氷上の紅月 その4
ノアの叫びは鼓膜の潰れているシリウスに十全に伝わったものではないが、少年の鬼気迫る表情に咄嗟に後ろに振り向いた。
「一式・天泣!」
シリウスの背後には先ほどまでは絶対になかった氷塊が押し寄せていた。
「土槍」
シリウスが突破されれば、今度は自分の命が危うくなるので敵だとかの逡巡もなく援助を惜しまないノア。
先まで殺しあっていたのが嘘かのように完璧な連携で氷塊を沈めて見せる。
氷塊が砕け散った雪の結晶の中、姿を見せるのは。
「子供?」
ポンチョのような薄布で体のラインをすべて隠し、フードも深く被っているため、表情どころか、性別も判断しづらいが、ちらりと垣間見える顔立ちは幼さが残っており、目算する身長からもきっと間違いは無いのだろう。
「いや、関係ない」
鬼、吸血鬼、天使などこの世界の種族に見た目で、年齢を推測するのはナンセンス。
奇しくもシリウスがノアに抱いた結論を彼自身も導くことになった。
「さっきの十中八九、あいつだな。仲間か?」
シリウスが目線を外さずにノアに問いかける。
「仲間に見えたのなら、何かしらのビョーキだよ」
だよなと返すシリウス。
理由は分からないが、目前のポンチョと仮称するに敵対されている。
先の氷塊、まともに喰らったら走馬灯見る間もなく、昇天されてしまう。
奴の動きに注視しろ。
印、詠唱、魔力の流れすべてを予見しろ。
西洋ガンマンのどちらが印を結ぶが早いかなんて考えがのろまだった。
「マジか!?」
無印かつ無詠唱で先と同じ氷塊、いやそれ以上のものを出してきた。
「一式・天泣」
シリウスは先と同じ防御の型を瞬時に取った。
それと同じようにノアも土槍を展開する……わけでは無かった。
さっきよりも質量が多い!
防ぎきれるかびみょいなら!
「最低だな! クソガキ!」
シリウスに全ての露払いを任せ、ノアは防御、塵芥の盾の生成にだけ注力する。
それだけじゃなく、シリウスの裾をしかと掴み、肉壁にする。
子供故小柄なノアはシリウスを完全に壁にすることが出来る。
逆は無い。
「これはこれで後がきついけど、仕方ない」
三十秒弱の猛攻の末、シリウスだけでは荷が重かった。
彼の腹にはバスケットボールほどの穴が開き、絶命。
それに隠れていたノアも、ほんの一センチほどだが、脇腹を貫通した。
「っつぅあ」
攻撃された氷塊は氷柱で先端に至るほど、細く、鋭利に貫通力がある。
だから、アイスピックで刺されたほどのダメージで済んだと言えば、済んだが。
「でもアイスピックで刺されたら、普通に死ねるよな……」
大人でも死ねるのだ、子供のノアはなおのこと。
傷口は大きくない。
雑に縫い付けるだけで、死という最悪の結末は回避できるだろう。
「動けば死ぬけど、動かなきゃ絶対死ぬ!」
患部を抑えつけながら、外への退避を試みる。
ポンチョは足を踏みつけただけで、先と同じ氷塊を生成してくる。
「しかもホーミング!」
氷相手には炎?
いや、ダメだ。生半可な練度の魔法じゃ足止めにもならない。
「土槍!」
患部から手を放し、きちんと印を結んでやっとこさ、氷塊の軌道を逸らすことに成功する。
流れ出る血液を見ただけで、失神しそうになるのを堪える。
「次は!?」
ホーミングといった。
軌道を逸らしただけの氷塊がまたこちらに向かってくる。
そして、追撃の氷塊もノアに迫っていた。
二方向からの即死級の攻撃。
ノアに出来ることは塵芥の盾を生成してとにかくこの攻撃からは生き残ることだけ。
「けど! 空中だから……」
塵芥の盾は周囲の土砂を利用して、不出来な結界の強度を補強する技。
空気中からも、素材は集められるが、その効率は言うに及ばず。
このまま、塵芥の盾で防御するだけでは八割強死亡してしまう。
ノアの心中を絶望が支配しようとしたとき、それが如意棒のように主のもとへと回帰する。
「良し! いい子だ!」
それとはもちろん、妖刀・ムラクモのこと。
手元に戻すだけなら、直線辿ってもっと早くに戻せた。
だが、直線辿ればポンチョにカチ合う。
余裕で叩き落とされるのは目に見えていた。
だから、ノアはムラクモを建物を一周這わせる手順でこちらへと戻していた。
「妖剣……」
ノアは九重を繰り出して、防御しようとしたが、辞めた。
九重で生存できる確率は甘く見積もって5割強。
なら。
「ここは攻め時」
宙でひらりと半回転、後虚空に足で領域を描く。
柄に手を置き、前傾姿勢で氷塊とポンチョを向い撃つ。
練習では一度だって成功したことは無い。
けれど、こういう極限状態では精神力の向上で、限界を軽く超えたパフォーマンスが可能になる。
それは魔術だけじゃなく、同じく体術にも言えること。
一度も成功したことが無いからと言って、今決められないとは決めつけられない!
「居合・紅孔雀!」
フルオート反撃の紅孔雀は領域内に侵入するもの、すべてを小間微塵、氷塊であればかき氷にしてしまうだろう。
千の斬撃が孔雀の羽のように、その一つ一つが意思を持って、撃ち落とすように見えるだろう。
使用者が元第六位だったならの話だが。




