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第二十話 決定、そして

 そのときの三人の顔は、三者三様、おどろおどろしい顔もあれば、呆けた顔もあり、期待に胸を膨らませる顔もありました。しかし、その三者に共通する要素も一つだけ。いきなり何を——戯言とまでは言わずとも——言い出したのか、という予測していなかった災害に身構えるような、薄い緊張の膜に包まれた警戒感です。


 しかし、私は怯むわけにはいきません。一生に一度くらい、意地を張ってみせるわ。もしかすると、ラヘルが何度も時間を巻き戻した中では、私はそんなことさえもできなかったかもしれないから。


 後悔しないよう、私は瓦礫の山の頂上で踏ん張ります。このとき初めて、私は室内履きスリッパを履いてきたことに気づきましたが、即座に考えないことにしました。


「ここでの争いは一旦止めましょう。私たち三人とラミア、全員がこの先も無事生き残るためには、協力するしかないの。ラヘルとフィオが協力したように! まず『ブリジット王女』が生き残っていれば、セサニア王国は存続できる。ラヘルの知り合いなら信用できるし、何より! 女王として、私を守れるんじゃないかしら!? もちろん、ラヘルとフィオが助けてあげてほしいんだけれど!」


 私は私の頭で思いつくかぎりの提案をしたつもりです。もっとも、ただの子爵令嬢、ただの小娘に考えつくことなんて大したことではないと自覚しています。


 それでも、状況打開のきっかけになるかもしれない。議論の呼び水になるかもしれない。そう思えば、無知を晒すことになったって、恥ずかしくなんてありません。


 ——さあ、フィオ、ラヘル、ラミア。私の代わりにもっといい案があれば言って。お願いだから。


 そんな切なる祈りは、ラヘルがおもむろに腕を組み、鷹揚に頷いたことで報われました。


「……アリだな」

「ラヘル!?」

「それはアリなのですか、王よ!」

「考えてもみろ。どこまでも逃避行を続けるより、ここを本拠地として構えて、アリアーヌを狙う輩を迎撃すればいい。よもや、私が回復する目処が立ったのならば……ラミア、お前は私のアリアーヌを狙いはすまい? ()()()()()()()嫉妬に駆られて、ということもないだろう?」

「あ、う……そ、それは、はい、当然でございます……」

「そして、マイナーとラミアが結婚すれば、晴れて私はアリアーヌと結婚できるというわけだ」

「待った、異議あり!」

「王の命令とはいえ、そればかりは断固として拒否します!」

「求婚したくせにか」

「それは暗殺の口実で……」

「では、体面を保つ口実とすればよい。それとも何か? 一国を乗っ取る算段、見事だったと褒められるだけでは満足せぬか?」

「……拝命いたします」

「待て、僕は嫌だぞ!」

「あ、でも、人間は食べずにいてくれると、助かるなー……なんて」

「はあ?」

「だ、だめ?」


 喧喧(けんけん)諤諤(がくがく)、好き放題に意見をぶつけ合って、まあまあとラヘルが年長者らしく場を仕切りました。結論はすでに出ているのです、あとは細かいことを詰めていく作業が待っていますが、今は合意できそうなことを喜びましょう。


「血の調達に関しては置いておくとして、今はそうだな、ひとまず」


 ラヘルが私へ近づいてきます。その表情はなぜか晴れやかで、上機嫌です。そして、思いっきり私を抱きしめて、くるくると回転しはじめました。


 間近で見ると、ラヘルの顔は実に感慨深そうです。私はというと、ぐるんぐるんとラヘルが遠慮なく回るせいで、抱きしめられた上半身と違って力を抜いた両足のつま先が遠心力で浮き上がってしまっています。スリッパが両足とも飛んでいきました。


「皆、この場を取り繕い、国を乗っ取るとしよう。いやあ、これは今までの巻き戻した時間でただの一度もなかった痛快な出来事だ! さすがアリアーヌ!」

「むぎゅー」


 そう言って、ラヘルはダンスのステップまで踏みはじめたのです。


 どこまでも続きそうなほど王城の瓦礫が山となって、その中心で吸血鬼の王は夜を満喫しています。


 呆れ顔の騎士団長や、絶句している美しいラミアは、この先の苦労を思っていることでしょう。


 誰かが来る前に、浮かれたラヘルを止めて、私たちは行動を始めなくてはなりません。


 ラミアによる襲撃、王都陥落、それらを上手く隠し……何者かがそれを実行したものの、『ブリジット王女』と騎士団長が掃討し、王都を解放したという偽りのシナリオを描かなくてはなりません。


 そうすることでラヘルの苦労が報われ、フィオが責務を全うし、ラミアが恋路を歩むことができるなら、そうすべきだと、私は確信したのです。


 誰も見ていない王城跡地で、私たちはただひたすらに自分たちのために、何もかもを利用するのです——。








 あれから半年、セサニア王国王都は未だ復興途上です。


 崩壊した王城において、国王他王族、ならびにヘルマン宰相以下王城に詰めていた貴族や官僚、眷属化した騎士は全員死亡が確認されました。生き残ったのは『ブリジット王女』、セサニア王国騎士団長のフィオ、王都にいなかった騎士たち、それに運よく非番か家に帰っていた王城勤めの使用人、役人たちです。幸いにも、王都城下の市民たちは、王都を守る兵士たちが自身の命よりも避難誘導を優先し、眷属化した騎士たちをなんとか食い止めたため、数十人ほどの犠牲に抑えられました。それでも、無辜(むこ)の人々が犠牲になったことには変わりはなく、奮戦した兵士たちもそのほとんどが戦死しています。


 王都陥落の一夜を語る、人々へ流布されたシナリオはこうです。『ブリジット王女』は騎士団長に救助され、王都の再建を目指すことになった。王都を襲った主犯については、白い蛇を操る者だったとしか判明しておらず、人間か異種族かさえも断定できない——ということになりました。その蛇にしても、フィオが大剣で叩き潰したため血痕くらいしか残っていません。


 あの翌朝。朝日が昇る中、騎士団長に支えられ、『ブリジット王女』は市民たちの前に姿を現し、ようやく家屋から出てきた大勢の避難民たちが身を寄せ合う大広場で、大演説をしたのです。


「皆、よく耐えました。王城は失われ、王都も民も兵士たちも傷つき、それでも私たちは襲撃者の攻撃を退けました。騎士団長による討伐は成ったのです。しかし、今明確に分かっていることは、我々を滅ぼそうとする敵がいた、あるいはまだいる、ということだけ。これから先、再び侵攻を受けぬよう、我々は毅然とした態度で立ち上がらねばなりません。復讐はそのあと、必ずや国王陛下をはじめとした犠牲者たちの無念を晴らしましょう。それにしても、疲れたでしょう……みな、一睡もできていないはずです。脅威は去りました、安心してひと休みなさい。この惨状に向き合うのは、そのあとでもかまいません。これは、生き延びた王女としての最後の命令です」


 ざわめき、どよめきは、すぐに収まりました。私はこっそり影から見ていたのですが、誰も彼もが疲れ切っていました。安堵の中、今すぐにベッドで眠りたいと顔に書いています。


 もちろん、負傷者を治療する教会や医師団は大忙しですが、『ブリジット王女』は民に安心と安全、それから未来の話をして、(すさ)みかけた人心を落ち着かせたのです。やはり、これまでの『ブリジット王女』としての積み重ねた実績といいますか、勇猛果敢で慈悲深き王女というイメージ像は、よりどころをなくしかけた人々にとっては最後の寄る辺のように思えたのかもしれません。


 であれば、真相は誰にも知らせないほうがいいでしょう。私たちの偽りのシナリオについてではなく、ヘルマン宰相たちが企んでいたセサニア王国のこれからについて、です。


 あの夜、ラミアが暴れる前のことです。ヘルマン宰相たちは、王都から逃げ出す準備をしていたのです。


 ラミアの襲撃を予期して、ではありません。『豊穣の女神(アンナプルナ)』の紋章を持つ私の処刑の報が周辺国に伝わり、私を求めていた異種族の長たちが怒り狂ってセサニア王国へ攻め入ろうとしていたからです。


 ——おかしいでしょう? 処刑前のヘルマン宰相の話では、人間として私を売り渡さず、同じ人間の国と力を合わせて異種族と戦う、という方針だったはずです。


 しかし悲しいかな、オークたちやドラゴンを、事前にラヘルが幾ばくかは仕留めていたとはいえ、異種族と人間では数が違います。彼我の戦力差は予想をはるかに超えており、人間の国家からの応援は間に合わない上、先に交わしていた共闘の約束を反故(ほご)にされた状況だったそうです。


 王都から脱出しようとした国王やヘルマン宰相たちから、脱出直前にその事情を聞かされた『ブリジット王女』は、こう思ったそうです。


「こいつら、自分たちだけは逃げて王都が蹂躙されるのを黙認するつもりなの? そうはさせない、ここは私の庭よ。ヴェリシェレン王に献上するあの小娘を手に入れるまで、土足で踏み荒らされてたまるものですか!」


 なんだかんだと、ラミアもセサニア王国に愛着があったようです。正確には、彼女を讃える市民たちを放っておけなかったのでしょう。王城を崩壊させて真相を知る国王や宰相たちをまとめて始末し、すでに眷属化していた騎士たちで騒動を起こし、市民たちがすぐに真相を知ることはないよう引きこもらせてあらゆる情報を封鎖した。唯一、ラミアを討伐できる相手であるフィオは、ちょうどその兆候を捉えて真っ先に私の身を守るため王都から出ていたので、邪魔されることもなく事は簡単に済んだそうです。


 こんな真相を聞かされ、さすがに私やラヘルも渋い顔にならざるをえませんでした。なんと勝手な、なんと愚かなことか、と嘆いてしまいたくなります。


 とにかく、人目に触れる前にラミアは国王やヘルマン宰相の遺した真相に繋がる証拠となる書類をかき集め、保存していました。他国との書面で交わした約束、宣戦布告文書、異種族たちの進軍報告など、どれも破棄されなくてよかったものばかりです。これらがあれば、他国との交渉で王都陥落とそれに至る経緯を真偽織り交ぜしっかり説明できます。私が生きていることも、『ブリジット王女』がセサニア王国が間違った方向へ向かっていたから正した、という正当性の担保になるはずです。


「よくやった、ラミア! お前はできる吸血鬼だと思っていたが、やはり実際にこれほどの役目を果たしてみせると、最大限賛辞を贈らずにはおれぬな!」

「え、へへ……ふふ、ありがたき幸せ〜」


 ラヘルに褒められた彼女は、とろけるような笑顔を見せていました。恋する乙女の顔というのでしょうか、とても可愛らしかったです。


 そうして、『ブリジット王女』は、さらに翌日には略式の戴冠式を行い、『ブリジット女王』となったのです。国王以下王族は全滅していますから、彼女しかこの国の正統後継者はいませんし、いたとしても継承権を持つ地方にいる高位貴族くらいなので、いちいちやってくる時間を待ってはいられません。すぐにでも、王都を復興させて守らなくてはならなかったからです。


 そのため、同時に『ブリジット女王』陛下とセサニア王国騎士団長ヴォルテア卿フィオリウスは、婚約を発表しました。


 一年後の結婚式という一つの区切りを作って王都の人々を励ますためでもあり、そう言われてしまうと騎士団長としてフィオは断れなかったそうです。私へ向け、白い結婚だから、とフィオが震える声で主張していたことが印象深いです。


 一方、あれから半年が過ぎ、私は——あろうことか、『聖女』と称される羽目になりました。


 ——うーん、なんで? どうしてこうなったの?

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