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第十四話 ヒーローは遅れてやってくる



 ラヘルの言葉はもっともですが、無理です、私、腰が抜けています。


 ぺたんと座ったまま、私は大蛇の赤い双眸(そうぼう)に睨まれて動けないのです。まさに蛇に睨まれたカエル、というか少年の姿のラヘルだってこんな大蛇と戦えるようにはまったく思えません。魔法? 魔法ですか? 魔法でなんとかできるのでしょうか? ——できるのならとっくにやっているはずでは?


 処刑台の上でも感じた、「死にたくない」という感情ばかりが私の頭を満たし、同時に「何もできないくせに」と誰かが私を蔑みます。


 ——いや、私にどうしろと……だって、私は美味しいお肉でしかないのですが! お肉は美味しくいただかれるしかないのでしょうか!


 やけくそ気味に立ちあがろうとして、やっぱり腰が抜けたままの私は、せめて何か役に立てないかと周囲を見回します。大蛇の体がますます巨大化し、天井が崩れていました。このままでは生き埋め、いや、外はまだ夕陽がわずかに残っている。


 外に逃げよう、私が情けない足腰を腕の力で引きずっていこうとしたそのとき。


 大蛇の巨体が、中庭のほうへと吹っ飛んでいきました。軽々と、宙を舞ったのです。


 石壁の崩壊音と同時に、大太鼓を思いっきり叩いたような音がひとつ、ありました。その音は凄まじく、まだ鼓膜も壁から落ちていく石も揺れている気がします。


 ただ、ラヘルの姿の向こうに、ぽっかりとなくなってしまった城砦の壁のあった場所に、夕陽を受けて薄紅色の髪をした大柄の青年が大蛇を睨みつけています。


 本当は銀髪の、無骨な大剣を片手で握るその人は、笑っていました。


「ふん、あと一歩だったな。悪運が強いようで何よりだ、ラヘル」


 そのラヘルは、日光の当たらない場所に立ち位置を変え、苛立ちながらため息を吐いていました。


「……助けに来たのならさっさとなんとかしたまえ、マイナー!」

「何、一応は悪いと思っている」


 憎まれ口を叩きながらも、彼——この城砦の主人であるフィオは大蛇から視線を外しません。中庭の反対側の端まで吹っ飛ばされていった大蛇の威嚇音が、さらに大きく鳴り響いています。


 そこで、私はフィオを染める薄紅色が、夕陽のものだけではない音に気付きました。顔にも首筋にも、着ている騎士の礼服も、ブーツの先まで赤黒く染まっているのです。


「フィオ! あなた、血まみれじゃない!」

「心配はいらないよ、アリアーヌ。この程度、かすり傷だ」


 そこでやっと、フィオは私のほうを見ました。


 力強く、励ますような満面の笑みをしたフィオは、生気に満ち溢れ、まるで物語に出てくる英雄のようです。騎士というよりも、圧倒的な強さを持つ英雄(ヒーロー)といったほうがしっくり来ます。


 そして、右手で大剣を頭上に掲げ、左手を柄に添えたフィオは、大蛇へと向き直ります。


 若きセサニア王国騎士団長、フィオが何をするのか。


 一挙手一投足を見守る私の目に映ったのは、勢いよくフィオへ向かってくる白金の大蛇の頭が、廊下に差し掛かる前に振り下ろされた大剣に圧しつぶされ、頭蓋も牙も破裂するように潰れて地面に広がった光景でした。


 スタンプされたように大蛇の頭はぺったんこになって、首から下が中庭の壁を突き崩して暴れていましたが、やがて静かになりました。ついでに、私のほうへ大蛇の血が飛んで来なかったのは、ラヘルが盾になってくれていたからだと判明しました。ラヘルは不機嫌そうに執事服のベストを脱いで、無傷のシルク裏地で顔を拭いています。


 初めて見た現実離れしたフィオの強さに、私は唖然とするばかりです。


(フィオ……一撃!? 建物も崩すような大きな蛇を、剣を振り下ろしただけでなんとかしたなんて……こわ……うーん……怖くない、怖くない……いややっぱり怖いかも……)


 私は内心、とても複雑すぎてちょっと現実を認めるには時間がかかりそうです。


 ですが、聞こえてきた話では、腰が抜けたままの私を嘲笑(あざわら)うかのように、状況が逼迫していました。


「マイナー、王都は陥落したのか」

「いいや、数年前にすでに陥落していたようだ。僕が至らぬばかりに、()()跋扈(ばっこ)を許してしまった」

「反省会は後だ。これからどうする?」


 大剣をかたわらの地面へ突き刺し、ちょうどいい高さの壁だった石の山に座り込んで、フィオは答えました。


「その前に、態勢を整える。それと」


 ふと見上げると、私と目が合ったフィオが気の抜けた顔になってしまっていました。


 何を言っていいのか、ほんの少しためらったあと、フィオが切り出しました。


「アリアーヌ、ただいま」


 その言葉に、そうだわ、と私は納得しました。帰ってきた人をねぎらう言葉を、私はまだかけていませんでした。


 今となっては、命が救われた安心感からか、込み上げてくるものがあります。涙目と鼻声になりつつも、私はやっと応えました。


「うん、フィオ、おかえりなさい」

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