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第五話 幼馴染のヴォルテア卿=フィオリウス

 ぼうっと、見知らぬ天蓋を眺めながら、私は考えていました。


 ヴェリシェレン王、おそらくは——吸血鬼のあの方は、どこかで会ったことがあるかしら、と。その疑問が浮かぶこと自体、私にとっては不思議でたまりません。それに、ヴォルテア卿にも似たような違和感があるのです。幼馴染に対して、私はどこかよそよそしく、他人のような気がしてなりません。


 この気持ちは、あの処刑台を前にして、湧き上がったものです。でも、その理由がよく分からず、心の片隅にモヤモヤとした気持ちを抱えたままです。


 分からないものは仕方がありません。私はとりあえず、体を起こしました。離れがたき上質なベッドとシーツから抜け出そうと、足をベッド脇に下ろそうとしたのです。


 ふと目にしたのは、赤い古びた壁紙の、調度品はまるで王宮のように立派な部屋でした。最近まで使われていなかったのかもしれません、窓には深い緋色の古風なカーテンが、きっちりと閉められています。広くもなく狭くもなく、ベッド近くのサイドテーブルにはモザイクガラスのランプが置かれていて、小さいながらも部屋中を明るく照らしています。


「ここは、どこかしら……?」


 わざわざ口にしたのは、心細さを誤魔化すためかもしれません。


 私は周囲を見回しますが、何一つ見覚えがありません。王宮というわけでもないでしょう、セサニア王国王宮は改修されたばかりで、真新しかったのですから。


 とりあえず、白い簡素な綿ドレスのままの私は用意されていたスリッパを履き、サイドテーブルにある呼び鈴を手に取っておそるおそる鳴らしてみました。鈴の音がどこの誰の耳に入るのかはさっぱりですが、誰かに説明でもしてもらわなければ訳が分かりません。早く見知った人に、父やヘルマン宰相に会いたいと願う私は、部屋の扉が開かれたとき、期待に胸をふくらませます。


 そして、現れたのは——()()ヴォルテア卿でした。


 ハンサムな大柄の銀髪の青年——鎧を脱いで剣を置き、ラフな綿シャツと乗馬用ズボン姿の彼は、微笑んでくれました。


「アリアーヌ……よかった、目が覚めて」


 大股でやってくるヴォルテア卿は、ベッド脇に腰かける私を真正面から抱きしめます。


「君はもう何日も眠っていたんだ。もし何かあれば、と気が気じゃなかった」

「心配をかけてしまってごめんなさい。あの、何が」

「その前にアリアーヌ、()()()()()()()()()()?」


 ヴォルテア卿からの、唐突な質問です。意識がはっきりしているか否かを判断する質問だろうと思い、やっとヴォルテア卿の腕の中から離れた私は答えました。


「ええ、ヴォルテア卿。その……ファーストネームは、ええと?」


 あれ、おかしいわ、私はヴォルテア卿のファーストネームなんて知らない。ヴォルテア卿、とだけ呼んできたのですから当然で、でも私はヴォルテア卿の『幼馴染』で……知らないのはおかしいですね?


 今まで私は目の前の銀髪の青年をどう呼んでいたのか、記憶を(さら)って思い出そうとしますが、さっぱり思い浮かばないのです。ヴォルテア卿はヴォルテア卿で、なぜか私はそれ以外の名を知らないのです。


 このとき、言い知れぬ不安が私の胸に生まれました。なぜだろうか、という疑問と、そのはずである、という記憶が戦い、私の頭は盛大に混乱模様です。


 気分を害した様子もなく、少し間を空けて、私の正面で床に膝を突いて目線を合わせてくれているヴォルテア卿は名乗りました。


「僕の名前は、フィオリウス・ワグネ・ヴォルテア」

「フィオリウス……」

「君にはフィオと呼ばれていた。ヴォルテア卿だなんて他人行儀の呼び方は、されたことがない」

「そう、だったかしら……?」

「ああ、そうだ。まったく、ヴェリシェレン王の予言どおりになってしまった」


 ヴォルテア卿……紛らわしいので、これからはフィオと呼びます。なぜか、私の中ではヴォルテア卿は銀髪の青年ではなく、老境に差し掛かる年齢の騎士だった気がするのです。そちらと区別するためにも、銀髪の青年であるヴォルテア卿はフィオとします。


 そのフィオが、『ヴェリシェレン王の予言』と口にしました。ヴェリシェレンといえば、あの偽装処刑のときに、まるで処刑の邪魔をしにやってきたような、吸血鬼と思しき黒髪赤目の男性のことをフィオはそう呼んでいました。襲撃によって処刑台を守っていた兵士や騎士たちを竜巻で薙ぎ倒し、害を与えた人物。確か、あのときフィオは彼のことを祖父の仇と言っていた気がします。


(……それはおかしくないかしら? フィオは、ヴェリシェレン王から予言を聞く機会があった? 予言が何なのかは分からないけど、祖父の仇から予言を聞くの? それに、吸血鬼のヴェリシェレン王は、なぜ私の偽装処刑を邪魔しにやってきたの?)


 そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のです。ですから、今まで私に求婚してきた方々と違い、完全に初対面のヴェリシェレン王が私の偽装処刑を邪魔しにくる理由は薄いのではないでしょうか。


 今の私では、まったく状況がつかめません。それどころか、フィオの発言さえも満足に理解できない有様です。私では対処できない問題が起きたときにはいつも父が助けてくれていたので、心細くて仕方がありません。


 なので、若干前のめりになったフィオの懸命に訴えるような言葉を、ただ聞くしかできません。


「アリアーヌ、僕は君を守る。騎士として、夫として。誰にも渡さない、たとえ吸血鬼の王だろうとドラゴンの族長だろうと、人間相手だろうとだ」


 銀髪の青年フィオは、何を言っているのでしょう。彼が言う『アリアーヌ』とは、()()()()でしょう。本当に私のことなのでしょうか。私はアリアーヌ、そのはずですが……。


 少なくとも、私は幼馴染のフィオに、求婚されたことはありません。なのに、彼の中ではすでに私の()になっているようです。


 訂正する暇もなく、フィオの熱のこもった言葉は続きます。何一つ、彼の言葉を理解しきれない私は、少し後ろめたさを感じながら。


「これはヴェリシェレン王の策謀じゃない、運命だ。そのために僕はここにいる。忘れないで、アリアーヌ」


 あまりにも必死に、フィオは私を説得しようとしています。


 私は、その必死さをないがしろにしたくありませんでした。私は理解できませんが、彼が真剣に話していることが伝わってきたからです。ここで茶化したり、無用に不審がったりしては、話がこじれてしまうでしょう。


 運命だとか、選ばれたとか、そんなことは騎士の理想やロマンス主義から来る語彙(ごい)でしょう、きっと。彼らはそういう話が大好きですから、フィオも同じなのでしょう。


 なので、話についていけない私は一旦、別の話題に移そうとしました。


「分かったわ、フィオ。とりあえず、お父様と連絡を取りたいのだけれど、どこにいらっしゃるか知っている?」


 すると、フィオは顔色一つ変えず、淡々と事務報告とばかりに私へとこう告げました。


「アリアーヌ、もう君は死んだことになった。だから、ここから出ることはできないし、もうかつての知り合いとは会えない。ヘリナス子爵とも二度とまみえることはないだろう」

「え?」

「アリアーヌ・カロレッタ・ヘリナス=アンナプルナは、死んだ。ここにいるのはただのアリアーヌ。僕の妻だ」


 私は、視線の高さまで合わせてまっすぐに見つめてくるフィオの水色の瞳が、嘘を吐いているようには思えませんでした。


 彼は、本気で私のことを()だと思っています。


 そして、私はどうやら死んだことになっている。ということは、あの偽装処刑は実行されて、確か新しい身分を与えられるとヘルマン宰相は言っていた——。


 でも、おかしいでしょう?


 私の頭の中では、誰かが警告のように『おかしい』と主張しています。私の知っていることと、フィオの説明していることが、どうにも噛み合わないのです。ここまで何もかもが食い違っていると、どうやってフィオへそれを尋ねればいいか、私は頭を悩ませても正しい情報を得る道筋をつけられません。


 だから、私はフィオから目を逸らし、ここで向き合うことを避けたのです。


「……そう。ごめんなさい、まだ頭がぼんやりとしていて、お話がよく分からないの」

「大丈夫かい? 起きたばかりで無理はよくない。少し待っていてくれ、何か温かい飲み物を用意しよう」

「ええ、お願い」


 幸い、フィオはすんなりと立ち上がって、部屋を出ていきました。


 世間知らずの私だって分かります。この状況はおかしい、と。


 しかしまずは、私を取り巻く状況を知らなければ話になりません。私は、少しずつクリアになっていく頭をひねり、考えはじめました。

多分なんですが、投稿は決まった時間にできそうにないので、適当にできたら投稿していきます。

二、三日に一度くらい確認してもらえればOKです。

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