rain
3話
「あ~、初授業になるわけですが、種族の成り立ち、魔法の成り立ち、神話レベルのうさんくさい内容の授業をします」
初授業の内容としては妥当、自身でうさんくさいとかいうくらいなので、根拠のない話、魔術論理に関与しない話はあまり興味がないのだろう。
己は結構、歴史とか好きだけれど、中学の時は得意科目。高校入ってからは教師運悪くて若干嫌いになったけれど。
「最初の授業って外でドッジボールとか親睦を深めるものじゃないの?」
「なにそのアホみたいな時間、それなら勉強してた方が100倍楽しいでしょ」
何となくわかったわ。オズの性格。学生時代すれていたというのも納得。自分で言っておいてだが、俺もドッジボールとかいう野蛮な原始人が考えたような遊びするくらいなら勉強してた方がマシかも。
「じゃあ、模擬戦なんてどう♪」
「血気盛んだねえ。確かに教え子の実力を図るというのは有用だけれど、もうしたでしょ? 生意気にもね」
あのちょっかいじゃ、どちらも完璧な奇襲をかけ、勝利条件を緩やかにしたうえで、敗北を喫したから若干悔しいんだよな。もう一回戦ってみたい。
笑ってしまうな。戦とは無縁と言っていい前世を過ごしてきたのに、こちらの住人以上に戦いに精力的だ。なんだかんだと言って魔法に魅せられているのか。もしくは、性根の問題かな。向こうでの主戦場は勉学で今では魔法だからというだけかもしれない。
「びびってるの?」
己は不敵に笑う。こういう生意気が可愛らしいと許されるのは子供の内だけだ。
「びびってるわけがないでしょ。あんまり、反抗的だとファイドに言いつけるよ」
「ふぁ~い」
ファイドだけに。
オズはやっと授業を始められるとばかりにため息をつく。
「種族の成り立ちの話をするには一般的には暦の話を導入にすることが多い。どうしてか知ってる?」
「神無歴という暦法が成立してから1400年余り。文字通り、前の暦以前では神が居たとされている。勿論、当時は神有歴とは言われてはいなかっただろうけれど」
紀元前と紀元後、BCとADのような違いだ。意味も似たようなもんだ。
「正解。その神が種族の成り立ちに大きく関係していると言われている。その様子だと知っているようだけれど、一応説明しておく。神は神でもその神は邪神であった。世界を統べる唯一神が悪辣心を隠そうともせず、堂々とその力を残虐に行使した。そこで立ち上がったのが7人の戦士……、って何、その何か言いたげな表情」
「6人という説もあるよね?」
己が授業に口を挟んだというのに、鬱陶しいなんて表情は一切せずに嬉しそうに説明を続けた。
「よく知ってるね。人間、鬼、天使、悪魔、不死族、機械、龍。これが今現在、存在している……と言われている種族。7人の戦士に倒された邪神が嫌がらせに戦士を各々の種族に分けたとされている。が、不死族は血を呑む種族、今昔、吸血鬼と言われることが多い。鬼が進化の過程で分化したという説があり、進化を促されるに足る理由もある」
腹いせに種族を分ける。バベルの塔のような話だ。
「頭でっかちで陰気な学者って困るよね。確かでもない神話に、これまた確かでない学説を一つも二つも追加したがる。元自体が確かじゃあないのにさ」
オズの表情が花が咲いたように柔らかになる。こんな表情もするんだ。
「わっかるぅ。元が不確かで曖昧なのに、ぽんぽん学説追加してより分かりづらい。入門しづらい厳かな学問へと進化していく。まあ、学説を追加したり、考察したりする楽しさっていうのを想像できないわけではないんだけど」
「考察が楽しいのも分かる。魔法がまだ発明されていないはずの神の時代に武術だけで本当に神に勝てたのかと」
「ふむふむ。それは考えたこともなかったな。往々にして文化は廃れ、再発明されることがある。でも、人王は歴代通してあまり、魔法が上手くない人が多いけれど。というか、お前、本当に6歳? 知識量もそうだけれど、話が合いすぎない? 同級生どころか教授と話している気分になる」
6歳ではないです。この世界の言語を完全に修得するのも他の子どもよりも遅かったくらい。理解自体は早かったけれど、日本語の文法とか癖が出てきて、こっちの言葉が咄嗟に出てこなかったり、どもったりすることが多かった。今でも全然ある。両親からは賢いどころか、逆に知恵遅れと疑われたくらいだ。まあ、親なんてそんなもんだ。過剰に心配するのが健全ってもんだ。前世の両親も心配性なのか子供のころ障害の可能性をもつ子供の集まり場に通わせられたっけな。
「そうそう、魔法という言葉がお前の口から出てきたね。魔法の成立は神無歴になって、種族別で血みどろの戦争が始まってから。数だけが長所の人間が追い詰められて、追い詰められて、他種族に蹂躙される屈辱の歴史の中から魔法という対抗手段を生み出した。魔法は種族特有のスペックを覆すもので、当然他種族もすぐに魔法を解析し、自分たちも使えるようになった。だが、魔法は誰にでも微笑む。数だけが長所の人間は他種族を蹂躙し始めた。特に人を喰らう鬼には一匹たりとも逃さない。匿うものは死刑、捕虜にするのも禁止という徹底ぶり。百年前、でかい戦争が起こってからは人間が占める土地は95%以上、人の割合も似たようなもの。これが種族と魔法の歴史、人間(勝者)の歴史かな」
途中から結構早口だったな。オタク君じゃん。
「ちなみに先生は人間じゃないんだよね?」
「気づいてたか」
「そりゃね。母さんたちと活躍してたって当時何歳になるんだよってね」
「何歳って聞かなかったことは褒めてあげる。ちなみに何族だと思う?」
「ん~、口が鬼のように悪いから鬼? それとも悪魔みたいに腹黒いから悪魔?」
「ぶん殴るよ」
すでにぶん殴られたよ。やっぱり手が速いじゃないか。
「生意気だなほんと。もっと可愛らしくできないの?」
「でも、僕が生意気に授業に口挟んだときは嬉しそうにしてたじゃん」
「そういう生意気は大歓迎。授業は活発でなくちゃね。特に一対一のカテキョは」
結構いいセンセだな。前世で教鞭取ってたらオズちゃんとか呼ばれて可愛がられてそう。今は王都のお堅い学校行くくらいだからそうでもないかもだけど。
魔族と鬼族、龍族は人族とは戦争通してそりが合ってないが、その他の種族は日常生活に溶け込めている者も多い。地域によっては他種族というだけで異端認定されるところもあるにはある。過去には大きな集落を形成していた吸血鬼たちを根絶やしにしたという地域もあるが、そういった気性の荒い場所の方が珍しい。