氷上の紅月 その3
ノアは既に下の階のクリアリングは済んでいる。
一つ下の階には人質も誰もいないことは確認済み。
次はちゃんとするって誓ったから。
あの森での一件、己は何だかんだと大言壮語をまき散らしておきながら、人を殺める覚悟を持っていなかった。
相手はかなりの水麗派の使い手、手加減できる相手じゃない。
ここで出来なきゃ話にならない。
「無傷とは恐れ入る」
「お前の一旦外に出るというアイデアを参考にさせてもらった」
補強を施していたのは主に天井。横壁をくり抜いて、突き刺した剣を足場にここまで登ってきたか。
「麗人。シリウス・バックフット」
「お前を倒した後にでも考えてみるよ。そういうの」
騎士の礼儀を足蹴にし、先手を取るノア。
「ミッドガルド流。一速・桜楼閃き」
ノアのミッドガルド流の練度はそう高くなく、出来れば白眉の流法で攻めたいが、技のレパートリーが九重と蜻蛉の二つと極端に少なく、ミッドガルド流のそれと織り交ぜて戦うのが彼の剣術スタイル。
「一式・天泣」
二つの刃がじりじりと鍔迫り合う。
その鍔迫り合いではシリウスの方に分がある。
子供でパワーにスタミナに不安があるノアは継戦が長引くにつれ、不利になる。
しかし、ノアの刃は刀だけではない。
「地球の恵みを正しく識る者に有機の還元を、知らぬ愚者にはその汚れた命もって識を授けよう」
「無手の祈りまでやれるのか!」
普段は端折る詠唱をあえて唱えることで、無印の火力ロスを抑える魔法剣士の一つの到達点。
「土槍」
「五式・滴水穿石」
無印で威力の下がった土槍をシリウスは五式で軽くあしらう。
「安定しないな! けどこれで距離が取れる」
剣術主体でのジリ貧からの脱却、さきの土槍は致命を与えるためのものではない。
「邪魔だ!」
ノアは後ろに跳び、距離を取りながら体を曲げ投擲の姿勢を取る。
瞬間、稲妻のような音と弾道を描き、ムラクモが射出される。
ノアは露知らぬことだが、これはフラテルの考案した技と酷似している。
狗のように走り、武器を投擲する名を。
投剣・簓錫杖。
三流派のどれでもなく、フラテルの流法を極めることを選んだノアは着実に彼の歩んだ道をたどり始めている。
「稲妻? 鼓膜がっ」
「もう時間稼ぎは十分だろ」
今度の建造でこの不快な建物すべてをスクラップにしてやろうと印を結んだ瞬間に、ノアは術を止めた。
「後ろだ!」




