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第二話 偽装処刑が決まった日

 春の半ば、突如、父と私はセサニア王国王宮へと呼び出されたのです。理由もはっきりせず、迎えにやってきたセサニア騎士団長の好々爺ことヴォルテア卿さえも困惑していました。


「ヘリナス子爵閣下、そしてご令嬢。まことに不可解であるが、どうか王命に従っていただきたい。きっと王宮で国王陛下より理由が説明されるだろうと思う」

「老練の騎士たるヴォルテア卿がそうおっしゃるなら、致し方ありますまい」


 理由が分からず乗り気でないものの、父も私もそのまま騎士団に警護されてセサニア王国王宮へ向かいました。何せ、こちらはたかだか子爵とその娘です。何の情報も根拠もなく、王命に逆らうことはできないのです。


 それに、何かあればヴォルテア卿が庇ってくれるだろう——そんな淡い期待もありました。


 ありましたが、ヴォルテア卿は現在、処刑を待つ私の背後に並ぶ騎士の一人です。先ほど通りすがりにちらっとお顔を窺ったところ、難しい表情のまま目も合わせてくださいませんでした。その心中(しんちゅう)は何とも、若輩者の私では察することは叶いません。


 話を戻しますと、王宮に着いた父と私は、国王陛下ではなく実務を取り仕切る、お髭の立派なヘルマン宰相閣下と面会し、こう宣告されたのです。


「ヘリナス子爵家アリアーヌ・カロレッタ。そのほう、姓はヘリナス=アンナプルナと名乗っているそうだな? それは古く邪道の蛮神の名、わざわざセサニア王国貴族の姓に付け足してまで、己が神の寵愛(ちょうあい)を受けているとばかりの主張、まるで世の紊乱(ぶんらん)を望むようではないか。セサニア王国の平和と繁栄を望むべき身分でありながら、なんと度しがたい。王国のため即刻処刑すべきである、と国王陛下はおおせである」

「な!? なぜそのようなことを!?」

「え? アンナプルナは、ヘリナス子爵領では春に生まれた女子全員に付ける信仰の添え名(アグノーメン)ですが」

「こほん! とにかく! 口答えしない!」

「はい、申し訳ございません」


 きちんと訂正しただけなのに、私はヘルマン宰相に怒られてしまいました。このとき、父は真剣な面持ちに笑いが隠せていませんでした。


 セサニア王国の大半の民はヘリナス子爵領とは違う神を信奉しています。ヘリナス子爵領は豊穣の女神(アンナプルナ)をはじめとする古くからの土着神を信仰しており、従来からさほど軋轢(あつれき)はなかったのですが——その信奉者だからと処刑の理由になるほどの槍玉に上がるとは、一体?


 そんな父と私の疑問はすぐに解けてしまいます。ヘルマン宰相はあっさりと、その思惑を明らかにしました。


「まあ、それは表向きの話だ。実際のところ、我が国には多方面から脅迫状が届いている」

「脅迫状、ですか?」

「アリアーヌと結婚させろ、さもなければセサニア王国を滅ぼしてでもいただく……とな。まったく、あの異種族どもがモンスターと呼ばれていた時代から変わらず、野蛮な連中だ!」

「失礼ながら、どこの誰からでしょう?」

「……リストにしておいた。一読しておくといい」


 そう言って、ヘルマン宰相はびっしりと文字が記された一枚の紙を父へ渡しました。ちゃんとリスト化して第三者にも分かりやすくするあたり、ヘルマン宰相は仕事のできる人です。


 しかし、そのリストを見た父の顔色は、一気に悪くなりました。眉根を寄せ、事態の重さを端的に表します。


「このリストにあるすべての人物、国家を敵に回してしまえば、我が国は……立ち行きませんな」

「そうだ。加えて、こやつらは我が国だけでなく、人間の諸国家にも脅しをかけるだろう。そうなれば本当に、我が国の滅亡が絵空事ではなく現実味を帯びてしまう。アリアーヌ、そなた一人をめぐってだ」


 ヘルマン宰相の声は非常に固く、それが冗談ではないと念押しするかのようです。


 常識的に考えて、たかが子爵家令嬢の私一人の動向が、セサニア王国の運命さえも握ってしまうなんてことはありえないでしょう。誰もがそう思っていたからこそ、これまで人間の私が異種族たちから求婚されたことは笑い話や奇妙な話程度に捉えられていたのです。


 ですが、ここに至って、まさか私との結婚を許さなければセサニア王国を滅ぼす、だなんて脅してくるなど、寝耳に水、青天の霹靂です。しかも複数方面からの脅迫があった模様、となるとやはり現実にセサニア王国の運命を左右する事態になっているのです。


 あと、ここで重要な点が一つ。複数方面から、となると、誰か一人が私との結婚を叶えられるわけですが、抜け駆けを許さないとばかりに対応されたらどうなるでしょう。三つ巴どころの話ではありません、大混乱です。世界大戦です。


 私を奪い合って、兵士を動員して侵攻して戦争になる……それも、複数の勢力とセサニア王国が戦うのは、どうにも厳しそうです。人間相手でも避けたいのに、異種族の王たちとなるとたった一人で一国を滅ぼすような方もいるほどなのですから——いかに我が国には武勇を誇り異種族と渡り合ってきたヴォルテア卿率いる騎士団がいるとしても、無理です。戦争なんて、絶対に避けなければなりません。


 では、どうするのか? その答えは、私にとってまったく予想外なものでした。


 ヘルマン宰相は、執務机を拳で叩いて熱弁します。


「こうなってしまえば、我々もこやつらも、もはや後には引けぬ。国王陛下は、アリアーヌの処刑を形だけでも行うよう命じられた。つまり、子爵家令嬢のアリアーヌはいなくなったのだから、我が国に圧力をかけようとも死者と結婚させることはできぬ、と表明する」


 どうやら、脅迫を受けて、ヘルマン宰相は怒髪天(どはつてん)を突いていたようです。


 ポカン、と口を開けそうになるほど呆れた私と父は、顔を見合わせました。


 私、死ぬの? と聞く暇もなく、慌てて父がヘルマン宰相の聞き手に回ります。


「しかし、身勝手にも仇討ちをと乗り込んでこられれば、いかがしましょう?」

「迎え撃つ。そうなれば人間の諸国家はこやつらの味方はせぬだろう、我が国への侵攻ルートはすべて人間の国家を通る。となれば、敵は少数精鋭で乗り込んでくるはずだ。処刑の日取りも意図的に情報を流しておけば、一部は救助を目論むだろう。そこを、ヴォルテア卿率いるセサニア騎士団が殲滅(せんめつ)する。準備はすでに整えた。いくつか他国からも協力を得て、極秘裏に罠を仕込んである」


 もうとっくに、ヘルマン宰相は脅迫してきた異種族たちと戦う気満々だったのです。


 私が元凶なのですが、これは止めようがありません。


「そもそもだ、人間と異種族がそう簡単に結婚などできるわけがなかろう。紋章の話も聞いているが、アリアーヌとの婚姻が一族の繁栄を約束するだと? であればなおさら、化け物どもに渡せるか! そのようなことを看過すれば、我が国は化け物へと同胞を生贄として捧げたと同義! 人間の諸国家からどれほど蔑まれ、疑われるか! どのみち民を無用な危険に晒すのならば、より短く、より犠牲の少ない道を選ぶしかあるまいよ!」


 ヘルマン宰相は顔を真っ赤にして、そう訴えました。すでに方針は決まっているのでしょう。父と私はその計画の主役として呼ばれたにすぎません。


 どうにもこうにも、父も私もそこに異論を挟む余地などなく、偽装であっても私は処刑台送りとなってしまいました。

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