氷上の紅月 その2
着実に上の階に進んでいくノア。
前のようにどんちゃん騒ぎしているでもない教徒が相手では、いくらノアとピットが実力者と言っても確実に音は出るし、気づかれる。
保護した子供たちを守りながら敵と戦うというのはなかなか難易度が高い。ピットの戦闘スタイル的に特に不向きだろう。
だから、ノアが上階から降りてくる敵からの殿を務めるためにも、上階のクリアリングと敵の排除は必要。
敵を二、三人と倒したところであまり歯ごたえがないなと感じた。
しかし、油断はできない。
なぜなら、前にそれで痛い目を見たからだ。
「上階というか、屋上にはかなりトラウマがあるんだよな。代わってもらえば良かったかな」
そう気を引き締め直している折だった。
どたどたと上階から駆けてくる音が聞こえる。
音的に一人か、異変に気付いたな。
3・2・1。
相手が階段から顔を出す。
「業火」
印を結んで炎を廊下一面に繰り出す。
敵は驚く表情を見せながらも。
「一式・天泣」
流水と見間違うほどの流麗な剣術で炎を切り裂いて突き進んでくる。
「水麗派か!」
ミッドガルド流含む、剣術三大流派の内の一つ。
ミッドガルド流の特徴は技の平均値がどの流派より優れている分、ギア変でクソ使い辛いという一長一短のロマン。
対して水麗派はまるで水を纏っているかのような、美しすぎる儀式や踊りのような流麗が特徴。
「速い!」
対峙する彼の狙いは己の右肩。
恐ろしく早い突き技で刺し貫いた後に右腕を引き裂こうという魂胆か。
「やれるか?」
己は先にのした教徒の体を持ち上げ、盾とする。
すると、敵は眉一つ動かさず、それを突き、腸を引き裂いた。
「あ~あ~、か~わいそ~」
教会派に人質とかぬるい真似した己の判断ミスだな。
と思案しながらもバックステップで間合いの外に出る程度の時間は稼げた。
「第三位階魔法・建造」
己は土塊のドアを作り出し、強引に姿を隠した。
急造のゴミのようなドア、簡単に引き裂かれたが、そこにノアの姿はない。
ノアと敵対しているシリウス・バックフットは困惑する。
どこだと左右を見渡す。
「殺っ……ってないな」
完全に背後を取った奇襲の一撃は敵の肩から腹まで傷つけたが、シリウスの回避行動の方が一瞬速かった。
「小窓からか」
そう、ノアは一瞬、強引に死角を作ったのち、横の小窓から外に出て敵の背後に回り込んでいた。
外見は子供だが、実年齢が伴わないタイプだな
シリウスはノアの姿をきちんと視認したことで、このように判断した。
この世界には吸血鬼や天使、百を超えても子供のような外見をしている者も少なくない。
シリウスはノアの特徴的な髪色に覚えが無いわけじゃなかったが、幼い外見からの抜きんでた実力故に無意識にその可能性を考慮から外していた。
「目的は吸血鬼の奪取か?」
「正解」
少年の目的に嘘は無いだろうとシリウスは判断する。
であるならば、目前の彼は別動隊が吸血鬼を救出するための殿や時間稼ぎのような役割であるはず。
故に少年に時間を使っていられる余裕は無いのだが、そう簡単に卸せる相手では無い。敗北もありえる相手と判断。
シリウスは目標を変更、吸血鬼の奪取の防御から少年の拉致誘拐にシフトさせる。
生まれが恵まれているだけの吸血鬼よりも、目の前の少年の方が遥かに好いサンプルと戦力になる。むしろ、お釣りが帰ってくると判断した。
「三式……」
「少し遅い」
シリウスが次の技を繰り出そうとしている中、ノアは次の術を既に展開していた。
背後を取られたシリウスが回避行動を取った先は、当然バックステップした先にノアがいた場所。既に罠を仕掛けられていた。
彼の足場は一瞬で脆く崩れ、一つ下の階に強制的に落とされる。
魔法使い相手に視線を切るのはまずいとすぐに上階に戻ろうとするが、すぐに落とし穴は閉じてしまう。
そして息つく暇もなく。
「土槍」
ノアはタップダンスを踊るように、軽快に足を踏み鳴らし、音の鳴る先からは床の素材を槍に変形させシリウスの居る階に突き刺していく。
「これはやばい! 一式・天泣」
流麗な剣術と身のこなしで土槍の対処自体は予想とは裏腹に容易ではあった。
何より、舐めているのか知らないが、少年の足音の鳴る場所から槍は発生していたので無傷で対処が出来た。
23秒の槍の連撃を躱し続け、弾は出し尽くしたかと油断せずにじっと相手の次の出方を伺う。
がしゃんとまるで重機が解体作業を行うかのような轟音が鳴り響いた。
シリウスには何が起こったのかは理解できなかったものの、誰がやったのかは理解できた。
「次は何が?」
「圧死しちまえ、クソ教徒!」
上から聞こえたその言葉で何が起ころうとしているのか理解した。
天井が近づいてきているのだ。
おそらくは第三階梯魔法の建造の応用なのだろうとシリウスは思考したが。
「この火力! 祝福か!」
近づいてくる天井を切りつけて上階へと上がろうとするが、先の扉とは強度が別物。傷一つつかないというほどではないが、迫るスピードには追い付けない。
ならばと、階段の方を見るが。
「遠すぎる……」
あえて足音を鳴らして上階へ続く階段から遠くへと誘導。この大技のための時間稼ぎも兼ねてということ。
「主よ……」




