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第十話 フィオリウスは魅了されない

 同時期、セサニア王国王城。


 フィオはセサニア王国騎士団長ヴォルテア卿としての職務を果たすため、登城していた。数日間の休暇が彼に与えられた最大限の閑暇(かんか)であり、異種族と戦うと決めたこれからのセサニア王国の人々は多忙を極める。


 それこそ、宰相から兵士まで、てんやわんやだ。王城の廊下は、常に誰かしらが行き交っているほどだった。


 そんな中、未明の早朝から騎士団の長として各所の会議をはしごするフィオの元へ、ヘルマン宰相が声をかけてきた。


「ヴォルテア卿、気分はどうだね?」


 フィオは感情を一度押し殺してから、ヘルマン宰相へと事務的な笑みを浮かべた顔を向ける。アリアーヌを殺すよう指示を出した張本人を殺したくてたまらないが、今は我慢しなくてはならないからだ。


「宰相閣下。調子は戻ってまいりました、ご心配をおかけしたことを」

「何、無理もない。貴殿は役目を果たした、それでいいのだ」

「はっ、お心遣い、痛み入ります」

「それで……あのことはどうなった?」


 あのこと、そう言われてフィオはやっと何を指すのか理解した。というよりも、やっと思い出した。あまりにも優先度が低すぎて、どうでもよかったのだ。


「ブリジット王女からの結婚の要請ならば、断る所存です。僕が王女殿下の配偶者になどなるべきではありませんので」


 サラッと、実に淡々と言ってのけたフィオへ、ヘルマン宰相は目を剥いて突っかかってくる。


「何だと? 何が気に入らない? 王女殿下との結婚など、願ってもないだろうに」

「身に余る光栄とは思います。しかし、僕の本領は戦いにあり、政治は専門外です。そつなくこなせるブルワーズ卿やサラム卿のほうが向いているかと」

「そういう問題ではないのだ! 王女殿下が貴殿をと望まれている、そのご期待に応えぬということか?」

「若輩者の僕には、難しいかと。たかが騎士団長が王族の配偶者になって、満足に務めを果たせるとは思いません。僕がどれほど努力しようとも、ブリジット王女が失望なさるだけです」


 フィオはもっともな理由を並べ、全力でブリジット王女との結婚が成立する可能性を断っていく。本音で言えば、こうだ。


「なぜ僕がアリアーヌ以外の女性と結婚しなくてはならないんだ。冗談も大概にしてくれ、第一、僕はこの国を滅ぼしたっていいくらいお前たちを嫌っているんだぞ。アリアーヌの幸せを奪ったやつらめ、この手で八つ裂きにしてやりたいくらいだ」


 フィオリウス・ワグネ・ヴォルテア。この青年、穏やかなふりをして実は相当に過激な性分をしていた。騎士団長にふさわしい武力と頭脳だけでなく、怒りを腹の奥に溜め込み、敵を討つ時機を見計らうことができる冷徹さを持ち合わせているあたり、セサニア王国が間違った選択をしたことは明白だった。


 だが、セサニア王国の人々は、まだそれに気づいていない。


 その証拠に、たおやかな女の声がフィオの主張を短く否定した。


「そのようなことはありませんわ」


 フィオとヘルマン宰相が、同時に声の主へと敬礼をする。


 宰相と騎士団長の敬礼を受けるに値する人物、話題の渦中の人物、すなわち——ブリジット王女がそこに現れた。二十歳前の金髪碧眼の美しい姫君は、それにふさわしい白絹のドレスを身にまとっている。長髪をクラウンブレイドの形にまとめ、均整の取れた顔立ちをよりはっきりとさせていた。


 フィオはそれがなおのこと気に入らないのだが、とりあえず頭を下げて自分の嫌そうな顔をあまり見せないようにしておいた。


「殿下」

「ヴォルテア卿、楽になさいな。私はあなたを頼みにしているのです」

「恐縮です」

「ほら、その態度。王女だからと(なび)かない、とばかりではありませんか」


 当たり前だ、とフィオは心の中で毒づく。


 勝手にあちこちで騎士団長とブリジット王女がお似合いだ、と噂されていることをフィオは知っている。フィオを手に入れたブリジット王女の策略だろうと読み、フィオは常に「そのようなことは一切ありません」と否定してきた。求婚にしたってとっくに断りの手紙を送ってある。


 だが、ブリジット王女はしつこくフィオへ粉をかけてくるのだ。


「無骨な性分は祖父譲りでして、気に障ったのであれば謝罪を」

「いいえ、だからこそ信頼が置けるというものです。求婚の返事も今すぐにというわけではありません、しばし私は待ちますから」


 ブリジット王女の熱い視線に、フィオは一度たりとも反応しなかった。 


 やがてブリジット王女が去っていき、興奮気味のヘルマン宰相がフィオへとつかみ掛からんとする勢いで説得しようとしてくる。


「ほらみろ、ヴォルテア卿。ここまで望まれておきながら、無碍にするつもりか?」


 ヘルマン宰相の熱弁を、フィオは曖昧に受け流す。その胸中では、ヘルマン宰相の無能さに嫌気が差していた。


(この耄碌(もうろく)老人は気付いていないのか。あの王女、年がら年中血の匂いがするぞ。騎士よりも血生臭い王女など、信用できるものか)


 ブリジット王女の評判は、フィオも日頃から耳にしている。しかし、彼女が戦いに赴いたことなどないし、罪人の処刑に立ち会ったこともない。なのに、()()()()のだ。近くを通りすがるとむせ返る生温かな鉄の匂いが漂ってくる、その匂いのおかげでフィオはできるだけ会わずにいられたほどだ。


 だが、フィオ以外の誰もが、それを気にしている様子はない。指摘する様子もなければ、ブリジット王女を批判したり罵ったりする様子さえないのだ。


 であれば、怪しいと言うほかない。何らかの魔法を使ってか、あるいはラヘルのようにそもそも人間ではないのか——断定するだけの証拠がなく、フィオは『ブリジット王女』を野放しにしているだけだった。


(それに、僕にはアリアーヌがいる。あの弱ったヴェリシェレン王……ラヘルがどこまで頼りになるか分からない以上、僕が気を張らねば)


 つまるところ、こんなところで、ブリジット王女とかいうおそらく敵に足止めを喰らっている場合ではないのだ。


 今のフィオは、さっさと仕事を片付けて再びあの城砦に戻ることしか考えていなかった。

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