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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

グランゴルド王国三部作

報い

 全ては私の言葉で始まった。

「私、叔父様がお父様だったらよかったのに」


 それを偶々通りかかった父が聞いた。

「おいおい、そんな寂しい事を言わないでおくれ。アリー、お父様のお膝においで。何か欲しい物はないか?」


 アリー。アレクサンドラ・グランゴルドハイム。グランゴルド十五世の長女。五歳になったばかりのアリーは母親のアルテイシアと午後のお茶の時間を過ごしていた。


 アルテイシアの斜向かいには王弟のランドルフが座っていた。二人は学園の同級生で、卒業後も度々思い出話に花を咲かせていた。仲のいい義姉弟。


 部屋にはアルテイシアが実家から連れて来ていたソーニャという侍女も同席していた。ソーニャはアリーの横に座って、まだ手足が短いアリーが困らないように甲斐甲斐しくお世話をしていた。


 部屋の扉は開いていて、偶々通りかかった王、サンドリオンの耳に届いてしまった戯言。


「お父様!ご機嫌麗しく」

アリーはカーテシーをして見せる。

「アリー、また上手になったなぁ。あっという間に立派になるなぁ」

眦を下げてアリーを見つめる。


「それで?なぜランドルフの方が良いのか教えてもらえるだろうか」

寂しげに首を傾げて教えを乞う父親にアリーは瞳を輝かせてに微笑んだ。


「だってずっと一緒にいてくださるもの。お母様も和かに笑っておられるし。幸せそうよ?お父様といる時は顔が強張っているもの」


「おやおや、アリーは難しい言葉をよく知っているね。アリーはお父様と過ごすのは好きかい?」

「大好きよ。お父様が一緒にいてくれるのならそんなに嬉しい事はないわ」


 アルテイシアの顔が強張る。自分がランドルフに言った台詞だ。子どもだからとたかを括って言いたい事を言っていたのが悔やまれる。この娘は全て聞いていた。


 夫のサンドリオンは天才である。苦労なく知識を得る。アリー、アルテイシアが屈辱を受け入れて授かった娘。サンドリオンの才を受け継いでいるのか。


 アルテイシアが畏怖の目を娘に向けたのをサンドリオンは見逃さなかった。ランドルフをチラリと見る。平静を装っているが、どう振る舞えば一番被害が少ないか考えているように見えた。


「アルテイシア、アリーを私の宮に連れて行ってもいいか?」

「えっ。そ、そうですね。アリーが良ければ」

「アリーはどうしたい?」

「お父様の宮に行ってみたいです」

アリーは恥じらうように上目遣いでサンドリオンを見た。


「そうかそうか。お父様と過ごしたいか。ならば行こう。何か持って行きたい物はあるか?」

「お父様のところにお泊りできるの?嬉しいわ!持って行きたい物はありませんわ」


「……そうか。でも、流石に着替えは必要だな」

「こちらにご用意してございます」

ソーニャがいつの間にかアリーの着替えを用意してワゴンに載せてあった。


「名は?」

「ソーニャでございます」

「ではその荷物を頼む」

「承知しました」


「では、お母様、ごきげんよう」

アリーは小さな手を振った。アルテイシアはアリーの可愛らしい姿に目を細めた。

「アリー、いってらっしゃい」


 アリーは母親をじっと見た。顔には笑みが浮かんでいる。それからチラッとランドルフを見た。ランドルフはアルテイシアを見ていた。


 その夜アラレもない姿の義姉弟が発見された。王家の醜聞。二人は出された飲み物に何か入っていた、と主張。調査が終了するまで身柄を拘束することになり、奥屋敷に連れて行かれた。


 王宮の表も裏も知る医者の診断によると、未遂であった。中和薬が処方されていた二人は薬の効きも良く、安定している、との事だった。


「王族に薬を盛るような輩は見逃せない!徹底した調査を!」

サンドリオンの指示で当時勤務していた者、出入り業者、文官、騎士、それらの家族、婚約者、恋人、友人。少しでも繋がりがあれば尋問された。


 と言っても、自白剤を飲ませて話を聞いただけだ。飲むと一定期間嘘がつけない、体から薬が抜ければ何の後遺症もない便利な薬。


 念のため、アルテイシアとランドルフにも使われた。結果、何がわかったか。


 国家転覆を狙う一派が炙り出された。サンドリオンが王のままでは甘い汁が吸えぬ一族。ランドルフを王に据えようと画策していた。サンドリオンよりもランドルフの方が御し易いと判断された。


 ランドルフのアルテイシアへの懸想は学園内で有名な話だったらしい。本気にしたある一族が、アルテイシアを押さえておけば王国を裏から牛耳れると勘違いし、アルテイシアの誘拐計画もあった。


 サンドリオンはアルテイシアを北の修道院へ更迭。ランドルフは北の塔へ幽閉。大きな夢を見た一族は関係にあった者、恋人を含む三歳以上の全てを処刑した。


 子どもたちには眠るように儚くなる薬が与えられたのはせめてもの心遣いだった。子どもたちの中で、希望する者は処刑台に立った。矜持というか、せめて自分の存在を刻み込もうとしたのか。


 幼いながらに、王家の判断を理解している惜しい者もいたが「ならば、良い意趣返しです」と返し、さらに惜しませた。


 一つの例外もなく処刑は行われた。今後の憂いとならぬよう、反目する者を家族が止めるように。


 知らせを聞いたアルテイシアは気絶した。

「あらあら。初心だこと」

知らせを伝えた修道院の院長はアルテイシアに毛布を掛けた。


 ランドルフは膝から崩れ落ちた。自分の小さな恋心が生んだあまりの惨状に、立っていられなかったのだ。


 サンドリオンがアリーを抱いてランドルフに会いに来た。

「弟よ。息災か?」


「兄上!あなたはなぜこんな残酷なことができたのですか?私からアルテイシアを奪い、幸せを見せつけ、夢を見た私を奈落の底まで突き落とす。あなたは簒奪者だ!私から全てを奪った!」


「お前の罪は怠惰だ。それ以外伝えることはない。アリー、何か伝えることがあるか?」


「ええ。叔父様、私、叔父様がお父様だったらよかった、と申し上げた言葉に嘘はありません。叔父様がお父様だったらただのお金持ちのお嬢さんでいられますもの。背負うものなど何もなく、ただ快適な暮らしを享受する。愛だの何だのと感情に身を任せて幸福に揺蕩う。羨ましいですわ。凡庸なあなた方が」


 ランドルフは返す言葉が思いつかなかった。しばらく茫然として過ごした。


「もう!お父様お止めになって。黒歴史ですわ!」

成長したアリーは先日初恋を知った。感情の波に翻弄される自身の変化が面白い、と父に話したところ、当時のアリーは冴え冴えとして見惚れた、と言われてしまった。


「幼子の残酷さをそのままぶつけてしまいましたわ。でも、当時三歳以上としたのは間違っていませんでした。私あの二人が何をしたかまだ覚えていますもの。勿論、当時は意味が分かりませんでしたけど」


「お父様が泳がせたばっかりにアリーには負担をかけてしまって申し訳ないと思っているよ」

「泳がせていたと知った時は、手綱の緩さに言葉を失いましたけど、もう過去の話ですわ。当時の私がいくら不憫でも誰にも何もできませんもの」


「では、今のアリーにできる事を」

「ありがとうございます。特別なお願いができた時に、ぜひ」

「いや、件の男の事を頼むのかと思った」

「今はまだ見極めているところですわ」

「冷静だな」

「本音を言いますと、恋の駆け引きを楽しんでいますの」

「彼に同情するよ」

「まあ!失礼な。お父様の諸々があってのことですわ!」

「面目ない……」


 初恋を実らせたアリーが、似た者同士と称された彼と、平和で暮らしやすい王国を作り上げていったのはまた別のお話。

 


誤字報告いただきました。

ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
気になる点。 お前の罪は怠惰だ、がわからん。 他の短編から王弟があまりたちのいい人間ではないのは察するが、率直、基礎能力が生まれた後にブーストされている人間とされてない人間とでは言及があるとおり明らか…
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