第六の角 その4
21話
ノア達が捕らえた彼らから本拠地を聞き出し、抜き足差し足、忍び足で乗り込むころには既に雌雄が決していたようだった。
メヌはやはりノア達より先に決着をつけていたようだ。
潜入・諜報という面でこれ以上有用な法陣は世界を探してもそうそう見つからないだろう。
夜の支配者で姿を消した彼女はこの集落の人々に汚染をばらまいていた。
ノアも彼女の能力の仔細についてはよく知らない。
法陣とは多かれ少なかれ、その人の資質をよく表すという。それを踏まえると、彼女の法陣から伺えるその精神性は底意地が悪いというか、底の見えない闇を抱えていると判断できる。それがどうも、彼女にとってコンプレックス、気のある男子に見せるのを憚られるものらしく、オズよりも知っていることは少ない。
メヌエットは既に殺意という汚染をばらまいていた。
いつでも発動できる爆弾のようなもの。
発動してしまえば、最後。
内から湧き出す正体不明の激情をもとに単なる小競り合いの喧嘩では収まらない殺し合いが始まる。
こんなかなりの人数が所在する集落でその能力をぶっ放せば、死人は一人二人で済まないだろう。
これがノアとメヌエットの決定的な差。
ほとんど口だけで殺す、殺せると大言壮語宣うノアと一々口にせずも、必要になれば実行できるようになったメヌエット。
あの白眉との戦いの後、メヌエット自身にも大きな心の変化が現れた。
彼女の実力があれば、最初のチンピラ二人簡単にのせたはずなのに、それが出来なかった自身の愚鈍さとの決別。
彼女の持つ狂気の資質に精神が寄り添いを見せた。
すでに集落の半分以上が幻術に掛けられていることに気づいた長はノア達が現着する前に白旗を挙げていた。
「メヌエットちゃん。こわぁ……」
仕事の早すぎるメヌエットにピットはそうつぶやいた。
今までの人生、彼も彼で様々な人を見てきたし、それなりの死地も潜ってきた中で彼女は幼いながらもきちんと上位に食い込むいかれ具合。若干、自身と思考回路が似ているとさえ、感じた。
隠れて村人の姿を見ていると、その多くの目が焦点が合っていないことに気づく。
ノアは気づいていないかもしれないが、あの様子は典型的な幻術にかかっている症状だ。
幻術、ピットのように精神の優れた者、もしくは二重人格者や法陣の二重保持者など己の内にもう一つ魂を飼っているものには相互監視の影響でかかりにくいが、一度深く掛かってしまえば抜けだすのはぼ不可能の一撃必殺。底意地の悪い同士討ちが得意の言うなれば雑魚掃討技。
メヌエット、彼女ほどの幻術使いなら幻術をかけた相手にも高度な精密動作を要求できるが、傍目で幻術にかかっているのが丸出しのが多数。
適当なスパイを潜り込ませるのではなく、自らの存在がバレるのを覚悟で単身、短期で決着をつけようとしてきた。
あれだけの人数、彼女はそもそもとして幻術で何かしらの操作することを考えていない。出来ることとは、怒りの暴走のみ。確実に死人が出る。
本気だ。
彼女は自身の実力が優れたものだと過信していないし、相手の力量を軽視してもいない。
命の奪い合いをしている以上、本来は彼女のような容赦無しの対応が然るべきもののはず。メヌエットはよく分かっているとピットはノアの付属品という評価を改めた。
ちなみにノアは自分の実力が優れたものだと過信する節があるし、相手の力量は軽視しがちというより、軽視している。
白旗の意を示すように諸手を挙げて、数人の吸血鬼が茂みに隠れているノア達に接触してくる。その中には瞳の色を失っている者もいた。それはまるで目付けのように侍っており、今の状況の力関係を把握するには十分だ。
そのまま村の長のもとへノア達は案内される。そこには案の定、メヌエットもいた。
この客間に案内される時には正気のものもいたが、その客間には村の長と思われるもの以外は、すべからく瞳の色を失っていた。
この状況はもはや話し合いではなく、恐喝の場である。首筋に刃物を突き立てられているのと何も変わりはしない。少女は足を組み、楽にしている一方で対面する初老は背筋を伸ばしている。状況が一方的すぎる故だろうか、少女と対面する初老は意外にも冷静さを欠いてはいないようだった。
「メヌ……」
相手は吸血鬼。最長寿の種族。少女との齢の差は百を超えているだろう。
少女は足を組み、楽な姿勢で背筋をぐぅ~っと伸ばしながら初老をその紅い瞳で冷酷に見下している。
その異様な光景に思わずといった面持ちでノアは少女の名前をつぶやいた。
「遅かったね」
ノア達の存在に気づいた瞬間、少女の能面のような無表情は鳴りを潜め、にぱっと花輝く。
やられているわけないだろうとは思いながらも、その安全を確認して安心できたのだろう。
「いやあ、凄いね。魔術に年齢は関係ないと言ってもこれにはドン引きだよ。ボクが君らくらいの時なんて何してたかな?」
ピットの幼少期と言えば、魔術なんて爪先に火を灯すくらいの魔法しか扱えなかったし、今でもノア達の十分の一も一般魔法を使えない。
子供だけで長旅をすることもなければ、やることと言えば、友達とトチ狂ったように昆虫相撲をしていた記憶しかない。
「なあ、メヌこれは本当にお前が一人で?」
「ダメだったかな?」
「いいや……、そんなわけはないが」
少年の表情は少し陰りを見せる。
少女の功績を素直に喜べないのだ。
自分が行動するべきだったという自戒と、自分ではここまで上手くことを運べなかったろうという苦い劣等感。
少年は目を伏し、噛みたくなる爪を拳の中に握りしめた。
「……幼稚すぎる」
少年は誰にも聞こえないように細く呟く。
改めて、体に精神年齢が引っ張られている事実に気づかされる。
そんな少年少女の青いやり取りを感じ取ったピットはその瑞々しさに苦笑する。
「さて、そろそろ話合いを始めよう。あんまり待たせちゃうと、ぽっくり逝ってしまいそうだ」
年端も行かぬ少年少女のため、年長の長であるピットが場を取り仕切り始める。
「改めて問おう。何故、ボクたちを襲った?」
「そうせざるを得ない。時期が悪かったとしか言えん」
老人は形の良い眉をさすりながら、続ける。
「今、ちょいと面倒なのと敵対しておってな」
「っていうと?」
「聖教じゃ」
「ちょっとどころじゃなくない?」
ノアはそう突っ込みを入れる。
聖教。
唯一神、レインを信仰する一神教であり、ほぼほぼこの世界で単独国家といえるミッドガルドの国教ということはつまるところ世界の教え。
善か悪かの二元論で言えば、善の組織であると言える。
裏で世間様に言えないようなあくどい事をやらかしまくっていると専らの噂というか、事実であるが、まあそのすべては人族の未来に続く繁栄のためではある。
千人を救うためなら選ばれなかった九百九十九人には何をしても良いと考えている節があるやべー組織。
それが聖教。
「吸血鬼特有の恵体、人体実験のために何人も攫われておる。子供も何人も」
ピットが「あ~」となるほどといった感じでため息つく。
ノアとメヌエットの感想としてもやりかねないと言った感じだ。
「最初に街に出ておった子供が数人、それを連れ戻すために幾人もミイラ取りがミイラになっておる」
なんとなく理解は出来た。
どの世界軸、どの時間軸でも宗教がやべー側面を持つのは共通か。
「ずれたことを言うんだけどさ。これまでの犠牲、必要経費と割り切るのはどう? せめて、今無事な子供だけでも、この森から逃がしてあげた方がいいのでは」
「流石にこのまま引き下がれというのは素直に頷けないが、子供だけでもや愛着あるこの森を放棄すること自体に抵抗はない。しかし、そもそも逃亡のための街道が聖教によって潰されておる。進むか退くか、逃亡先の選択肢それ自体が少ない状況じゃ」
雨季の土砂崩れそのものは実際に起きたのだろうが、それを街道が封鎖されるまでに潰したのは聖教の仕業。
「ここ数年の聖教は特に荒いね。邪教より酷いんじゃない?」
「邪教……。聖教じゃなくて、その邪教がやってる可能性は無いの?」
世界の教えである聖教が他種族相手とはいえ、子供攫いの真似まで染めるだろうか?
聖教、邪教どっちも相手にしたくはないが、邪教になんて捕まったら何をされるか。
「聖教と邪教はずぶずぶの関係だし、どっちがどうとか、あんまり関係ないんじゃない?」
「え、そうなのか?」
「邪教というのは言葉の綾というか、方便かな。聖教の目的は人類の繁栄と清貧の生涯、邪教というのは神に近づきたいという解脱。純教徒、過激派という表し方の方が適切だけど、無垢の民に真似されると困るでしょ? だから邪教なんて言われてる。信仰する神も経典もまるっきり一緒だけれどね」
そうなのか。
邪教というくらいだから、てっきり敵対関係にあると思っていたが、信仰が同じなら、手を取り合うことも容易なのか。
おそらく百年以上生きている目前の老人もそうなのかと目を丸くしていた。
「みんな無知だね~。というか、そんな話はどうでも良くて。こいつらの処遇を決めないと」
処遇か、こういう話を聞かされると死体に鞭打つみたいで、なあなあで済ませたくなるが、どうしよう。
不意にメヌが気になり、横目で流し見すると、彼女の表情は浮いた顔をしていなかった。
その表情を見てすぐにピンときた。
この子、件の囚われているという吸血鬼の少年少女に自分を重ね合わせているな。
確かに、話に聞く彼らの状況は白眉と対峙したときのノア達によく似ている。
「なあ、ノア助けてやろうなんて考えてないか? 面倒ごとは面倒なんだけど」
頭痛が痛いみたいなことを言うピット。
「僕がそんな良い奴に見える? こちとら殺されかけたんだけど」
正当防衛とはいえ、ピットに殺されたあの男にだけは少しの申し訳なさや憐憫もあったりなかったりするが。
「でも、まあ……」
言い淀むノアを見てピットは得心する。
最近いいとこ無しで、子分だと思っていたメヌエットにすら予想外の活躍をされて、お株を奪われているから、汚名返上、少女にいい顔したいのかなと。
実際、メヌエットのためという推測は間違ってはないが、本質、結局のところは。
子供はダメだという当たり前の感覚。
生前の姉から教えられた良心。
メヌエットを助けた一番の理由。
だからノアは面倒ごとに首を突っ込もうかと迷っている。
「ねえ、ボクたちがその子供たちを連れ帰ってきたら、第六位の遺品の数々、譲り受けてもいい?」
「構わない。すべてを譲ると約束する」
「だって、ノア。考えようによってはかなり良いクエストかもしれないよ。ちょっとばかし、命の危険があるかもだけど、ちょぉ~と頑張れば一生遊んで暮らせるようなお宝が手に入る」
「そうだね。やろう!」




