘルはさらに情報を追加してきます。


「うむ。だが、誓って言おう、それは恩着せがましい話ではなく、私がアリアーヌを愛しているから(おこな)っただけだ。何、吸血鬼の寿命は人間とは比べ物にならないからね、何度だって挑戦できるとも」

「よく言う」

「だが、それでも難航したのは間違いない。残念ながら、望む未来を掴むためには、膨大な未来の道筋をたぐって確認しての繰り返しをしなくてはならなかった。君が幸せに生きる未来を見つけるために一つ一つ確認して、巻き戻してを繰り返し、そしてついに三百八十一回目で気付いたのだ! 私ではない、たとえばあの処刑場にいたヴォルテア卿の——ありうる可能性の一つ、それが、若き日のヴォルテア卿が私に殺されていた場合、孫が代わりにヴォルテア卿となって君を救う……などという未来も」


 それを聞いていた私の正直な気持ちはこうです。


(なにそれ。なんにもきいていない)


 ただし、その思いを口に出してしまえば、私はお馬鹿さん丸出しです。私にもちょっとだけあるプライドが、それを(はば)みました。


 代わりに、私は精一杯冷静さを保って、そうして生まれてきたのは曖昧模糊(あいまいもこ)な問いです。


「待って。一体どうして、何があってそうなるの?」


 だいぶ、ふわっとした問いですから、何が分かっていて何が分かっていないのか、実は私にも分かりません。この感覚、お勉強の時間にも感じたことがありますね。私に算数は向いていないのです。


 フィオとラヘルにここまで説明されて何も理解していなかった、と思われるのはさすがに恥ずかしいので、どうにか誤魔化したい……そんな思いは伝わったのか、二人は気遣ってくれました。


「これ以上は、君が気にしなくていいことだ。君は幸せになるべきだ、と僕もヴェリシェレン王も心から願い、共謀した。()()()()()()だよ」

「そう、そういうことだとも。君は私たちに、幸せになることを望まれている。それだけ分かっていれば十分さ」


 二人はわざわざ似つかわしくない朗らかな雰囲気を出して、私へと気遣いの言葉をかけてくれます。


 贅沢を言ってはいけないのでしょうが——二人に対してとてもぎこちなく感じるのは、不審な点がまだ残っているからでしょう。


 それでも、私は命を救われました。その点は確かです。


「そう……なのね。二人とも、本当にありがとう。二人は私の命の恩人だわ」


 おそらくこのとき、私もぎこちない笑顔を見せていたのだと思います。


 まだ緊張しているだろうから、温かいお茶を飲んで休んでいるように、と言って、フィオとラヘルはすみやかに部屋から出ていきました。


 扉が完全に閉まり、二人が近辺から離れたであろう頃合いを見計らって、私はベッド脇に腰かけたまま頭を抱え、かつてないほど大きなため息を吐きました。


 私はどうすればいいのでしょう、この状況。逃げるも(とど)まるも、まさしく二進(にっち)三進(さっち)も行かない有様です……。


 ひとまず、二人との会話を思い返して、少しでも意味を咀嚼(そしゃく)しようと懸命に頭をひねることにしました。慣れない作業ですが、温かい紅茶を手に頑張ってみましょう。

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